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26 ときめいて



「結婚、とか、まだまだ先だし」


 鈴が苦し紛れに言った言葉を、桂も中島も鼻で笑った。


「じゃあ聞くけど、あんた蘇芳以外の誰かと一緒に暮らせる?」

「そもそも御津原が許すか?」

「ああー……蘇芳は鈴が誰かと付き合うのは許すだろうけど、結婚はねー……ちょっとマズいわね」


 二人がわかりあったように頷きあうが、鈴にはよくわからない。

 考え込む鈴の顔を見た桂が、感心したように目を丸くした。


「あんたマジで凄いね。他の誰かと付き合うのを蘇芳が許す訳ないって思うんだ?」


 言葉にされると強烈で、なんだか冷や汗まで出そうになる。

 鈴は見透かされたことに何とも言えない心地になりながらも、正直に答えた。


「……いや、驕ってるわけじゃなくて、ただ、邪魔くらいはされるかなって」

「合コン邪魔されなかったじゃん」

「私が初対面の人と打ち解けられるわけがないって見透かされてただけだよ……」

「確かに」

「それに、総さんにはあたりがキツいし」

「あれは本物だから。本当にあんたが憧れてるやつだから。あんたなんてあの人に目を付けられたらコロッといっちゃうからね」

「ええ……?」


 そんなわけがない。

 この間本家に帰って、二人でさちを保育園まで送っていったときだって、そんな雰囲気は全くなかった。鈴が渋い表情をすると、桂は見透かしたように笑う。


「蘇芳だって太郎ちゃんだって、あの人の影響を受けてるくらいだよ。あんたを蘇芳から離せる人がいたら、あの人だけ。蘇芳は絶対に勝てないってわかってるもの。蘇芳自体があの人を好きなのもあるしね」

「……そんなすごい奴がいんの?」


 中島が興味津々で聞くと、桂は深く深く、それは深く頷いた。


「私ら御津原の頂点に立つ人」

「なんかヤバいことはわかった」

「まあ、つまり鈴の結婚相手の選択肢は二つ。本家の長男か、元彼のアイドルか」

「うわあ」


 キツいワードだな、と中島が他人事のように呟く。


「そ、総さんは絶対違う。運命の人探してるし」

「あの人意外とロマンチストなの?」

「じゃあ、元彼のアイドルと結婚だな。おめでとう御津原」

「違うし!!」

「こっちはその気だわ。ほら、配信見てみ」



  ――質問!理想の結婚は?

  ――スオウも答えていいやつ?

  ――うん、いいよー

  ――よかったね、スオウ

  ――りんりんとの理想の結婚を語ってどうぞ



『普通でいい。普通に幸せになります。ありがとう。これからも応援してくれると嬉しいです』



  ――なんか結婚決まったけど

  ――プロポーズもしてないのに

  ――りんりん、これは逃げられない

  ――愛が本気で重いタイプ


  ――そして笑顔がいい

 


『こら! スー、ダメですよ! 可愛い妹は絶対に嫁にやらん!!』

『あらら、お兄ちゃん怒っちゃった~』

『太郎君はシスコンなんですよね』

『違うよ?! ただ妹は単純で馬鹿で猪突猛進だから、流されるようにスーが義理の弟になりそうで怖いんだもん!!』

『え? だめ? 俺は太郎と家族になれて嬉しい』

『……きゅん!!』


 胸を押さえた太郎がときめくと、流れるコメントが大波のように荒れた。

 どちらかというと、蘇芳と太郎が家族になることに関して好意的な、奇妙な盛り上がりを見せている。これでこの二人は永遠だ、なんて言葉まで打ち上げられた。

 呆然と見ていた鈴はハッとする。



「いや、結婚しないし!!」


 渾身の拒絶も、しらっとした空気で包まれた。

 中島がため息を吐く。あまりにも大きいそれは、鈴の髪を揺らすほどだった。


「……あのさー御津原、無駄な抵抗って言葉、もう忘れたわけ?」

「忘れてんのよ。どちらにしても、他の男との結婚なんて蘇芳は許さないと思うわ。付き合うのは許してくれるだろうけどね。鈴はダメな男に引っかかって泣けばいいって思える奴だから」

「うわ。狂気」

「それが蘇芳よ。泣いてから抱きしめるタイプだから。鈴がそう育てたんだからね」

「こわ」


 最後の中島の「こわ」は鈴に向けられたものらしい。

 二人の息のあったやり取りに悔しくなった鈴は後ろを振り返った。

 

 ソファに寝転がる中島の膝の近くで、桂がしなだれかかっているように見える。なんというか、御津原の親戚でもあり得ない距離感と安定感で、見ていてムズムズする。

 こんなにもリラックスしている桂はお目にかかれない。

 鈴の嫉妬の目に気づかずに、二人はさらっとした会話を始めた。


「そういえば、ケイは合コンどうだった」

「日本酒好きは見つかったけどね、バーで楽しく飲んで解散。品揃え良かったよ」

「へえ、どこ。今度行くわ。教えて」

「次の休みいつ? 連れて行くけど」

「あー、ちょっと待ってな、スケジュールアプリ見る」

「どこが未練ないねん!!!!」


 我慢できなくなった鈴が叫ぶと、二人は「関西弁?」やら「何言ってんの?」と言いながら同じような表情になった。それがまた腹立たしい。

 鈴は携帯をぽいっと床に投げて二人に向き合った。


「嬉しそうじゃん、中島! 未練はもうないとか、よりは戻さないとか言っておきながら、桂とお出かけできるってわかって嬉しそうじゃん!! 言ってたもんね、好きだって!!」

「……御津原ぁ」

「本当にデリカシーのない子」


 呆れる中島に、桂の冷めた目。

 それを向けられた鈴は「慣れました」と叫んだ。


「もう二人のドライな反応には慣れましたー! この似たもの同士! 何が、うまく行くだけの関係だったから別れた、よ。意味わかんない! 安定してていいじゃん……むしろ依存してなくて健全じゃん。付き合うなら刺激が欲しいとかいうつもりなの?! ハッ、馬鹿たれ!! 結婚相手にはうまく行くだけの相手がいいに決まってるじゃん!!!」


 鈴はその場で立ち上がった。


「羨ましいくらいだわ! おじゃまむしは帰りますう!」


 お若い二人でごゆっくり、と捨て台詞を吐いた鈴がどたばたと出て行くのを、中島と桂はぼんやり見送った。




「御津原、生配信中って忘れてねえ?」

「馬鹿で可愛いでしょ」

「……ノーコメント」



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