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3 罪悪感を刺激してくるタイプ



「ただいま、りん!」


 本当に帰ってきた。

 鈴はソファで寝ている桂を見下ろす。

 兄の太郎はと言うと、その陶器のような頬をつついて起こしていた。


 鈴自身は、蘇芳に抱きしめられている。


「りん。りん」


 ぎゅうっと全身をすっぽり抱きしめられて左右に揺らされる。

 保育園の頃のわかめ役でも、これくらい揺れて欲しかった。


「りん、りん、りーん、りーんちゃーん」

「おーい、スー。妹が潰れて死ぬぞ」

「あ、ごめん」


 太郎にたしなめられて、蘇芳からぱっと解放する。

 そしてにこにこと笑ったまま「見た?」と聞いてきた。

 なんのことかわからない鈴ではないので、事実「見た」とだけ言う。


「どうだった?」

「え、どう?」


 なぜか褒められるのを待っているような蘇芳の質問に、鈴は思わず聞き返していた。蘇芳がどういうつもりで聞いていいるのか全くわからない。


「格好良かった?」

「ああ。そういう……」

「りん?」

「いや、なにしてんの?!」


 納得しかけた鈴は、ハッと叫ぶ。ソファの付近から「やばっ」と退避を試みる兄を見て「そこに直れ」と言えば、さっと正座をした。

 蘇芳が鈴の肩に手を置き、首を傾げる。


「どうしたの」

「こっちの台詞よ」

「なんで?」

「な、なんで……?」


 きょとんと言われて、鈴がたじろいだ。

 じいっと見つめてくる澄んだ目が不思議そうに瞬きをする。


「りん、言っただろ。こっちに俺を置いていくけど、だからこそ自分がしたいことをしてって。俺、ついて行きたかったのに、我慢したのに」

「……う、うん」

「別れたのに」

「あ、よかった」


 ちゃんと別れたつもりでいてくれたのだ、とほっとすると、肩をつかむ蘇芳の力がぐっと強くなった。


「よくない。死ぬかと思った」

「そっか」

「帰ってきたならまた」

「付き合わないからね?!」

 

 鈴が強く宣言すると、蘇芳の目からはらはらと涙が静かにこぼれた。


「……りんのうそつき」

「嘘、ついてません。泣いても無駄だよ」


 ぴたりと涙が止まる。


「おかしいな。俺が泣いたらいつも折れてくれたのに」

「もう流されない」

「チッ」

「蘇芳!」

「まあ、まあ、妹よ」


 太郎が正座のまま手を挙げる。

 指をピッとさして発言権を与えると、鈴に向かってとりあえず「おかえり」とにかっと笑った。


「……ただいま」

「うん。おつかれ。で、怒ってるのかい?」

「怒ってる」

「誰に?」


 人好きのする笑みを浮かべた兄に言われ、鈴は詰まる。

 そうすると、太郎はへらりと見上げてきた。


「お前が蘇芳を自立させたかったんでしょう? あんなに動くようになって、自分の力で働いている蘇芳を怒るのかい? そんなに冷徹な妹だったかな? 置いていったのはお前だよ」


 いつもはどこまでもふざけているくせに、ふとした時に威圧感も与えないまま飄々と言うこの兄が、昔から微妙に苦手だ。こちらが申し訳なくなってしまうやり口をナチュラルにする。


「太郎が嫌い」

「おう、まさかの兄を拒絶」

「蘇芳に怒ってるわけじゃないし」

「そうか、そうか。さすが俺の妹」

「あんたに怒ってるのよ、馬鹿! 蘇芳が変なことしないように頼んだでしょ!」

「あはははは~」

「りん、りん」


 蘇芳がとんとんと肩を叩く。


「太郎を怒らないでやって」

「……スー、お前……」


 太郎が感動したような声で呟いてそのまま逃げようとしたので、鈴は「座れ」と睨む。ちょん、と正座を続行した。


「……太郎は、俺が布団から出てこれなくなったのを見かねて、外に連れ出してくれたんだ。外に出ると発作的にパスポート持って空港に行こうする俺をいつも止めて、りんと行った思い出の聖地に何度も一緒に行って、号泣する俺を励ましてくれたんだよ」

「なんかごめん」


 思った以上に蘇芳がゾンビのようになっていたことを本人から聞かされて、鈴はとっさに謝る。

 蘇芳は慈愛ある笑みで首を横に振った。


「太郎のおかげで、りんが帰ってくるまで大人しく待てた」

「……わかった。あの馬鹿にはもう怒らない」

「そうして。俺、太郎にすごく感謝してるし」

「そ、そこまで?」

「聖地巡礼も付き合ってくれたし、今まで持ってなかったりんの写真もくれたし、俺と一緒に寝てくれてたし」

「うん、そっか……うん?」


 なんか聞き捨てならないことを聞いたような気がする。

 しかし、鈴はどこにツッコんでいいのかわからない上に、触ってはならない場所のように思えて口をつぐんだ。

 蘇芳が笑う。


「あと、テレビに出てれば大金を楽に稼げて、向こうにいるりんにも見てもらえて、りんは俺を忘れられないって、太郎が言うから。だからオーディションに出た。りん、見てた?」

「やっぱり騙されてるじゃない!」

「余計なことを言っちゃ駄目じゃないか、スーのばかあ」

「おまえは詐欺師か!!」


 正座をする兄の頭にスリッパを激しく叩き下ろす。

 スパーンと夜のリビングに間抜けな音が響き、今まで騒がしい中で寝ていた桂が起きた。


「……なに、うるさいんですけど」


 ぎろりと睨まれて、三人で「ごめん」と即座に謝る。

 桂はのろのろと起きあがると、寝る、と言い、今は無人の鈴の妹の部屋へと入っていった。


「で、りんは見た? 見てくれてた?」


 蘇芳が小声で聞くので、鈴は素直に答える。


「……今日初めて知った。蘇芳がアイドルって」

「アイドルじゃない。ダンスグループ」

「めっちゃくちゃアイドルだったけど」

「……」


 不服そうだ。

 頬を膨らませた蘇芳は「じゃあ、見て。配信されてるし、見て」とソファに鈴を座らせて配信番組を手早くつけると、太郎と部屋に行ってしまった。


 足がしびれているのに蘇芳に引きずられる太郎の「う、うひょひょひょ」という無様で奇妙な笑い声が、鈴だけが残されたリビングにこだましている。

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