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25 リーダー



『え? 妹? 今日はいないよ。唯一のお友達と出かけてる』


 配信を見ているファンに「りんりんは?」と聞かれた太郎が素直に言えば、睦が「唯一なんだ~」と画面の中で屈託なく笑った。


「ち、ちちち違うし」

「そうじゃん。番犬の守りのせいで女友達もいなかったでしょ、あんた」

「番犬て。御津原のこと?」

「そうそう、蘇芳」


 否定する鈴を桂が一刀両断すれば、中島は納得したように鼻で笑った。

 ソファにごろ寝して少女マンガを読んでいたはずが、今や本は置いてDの生配信を一緒に見ている。三人してファンが書き込むコメントの波を追っていた。



  ――むっちゃんはりんりんに会ったんだっけ

  ――ああ、生配信の時

  ――どうだった?

  ――千夏は会ったことある?


  

『うん、会ったよ~。タロそっくり。ね、千夏』

『似てましたね。テンションもよく似てました』

『えへへ。妹のことそんなに褒めなくて良いよお』

『大丈夫です、あんまり褒めてません』

『こらこら~、ダメだよ千夏、タロはシスコンなんだから~』

『……いえ、きちんとした方でしたよ。配信中に入ってしまったことも深々と頭を下げてくださいましたし』




 とってつけたような千夏の褒め言葉に、太郎はご機嫌に笑って千夏の頭をなでて、それを見た睦が「んふふ」と笑っている状況に「なごむわー」という反応が続く。


 

『じゃあ、そろそろ妹の話題はいいとして、せっかくの生配信だし、Dに聞きたいことはある? 何でも良いけど、ダメなやつはこのリーダーが責任を持ってスルーしますので、空気の読めないそこの二人は勝手に喋らないように。スーとむっちゃんのことですよ。わかったらおててあげてくださーい』

『は~い』

『ん』

『わかりました』

『あ、ちいは大丈夫だよ』



 気を抜くと、緩い空気に「ふ」と笑ってしまいそうになる。

 コメントも同じように和やかなものだった。



  ――もうかわいい

  ――これでめちゃくちゃ踊る人たち

  ――この四人をまとめて一生推せる

  ――質問!スオウ以外のメンバーの三人、好きなタイプ教えて!

  ――スオウ以外

  ――だめ、スオウ以外がじわじわくる

  ――スオウ除外された



『お、質問ありがとう。好きなタイプか。俺はねー』

『好きなタイプは、りん』

『いや、スー以外だって書いてるでしょ! っていうかリーダーの許可待つ約束は?!』

『即答~。んふふ、愛が重いタイプだね~』

『むっちゃんもおだまり』

『太郎君は人を叱るとき、個性的ですよね。ちなみに好みのタイプは良識的な人です』

『ちいは本当に真面目でリーダー助かるわ。ほら、むっちゃんは?』

『ん~、エキセントリックな人が好き~』

『……? エキセントリック、ですか?』

『むっちゃん、たまに闇を見せるのやめなさい。ちいもその話を広げちゃいけません』

『じゃあタロは~?』

『よくぞ聞いてくれました、むっちゃんいいこ。俺はねえ、一生懸命な子』

『あれ、思ったより普通ですね……』

『だね~』



  ――その普通感がタロのいいところだよ

  ――結婚できそうにないけど

  ――それにしてもスオウはブレないね

  ――どうなの、りんりんとうまくいってる?



『いつもフられてる』

『あっ、スー、また勝手に答えた』

『タロ、無駄だよ~』

『無駄ですね』

『でも、りんと友達にはなれた』

『……友達』

『……友達~』

『……友達ですか』



  ――三人の無言かわいいー

  ――微妙な顔してても格好いいのは卑怯

  ――いや、待って

  ――友達って

  ――りんりん面白いな

  ――スオウ、友達になれてよかったねー

  

  

「……聞いていい?」


 鈴は配信を追いながら桂に尋ねた。


「なによ」

「この人達はどうして全く荒れないの?」


 和やかすぎる。

 まるで友達と話しているような「最近あの人とどーよ」というテンションであり、そこに他意は限りなくなさそうだった。

 桂はコメントを追いながらあっさりと答える。


「太郎ちゃんのおかげ」

「本当に?」

「……なんで疑うわけ?」

「それはケイが御津原贔屓だからじゃねえの」

「太郎だよ? 私の馬鹿兄の方だよ?」


 中島のまっとうな意見を補強する鈴に、桂からは「馬鹿なのはあんただ」と言いたげな目を向けられた。


「あのねえ、こうやって不定期に生配信をしてるけど、それってファンクラブの会員だけに通知されるの。つまり味方だけ。その中で必ずあんたの話題が出るからね。毎回。それうまく捌いてるの太郎ちゃんだから。スオウ、イコール、りんりん、が常識だよ」

「いったい何の常識ですか?」


 意味が分からない。

 けれど、なぜか画面の向こうでは「スオウの恋路を応援する会」でもできているように盛り上がっていた。

 何よりスオウがご機嫌に笑っている。



『みんなありがとう』



  ――頑張れスオウ

  ――いや、多分これかなり頑張ってる感じじゃない?

  ――スオウ、りんりんをじわじわと包囲してる的な

  ――束縛系彼氏?

  ――似合うー

  ――ニコニコしてる

  ――かわいい

  ――これは、りんりんが折れる日も遠くはないかも??

  ――この顔に好きって言われて拒否できるのはすごいよね

  ――私は無理

  ――同じく

  ――即婚姻届取りに行くわ

  ――ごめん、わかる

  


「どうよ、わかるの? 御津原は」

「中島……他人事だと思って」

「他人事ですから」

「そういえば、あんた結婚とか考えてるの?」


 桂に言われた鈴はぽかんとした。

 結婚?

 考えたこともない。


 その表情で何かを察されたのか、桂と中島は「はあーーーっ」と大きなため息を同時に吐いた。


「あれでしょ、どうせ、将来も蘇芳と一緒って漠然と思ってたから結婚そのものを深く考えたこともないんでしょ」

「だなー。なんっにも考えずに、御津原と結婚することを刷り込まれてそう」



 この現実主義な二人が揃うと、言葉によるダメージが重い。


 鈴は初めて兄の存在意義を見いだした。

 合間合間にふざける人間は必要なのだ。


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