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9.突然の予定変更

 カークス騎士団との試合から、早くも一カ月が過ぎた頃――――。

 その間、ブローディアのもとには、ノティスから4通の手紙が送られて来た。


 そしてその手紙の内容は、必ずブローディアに対して『ある事をやって欲しい』や『とあるものを準備して欲しい』という要望が綴られていた。そんな主の婚約者に対する扱い方に邸の使用人達は、すっかりブローディアに同情的だ。


 しかし当人であるブローディアは、そのノティスからの手紙に書かれている要望にあっさりと対応出来てしまう為、皆に心配される度に何とも言えない微妙な笑みを浮かべるしかなかった。


 そんな無理難題と思われるノティスからの頼みに関しては、友人のセレティーナとその婚約者でもある王太子ユリオプスが、人脈部分でのコネクション作りで、かなり手助けをしてくれた。


 そしてその時に現状の自分の状況をセレティーナに話したのだが……。話を聞いたセレティーナは、ブローディアのこの状況をかなり心配している様子だ。

 だが現在のブローディアは、ホースミント家の使用人達とは、かなり良好な関係を築けている。


 その証拠にイレーヌとアルファスは、ホースミント家の歴史や伯爵夫人との心構え等を親身になってブローディアに教えてくれる。そして家令のロイドも領地経営に関する深い部分や金銭的な流れ等を実践を踏まえて、ブローディアが対応出来そうな場合はあっさりと任せてくれるのだ。

 そうやってこの一カ月半、ブローディアはホースミント家の伯爵夫人としての技量を徐々に身につけていった。


 更に同時進行でノティスが帰国した時期に合わせて行う挙式の準備も進める。

 だが、現状ではすでに挙式の二週間前に差し掛かっている為、細かい部分の最終調整をアルファスとミランダ、そしてアドバイザーとして協力してくれているイレーヌと相談しながら確認している状況だ。


 その為、当日挙式を行う聖堂や式後のパーティー会場の手配、そして来賓への招待状送付等は、全て出立前のノティスとノティスの叔父でありイレーヌの夫によって手配済な為、ブローディアが行う事といえば、招待客リストの確認と花嫁衣裳の最終的なサイズ調整ぐらいなのだ。

 そして今まさにブローディアは、その花嫁衣裳の最終調整を行っていた。


「ブローディア様……。またお痩せになられたのではございませんか……?」

「そうかしら?」

「先日、当家の騎士達と共にカークス騎士団との演習に行かれた際、何か体を動かすような事はされておりませんよね?」

「…………」

「ブローディア様?」

「た、確かに少しだけ護身術のおさらいをして貰ったけれど、体型が変わる程は動いていないはずよ?」

「次期伯爵夫人となられるお方が騎士達に混ざり、護身術など学ばれないでくださいませ……」

「でもわたくし、すでに幼少期の頃から祖父と兄から指導を受けていたから、今更だと思うのだけれど」

「全く……。ガーデニア家では、どのような淑女教育をなされているのですか?」


 そう言ってミランダが勢いよく花嫁衣裳用のコルセットの紐をギュッと締め上げる。この一カ月間で他の使用人達もそうだが、大分ブローディアは打ち解ける事が出来た様で、当初無表情という名の仮面を被って自身を取り繕っていたミランダもすっかり素の部分を見せてくれるようになっていた。


 その為、コルセットの締め上げ方も容赦がない……。

 そんな二人の様子を空気並に存在を消しながら、若いメイド二名が見守るように控えている。しかし若いとは言え、どうやら二人はエルマより先輩のようだ。


「ミ、ミランダ……。もう少し緩めでもいいと思うのだけれど……」

「ブローディア様は大変スタイルがよろしいので、腰回りの細さを強調された方がシルエットは美しくなられます。ですので、これくらいは……しっかりと締め上げた方が、よろしいかと!」

「ぐっ……!!」


 一気に締め上げられ一瞬、息が止まるかと思ったブローディアだが、その後ミランダがコルセットとブローディアの体の間に指を入れ、腰回りを微調整すると、かなり苦しさが軽減される。ベテラン侍女の匠の技というところだろうか。

 そんな事を考えながら、ミランダにされるがまま衣裳合わせの準備をしていると、扉がノックされエルマが部屋に入って来た。


「ブローディア様、失礼致します。先程、若旦那様よりお手紙が届きましたのでお持ち致しました」

「ノティス様から? 確か三日前にも頂いたばかりよね?」


 不思議に思いつつもブローディアがエルマから手紙を受け取る。

 実は三日程前、隣国で購入したと思われる装飾品が贈り物としてブローディアのもとに届いたばかりだった。


 この一カ月半程の間、ノティスはブローディアに対する課題的な内容の手紙と一緒によく隣国で購入した物を贈り物として送ってくれていた。

 それは装飾品だけに限らず、日持ちする焼き菓子やアルコール度数が低めの果実酒等の時もあり、流石外交関連のエキスパートだけあって、品物選びのセンスは素晴らしいものだった。


 だが、今回は手紙だけのようだ……。

 エルマから手紙と一緒に渡されたペーパーナイフでブローディアが封を開けると、中からは便箋が一枚だけ出てくる。その便箋に書かれた文字を目で追っていたブローディアだが……。

 何故かビクリと肩を震わせるように急に動きを止めた。


「ブローディア様? どうかなさいましたか?」


 そんなブローディアの様子をエルマが心配そうに小首を傾げ、問いかける。

 すると次の瞬間、ブローディアはバッと顔を上げて叫んだ。


「大変!! ノティス様が二日後にこちらに戻られるそうよ!!」


 そのブローディアの言葉に使用人四人の顔色がサッと変わる。


「どどどどどど……どうしましょう!! ここ最近、ロイドさんが執務室を好き勝手に使っていて、物凄く書類が散乱しているのですが!!」

「若旦那様のお部屋も本日中に整えませんと、明日ではかなり厳しいかと!」

「厨房にも早急に知らせた方がよろしいのでは!? そうでないと二日後の食材の用意が!!」


 若いメイド二名とエルマが、ややパニック気味で慌て出す。

 それはブローディアも同じで……。

 二カ月間ギリギリまで戻れないと聞いていた手前、再会に対する心の準備が全く出来ていない状態なのだ。そんな慌てふためく四人を落ち着かせるようにミランダが凛とした声で指示を出す。


「エルマ! あなたは今すぐこの事を執事のアルファスさんと厨房に知らせた後、ロイドと一緒に執務室の片付けを! リリアは本日お見えになる予定の衣裳デザイナーの方に日程変更を伝えに行って! ラナはここで私と一緒にブローディア様のお着替えのお手伝い後、他のメイド達と一緒に若旦那様のお部屋をすぐに使えるよう整えてちょうだい!」


 一瞬で状況判断をしたミランダが、若いメイド達へ的確に指示を出す。

 すると三人が一斉に動きだした。

 そしてその状況にポカンとしているブローディアのコルセットを緩め始める。


「ブローディア様、お着替え後はサロンにてお待ち頂けますでしょうか。そして二日後の若旦那様のお出迎え準備について、ご相談させてくださいませ!」

「え、ええ……。分かったわ!」


 手際よくブローディアのコルセットを外し、先程まで着ていた普段使い用のドレスへと着替えさせるミランダとラナ。

 そしてあっという間に着替えさせられたブローディアが邸のサロンに向うと、すでに執事のアルファスがそこにいた。


「アルファス!」

「先程エルマより、若旦那様が急遽予定を早め、二日後にお戻りになられると報告を受けております。現状は若旦那様のお出迎え準備もそうなのですが……それ以上に優先事項がありまして。この一カ月半の間に行った外交接待関連の取引報告書を作成し、若旦那様にお渡しをしなければならないのですが……」

「ロイドは、すでにその報告書をまとめ終わっているの?」

「それがお帰り予定が一週間後だった為、半分程しか仕上げていない様子でして……。現在慌てて作成しているはずなのですが、そうなりますと……」

「執務室の片付けが疎かになってしまうのね……。分かったわ! わたくしもエルマと共に執務室への片付けを手伝います! アルファスは二日後に備えて、各役割担当の使用人達との情報のすり合わせと、ノティス様のお出迎え準備の細かい指示をお願い出来る? そして後でわたくしに報告して!」

「かしこまりました。では大変申し訳ございませんが、執務室の件は宜しくお願いいたします」

「ええ、任せて!」


 そう言ってブローディアが足早に執務室に向うと、部屋の中では半泣きで書類を仕分けしているエルマとロイドが、室内をバタバタと駆けまわっていた。


「二人共、何をやっているの!? そもそも何故こんなにも書類が散乱しているのよ!!」

「ブ、ブローディア様ぁ~!」

「エルマ、大丈夫だから落ちついて? ロイド! 説明なさい!」

「じ、実は……若旦那様が留守中に過去に上げた報告書の整理をしようと、ここ三日程前から始めていたのですが、あと一週間も時間があると、のんびり取り掛かっていたら、こんな事に……」


 そう言い訳をするロイドもまさかこんな事になるとは思ってもみなかったようで、涙目になっている。とりあえずロイドには、最優先でこの一カ月半の報告書を先に仕上げて貰った方がいいとブローディアは判断する。


「ロイド! 書類整理はわたくしとエルマで何とかするから、あなたは一刻も早くこの期間の報告書を完成させなさい! まだ仕上がっていない分があるのでしょう!?」

「は、はい! かしこまりました!」

「エルマはわたくしと一緒にこの散乱している書類整理よ! この流れだと恐らく依頼先ごとに日付順でまとめようとしているみたいだから……とりあえず、あなたは仕分けをして! それをわたくしが二重確認してファイルにまとめるわ!」

「か、かしこまりました!」

「ロイド! 他に書類整理をする際に気を付ける事はある!?」

「ええっと……。カークス騎士団との取引書類だけは、私の方に廻して頂けますか? ガーデニア騎士団が介入してくれた事で、二カ月前と支払額が変わっているので……」

「分かったわ! 二人共、出来るだけ今日中にこれらを終わらせるつもりで取り掛かるわよ!」

「「はい!」」


 ブローディアの掛け声に二人も気合の入った返事を返してくる。

 こうしてこの日の昼過ぎ頃から、急遽二日後に帰国するノティスを出迎える準備を皆が一丸となって取り組み始めた。


 この間、ブローディアはエルマの仕分け作業に間違いがないか確認後、手際よく書類をファイリングしていく。対して普段は目を通す事など無い書類を仕分けているエルマは、ややパニック気味だったが何とか対応してくれていた。


 そして今回一番間の悪い動きをしてしまったロイドは、鬼気迫る表情で傘下の子爵家と昨日対応した他国との交流会二件分の報告書を物凄い勢いで作成していく。


 ロイドが書類の整理を思い立ったタイミングも最悪だったが、それ以上に間が悪かったのが、この二件の交流会が行われたタイミングだった。

 報告書は接待内容だけでなく交渉内容等や、当日実際に行ったスケージュール内容もまとめなければならない為、大抵作成に二日ほどかかるのだが……。よりもよって、報告書を作成しなければならない接待が二件あった三日後にノティスが急遽帰国する事になった為、報告書の作成時間は二日間のみになる。

 すなわち、どんなにロイドが事前に報告書に取り掛かる準備をしていたとしても切羽詰まった状況には、どうしてもなってしまうタイミングだったのだ……。


「くっそぉぉぉ~!! 何でよりにもよってこのタイミングで、あのクソガキ様は急遽帰国なさるんだぁぁぁー!!」

「泣き言を言っても仕方がないでしょう!? 口よりも手を動かしなさい!!」

「うう……。ブローディア様が、まるで母のような事をおっしゃっている……」

「20も年上の息子を持った覚えはなくてよ!!」

「あまりにも肝が据わりすぎていて、とても17歳のお嬢さんとは思えないですよ……」

「わたくしもこんな情けない40代前の男性は初めて遭遇したわ……」

「私はまだ36です! 40代前ではありません!!」

「繰り上げしたら立派な40代ではなくて?」

「お、お二人共! お口を動かされる前にお手を動かしくださいませ!!」

「「はい……」」


 何故か一番最年少のエルマに窘められてしまった二人は素直に反省し、その後三人で黙々と作業をこなす。

 その二時間後、やっと手が空いたアルファスが駆けつけ、ブローディアと代わってくれたのだが……。

 ブローディアは、アルファスと共に執務室に現れたミランダに回収されるように衣裳部屋に連行されてしまい、二日後にノティスを出迎える際のドレス合わせをさせられた。


 そうやって皆で一日中ドタバタした甲斐もあり、翌日の夕方過ぎには無事にノティスを出迎えられる状態まで何とか邸内を整える事が出来た。

 しかし、その日の夜はブローディアをはじめとする邸内の使用人全員が、精根尽き果てたと言う状態になっていた……。


「バカ旦那様は……もっと事前に帰国が早まる事を知らせてくださる動きは、出来なかったのでしょうか……」


 グッタリとした状態でノティスの執務机に突っ伏したロイドが、主をバカ呼ばわりしながら独り言のように愚痴るが、共に執務室にいたブローディアもアルファスもそれを咎める気力すらなかった。


「ブローディア様……お手紙には帰国が早まった理由などは記載されていなかったのですか?」


 再度、ロイドから質問を受けたブローディアが、長椅子でクッションにしがみついた状態でグッタリしながら少しだけ目を開く。


「何故かは分からないけれど……。突然早く帰国されたくなったらしくて、早急に合同式典の準備と話し合いをまとめられたそうよ……」

「……そんな理由で一週間も準備を短縮する事って出来るものなんですかね……」

「若旦那様ならば、やりかねないだろうな……」


 アルファスの言葉にロイドとブローディアが、同意するかように盛大なため息をつく。今回は流石のアルファスも完璧執事の仮面が剥がれかけているようだ。


 こうして急遽、明日の昼過ぎあたりに帰国してくる事になった主の出迎え準備を何とか整える事が出来たブローディアとホースミント家の使用人達だが……。

 気付けば、たった一カ月半のこの期間でブローディアはすっかり使用人達と馴染んでしまい、いつの間にか強固な信頼関係をしっかり築けていた。

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