22 無意味な気合い
「依存ってそんなに悪いの?」
なんで笑ってるのよ、と鈴が聞いた答えがこれだった。
思わず「あ、そうだね、別に何も悪くないね」と、誰かさんに培養された「蘇芳に甘い思考」が口に出そうになって、自分が恐ろしくなる。
「こここ、怖い」
「ふ。怖い、ね」
蘇芳はどうしてか満足そうだ。
そう言えば、付き合うことを了承したときもこんな顔をして笑っていた。
「……ちゃんと聞くけど、蘇芳」
「なに」
「楽だから私と一緒にいるんだよね?」
「うん」
「それって好きとは違うんじゃないかなあ?」
「好きなりんと一緒にいるから楽なんだけど」
「……」
「……」
「えーと、だから、えーと」
「りんは、俺といて楽じゃない? 苦しかったりするの」
「まさか!」
「知ってる」
思いっきり反論したら、しれっと返される。
これは。
喋れば喋るだけ負けるような気がする。
鈴は両膝をしっかりと抱き寄せるようにして、気合いを入れ直す。
「私たちはね、きっとうまく行かないと思うの」
「なんで」
「依存関係って、ほら、よくないよ」
「なんで」
「だって……だって、そう! 想い合ってこそ、でしょ。依存って自分のことしか考えてない感じだし」
「想い合ってるじゃん。需要、供給」
需要、で鈴を指さして、供給、で自分を指さす蘇芳は「鈴のために無気力でいる」ことを認めた。
「な、なんで?」
「好きだから」
りん、そろそろ付き合う?
んー、うん。いいよ。
じゃ、明日から彼氏ね。
明日から彼女ね。
そんなふわっとした始まりだった。
二人きりで情熱的に好きだ何だと言い合ったことはない。
「そんなの、今まで聞いたことない」
「言ったよ。届いてなかっただけだろ」
そうかもしれない。
鈴が愕然としていると「鈴が帰国してからも何回も言ってるし」と追い打ちをかけられる。確かに言われていた。
「で、でも、蘇芳の言う大好きって、さちが総さんに言うような大好き、じゃん……」
語尾に元気がなくなっていくのは、自分で言っておきながら傷つきそうになっていることに気づいて、そんな自分の浅ましさに居たたまれなくなったからだ。
おままごとの「好き」なんていらないと言っているのに等しい。
恥ずかしくて仕方ない鈴に反して、蘇芳は体育座りのまま膝に頬をついて、リラックスした様子で頷いた。
「うん」
……。
うん?
うんって言った?
目を丸くする鈴の視線に気づいた蘇芳は、なぜか微笑みを寄越す。
「そうだけど、何か変?」
「……変だよ」
「なんで」
「な、なんで……?」
何を言ってるのか、と言いたげに聞いてくるので、自分の方が変なことを言っている気になってくる。鈴が言い淀むことがわかっていたように、蘇芳は笑った。
「どんな好きでも、好きは好きだろ」
「……そうでしょうか……?」
「だって、りん以外に好きになったことないし」
「そ、そうですか」
「なんで敬語?」
「会話ができていない気がして仕方なくて」
「してるよ」
「はあ……」
丸め込まれている感覚しかない。
鈴は流されぬように耐える。
「蘇芳の好きって、さちが、総さんを好きって言うのと同じってこと、だよ、ね?」
「好きは好きだから、同じでいいんじゃない」
「いや、あのー、違うと思うよ? 子供がかまってくれる大人を好きって言ってる好きは、年頃の男女の好きとはなんか違います。そういうのは変だよ」
「じゃあどういうのが欲しいの」
「えっ」
「りんは俺にどう好きでいて欲しいの」
「そんな話してたっけ?!」
鈴がびっくりすると、蘇芳は「そういう話だよ」と素知らぬ顔で言い放った。
「りんは、さちがアレに向ける好意と同じじゃ変って言うけど」
「アレって……総さんだよ」
「嘘をつく必要のない子供の好意って一番純粋だろ」
蘇芳がまともなことを言っている。
鈴が衝撃を受けているのも構わずに、蘇芳は少しだけ体勢を崩して、何かの撮影のような美しい体育座りでじっと鈴を見つめた。
「その頃のまま、りんを好きなだけ」
「ひいっ!」
「……なにその反応」
ちょっと刺激が強すぎた。
鈴は、ぜえはあ、と切れそうな息を何とか飲み込む。
Dのスオウが「好き」と言ってくれた衝撃をやり過ごさなければ。
「なんでも、ないです、はい……」
「昔の話だけど」
「……ん?」
「昔、りんはアレのこと憧れてただろ」
「……ええ、まあ、そうですね」
「だから、同じじゃ駄目だって思って。子供なりに頭をひねってひねって熱だして、これだって思ったんだよね」
「こ、これだ、とは……」
嫌な予感しかしない。
「りんが見放せないように、全力で甘えるしかないって」
「やっぱり!!」
私か、私のせいなのか、と鈴は両膝の間に顔を埋めた。
「アレと同じように振る舞ったって、真似しただけで本物にはなれないし。別になりたくもないし。でも、ほら、俺が熱を出したとき、りん、かなり嬉しそうに世話焼いてくれただろ。こっちだって」
「嬉しそうじゃないよ!!」
「嬉しそうだったよ」
反論が即座に潰される。
蘇芳が熱を出して、確かに看病をした。
看病と言えない、周りをちょこまかしているだけだったが、いつも無表情気味で自己主張のしない蘇芳が頬を赤くして布団に埋まりながら「りん……りん……」と呼ぶので、ひたすら手を握っていたのを覚えている。
「いや、待てよ」
鈴は呟く。
あのとき、初めて「誰かの世話」をして「頼られる」ことの得難い喜びに目覚めたような気がする。
「蘇芳のせいじゃん!!」
「つまりお互い様?」
そう言って、蘇芳はやはり芸能人っぽい微笑みを向けてくるのだった。




