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17 知られざる一面



 総と手を繋ごうとしていた手が、着信音に止められる。


「蘇芳?」


 総に聞かれ、鈴は頷いた。

 取りあえず出る。

 

「……なに?」

「りん? 嫌な予感がしたんだけど」


 騒がしい電話の向こうの蘇芳がぼそりと呟くように言う。


「気のせいだよ。じゃ」


 すぐさま切った鈴に、総が「いいの?」と恐る恐る聞いてきたので、大きく頷いた。


「いいの。一応緊急な連絡だったらって思ったから出たけど、くだらない用だったから」

「くだらないのか」

「嫌な予感がしたって言ってた」

「あいつは獣か」


 総は手をポケットに突っ込む。


「刺激しないように手を繋ぐのは諦めますかね。次に会ったときに大変そうだし」

「蘇芳は総さんのことが好きだから大丈夫だよ」

「あれで?」


 顔を鷲掴みにされたことを言っているのだろう。鈴がくすくすと笑うと、総はびっくりしたように空を仰ぐ。


「ええ……そうかなあ……?」

「かなり意識してるもん」

「それは、アレだよ。うん、りんがいるからな? ほら」


 言葉を濁しながらも「敵扱いをされてるだけだぞ」と教えてくれるが、鈴は笑って流した。

 総に世話になった子供たちのなかで、彼に敵対心を持つものなどいないと言い切れるからだ。




    ○





()()()何回も電話したんだけど?」


 帰ってくるなり、蘇芳はそう言った。

 なぜか本家でのんびりしていたところをマネージャーに捕まって運ばれていった蘇芳は、まるまる三週間帰ってこなかったし、その日以降は連絡もなかった。

 

 それから三週間。

 蘇芳の言う「あの日」とは三週間前の話だ。

 総と手を繋がないで帰った日。


 自宅のリビングのソファで寝ころんでだらしなく足を投げ出していた鈴は、顔を走らせるローラーを止める。


「へー。そうなんだ」

「電源切ったのはなんで」

「何回もかかってくるから」

「出ないからだけど」

「仕事中に電話かけてこないで。緊急じゃない限り、絶対ダメ」

「……緊急って? 太郎が死にそうとか?」

「スー……ひどい」


 太郎が泣くふりをして目元を拭う。


「ただいま、妹よ」

「はいはい。お疲れ」

「えっとねー。これ、お土産。アローハー」


 どうやらハワイにでも行っていたらしいお土産がテーブルに並ぶ。

 仕事なんだろうか、と兄を見れば、太郎は「仕事。ちょっとした撮影」と芸能人らしいことを言ってのけた。


「……だから、電話できなかった。ごめん」


 立ったままの蘇芳が申し訳なさそうに言うが、鈴はふるふると美顔ローラーを横に振った。


「いい、いい。かけてこなくていいよ」

「りん」

「ごめんだけど、明日早いから休むね。蘇芳も自分の家に帰ったら?」

「……なにか、用事でもあるの」

「うん。合コン」


 ご、と蘇芳と太郎が口を揃えて言ったが、頭にまでそのフレーズが染み込む前に、鈴はさっさとリビングから退却した。



 部屋に戻って、鍵を閉めて、電気を消して、それからベッドにダイブする。



「……はああーーーー」



 枕に顔を埋めて大きなため息を隠す。

 ちゃんと普通にできていただろうか。

 鈴はもぞもぞと丸くなる。


 この三週間、それはそれは大変だった。

 思えば、蘇芳が鈴から離れていくのは初めてなのだ。


 蘇芳を好きなことは、何となく、それも仕方なく受け入れたが、だからといってどうにもなるつもりはないし、他の誰かに認めることもない。

 受け入れて、そして蘇芳に諦めてもらうことを決心した。

 おままごとのような恋を終わらせる、と。



 しかし、自宅で「蘇芳がいない」という一日が積み重なっていく中で、鈴は無意識に「D」を検索していた。


 写真。

 動画。

 配信曲、ミュージックビデオ。

 すべて蘇芳を追って、夜中の三時を過ぎていたときにハッとした。


 あ、無理だ。


 自分の知らない蘇芳を充填したい欲求を抑えられず、マッシーのごとく顔に気合いを入れて写真に収まっている、どこの誰かわからないほどの「一匹狼タイプのイケメン」の顔をしている蘇芳をじっと見ていた。画面の向こうで歌って踊って、カメラ目線になった蘇芳が少し笑った瞬間「ひゃっ」と小声で叫んでいた夜中の三時。

 

 無理以外悟れない。


 鈴は決意した。



 よし、彼氏を作ろう。





    ○





「鈴です。桂の幼なじみです」

「へえ、りんちゃんって言うんだ。知ってる? Dのスオウの彼女もりんちゃんだって。あれ、りんりんちゃんだっけ?」

「……えー。知らないですう。Dってなんですか? 成績?」

「成績だったらかなり悪くね? ははは!」



 テンション高いな。

 鈴の前に座った男が楽しそうに笑っている。

 げんなりしそうな鈴にいち早く気づいた桂から、肘で押された。

 

 ――あんたのためにセッティングに食い込んだんだから嘘でも楽しそうにしろ。


 居酒屋と言うにはお洒落な店に入る前に、物凄い力で腕を引かれて聞いたこともないほど低い声で釘を打たれたことを思い出す。


 鈴は「あははははー」とその場のテンションにあわせた無意味な笑みで自己紹介を終えた。桂を怒らせるのはマズイ。

 隣の手がふわりと上がる。



「はじめましてー。桂です! 日本酒大好きなので、飲み友達を探しに来ました! よろしくお願いしまーす」



 誰?



 鈴が目を飛び出す勢いで横を見れば「なあに、りんったらー」と言いながら頭を撫でるふりをして顔を前に向かせられた。力が強い。

 

 生まれたときから幼なじみである桂の初めての顔を見た鈴は、合コンどころではなくなってしまった。


 美人度控えめの化粧や服装で「女受け」もよく、自己紹介でも「男受け」がいいあっさりとした印象を与え、さらにさりげなく店員がよく開ける座敷のふすまの前に陣取っている。



 慣れている。

 かなり合コンになれている。

 あの、クールな桂が。


 その衝撃に、鈴はしばらく機能しなかった。


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