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28 一番近い




 式は滞りなく終え、あっという間にガーデンパーティーに移った。

 五月の晴れの下、海辺の洒落込んだ式場は開放的で華やかだ。


 人数の関係で式にはこれなかった地元の親戚も、子供たちも、ふらっとやって来ては庭の外から「桂、おめでとう」と声だけをかけに来る。ウエディングドレスから女神のようなワンピースに着替えた桂は、式場に飾られた花を一輪引っこ抜いては彼らに手渡して「ありがとう」と微笑んでいた。

 桂が初めて見せる機嫌の良さに誰もがびっくりしていたほどだった。



「結婚式は意外と親戚の肩身が狭い」


 柵に寄りかかって立つ鈴の隣に総が並ぶ。

 蘇芳が太郎の介護を始めたのを見計らったらしい。


「うん、本当にそうだね」


 鈴が笑うと、スーツを着て髪を撫でつけた総は鈴にグラスを差し出した。


「ほい。親族控え室でじたばたしてたから、ただのジュースな」

「すみません、ありがとうございます」

「いやあー、あっけなく結婚したね、桂ちゃんは」

「……なんか、私がくっつけたらしいよ」

「そうかそうか」

 

 晴れた庭園はどこもにぎやかだ。

 特に政志が人気者で、いつもよりは控えめにゲストをもてなしていた。というか、今は太郎に付きっきりで、何やら肩を抱いている。


「総さん」

「なんだね、りんさん」

「太郎はてっきり、桂のこと、妹として扱ってるのかと思ってた」

「うーん、そうだけど、そうじゃないな。多分、一番近い女の子だよ。大切に大事にしたい女の子。男には、そういう人がいるんです」

「……総さんにも?」

「もちろん。君たちだよ」


 正装をした総に見下ろされる。顔に影がかかって、妙に色っぽく見えた。

 鈴は真顔のまま頷く。


「なるほど。総さんはみんなを大事にできるから、特別な人ができないんだね」

「おお……そりゃ真理だな」

「ね。太郎、大丈夫?」

「大丈夫、普通にしとけ。あれでいてあいつは強かで超賢い。さっき言ってたぞ、三十年後はどうなってるかわからないって」

「え。普通に怖い」

「太郎はそういう奴だから。死ぬ直前ハッピーならそれでいいって考え。あいつのゴールの設定って、ものすごく遠いのにそれが苦じゃないタイプだからなあ。むしろ喜んじゃう」

「……兄ながらよくわからない」

「安心しなさい。総さんもです。まあ、でも、太郎も恋なのか愛なのかわからないまま大切にしてたんだろ。そういうのはずっと消えないから、そっとしといてやりな。あの子、中島君? いい子そうだし、マッシーの面談もクリア。落ち着いた感じが合ってるから大丈夫だよ。さちが言ったもんな。好きな人と結婚する人は違うって」

「あれも真理だったんだね」

「そういうこと」


 で、と総が鈴の頭を撫でる


「蘇芳がりんを大切にしてるのも真理」

 

 ちらりと見下ろされる。

 

「俺は羨ましいけどね。一番近い大事だった女の子に恋ができて、そのまま特別な人になれたんだから。自分の気持ちを一度も疑うことなく、怖いくらい真っ直ぐ思える蘇芳が羨ましい。依存上等じゃん。そこまで心を傾けられる人になんて中々会えないよ。りんが一番わかってると思うけど」


 なのにまだ観念しないのか、と聞かれているのだろう。

 鈴はグラスのブドウジュースを一口飲む。


「総さんも」

「ん?」

「総さんも桂がお気に入りだったでしょ。大丈夫?」

「お、仕返しだな?」

「ちょっとだけ」

「じゃあ潔く仕返しを受けような。そうねー……あの子が特別になれたらって考えたことがある程度だよ。可愛いだろ」

「……待って。桂、めっちゃモテてない? 超ヒロインじゃん」

「そりゃそうよ。桂ちゃんは御津原家のマドンナだぞ。男は誰でも夢見ちゃうって」

「まあ、わかるけど。私も桂大好きだもん」

「だよなあ。りんはマスコットだな」

「喜ぶべきなの?」

「多分違う」


 ふるふると無邪気に首を振る総と笑っていると、桂が颯爽とやって来た。


「二人とも、壁の花でもやってるの?」


 五月の青空の下にいるブーケを手にした花嫁はなんて眩しいのだろう。ふとした笑顔も幸せそうだ。

 総がグラスを掲げてへらっと笑った。こちらは独身の笑みだった。


「うん。綺麗な壁の花だろー」

「いいんだけど、そろそろ鈴は解放した方がいいわ。ほら、きて、鈴」


 桂から左手を差し出され、鈴はそこに飛び込んだ。

 巻き付くように細い身体を抱きしめる。この日のために絞ってきたらしい。桂がこの結婚を心待ちにしていたことを身をもって知った鈴は、ようやく心のそこから言えた。


「桂。結婚おめでとう」

「やっと言ったな?」


 とんとんと背中を叩かれる。


「ありがと。私の馬鹿可愛いマスコット」

「話、聞いてたの」

「聞こえた。私が大好きだってね」


 そっと離した桂は、持っていたブーケを差し出してきた。

 淡い色でまとめられた、幸せの象徴。

 鈴はほんのりと感動に包まれる。

 今、桂はその幸せをわけて、そして次に幸せになれ、と言ってくれているのだ。


「桂……ありが」

「はい、これ――総に」


 貰おうと伸ばしていた手の行き場がない。


「えっ、俺?」

「そう。運命の人が見つかりますように。幸せになりな。本家の長男」

「え、えー……いいのかなあ?」


 明らかに鈴に気遣っているらしい総に、桂はぐいっとブーケを渡し、それから視線を横に外した。蘇芳が足早にこっちに来ている。


「鈴には()()ね」

「あー、じゃあ、遠慮なく。ありがとう、桂ちゃん。結婚おめでとう。幸せに」

「さっきも聞いた。ね、わたるが総と話したいんだって。これる?」

「俺の窮地を救ってくれてありがとう」


 蘇芳の気配に怯えたフリをする総は、そのまま桂について行ってしまった。

 鈴は一人でじっと立ち尽くす。


「りん」


 蘇芳から呼ばれると、どうしても無視できない。


 

「海、いこう」




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