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6 むっちゃん


 首を傾げた蘇芳は、画面をのぞき込むように太郎にぴたっとくっつく。


「なー、おすってなに?」

「ん? 推すってのは、うーん。すごく応援すること、だな」

「そっか。でも、りんが好きなのが俺だから仕方ない」

「お前ねえ。あ……ほら、お前が辞めちゃいやだって言ってくれてるファンの子もいっぱいいるよ。えーと」


 と、太郎が再び画面を見てDのファンの反応を読み上げようとした。

 鈴は、うんうん、よく聞きなさい、と頷いて腰に手を当てる。



『辞めるの?』

『辞めちゃうの?』

『それはいやー』

『そんなに好きな人いるならデビューなんてしなければいいじゃん。落ちた人のこと考えてよ』

『もやもやする』

『え、待って』

『なんでいるの』

『妹? 妹って言った?』

『相手タロちゃんの妹なの?』

『タロちゃんって双子でしょ』

『スオウ、タロちゃんの妹のことが大好きなの?』

『もしかしてそっくり?』



「それなら話が違う、だって。なるほど。俺と妹は似てるよ。もうそっくり!」


 と、ひらひらと手を振っている太郎に、鈴はびしりと硬直した。

 どこかを見ている。

 鈴の、後ろに向かって、誰かに向かって、話しかけている。


 イヤな予感しかしなくて鈴がそろりと振り向くと、ビーズクッションに埋まって携帯を横向きにしてカメラを向けている男と目があった。なぜかひらりと手を振られる。が、鈴はそれどころではない。

 頭の中が真っ白になっていた。

 バッと太郎を見る。



「なにこれ」



 太郎はなぜか神妙に頷いた。


「予想通り、謝罪動画撮ってたんだよ」

「いや」

「だから、勝手に入って来ちゃだめだってお兄ちゃん言ったでしょお」


 ぷんぷん! と太郎に言われて、鈴は「あのさ」と震えないようにしながら聞く。


「これは、これはもしかして?」


 後ろを指さすのは、イヤな予感が当たる気がしてならないからだ。

 太郎はもう一度頷いて、一番欲しくなかった言葉をくれる。


「配信中だ、妹よ」

「謝罪動画をどうして生配信するのよ! 馬鹿じゃないの?! 蘇芳には無理だよ!」

「俺もさっきそう思ったところだ。安心しなさい」

「なんにも安心できない!!!」


 鈴が叫ぶと、太郎は「仕方ない仕方ない」とへらへらと笑った。

 蘇芳はと言うと最初からこの状況を知っていてあんなに「好き」だの「付き合って」だの言っていたのだ。たちが悪い。

 鈴がむっとすると、蘇芳はべっと舌を出す。


「蘇芳!」

「ほらほら、落ち着いて。というか、むっちゃん、止めてなかったの?」


 太郎が鈴の後ろを見て聞くと、後ろから「うん。だってタロが止めなかったから良いかな~って」と、柔らかい声が聞こえた。


 鈴は、ギギギ、とぎこちなく振り返る。


 チャーミングという形容詞がこれほどまではまる人を見たことがない。ビーズクッションに埋まって携帯を構えたままの彼はにこっと目元で笑んだ。


「妹ちゃん、大丈夫。足しか映ってないよ~」

「!!」

「ふふ。どうもはじめまして、Dの(むつ)です。お邪魔してます~」

「は、はじめまして!! こんばんは!!」

「んふっ」


 笑われた。

 睦、と自己紹介した彼は、盛大に携帯を揺らしていて、反射的に返事をしていた鈴はカーッと顔が赤くなる。


「ご、ごゆっくりどうぞ」


 と、さらに勢いだけで言って、鈴はダッシュで部屋から逃げた。

 避難場所は太郎の向かいの部屋、今は不在の妹「(れい)」の部屋だ。


 ドアをバンと閉める。

 人のベッドでくつろいでいた桂は、ちらりと鈴を見て口を開いた。


「とりあえず、おはよ」

「……聞こえてた?」

「聞こえてたし、見てた」


 桂はそう言って、持っていた携帯を見せる。

 その小さな画面の中には、ぴったりと寄り添っている蘇芳と太郎と、勢いよく流れるコメントの波があった。






  ○





「なにこれ」


 鈴は呆然と呟く。

 配信を見守っていたが、途中でその流れは奇妙なものになっていった。


 最初は、太郎が妹の乱入を詫び、それから今後についてコメントを読みながら話し合うような形でファンの厳しい言葉にも対応していた。



『スオウって一匹狼タイプだと思ってた』

『なんかイメージ違う』

『一途だってことは知ってたけど』

『子供っぽい人だったんだ』

『残念すぎる』



 そんなコメントが続いたとき、ぽんっと『ハスキーの子犬』とコメントが入り、大勢がそれに反応して、最後には『えー、それかわいい』の大合唱になり、ついでのように『はじめまして!!』のあとに『こんばんは!!』が繰り返されるようになったのだ。



『わたしのとこはまだ昼前だけど』

『はじめまして!!』

『こんばんは!!』

『ごめん、起きたばっかりだけど』

『はじめまして!!』

『こんばんは!!』

『スオウ、彼女ネタにされてるよ』

『付き合ってない』

『スオウを振るなんてすごい子』

『タロちゃんの妹って、絶対面白いじゃん』

『そっくりだって』

『幼なじみってやつ?』

『やば、きゅんきゅんするー』

『りんりんとタロちゃんのやりとり面白かったよね』

『りんりんー』

『はじめまして』

『こんばんはー』




「あんたネタにされてるね」

「なんで?! もっと殺伐と炎上するんじゃないの?!」

「太郎ちゃんのおかげだよ」


 桂の言うように、コメントの中で反応しないとマズいものには太郎が全てそつなく応えていた。

 

「しかも、一部の濃いファンを味方に付けたし」

「濃いファン……」

「双子の兄妹でそっくりってところで反応すごかったから」

「なるほど」

「あ。なんか面白いことになってる」


 桂が音量を上げると、蘇芳が『りんりんのどこが好きなの』と聞かれたコメントに対して、にこにこの饒舌で鈴をほめちぎっていたのだ。



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