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11 帰郷、御津原本家へ



「あ。りん、蘇芳は?」


 会う人会う人に言われるのは、アイドルの蘇芳に会いたいのではなく、鈴の後ろには必ず壁のように蘇芳がいることを知っているからだ。

 みんな。

 みんな決まってそう聞いてきた。

 ちびっこも、大人も、じいちゃんもばあちゃんも、だ。

 親戚連中は鈴の顔を見ると反射的に「蘇芳は?」と聞く。


「蘇芳は仕事」


 と桂が代わりに答えると「頑張ってんなあ」と感心したように頷かれた。



「まだ、家に一歩も入ってないのに……」



 御津原の本家の屋敷は大きい。

 が、別にお金があるわけではなく、田舎特有の広い土地があるだけだ。

 電車に乗ってバスに乗って、親たちとは別で桂と二人で来たが、近くのバスで降りた途端に十分に一回は御津原の人間に会う。

 そしてみんな同じ方向に歩いているので、今から祭りでも始まるような雰囲気があったが、これは単に年に数回の「御津原定例会」だ。



「ん?! その後ろ姿は、メグとヒマリだな?」

「あほ。私と鈴」


 後ろから声をかけてきたのは、麦わら帽子と年中ビーチサンダル姿の御津原(そう)だった。二人を見て「久しぶり」と手を挙げる。


「よお、本家の長男(独身)三十二歳」

「相変わらず中身がイケメンだな、桂ちゃん」


 馴れ馴れしく触って見事桂に返り討ちにされた総は、頬をさすった。

 どうやら一緒に歩くらしく、隣に並ぶ。

 桂の、隣にだが。


「総さんは相変わらずね」

「えへへ。りん、蘇芳は?」

「仕事」

「あいつどうしたん? 宇宙人にとうとう仲間だと思ってさらわれて、それから中身組み替えられて地球に戻されたの?」

「違う」

「じゃああれ本物なんか。子供らに言っとくわ……」


 本気の顔で「まじかよ」と呟くのは、きっと子供たちとテレビでも見ながら「あいつ宇宙人にさらわれたんじゃねえ?」という議論でも白熱したのだろう。


「総さんに会うといつも思うけど、あの馬鹿兄の太郎は総さんに似たんだよね」

「なに言ってんだ。あいつ超賢いじゃん。それでかわいい」


 桂がすぐに「同意する」と頷く。


「桂ちゃんの太郎贔屓はまだ完治しないのか?」

 

 聞かれたので首を縦に振った。

 総は今度は大人っぽく柔らかに笑う。


「麗の方はどうだった?」

「……あー、うん、取りあえず生活は軌道に乗ったよ。学校も落ち着いて行けるし、バイトも始められて安定したから、私は帰ってきた」

「そっか。よかったな」

「ありがとう総さん」

「いーよー」


 頭をなでられる。

 が、二人して顔を見合わせた。


「お、おお……りんの頭、小学生ぶりに撫でたわ」

「そっか、蘇芳がいないから」

「あいつ小学生からりんを周りから切り離して鉄壁防御してたんだな……こわっ」




 他愛ない近況報告を聞きながら、三人で歩きながらようやく御津原の家へつく。

 広大な敷地に大きな日本家屋。

 それでも足りなくて離れと廊下を増築してあり、家の隣の土地には広々とした空き地にいくつもの車が止まっていた。


 松の木や、何であるかわからないごつごつした転がった岩を見ると「ああ、帰ってきたなあ」と思う。


 石垣の向こうから、庭で遊んでいるらしい子供らの声が聞こえてきた。

 縁側ももう解放されているようで、にぎやかな声が聞こえる。大人たちはもう酒を飲んでいるらしい。




 土埃やカラッと乾いた日本家屋特有のにおい。

 玄関にはみかんを入れているような籠がおいてあり、そこにはすでに千円札がわさっと入っていた。


「もう集まってる感じ?」

「うん。最後はおまえたちの両親くらいだな」

「サービスエリア寄りながら遊んでくるって言ってたから遅いかも」

「あそこは相変わらず仲良いなあ」


 鈴と桂も財布から千円入れ、おいてあった石で押さえる。


「寄付金どうもー」


 総が二人の頭をぽんと叩く。

 それには桂も反応せず、二人で「ただいまー」と家に上がったのだった。






 夕方には、宴会場のような広さの畳の上でそれぞれ卓を囲み、まさに宴会が始まった。


 しかしだらだらとは続かず、食べた人から台所で自分の食器を洗うので、八時になると卓の上は空っぽだ。

 八時以降の飲酒は禁止されているので、代わりに将棋や麻雀や囲碁やチェス、子供らはボードゲームを引っ張り出してきて、和やかに遊んでいる。


 鈴は桂と縁側に座ってぼうっとしていた。

 

「はあ、いいわあ、本家」

「実家ってここだよね」

「うん。ネットもニュースも気にならない」


 鈴はぐっと背伸びをする。

 いいタイミングで定例会があってよかった。


「テレビは江戸川の結婚で静かになったけど、ネットニュースじゃあんたをかけた争いが起きたからね」


 桂が「よく燃えた」と感心する。

 鈴は思い出したように盛大なため息を吐いた。


「なんで別記事でも炎上するかな……」

「鈴を守る会でもできたんじゃないの」

「いらないです。もう忘れてほしい」

「無理じゃん」


 桂の言うとおりだ。

 どの記事も「アイドルに彼女は不要派」と「りんりん公認派」に分かれて、一つのコメントに対してそれはもう舌戦が繰り広げられていた。



「昨日の敵は今日の友ってことだろ?」



 後ろから声をかけられる。

 しゃがんだ総がにこっと笑った。


「さて問題です。りんを肯定すると、蘇芳が喜ぶことがわかりました。では、りんと、蘇芳を応援する()()()()を否定する者は?」

「最大の敵だね」

「正解だよ、桂ちゃん。さすが。こりゃあ、太郎がうまくやったからだな。ファンとの共通の敵を、りんを認めない勢力、に置いたんだろ。あいつ昔からそう。人の気持ちとか、この先の流れとかかなり観察して駒みたいに動かすし」

「悪の親玉みたいに言わないで」

「褒めてるよん」


 総は立ち上がる。


「じゃ、定例会はじめるぞー。今回の議題は、この町みんな御津原家計画についてだ!」

「収支報告と行事についてでしょ」

「さ、行こー」


 鈴と桂は「よっこらしょ」と立ち、御津原家のボスのいる宴会場に戻った。


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