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19 危ない二人


「中島……?」

「よ。久しぶり」

「いやなんで」


 家にいるの、と聞こうとしたところで、その両手に荷物を持たされていて納得する。予想通り、鈴の母親がひょこっと廊下から出てきた。


「中島くーん、荷物ありがとうね。おやつ食べて行きなさい」

「帰ります。すぐ下なんで。夜だし」

「すぐ下なんだから、ゆっくり休んで行きなさいね」

「……はい」


 負けた。

 押しの強い母に無事中島は敗北して、鈴が座り込んでいる後ろのソファにどかっと座った。


 中島はこのマンションの住人で、鈴の幼なじみで、小中高と同級生で、桂の元彼だ。

 地味で適当な相づちしかしないくせに面倒見がよく、ぶっきらぼうなところが年上受けがいいらしく、おばさま方に人気がある。すぐにさっと荷物を持ってくれる好青年として知れ渡っていて、マンション内での人気ランキングは蘇芳と太郎を抑えての不動の一位だ。



「合コン行ったけど成果なく帰ってきて元彼だったアイドルを見てる御津原、ケイは?」

「うっさいわ!」

「違った?」

「あってるけど!!」


 なんでわかるんだ、と後ろを睨めば「色々と気合い入ってるから」と言われて、鈴は取りあえずダンとローテーブルに突っ伏した。


「で。ケイは?」

「日本酒好き見つけて、バーで飲んでから帰るって」

「ふうん」

「妬いてるのー? 妬いてるんでしょー」

「めんどくせえ奴。元彼見て不満そうなのそっちじゃん」

「……違います」

「御津原とより戻さない理由は?」


 この中島という男は、桂以外は鈴も太郎も蘇芳も「御津原」と呼ぶ。

 いつだったか高校で「御津原ー、御津原が呼んでる」とどのクラスに行けばいいのかわからない連絡を寄越して消えたことがあった。


「色々あるのよ。色々ね」

「いや、ねえだろ。怖がってるだけで」

「今日の合コンさー」

「おー」

「行けば誰かと出会えると思ったのね」

「あー」

「なかったわ。私にやる気が」

「へー」

「それでさあ、マンガだったらあるじゃん。出会いのない合コンの帰り道」

「物拾ってもらったり」

「昔の同級生に出会ったり」

「運命的なアレね」

「そ。全くなかったわ。ふっつうに帰ってきたわ。帰って蘇芳見てたわ」

「無駄な抵抗じゃん」

「……だから言ったんだよ! 私は馬鹿かもしれないって!!」

「だから言っただろ。本当にな、って」

「ですよね!」


 突っ伏したままだった鈴は顔をがばっと上げる。


「いや、会ってるな……?」

「は?」

「昔の同級生に運命的に会ってるよね、今」


 ばっと後ろを向くと、中島は地味な顔を嫌そうに歪めた。


「違う」

「昔の同級生」

「……まあ」

「合コンの帰り」

「……帰宅してんじゃん」

「運命的に」

「……同じマンションだろ」

「出会った」

「……御津原の母親にな」

「もーー」


 ノリ悪い、と文句を言うと、中島は「現実を見ろ」と言った。


「見てるし。現実」

「面倒くさいから御津原とより戻せよ」

「そっちは、桂とより戻さないの」

「戻さない」

「……なんで別れたの? うまく行ってるように見えてたんだけど」


 答えないだろうな、と思ったが、中島は顔色も変えずに口にした。


「俺は好きだったけど、うまく行くだけの関係だから無理だっただけ」

「お……おう」

「その反応、御津原と一緒」

「……どっちのよ」

「兄のほう」

「別れた理由、太郎は知ってたんだ……」

「あいつはお節介だから」


 その言い方は穏やかだ。

 鈴はローテーブルに肘をつく。


「蘇芳といると、ダメになる気がするんだよね」

「いいじゃん。それで」

「……いやいや、ダメだよ」

「なんで。俺とケイは、ダメになれなかったからダメになったんだけど」

「……ん? ちょっと難しい。え、どういう意味?」

「御津原馬鹿だったな。ごめん」

「謝らないでくれるかな?!」


 くすりともしない中島と言い合うのも疲れて、鈴は顔の力を抜いた。


「はあーーーー」

「ため息でか」

「中島、私と付き合わない?」

「無理」

「取りあえず彼氏がいれば解決する気がしてさー」

「無理」

「蘇芳のことは好きじゃないし」

「聞いてない」

「それをほら、誰かと付き合えばわかってもらえると思うんだよ、うん」

「……じゃあ、わかってもらって、向こうにも彼女作れっていうのかよ」

「かのじょ」


 かのじょ。

 かの、じょ。


 彼女。

 蘇芳の、彼女。


「はあっ?!」

「なにキレてんの」

「キレてないですけどお?!」

「御津原、相当わがままだぞ」

「……はい」

「くっついとけ。面倒くせえ」

「いやです」


 鈴の(かたく)なな態度に、中島はどうでもよさそうにソファから見下ろしてくる。そこに、鈴の母親からの「おやつ」が差し入れられた。

 シフォンケーキと紅茶を、二人で床に座り込んでのそのそと食べ始める。


「桂に未練はないの」

「ない」

「即答か」

「別れるってそういうことだろ」

「……はい」

「好きにすれば?」


 中島に言われて、鈴はシフォンケーキをつついていたフォークをぴたりと止めた。

 

「合コンでも何でもして、彼氏作ればいいじゃん。無駄だってわかるまでやれば?」

「うるさいよ」

「ただ、御津原を怒らせると相当危ないから気をつけろよ」

「……ど、どっちの」

「危ないのはどっちも」

「太郎も?!」

「シスコンの兄のほうがヤバい」

「意味わかんない……」


 兄である太郎がシスコンであるなど聞いたことがない。

 鈴にとっては、太郎は神童だった馬鹿で、器用に生きる自由人だ。

 そう言うと、中島は同情するように鼻で笑った。


「いや……蘇芳の何が危ないのかもわからないし……」

「みんな知ってるけど」

「よし、いいから、私と付き合おう」

「無理」

「いいから、彼氏って蘇芳に言っとくだけだから」

「無理以上の無理」

「私の彼氏になってよ」

「うわ、御津原、体当たりすんな」

「八つ当たりです」


 どん、と勢いよく肩をぶつけた瞬間、二人ともぐらりと倒れる。

 

 馬鹿みたいにタイミング良く、生放送から直帰したらしい蘇芳と太郎が「ただいま」と帰ってきたところだった。


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