2 王子様じゃなくて
蘇芳と鈴は遠戚に当たる。
御津原家は男子に恵まれる家系で、元は田舎の地主らしく、本家はやたら大きなお屋敷だ。子供好きで集まるのが好きな大人ばかりで、年に数回、暇があれば誰かがよく顔を出しているし、遠戚の子供だけで「ただいま」とお邪魔したりもする。
鈴と蘇芳も、同じ御津原の名字だが、実際はかなり遡らなければつながりはない。
桂もそうだ。
桂も蘇芳も鈴も、親が濃い付き合いに慣れていて、さらに仲も良かったことから田舎から出て同じマンションに暮らし初めて今に至る。
御津原の家の者は集まっていないと安心できないらしい。
「……蘇芳が踊ってる」
鈴は呆然と呟いた。
テレビの画面の向こうでは、兄と元彼と、それからやたら顔の良い見知らぬ男が他に二人。
まるで親友のような距離感と信頼感を持って、バチバチのキレキレで激しく踊っていた。疎い鈴には詳しいことはわからないが、その動きはもはやプロの域に見える。
「蘇芳が回ってる」
「うん」
「ステップ踏んでる」
「うん」
「蘇芳が」
「見たらわかるでしょ」
桂のしらっとした言い方に、床で溶けていた鈴は起きあがって指をさした。
「蘇芳だよ?! 右足動かすのが面倒で学校休むって言う、あの蘇芳だよ?!」
「鈴が行こうって言うとあっさりついて行く蘇芳だね」
桂はそう言って画面の向こうにいるのは鈴の知っている「御津原蘇芳」だと言うが、どう見ても知らない男にしか見えない。
顔は知っているが、あんな複雑な動きを、それも人と合わせてできるだなんて知らない。
「わかめだったのに」
「わかめ? あー、保育園の発表会で王子様の役を押しつけられたくなくて登園拒否して、見事勝ち取ったわかめ役のやつね」
「わかめでさえやる気なくて、身体横に揺らすだけだったのに」
「鈴が腕を後ろからバンザイさせてゆらゆら揺らしてたやつね」
「蘇芳なにしてんの?」
「アイドル」
あいどる。
鈴の中でカタカナに変換できないのは、アイドルと蘇芳が繋がらないからだ。
しかし、画面の向こうのスオウはアイドルだった。
流し目をして、時折カメラに向かって悪戯っぽく口元だけで笑って、それからまるで射抜くように力強い視線を向けてくる。
肌もつるつるしているし、黒髪もツヤツヤしているし、何より手足が元気に動いている。
これはもう、鈴の知っている蘇芳ではない。
「太郎ちゃんも踊ってるんだから見てあげれば?」
「馬鹿太郎のことはいいの」
「ダンス審査では太郎ちゃんが一位だったんじゃなかったっけ」
「審査?」
「審査。オーディション番組」
「なんで?」
なんで、と聞くと桂は眠そうにあくびをする。
「ふあ……太郎ちゃん、蘇芳となら天下を取れるって言って応募してた。全部ど素人だったけど、合宿とかであの二人のペアが相当支持されたらしいよ。太郎ちゃん元々器用だし、愛嬌あるし、馬鹿だし、蘇芳といれば確かにバランスがよくて華があるから」
鈴は忘れていたが、兄の太郎は一を聞いて十を知る以上のタイプの人間だ。
聞いたらできる、見たらできる、再現度は本人よりも高いハイスペックな神童で、それは鈴の分も吸い取っていったと本気で思えるほどだった。
テレビ画面の向こうでは、プロのアイドルが踊っている。
よく見れば、本当に太郎もいた。
一番キレのある動きをしているのが、生まれてからずっと一緒にいた兄だ。
「いやもう、なにしてんの」
呆然と呟く。
君に会いたかった、ずっと待ってた、ただ一途に君だけを、と歌い終えた四人は、そのまま強制エンドロールでフレームアウトされ、他のアーティスト達が一生懸命盛り上げる中、番組は終わった。
「蘇芳の鈴のための歌だったね」
ぼそりと桂が言う。
鈴は頭を抱えた。これは大変だ。
無気力な蘇芳がどうしてアイドルのオーディション番組に太郎と出たのかは知らないし、どうして受かったのかはもっとわからないが、もうすでにデビューをして、老舗のライブ番組で司会者に話を振られるほどには存在感があるのなら。
「……ちなみに、D? の、人気は」
鈴が確認をとると、桂は「はい」と巨大広告塔に四人の顔がバーンと乗っている画像を見せてくれた。
「わかった」
わかった。
つまり、人気がある。
ファンが大勢いる。
「そんな中で、あいつは彼女がいるって口にしたのね?」
「別に、大好きな彼女って言っただけじゃん。犬とか猫とか誤魔化しようがあるって」
「無理でしょ!!!」
「あのねえ、そもそも、このあたりじゃ蘇芳が鈴を死ぬほど好きなことはみんな知ってるんだよ。デビューした蘇芳が、鈴と別れる訳ないから続いてるんだろうって思ってるって。テレビでいつボロ出すのかみんな賭けてたし」
「それはそれで嫌!!!」
「ねー、おばさん、みんなそう思ってるよね」
桂がキッチンにいた鈴の母親に聞くと「そうねえ。私は鈴が帰ったら即バレるに一万円賭けてるよ」と普通に返した。
ほらね、と桂が絶望に顔を青くする鈴を追い込む。
「みんな、蘇芳が鈴のためにテレビに出てるんだって思ってるよ」
「違うわ……」
「本当に知らなかったの? オーディションに出てたことも、半年の合宿も?」
「知らない。なんでそんなことしてるのか、全くわからない」
「じゃあ、蘇芳に聞けば?」
「え」
桂が再び画面を見せてきた。
『太郎ちゃん: へい、桂! 今から蘇芳と帰る~ 鈴怒ってる?』
「お、おおおお、怒っとるわ!!!」
「了解。怒っとるわ、と」
「そうじゃなくて!!」
鈴が叫ぶ。
いろいろ追いつかない。
自分の知っている無気力でだらしなくて、無表情のくせに顔がよかった、わかめを演じすらしなかった幼なじみはどこへ行ってしまったのだろう。