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12 挙手はすみやかに


「――で、三ヶ月分の会費の収支は説明の通りです。台風がくれば家の修繕も必要になってくるだろうから、それまでは残金は寝かせておくわね。いつもの集まりも食材を持ち寄ってくれてるし、土日に泊まりにくる子供たちにもお金を持たせてくれてるから、大きな支出はないわ。次に寄付でもらった金額についてだけど……」


 御津原家のボスこと「おばちゃん」は老眼鏡にエプロン姿のままパソコンの画面を見ながら説明をする。テレビには「収支報告書」のデータが映っていて、隣には次期ボスである総の母親が後ろで手を組んで直立不動で控えていた。


「おばちゃん、寄付は好きに使って」

「そうそう、毎日世話になってるやつらもいるんだから」

「子供たちを見てくれてありがとう」

「一人千円しか受け付けてくれないんだし、気にしないで良いぞー」


 宴会場でボードゲームをしている手を止めた老若男女の「御津原」たちがそれぞれ声を上げる。


「ありがとう、それでもね。冷蔵庫買い換えたくて……いいかしら?」

「可の者は挙手!」


 聞くのは次期ボスだ。

 ザッと全員の手が挙がった。

 一歳の子供も「はーい」と手を挙げている。

 鈴も桂と手を挙げる。


「可、です、お義母さん」

「はい、ありがとうね。えー、次は行事。夏の環境整備について。有志の子供たちで、夏休みに入ったら土曜日に一回五名受け付けます。来た子たちは終わったらプールに連れて行くわね。玄関に表を張り出しておくので、これる日がある子は記名をしてちょうだい。キャンセルの場合は御津原(本家)のグループチャットに連絡してね」

「可の者は挙手!」

「……はい、大丈夫そうね。次は……ああ、前回から今回の定例会までに不幸はありませんでした。よかったよかった。みんな元気ね。あ、そうだった。トシくんが結婚するそうなので、祝い金は会費からだします」

「可の者は?」


 挙手とおめでとうの大合唱をし、それぞれの報告に「可」の挙手を終えて、ボスは机に肘をついて手を組んだ。


「最後に大事なことを話し合いましょう」


 結婚報告にガヤガヤしていた宴会場はしんと静まる。


「蘇芳のことよ。いい? この家にマスコミにべらべら喋る子はいないと思うけど……ようやく定職につくことができそうな蘇芳を御津原家総出で守ること!」

「可の者は挙手!!」


 一気に手が挙がる。

 先ほどまでのゆるい定例会とは違い、気迫も勢いも違う。

 鈴はじいちゃんばあちゃんと一緒にふるふると最後に手を挙げた。


「それから、蘇芳が出ているからって、シーデーやデーブイデーの初回特典版などは親族として決して買わないように。通常版になさい。ファンの方を親族が押し退けてはいけません!」

「可の者は!!」


 手を挙げるだけでなく「おおー!」という団結の声も響く。



「ライブは? ライブは行っていいですか?!」



 と、言い出したのは総だ。


「ファンクラブに入ってるんですけど、抽選申し込んでいい?!」

「……可の者はぁ?」


 やる気のない実の母親の「お前いい加減にしろよ」の視線に怯えない本家の長男は、一番に手を挙げた。

 子供たち人気のおかげで子供票を味方に付け、それから粘り勝ちで全員の挙手を手に入れる。


「よし!」

「……みんなありがとう。それでは、蘇芳の芸能活動についてはそっとしておく方向で。まあ、こちらから連絡してもあの子は鈴ちゃんの連絡以外は全部無視するから無駄だと心得ておくように」


 はーい、と返事を回収して、ボスが「では」と締めようとしたところで鈴の隣から手が挙がった。


「あら、どうしたの桂ちゃん」

「太郎ちゃんも」

「……あの子は大丈夫よ?」

「太郎ちゃんも」

「あ、はい、そうね。みんなー、太郎ちゃんも応援してねー」

「ほら、挙手!」


 次期ボスは強制的に全員に挙手をさせて、ようやく「定例会」は無事終了したのだった。







 集まっていた親戚たちは大体近所に住んでいて、定例会が終われば波が引いていくように帰って行った。

 残ったのは鈴と蘇芳と桂の両親組だ。卓を囲んで、本家の人たちとのんびりと話をしている。


 鈴と桂は縁側に寝ころび、暗い庭を眺めた。

 蚊取り線香の煙がゆらゆらと揺れている。


「あ、いたいた、鈴と桂。おかえり」


 声をかけられて、二人は転がったまま部屋の方を向いた。

 御津原の本家の長女、アユミだった。隣には婿養子の政志(まさし)もいる。


「やあ。りんちゃん、けいちゃん。定例会、仕事で出れなくて悪かったね」

「マッシー」

「お久しぶり、マッシー」


 やたら顔に気合いの入った政志は、にこっと笑った。


「相変わらず二人とも可愛いね。いや、もう大人だから……美しいって言った方がいいかな?」


 昔の職業が元ホストの婿養子は相変わらずのようだ。

 この手の挨拶は慣れているので、鈴も桂も寝転がったまま「はいはい、ありがと」と返す。


「結婚を考える相手がいたら僕に言うんだよ。詐欺師かどうか見極めてあげるからね」


 政志が微笑む。

 彼は、元ホストでもあるが、本職は結婚詐欺師だった男だ。

 しかし、「本家」の長女で「定例会」や「会費」まである家の娘だと言う話を言葉通り受け取って彼女を口説き落とし、定例会に参加したらただの田舎の大家族であった事実に、逆にコロッと落ちてアユミに本気になったよくわからない男だが、なんせみんなに好かれている。


「マッシー、何人詐欺師撃退したんだっけ?」

「十人。男も女も、僕にはお金目当てだとわかるんだよね。でも次は、蘇芳目当ての子を見極めておいた方がいいかな?」


 聞かれたので、鈴は「好きにしていいよ」とだけ返す。

 政志は可愛い子供を見るように見下ろしてきて、穏やかに笑った。



「ふふふ。そうだ、りんちゃん、蘇芳くんが来たよ」

「……は?」

「だから、Dご一行様、到着です。総くん、お通ししてー」



 パンパン、と手を叩くマッシーの、華やかで割りと本気なコールが縁側に突如響いたのだった。



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