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15 純粋こそ残酷



「ふっわ~、朝ご飯だ……」

「お味噌汁なんて久しぶりですね」

「おばちゃん、味付けのりどこだっけー?」

「……太郎、目の前」

「ありがと、スー。お前、鈴のところで寝ただろ。ダメだよー」

 

 Dの面々が、広い炊事場で盆を持ってご飯をよそい、味噌汁をもらい、漬け物とお浸しの小鉢を受け取っている光景はシュール以外のなにものでもない。

 先に食べ終えていた鈴は、黙って気配を消して自分の食器を洗い始める。



「……怒ってる?」


 近寄ってきた蘇芳がわざわざ耳元で聞く。

 茶碗を落としそうになったが、なんとか平静を保って視線だけで睨んだ。


「怒ってる。一緒の部屋で寝ないでって言ったでしょ。蘇芳は」

「俺だけのものじゃないんだっけ」

「そうです。プライベートもしっかり管理して。ほら、あの生徒会書記みたいな人に怒られるよ」

「千夏?」

「そう。その人」

「俺以外の名前は呼ばないんだ? 嬉しい」

「そうじゃない。ただでさえあの馬鹿兄と蘇芳とは縁は切れないんだから、あの二人の名前呼んだりしたらダメなの。私みたいな部外者が、Dのみんなと仲良くしてま~すなんてしたら、炎上どころじゃないわ」

「お泊まりしてるのに?」


 正論やめて、と鈴が言うと、蘇芳はめずらしくスッと離れて「それもそうか」と口元だけで笑う。

 なんとなく、なんとなくだが、蘇芳に言わないといけないような気がして、鈴は箸を洗っていた手を止めた。


「Dを応援する。ファンになるのは無理だけど」

「ファン、ダメなの?」

「ダメ。たぶん、ダメ」

「ふうん。そっか」

「……蘇芳?」


 あまりにもあっさり言われて、逆に鈴が蘇芳の顔を窺いそうになる。

 その条件反射にハッとして、鈴は慌てて手元に視線を落とした。


「砂糖に群がる(あり)


 蘇芳が呟く。


「え?」

「ファンは砂糖に群がる蟻だけど、おまえ達は砂糖にならなきゃいけない蟻なんだよって」

「だ、誰が」


 そんな身も蓋もないたとえを。

 鈴が聞くと、蘇芳は「マッシーが」と言う。


「昨日、鈴達が部屋に行った後、睦と千夏が、どうしたらそんなに相手のテンションをあげられますかって、マッシーに聞いてて、激励? してくれた」


 鈴は、なるほど、と頷く。


 あの二人が、政志の盛り上げる大人組の光景を何とも言えない顔で見ていたのを思い出す。

 それにしても政志らしい激励だ。

 さらに追加で「群がってくれる蟻が可愛くて愛おしくてしょうがない」とあの気合いの入った笑みで言うのだろう。


「だから、なってくる。砂糖に」


 蘇芳の宣言に、聞き耳を立てていたらしい「D」は「砂糖になるぞー、おー」とゆるく言いながら広間へと四人で向かったのだった。

 



    ○





 開け放した縁側から朝の涼しい空気が入ってくる。

 桂はまた縁側に転がり、庭ではじいちゃんが鯉に餌をやり、テレビを見ているおばちゃんはお茶を飲み、大人組は「一宿一飯の恩義」と言ってあちこち掃除をしていた。


 そんな中で、Dは広間の卓でちょこんと正座して朝ご飯を食べている。


 コラージュされているみたいだ。

 皿洗いを追えた鈴は、広間を見てぼんやりと思う。

 異質なキラキラが田舎の家に混じっている。

 寝起きでぼさぼさしていても、彼らの佇まいは不条理なほど美しい。


 これがオーディションでその他大勢を追い抜かしてきた人たちか、と感心している鈴に、総が這うようにしてやってきた。


「りーんちゃん、一緒に行こう」

 

 こそっと歌う総に、鈴はしゃがんで「なんで匍匐前進?」と声を潜めて聞く。


「蘇芳から隠れてるんだよん」

「なんで?」

「さちの登園に一緒に行こうって誘うから」

「ああ」

「行こ」

「いいよ」

「やった……ごふっ」

「えっ、なに?」

「なんか呪いのビームで打たれたような衝撃が」


 総が転がる。

 これで三十二歳。

 鈴は「本当に初恋はあてにならない」と苦笑して立ち上がった。


「さちー、私も総さんと一緒に送って行っていい?」

「こらっ、りん、大きな声で言ったら蘇芳にばれるでしょっ」

「ダメ」


 ダメ、と言ったのはさちではなく、蘇芳だ。

 睦と千夏がちらりと蘇芳を見る。


「だめなの~?」

「いいんじゃないですか、朝の散歩は気持ちがいいし、贅沢ですよ」

「ダメ」


 二人の「いいじゃん」は全く響かず、蘇芳は全くこちらを見ずに再び「ダメ」と言った。


 蘇芳の元に、さちがとてとてと歩いて行く。

 総の麦わら帽子を被って、蘇芳に向かって首を傾げた。


「さち、りんちゃんといきたいなー……」

「……」


 たくあんを箸を摘んでいた蘇芳は、茶碗の上にそれを落とす。

 さちを見る蘇芳を、ほかの三人が見守っていた。


「さち、りんちゃんといきたいなー……」


 二度目の主張は、明らかに元気がない。

 睦と千夏がハラハラとしたように忙しなく視線を泳がせて、太郎にいたっては悲しそうに眉を下げて泣き出しそうですらあった。


「わ、わかった」


 蘇芳が頷く。


「折れたね~」

「さすがに小さい子ですから。嫉妬で邪魔はしないでしょう」

「う、よかったね、さち……」


 睦と千夏と太郎が思い思いにほっとする。

 しかし蘇芳は諦めないらしく、五歳相手に交渉を始めた。


「俺も一緒に行く。俺とりんで送るよ」

「そうくんは?」

「置いていこう」

「んー、いいよ」

「……俺が行っていいってことだよな?」

「ううん。ちがう、だめってこと」


 さちは真顔で首を横に振る。


「すおうくん、げーのーじんでしょ。こられてもこまるよ。わたしはいいよ? でも、せんせいとか、ほかのおかあさんとかが、ほら、ねえ?」


 睦が「んふっ」と笑ったが、千夏も控えめに笑った。


「顔、隠すから。帽子も被るし。な」

「そうくんがいい」

「さち、肩車してやるよ」

「そんなのいらない。すおうくんじゃなくて、そうくんがいいんだもん」

「!!」

「りんちゃんとそうくんと、さんにんでてをつないでいく。すおうくんはこなくていい」

「……お、おお」

「……なんて容赦がないんでしょうか」

「……だめだ、俺が言われたら立ち直れない」


 綺麗に決まったさちの攻撃は見事蘇芳に深手を負わせ、睦も千夏も太郎も顔を青くさせたのだった。


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