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21 懐かしいアレ



 子泣き爺のように背中に張り付いていた蘇芳が、パッと離れる。

 そして、何を思ったのか手を繋いで鈴を引いた。


「すすすす、蘇芳、手」


 焦る鈴に「手が何?」とすっとぼける蘇芳の力は強く、ふりほどけそうにない。


 そう言えば昔は、鈴が手を引いていた。

 いや、付き合っていた一年前まで、蘇芳の手を握るのは鈴の役目で、主に「いやだ」や「面倒だから動きたくない」という蘇芳を文字通り引っ張ってきた。

 まさか、自分が蘇芳に手を引かれる日が来るとは。

 落ち着かない。


「はい、座って」


 ドアを開けて鈴を押し込んだ蘇芳が、床を指さす。

 自分の部屋なのに牢獄に連れてこられた気分だ。


「……床に?」

「ベッドに座ったら襲う」

「床に座らせていただきます」

「残念」


 薄く笑った蘇芳は、鈴の逃走経路を塞ぐようドアを背に座った。が、きちんと開け放してあるので、元々「襲う」なんて気はない、はず、だ。

 鈴は両膝を抱えるように座る。

 防御の姿勢、もしくは体育座りと呼ばれるアレだ。


 鈴を見た蘇芳は、鈴と同じように座りなおした。

 部屋の中で、二人して懐かしい座り方をして体育の授業のように向き合っている。


「……なにこれ」

「りんがするから」

「そっか」

「あと、手を出さないように固定するのにちょうど良いなって」

「……そっか」


 後ろへ下がった鈴を見て、蘇芳は笑う。

 いつのまにこんなに大人びた笑い方をするようになったのだろう。

 まるでどこぞの表紙を飾るモデルのような笑みだ。


「……あ、アイドルだった」

「? なにが」

「いや、なんか芸能人みたいな笑い方をするから」

「一応そうだけど」

「うん、だから、びっくり……して……」


 鈴は突然気づいてしまった。


 スオウがいる。


 自分の部屋に、スオウが。


 Dの、スオウが。



「これダメなやつー!!!」



 突然大声を出した鈴をほんの少し驚いたように見るスオウ――いや、御津原蘇芳を直視できずに、鈴は抱えた膝の間に頭をごんとぶつける。


 危ない。

 一瞬、Dのスオウにしか見えなかった。

 蘇芳と会っていない間に、深夜までネットの海で検索して魅入っていたせいで、頭の中が元彼で幼なじみの蘇芳と、Dのスオウが混ざって大変なことになっている。

 気を抜くと目の前の蘇芳が芸能人に見えてしまい、しかもファンのような反応をしてしまいそうな自分がいた。

 応援するけど、ファンにはならないと言ったのに。


 恐ろしい。

 恐ろしすぎる。

 長時間二人きりでいることは耐えられない。色々な意味で。


「りん、頭大丈夫?」

「ダメ……多分大丈夫じゃない。落ち着く時間をください」

「いや、打ったところは痛くないかって心配のほう」

「それは大丈夫」

「じゃあ俺と付き合って」

「付き合わない」

「チッ」


 舌打ちを聞いてほっとする。

 この、しつこくて、自分本位で、わがままでどこかあざとい感じ。


「蘇芳だなあ……」

「そうだけど。他に何になるの」

「芸能人様」

「俺は俺だよ」

「Dのスオウは、別人だよ」


 ちゃんとファンを見てて、やる気がなさそうに見えるけど――実際ないけど、それだけじゃない魅力があった。

 夜中まで見続けるくらいには、鈴を夢中にさせた。


「私といない方がいいと思えるくらい、そっちのスオウのこと好きだよ」


 ぽろりとこぼした本音は、しんとした部屋の中に響いた。

 ハッとして顔を上げた鈴が見たのは、むすっとした蘇芳だ。


「ふーーーーーん」

「いや、別に、宇宙人通り越してわかめって言われてる蘇芳も、あの、好きだけど。そういうことじゃなくて、なんか、輝いてるなあって」

「ふーーーーーーーーーん」

「好きだよ?! 蘇芳のこと、そのまま好きだけど、なんか私といちゃダメになるかなって思っちゃうの!!」

「俺のこと好きなんだ?」


 にっこーっと笑った蘇芳の表情で、鈴は盛大に口を滑らせてしまったことに気づく。つい「人間として」と言おうとしたが、膝に頬を寄せてにこにこで体育座りをする姿を見たら何も言えなくなった。


「そのことは、今はいいの」


 と、できるだけ真面目な顔で言うことにする。

 よし、この話題は流そう。


「とにかく、私と蘇芳は」

「何がダメになるって?」


 無理だった。

 蘇芳はじいっと鈴を見ている。

 この目に弱いことをわかっていて使っているのだ。


 そういえば昔からそうだった。

 付き合うきっかけだってそう。

 幼い頃から一緒にいて、小さな蘇芳の手を引いて、まるで姉のような立ち位置にいたのに、不思議とそうはならなかった。

 蘇芳はいつも鈴を「お世話係」ではなく「特別な女の子」として扱ってくれていたのだ。それはもう、絶妙な加減で。



「……蘇芳って、実は自立してる?」



 鈴はふいにそう口にしていた。

 蘇芳の口はしっかりと閉ざされる。


「……」

「最初から、自分のことは自分でできた人なの?」

「……」

「私といると楽なんだよね?」

「うん、楽」


 答えた。

 鈴は疑いの眼差しを引っ込めることなく、じとっとその飄々とした目をのぞき込むように見る。


「なんか、思春期になったら自然と周りが付き合うんでしょって空気になったけど、あれって」

「……」

「今思えば、用意周到に準備してたんだよね?」

「俺と付き合うの、嫌だった?」

「別に、そういうわけじゃないけど……なんか、流された感はある」


 思い起こせば、鈴は蘇芳と彼氏彼女という形になることに躊躇いなどなかった

 むしろ、そうなったときにはこれからも蘇芳を助けていく気に満ちていたような気がするし、蘇芳は蘇芳で安心して全力で無気力になっていた。



「おかしいよね?! 付き合うのに、依存し会う気満々って!!」



 そうだ。

 なぜこんな関係を疑うことなく受け入れたのだろう。

 自分がよくわからない。

 それ以上に、今もにこにこと無邪気に笑っている蘇芳がよくわからなかった。


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