30 ブーケ
「結婚おめでとう」
白い控え室に、何度もその声がかけられる。
浮かれきった室内の装飾に、溢れんばかりの花。誰もが嬉しそうに綻んだ笑顔で言う。
その一角で、桂は深いため息を吐いた。
「あれから……私の結婚から、もう十八年ね」
太郎が桂の隣で目を伏せる。
「うん、長かった。Dの結成ももう二十年。むっちゃんは役者を始めたし。今度海外で撮影だっけ?」
「んふ。それまだ秘密だよ~」
「あ、ごめんごめん。ちい、音楽グループのプロデュースはどうなの」
「順調ですよ。みんな頑張り屋のいい子達です。そう言う太郎君はどうですか? 書家として順調に仕事が増えてきましたよね」
「墨のにおいって落ち着くから、癒されてる。それにしても、本当に時が経つのは早いね。わたるが死んで、俺と桂が再婚してもう十七年か……本当に色々あったなあ」
「御津原、俺生きてる」
中島がいつも通り低いテンションでツッコミを入れれば、太郎は「えへ」と笑った。
「いや、待って、あれから十八年も経ってないんですけど?! 桂の結婚一昨年じゃん!」
鈴が叫ぶと、中島夫妻とDのメンバーはしらっとした顔で黙った。
「桂の結婚から二年しか経ってないよね?!」
鈴が隣にいる蘇芳に確認をとると「うん。落ち着いて」と返された。
この二年、集中して仕事に取り組んでいる蘇芳は無気力キャラを脱しつつある。余裕のある堂々とした気だるげな態度は、色気に変換されているような気がしないでもない。
桂は慌てる鈴の肩を叩く。
「よくお聞き。さっきの寸劇はね、あんたの未来だったものよ」
「み、未来って」
「いい? この二年――蘇芳がどれだけ忙しくても、あんたの様子を手に取るようにわかって、駆けつけるべきときは駆けつけて、引くときは引き、あんたが絆されるのをじわじわ待っている生殺しだったこの二年。どう見ても事実婚なこの二年。あんたと蘇芳を応援するファンが、そろそろ飽きてくる二年。いい? この機会を逃すと次この式場に来れるのは、今から二十年後だと思いなさい」
「にじゅうねん」
「ま、俺たちの下はちびっこばっかだしな」
太郎が頷く。
「総くんがあっさり結婚してくれて良かった良かった」
「俺が何?」
ひょっこりと現れたのは、今回の新郎、御津原家の長男だった。
白いタキシードがよく似合っている。短パンに麦わら帽子の面影はなく、昔の万能感のある、懐かしい佇まいだ。鈴がじっと見ていると、頭をぐいっと掴まれた。蘇芳のスーツしか見えなくなる。
「こらこら、蘇芳。りんも綺麗にしてるんだから頭を掴んじゃダメだよ」
「総、結婚おめでとう」
「お、おお……嬉しそうだな」
「そりゃそうだよ~、総くんが結婚してくれなくちゃ、ここに来るのは二十年後だってさ~」
睦が言うと、総は「あ、なるほど」と頷いた。
その隣で、千夏が礼儀正しく頭を下げる。
「結婚、おめでとうございます」
「千夏もありがとね」
「マネージャーのこと、よろしくお願いします」
「お願いされます」
総がにこっと笑う。
そうして、桂の頭をぽんぽんと撫でた。
「ブーケのおかげだな」
「当たり前でしょ。私のブーケよ?」
「相変わらず中身がイケメンでいらっしゃる。わたるも、来てくれてありがとう」
「いえ。おめでとうございます。この間はごちそうさまでした」
「おう。また行こうな」
中島の頭も撫でたところで、そこに睦がぬっと割って入った。頭を差し出している。
「ずる~い、僕も総くんとご飯いきたい~」
「家においで。君目立つもん」
「んふ。やった」
「――待って。なんで?」
鈴がハッとして尋ねた。
総が結婚することも、三日前聞いたばかりだ。
「え? 総さんの相手、Dのマネージャーさんなの?」
再び蘇芳を見ると、頷かれる。
中島は呆れたように太郎を見た。
「また御津原にだけ知らせなかったのかよ」
「うん。ま、今回はスーからのお願いで黙ってたんだけどね」
「りんに知らせたら総ロスになるから。そんなの時間の無駄」
「な、ならないよ?!」
「なってた」
「なってたな」
「三日前でもなってたわ」
太郎と蘇芳と桂に同時に言われ、千夏には少しだけ笑われて、睦にはなぜか同情された。
「あ~、わかるう。総くんって、なんかそうだもんね~。わかるよ、妹ちゃん」
「どうも」
「相変わらず僕らには塩対応~。ね、千夏。寂しいね~」
「それが彼女のプライドなんですよ」
「むっちゃん、ちい、ごめんね、うちの子頑固なんで」
太郎の言葉に、二人は「知ってる」とあっさりと答えた。
総が鈴の肩をちょんちょんとつつく。
「結婚のこと直接言えば良かったな。びっくりさせてごめん」
「ううん。それよりも、総さん、結婚おめでとう。運命の人が見つかって良かったね」
「ありがと。これもまあ、蘇芳のおかげ」
「……蘇芳の?」
「ほら、りんが本家に来るときは、相当忙しいはずの蘇芳も来てただろ。その送迎、全部彼女だったから。自然とね、よく話すようになって」
「……そうだったんだ」
「蘇芳に鉄壁ガードされてて気づかなかった?」
総がいたずらっぽく笑う。
確かに気づかなかった。
なぜか、Dのメンバー全員で本家に来て川遊びやらよく行っていたこともあったし、庭で線香花火大会をしていたこともあったし、冬には雪だるまを作る会も発足していた。睦に至っては総にとにかく懐いているし、千夏は何故か政志に懐いている。結婚式にきたのも、総への祝いだと思っていたが、彼らは新婦側の参列者らしい。
新婦の元へ行った四人が、おめでとう、と言っている声が聞こえた。
同志のような関係の光景を見ていた総が、眩しそうに目を細める。
幸せそうだ。
今まで見たどの総よりも。
総はそのまま、柔らかい眼差しで鈴を見た。
「なあ、りん。こっちで蘇芳に会ってるとき、いつも楽しそうだったし、嬉しそうだったよ。そろそろ素直になってもいいんじゃない」
「……総さんに言われると、困るなあ」
鈴が眉を下げると、総が「だろ」と笑う。
桂が中島とDと鈴を連れて保育園のお散歩のごとく控え室を出るまで、蘇芳は珍しく邪魔をしてこなかった。




