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27 おめでとう



 どたばたと家に帰ってきた鈴は「ぬわっ」と叫び声を上げて自室へ飛び込んだ。

 ベッドにダイブする。


 寝よう。

 桂と中島に盛大な八つ当たりをしてきたが、忘れてしまうことにした。

 ぐっと目を閉じる。


 

 結婚。

 蘇芳と結婚。



「ハッ!」


 目を閉じた瞬間に、ハッピーな妄想が広がって悶える。

 

「あかん……これあかんやつや……!!」


 枕に顔を埋めて、鈴はぐりぐりと頭を左右に振った。

 髪の毛がぼさぼさになるのも構わずに、煩悩を振り切るまで続けて、そうして疲れ果てて寝た。


 途中で「違う!」とも叫んだが、取りあえず寝た。

 ほぼ気絶に近い強制的な睡眠だった。





    ○





「結婚おめでとう」


 白い控え室に、次々と親族が入ってきては幸せそうに顔を綻ばせて言う。


 本家のボスは黒い着物を着て貫禄たっぷりで、次期ボスも従えているのを見ると極妻感がすごかった。鈴は、ひたすら「はあ」と間抜けな返事を繰り出し、親族代表で本家の者しか来なくてごめんなさいねえ、とご祝儀たっぷり持ってきたであろうボスにも「はあ」と返したところで、蘇芳が「ありがとう、おばさん」と丁寧な挨拶をしているのを見た。しかもドアを開けて見送っていた。


 浮かれきった室内。

 花がいっぱい飾られた部屋に響く「結婚おめでとう」の言葉。


「わかった。これ、夢だな?」


 ぽんっと手を叩いた鈴の頭を、ばしっと桂が叩いた。


「人の晴れの日を夢にするな」


 真っ白なウエディングドレスに身を包んでいるのは桂だ。

 その姿に、鈴の目にじわっと涙が浮かんだ。

 

「……なんでよ~、なんで結婚なんてするの~。私を置いていかないでよお」

「うざ。元カノかよ」


 そのドライな反応と、これでもかと花嫁に飾り付けられた美しい格好が合わない。

 でもそれが桂だ。

 本日の主役だ。

 鈴は感極まって桂の腕にしがみついた。レースの肌触りが少し痛い。

 

「――御津原、ちょっと。ドレス汚すな。ケイから離れろ」

「うるさい中島! 花婿ですって?! 許さないんだから!!」

「……御津原とそっくりだな」

「どちらの御津原さんですかー??」

「兄だよ」

「りん。こっちおいで。桂が転んだらいけないから」


 蘇芳がちょいちょいと手で招く。渋々桂の腕から離れると、蘇芳に腕をがしっと捕まれた。逃げられない本気の奴だが、タキシードに身を包んだ中島はほっとしている。


「悪いな、御津原」

「いや。絡むだろうから捕獲しとく」

「鈴」


 桂から呼ばれ、叱られる気配に鈴は情けなくふにゃっと眉を下げた。


「……桂、なんで。いきなり中島と結婚するの。この前まで別れてたのに」

「いや、十ヶ月前にあんたが言ったんじゃん。結婚相手にはうまく行くだけの相手がいいに決まってるって」

「だっ、だって、それはだって、客観的にそうだから」

「りん、落ち着いて。深呼吸」


 蘇芳に介護されている鈴のダメージは深い。

 なんせ、結婚を知らされたのは三日前だったのだ。



 忙しくしているな、とは思った。

 十ヶ月前、たまに行ってた合コンをやめて、飲み歩くのもやめて、鈴の相手も雑になった。


 今思えば珍しく本家の定例会も、環境整備の草むしりも、夏休みの子供見守りボランティアも出なかった。それら全てに鈴は参加して、ご飯をもらったり、浮き輪を持ってプールに行ったり、子供らと縁側でアイスを食べたりしたし、秋には子供らの運動会を見に行って、年始にはお年玉配りもした。しれっと蘇芳も忙しい合間を縫って監視するように参加していたが、桂は来なかった。


 忙しい、と言う桂に、ああ社会人は大変だな、そろそろ本気でバイトじゃなくて仕事探さないとな、と鈴なりに桂を労っていたというのに。

 まさか結婚準備で忙しかったとは。



「いや、全っ然。労ってるどころか、蘇芳がどうの、友達とはなんぞ、今まで何度も聞いてきたようなクソのような相談ばっかり聞かされたけど」

「結婚するの早くない?! あれからすぐ復縁したの?!」

「うん。あの日、あんたが家に戻って部屋で、ぬわっとか、違う、とか叫んでるのを生配信で聞きながら、じゃあ結婚すっかーって」

「待って、なにそれ」

「ファンに心配されてたよ。りんりん奇声上げてる~ってな」

「そっちじゃない!」


 いや、そっちも知らなかったから何とも言えないが、とうに過ぎた話だ。


 蘇芳と友達になってから十ヶ月。

 鈴が断固としてライブには参加しないことや、友達としても外に遊びに行かないことも、今までの生配信とやらでファンに筒抜けになってきた。


 何故かそのたびに好感度が高くなっていく蘇芳を見ていて、鈴はもう色々と諦めた。それに、Dのファンの人たちは怖くない。今のところは。



「私が気にしたのはね、あの日に結婚決めたってことよ。より戻してないままなんでしょ?!」

「結婚ってタイミングと勢いとノリでしょ」

「そういうことだ。ありがとう、御津原」



 しみじみと花婿である中島に感謝を言われて、鈴はふらつく。

 蘇芳に抱き留められたが。


「……せめて、せめてもっと早く話してくれても……いいじゃん……」

「だってあんたうるさいでしょ」

「まさに今うるさいしな」

「……うれしそうだな中島ぁ……桂の結婚準備、手伝いたかったよ……」

「私別にあんたに世話されなくても大丈夫だし。さすがに当日はかわいそうだから三日前に言ったんだけどね。優しいでしょ」


 ぐさりと刺さった。

 鈴を見て笑う桂は綺麗だ。

 見たこともないほど満たされた顔をしている。


「ほら、りん。しっかり」

「蘇芳、知ってたの?」

「うん」


 しらっと言い放つ蘇芳を振り返る。


「い、いつから」

「十ヶ月前から」

「え。知らないの私だけ?」

「うん」


 スーツを着た蘇芳が微笑む。

 Dのスオウでは見たことのない、髪を耳にかけるセットや、ネクタイ。思わず何度も「ひえっ」と叫びそうになりながら本家のある地元まで連行された。


「りん。ほら。いつも以上に可愛くしてるんだから、笑って」


 などと頬を撫でられる。

 この短い期間で、蘇芳はめきめきとファンサービスのスキルを磨いているらしかった。

 


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