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4 夜通し鑑賞




 ダンスグループだった。


 鈴はローテーブルの上のティッシュを勢いよく引き抜き、目元を拭う。

 エンドロールの蘇芳がは画面の向こうではにかんで笑っていた。


 これはアイドルじゃない。

 ダンスグループだ。

 ずび、と鼻をすする。


 最初のオーディションから、やたら元気な太郎と、やる気の見えない蘇芳と、その他諸々の青年達が番号札をつけて難題に向かっていくようすを追いかけていた。一人、また一人と落とされて、泣きながら去る者を見送る彼らは、きらめく青春に身をなげうつっている者特有の溌剌さがあった。


 どれもこれも顔が良いというのに、落とされていく。

 ダンスだってうまいのに、歌だってうまいのに、最後は四人に絞られた。

 蘇芳と太郎とあと二人だ。


 太郎は今まで封印していた神童っぷりを惜しげもなく出していたが、それ以上に人との協調性の高さを評価されて残り、蘇芳は顔がよくて無気力キャラのくせにめちゃくちゃ踊るという新しい境地で残った。

 後も二人も色々評価されていたと思う。


 デビューはゴリゴリのダンスナンバーで、昨夜の番組のアイドルっぽい歌は、何かの主題歌になってキラキラしていたらしい。



「う……、すおう、頑張ってたんだ……」


 鈴は責めた自分が恥ずかしかった。

 できていないよ、と強く言われては一人で残って練習をしていた蘇芳を一晩かけて見守った鈴の心境は、もう母親だ。


 一年。

 離れて一年で、こんなに人間らしくなって。


「……よかった。よかったなあ、離れて」


 ティッシュで目元を押さえて、そう呟く。

 正直、太郎の言うように、蘇芳の自立を望んで離れたのも大きかった。

 鈴は、自分がいなかったら蘇芳が駄目になるのはわかっていたが、自分がずっとそばに居続けるのもマズいと日々感じていた。


 りんが行かないなら行かない。

 りんが食べないなら食べない。

 りんが寝ないなら寝ない。

 りんが嫌いなものは全部嫌い。

 

 そう本気で言う蘇芳の尻を文字通り叩いてきた。

 常に蘇芳の行動の理由が「鈴」であることに、疲弊は全くしていなかったが心配がつきなかったのだ。


 もっと色々な人と関わって、自分から好きな人を見つけて、自分の人生の楽しさに気づいてもらいたかった。

 だから遠距離ではなく、別れを選んだ。

 渋るとわかっていたし、実際蘇芳は鈴が日本を離れると知るやいなや、毎日ひっついて離れなかったし、静かにしてるな、と思ったら隣で泣いていたり、夜まで一緒に寝ようとしたりでそれはそれは鈴は大変な思いをした。


 思い出づくりと言って、休みの度に日々連れ回れされた。


「あ。仕事探さなきゃ」


 現実が襲ってきて、慌てて振り払う。

 とにかく、思った以上に早く解放され、蘇芳は大丈夫だっただろうかと思いながら帰国はしたが、まさかたった一年で、好きなものを見つけて自力で邁進していけているなど思っていなかった。


 むりやり芸能界に身を置いたのかと思いきや、配信番組でオーディションを受け、合宿で青春をしているのを見た後では、鈴はもう「心残りはない」状態だ。


「……寝よ」


 朝が来つつある。

 ぶっ通しで「D」の結成を見守った達成感の中、鈴はずるずると自分の部屋に戻る。


 すっきりした部屋は新しい空気に満ちていて、母親に心から感謝しながら鈴は眠った。



 泥のように眠る中、夢ではスオウがわかめの衣装でバンザイをしてキレッキレで踊っていた。


 保育園の頃と変わらず、太郎がお姫様で、桂が王子で、鈴もわかめ。

 大きくなった四人で、今度は鈴が必死で蘇芳についていっていた。




    

    ○




「……だから、……で」


 夢から覚めて、一番に太郎の声が聞こえてきた。

 懐かしい。

 昔から、多分、生まれてすぐから太郎は規則正しい体内時間で生きていて、鈴はいつもそんな兄に起こされていた。

 日本を離れていたときは、こんな風に太郎のにぎやかな声で起きることがなかったので、妙なことに「帰ってきたなあ」なんて感慨深くなる。


 目はまだ開かないが、耳はしっかりと隣の部屋の声を拾っていた。

 どんどんクリアに聞こえてくる。

 太郎が誰かに話しかけているようだった。

 電話だろうか。


「……スオウの発言はまあ、事実になります」


 ん?


 鈴はその言葉の意味を考えるために頭を働かせようとするが、まだ身体も頭もだるくて動けない。


「びっくりさせちゃったよね、ごめんね。ほら、スオウも」

「……ごめん」

「これからのことだけど……ファンあっての俺たちだから、みんなの意見を聞いて一緒に話し合っていこうと」

「俺、辞める」



 ぴくり、と鈴の指が動く。

 今のは、誰の声だった?



「ちょっ、スオウ」

「辞める。りんと一緒にいられないなら、Dは辞める」



 ガバリと飛び起きる。

 鈴はドタバタと部屋を出て、隣の部屋を勢いよく開けながら叫んだ。



「Dを辞める?! なに言ってんの?!」



 殴り込みに行くと、ソファに腰掛ける太郎と蘇芳がびっくりしたように鈴を見上げてきた。


「お前、こら、勝手に部屋に入っちゃ駄目でしょうが。今」


 焦ったように太郎が言うのを「黙れ」と一喝する。


「蘇芳、辞めるって言ったの? Dを?」

「うん」


 あっさりと頷くので、鈴は怒りに手を握る。

 わかっているだろうに、蘇芳はじっと見上げてきた。


「だって、りんが帰ってきたんなら、りんといたい。りんと一緒にいることで怒られるなら、辞めるしかない」

「馬鹿なの?!」

「りんが大好き。また付き合って」



 にこ、と笑うのは、どう見ても確信犯だ。

 鈴はスリッパで太郎の頭を叩き「絶対にいや!!」と大声でお断りをするのだった。

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