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1 タイミングが悪すぎる



「大好きな彼女がようやく日本に帰ってきたんで、機嫌、いいです」



 その瞬間、熱狂に包まれていた華やかなスタジオは一気に葬式へと様変わりした。


 毎週日曜日の生放送のライブ番組。

 今人気急上昇中らしい四人組の「(ディー)」は、煌びやかなライトと黄色い歓声に包まれて登場をした。

 登場して一分、今日出演するアーティストが全員揃ったところで、司会者がメンバーの一人であるスオウに「どうしたの、今日は機嫌がいいねえ」と何気なく聞き、彼は素直にそう答えたのだ。

 メンバーのタローが「気にしないでください!」と笑顔で押し切ろうとしたところを、スオウがいつもは無表情な顔を幸せそうに綻ばせて無駄にした。



 彼女持ち宣言をかましたスオウだけがにこにこと笑っている中、不自然な沈黙が場を包む。



 時間にして数秒。

 その間の他のアーティストたちの凍り付いた顔や、観客たちの戸惑った顔がテレビに流れ、しん、としたスタジオの中で、ハッとしたようにカメラがぶれる。


「あ、ではCMです!」


 アシスタントらしき女性が張り付けた笑顔でアップにされ、次いで結婚情報誌のCMが流れた。大好きな人と、結婚、しよ! と花婿が笑顔全開で言っている。



「何、今の」



 呆然と、ソファに転がったまま呟く御津原(みつはら)(りん)は、テレビ画面から目が離せない。


「……なに言ってんの……なにやってんの?!」


 怒りが吹き出すと同時に、鈴はソファからゾンビのように這いだし、テレビを掴んで揺さぶった。



「なに言ったの、あの馬鹿!!」





   ○





「……ただいま、日本」


 よろよろと空港からでると、青空が目にしみた。

 鈴は一年ぶりに日本に帰ってこれた感動と疲労感で、持っていた鞄を落とした。

 ぽすんと軽い音がする。


 長かった。

 この一年が、長くてたまらなかった。

 寝たい。ひたすらに寝たい。

 自分の部屋の布団の中で、誰にも起こされることなく惰眠をむさぼって、お味噌汁と卵焼きとふりかけでご飯を食べる。

 それは鈴にとって至上の幸福だった。


 しかし、いかんせん疲れすぎて空港から家に帰る二時間ほどの労力が辛くて仕方ない。


「なんで空港って遠いのよ……いやだ、もうここで寝る……」

「機内で寝なかったの?」

「寝たけど、ずっと赤ちゃんが泣いてて」

「あー、それは大変だったね」

「うん……可愛いんだけど、もう泣いてると眠れなく……え?」


 ハッとして声がする隣を見ると、帽子を目深にかぶり、サングラスをかけ、マスクをした黒いTシャツにジーンズ姿の男が立っていた。


「俺だよ。りん」


 と、言いながらも頑なに顔を見せようとしないその男に向かって、鈴は首を傾げる。


「なんでいるの?」

「おかえり」

「だから、なんでいるの? 蘇芳(すおう)には帰ること言ってないけど」

「はいはい。静かにしましょうね。車こっちだから、帰るまで寝てな」


 答える気のない親族兼幼なじみ兼元彼は、鞄をさっと持った。

 彼には常識が通用しないのを一年ぶりに思い出して、鈴は先に歩き出した御津原蘇芳によろよろとついて行く。

 

 懐かしい大きな背中に、どこか愛おしい気持ちになりながら。





   ○





「変だとは、思ったのよ。車に乗っても帽子もサングラスもマスクも取らなくて、風邪なのって聞いたら違うよって言うし、家に送ってくれたら、仕事だからってさっとどっか行ったし。仕事? 蘇芳が? なにしても無気力で長続きしなくて、バイトでさえ相手を怒らせるか惚れさせるかして、責任者に辞めてくれってお願いされる蘇芳が? 外で仕事? って」

「……」

「ねえ、(けい)、正直に言って。炎上してる?」

「……自分で見れば?」


 一重で黒髪の美しい友人は、いつにも増してクールに言った。

 怒っているように見えるが、怒ってはいない。

 ぎくしゃくした空元気の雰囲気で放送されている最中に呼び出したが、彼女が怒っていたらまず電話をした時点で無視する。気分ではないときには電話も出なければ、メッセージを見ることもしないのだ。

 携帯を手から離さない桂は、とりあえず相手をしてくれるらしい。鈴は感謝の気持ちを込めて友人の前に紅茶を置いた。

 


「あんた達、ちゃんと別れてたんでしょ?」

「うん。別れてほしいってお願いした。いつ帰ってこれるかわからないからって」

「で? 蘇芳は?」

「考えとくって」

「別れてないじゃん」

「別れたって!!」


 別れた。

 出国するとき、空港で馬鹿みたいに「仕方なく別れる恋人」っぽいこともした。

 ついでに、念を押すように「別れるよね?」と聞いたし、蘇芳は真顔で「今だけ別れる」と答えた。泣いていたが。


「だから、ちゃんと別れてる」

「……今だけって言ってない?」

「……帰ってきた時に話し合おうって」

「あんた車で蘇芳となに話したの」

「復縁するとは言ってないよ。疲れたからまた今度にしてって言ったから」


 桂が来るまでになにを話したかしっかり思い出そうと、鈴はテレビの前をうろうろと歩き回ったので、これは確実だ。迂闊に「じゃあ、また付き合うか」なんて口走らなくてよかった。母親には「なにしてんのよ」と軽くあしらわれたが、そう言えばどうして蘇芳がテレビにでているのかは聞いていない。


「待って。蘇芳はなんでテレビに出てるの?」

「遅っ」

「聞いてないんだけど」

「あんたさあ、太郎ちゃんも出てたの見てないの」


 桂は紅茶を飲んで「おお。本場っぽい」と呟いた。

 言われてみて、司会者から蘇芳を守っていた短髪のお調子者っぽいにぎやかな男を思い出す。

 間違いなく鈴の双子の兄の、御津原太郎だった。


「そういうこと」


 桂の一言で、鈴は床に溶けた。

 不在中、蘇芳をよろしく頼むと言っておいた兄は、なんでか知らないが蘇芳を伴ってデビューを果たしていたのだ。


 テレビの音が鈴の耳に届く。



「えー、それでは、最後のアーティストのみなさんに歌っていただきます。Dで、君に会いたかった、です……、えー、はい!! どうぞ!!!」



 アシスタントが笑顔と気合いでこのタイミングには微妙なタイトルを口にしたあと、鈴の元彼と兄は、画面の向こうで歌って踊り始めたのだった。


読んでくださり、ありがとうございます。

自分の中ではハイテンションな軽いラブコメを目指していますが、どうなることか。


必ず完結するので、お付き合いしていただけると幸いです。

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