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24 イケメン耐性




「思ったんだけど、いっつも蘇芳は、りんが決めたならって言うけど、絶対違うよね?!」

「誘導はしてるね」


 桂がスタスタと風を切って歩きながら同意してくれたが、ついでに「あんた馬鹿なの」という言葉もくれた。


「スオウとリンって言葉出したせいで何人かすれ違い様に見てたよ」

「あっ」

「大丈夫。Dのスオウのイタいファンっぽかったから気づかれてない」

「……そうですか」


 それでも恥ずかしい。

 鈴は桂の隣を歩きながら、あの話し合いにならない話し合いの後に、太郎がひょっこり部屋にやってきて「ごめんね、妹よ。一人でよくスーと戦った。ご褒美にこれを上げよう」とスイーツ食べ放題のチケットをもらったことを思い出す。


 太郎の「よく頑張ったね……」というぬるい目を思い出すと、今でも疲労感に襲われる。



「疲れた……本当に疲れた。全く勝てなかった……」

「鈴が勝てたことなんてないじゃん」

「……」

「付き合うときだって、そもそも周りを相当固められてたし」

「……」

「あんた、付き合わないって選択肢が頭になかったでしょ」

「なんで?!」

「根気のある下準備のおかげ? で、どれくらい負けたの?」

「それは」


 鈴はすべて白状した。

 なぜか好きであることがばれたこと、実は蘇芳は自立できていて、そうしない理由は鈴にあること。依存しなきゃ抜け殻になるのは鈴自身だと指摘されたこと。とにかく全部だ。全戦全敗だ。


「それみんな知ってるよ」

「えっ?! 本当に?!」

「周知の事実。知らぬは本人だけ。鉄壁防御だからね、あんたの番犬は」

「番犬……」

「実際に飼ってるのは向こうだけど、でも、そう育てたのはあんただからね」

「……聞きたくない……」

「あ、ついた。ここだ。ほら、行くよ」



 食べた。

 むしゃくしゃしたので食べてやった。

 体重なんか気にしない、と鈴は次から次へとケーキやらプリンやらムースやらを体内に取り込んでいく。

 お洒落な店内で幸せな気分に満たされて、ほっと一息ついたところで男性の店員が紅茶を淹れてくれた。


「お嬢様方、どうぞごゆっくり、良いひとときを」


 などと言って消えた店員の背中を、鈴は指さす。


「なにあれ」

「イケメン執事と優雅なスイーツタイム」

「は?」

「ほら、ここのコンセプト」


 テーブルに置かれているメニューを桂がちらりと見る。

 そういえば店内もなんだか女子受けがしそうな装飾であふれているが、全く気づかなかった。


「あんただけだよ、無心でケーキ食べてたの。他の子たちは店員呼ぶために高いお茶頼んでばっかりなのに」

「へえー。でも、イケメンだった? 普通じゃない?」

「……」


 桂から無言を食らう。

 鈴は紅茶でそれをやり過ごした。しかし、桂は「はあー」とため息をついて小さなガトーショコラにフォークを突き立てる。


「私が合コンに繰り出す理由はね、あんたみたいにならないように、よ」

「?」

「だから、顔が良いやつを見慣れすぎてるとね、麻痺すんの。そうなりたくない。私は普通でありたい。依存しあう幼なじみを見てきた身としてはね」

「そうでございますか……」

「さっきも言ったけど、あの番犬を育てたのはあんただよ。責任とりな」


 育てたかな、と一瞬首を傾げたところを見逃してもらえず、桂の目が厳しくなる。


「育てたわ。あれはあんたに好かれるためだけに生まれてきたような男よ?」

「そこまでじゃないと思うけど……わりとあっさり引くんだよ、ああ見えて」

「いいや、絶対どこまでも追いかけてくる。鈴には絶妙な加減で引いてみせてるだけで、そんな気ないから。いつもあんただけ騙されてるけど」

「あ……うん、それは、はい」


 歯切れの悪い鈴の返事に何かを察したのか、桂はガトーショコラを口にして目だけで「もう騙されたのか」と聞いてきた。

 鈴は頷く。


「流れで、友達になろうって言ってしまいまして」

「……」

「外に目を向けて欲しいって伝わったらしくて、じゃあそうするって言うから。ああいう言い方するときって」

「あんたの望みなら実行するときの言い方?」

「……ええ、はい」

「で、本気だと思ったあんたは咄嗟につなぎ止めようとしちゃったわけだ? バカな子」

「全て仰るとおりです」

「だから言ったじゃん。あれはあんたを側に置くために生きてるんだってば。別れたのも、今の仕事をしたのも、関係に変化を付けたかったからだわ。絶対そう」


 桂が言い切ったので、鈴はもう反論するのはやめた。

 現実を見るしかない。退路は自分で断ったのだ。


「友達になれると思う?」


 桂に聞くと「知らんがな」と匙を投げられた。

 つまるところ、無理だろ、と言いたいのだろう。

 桂のフォークがピッと鈴に向く。


「依存を脱するためにやれることやってみたらって言ったけど、正直番犬からは逃げられないと思うわ。ま、ガンバ」


 激励のようでいて激励ではない。

 鈴は取りあえず席を立った。

 ケーキを。

 ケーキを食べよう。




    ○




『はじめまして、こんばんは! Dだよ~』


 キラキラのエフェクトが踊る小さな画面の中で、睦がにこっと笑って手を振った。

 長めの袖があざとい。


 むっちゃん、かわいー、と言葉の波が打ち上がる。


『えーと、もうこの挨拶定番だね……ああ、そうですね、定番です。ダメですか?』


 画面の文字を追った千夏が苦笑すると、ダメじゃない、という反応とハートが怒濤のように溢れた。




「あんた本当に馬鹿だね。もう可愛いほどの馬鹿」


 隣の桂が感心したように言う。

 二人で並んで床に座ってソファに寄りかかって見ているのはDの配信だ。


 イケメンらしい執事にお茶を淹れてもらって帰ってきた二人は、エレベーターの中でチロンという桂の携帯の通知音で不定期にあるDの生配信があることを知った。それで、こうして並んで見守ることになったのだ。



「いや、帰れよ」



 上から無愛想な声がする。

 ソファには中島がどてんと横になって少女マンガを読んでいた。


「なんでうちに来るわけ。帰れ。御津原に寄ると恐ろしい目に遭うんだよ」

「だって、この配信うちでしてるんだよ?! ほら見てよ、太郎の部屋!! 帰り着く前で良かった!!!」

「俺は全然良くない」

「ごめんね、わたる。少しだけ」



 不満そうだった中島は、桂の一言であっさり黙ってくれたのだった。


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