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8.父と娘の会話

 カーン、キーンという金属音が鳴り響く中、ブローディアは視界を塞ごうと重く圧し掛かってくる瞼に抵抗する為、眉間にグッと力を入れた。

 現状のブローディアは、現在物凄い睡魔に襲われているのだ……。


 しかし、今のブローディアは睡魔に屈する事など出来ない状況だ。

 何故ならば今、目の前でカークス騎士団とガーデニア騎士団が各々で選抜した精鋭騎士10名で、勝ち抜き戦を行っているからだ。


 今から一週間前、ノティスから指示を受けた接待会場の警備騎士の手配に関して、カークス騎士団を取りまとめているグレイブ・カークス子爵に依頼を打診したところ、予想通り金額に関して足元を見るような内容で返信が来たのだ。

 その為、すぐにロイドに依頼を撤回するようブローディアが指示を出したのだが……なんと三日後にカークス子爵が、ホースミント家に怒鳴り込んで来た。


 依頼金額アップに応じなければ会場警備依頼は受けないと言い張っていた子爵だが、こちらがあっさり引くと不当な扱いを受けたと言いがかりをつけ始めたのだ。

 何とも身勝手な言い分である。


 仕方がないので、ブローディアが話し合いで対応するのだが……。

 ロイドの予想通り、カークス子爵は17歳であるブローディアに対して、大声と威圧的な態度を繰り返し、まるで恫喝(どうかつ)でもするかのように別の騎士団に警備依頼をする事を咎めてきた。


 だが、幼い頃から大柄でいかつい騎士達に囲まれた環境で育ったブローディアは、このカークス子爵の威圧的な振る舞いに恐怖を感じる事はなかった。それどころか、冷え切った目で子爵を睨みつけ、ある提案を持ちかけたのだ。それがこの両騎士団が各々で選抜した騎士10名による勝ち抜き戦である。


 もしガーデニア騎士団が勝利した場合、今後の接待会場の警備は全てガーデニア騎士団が請け負う事になる。逆にカークス騎士団が勝利した場合は、接待会場の警備権利は全てカークス騎士団に一任し、その依頼金額は常にカークス子爵が提案した金額を支払うという内容である。


 そんな賭け試合をブローディアが提案すると、カークス騎士団が勝利した際のメリットが多い事もあり、子爵はすぐに乗って来たのだが……。

 現状その試合が、かなり一方的な結果になってしまっている為、見ていても全く盛り上がらない状況なのだ。


 実際にブローディアの両脇に座って見学している父であるガーデニア伯爵と、サイドラー伯爵夫人のイレーヌも凶悪な睡魔に襲われていた……。

 イレーヌは睡魔によってカクカクと船をこぎ出し、ブローディアの父は周囲に聞こえる声を出しながら大あくびを放つ。

 父の隣に座っているロイドなど、すでに睡魔に陥落させられ、大口をパカンと開けて爆睡していた……。

 そんな観戦状況の中、父であるガーデニア伯爵が娘に話しかける。


「ディア……。これはどういう事なんだ? お前は確かカークス騎士団は結束力が高く、ホースミント領内では一番規模の大きい騎士団だと言っていなかったか?」

「ええ、言いましたね……」

「これのどこがそのような評価をされているのか、私には甚だ疑問なんだが?」

「…………」

「見ろ。すでにお前の兄が6人抜きをしているぞ? あいつ、このまま全員負かす気なんじゃないか?」

「お父様……何故一人目にラミウムお兄様をエントリーさせたのです? お兄様はガーデニア騎士団では三番目の実力者ではありませんか……」

「仕方がないだろう。あいつが面白がって、自分が先陣を切りたいと言い出したのだから……。だが、あまりの実力差に目が死に始めているぞ……? 大体、こんな騎士団に会場警備を任せていて、よく今まで問題が発生しなかったな」

「イレーヌ様のお話では、会場警備は常にホースミント騎士団と合同で行っていた為、何か問題があってもホースミント騎士団が対応されていたそうです」

「それ、カークス騎士団に警備依頼をする意味があるのか?」

「何かあった際、逃走犯の追跡や経路を塞ぐ人手が必要なので、その部分で役には立っていたようですが……」

「それはわざわざ騎士団を使う必要性があるのか……?」


 ブローディアの父が呆れ気味で呟くと、ホースミント騎士団の訓練場に『カーン!』と長く伸びるような金属音が響き渡り、宙を舞った長剣がたまたま柔らかい地面へ落下し、奇跡のようにグサリと地面に突き刺さる。

 そんな奇跡的な動きを見せた対戦相手の長剣をブローディアの兄ラミウムが、死んだ目をしたまま虚ろな表情で見つめていた。


 すると負けたカークス騎士団の騎士がガクリと膝を折り、悔しそうに地面に両手を突いた。その騎士に死んだ目をしながら憐れむ様な視線を向ける兄。

 そんな兄にブローディアと父ガーデニア伯爵が、同情するような視線を送る。


「あれはダメだな……。多分あいつ、次の対戦相手でワザと負けるぞ?」

「お兄様は相手が弱すぎると、すぐにやる気を失くされますからね……」


 困った表情をお互いに向けあう親子の隣で、ロイドが一瞬だけ「んがっ!」と変な声を出したが、再び深い眠りに落ちて行った。

 ちなみにブローディアの逆隣に座っているイレーヌは、いつの間にかスースーと寝息を立て、睡魔に身を任せている。

 そんな穏やかな午後のひと時の中、ブローディアの兄と7人目のカークス騎士団の騎士との試合が始まった。


「お父様、ご覧になって? 本日は雲一つない素晴らしい青空ですよ?」

「そうだなー。しかも宙を舞う対戦相手の剣が青空によく映えるなー」

「お父様……。あれはお兄様の剣です……」

「あいつ、やはり途中で試合を放棄したな……」


 あまりにも一方的過ぎる実力差に嫌気がさしたであろう兄ラミウムは、7回戦目でワザと負け、何かを訴えるように死んだ目をしながら、観客席のブローディアにジッと視線を送ってくる。


「お兄様が、わたくしに何か言いたげだわ……」

「お前が今回の件を頼んで来た際、カークス騎士団の実力を盛り過ぎたから、文句を言いたいんじゃないか?」

「わたくしだって、まさかここまで酷いとは思ってもみませんでした」


 故意に負けた兄は、ジッとブローディアを無表情で見つめながら控室に戻っていく。逆に対戦相手だったカークス騎士団の騎士はその事に気付かない様で雄叫びを上げながら、やっと得た勝利を仲間達と喜び合っていた。


「あの騎士団……ダメ過ぎだろう? ディア。お前、嫁いだら早々にノティス殿にあの騎士団を使う事をやめるように進言した方がいいぞ?」

「進言も何も……。今回ノティス様が、この警備関連の件をわたくしに任せてくださった時点で、カークス騎士団を切るおつもりだったと思いますよ?」


 父親にそう告げたブローディアは、小さく息を吐く。

 初めは気付かなかったのだが……どうやらノティスは、敢えてブローディアが対応に特化していそうな内容で、今回仕事を振って来た可能性がある。


 先週ロイドには、17年間も放置されていたのだから、ノティスが自分の事を忘れ去っていた可能性があると口にしたブローディアだが……。今ではその可能性は、まず無いだろうと感じていた。何故なら初対面時にノティスは、ルミナエス城内でブローディアの事を何度か見かけたと口にしていたからだ。

 ノティス程のやり手な人間であれば、その時点で騎士爵の印象が強い自身の婚約者の家にこの話を持ち掛ければ、すぐに解決出来る問題だと気付けるはずなのだ。


 だが何故かノティスは、この件に関しては10年間放置した……。

 使える物は何でも利用しそうなノティスにしては、有り得ない見落としだ。

 しかもブローディアをホースミント家で受け入れる準備を始めた途端、長年問題視されていたこの問題の解決にすぐ踏み切っている。


 現時点では何故ノティスがそのような動きをするのか、その意図は不明だ……。

 そんな事を考えながら、ブローディアは今朝方に執事のアルファスから手渡された新たなノティスからの手紙を開く。

 今回も自身が国内に不在時で対応出来ない事をブローディアにやって欲しいと言う内容だった。その内容を再確認しながら、ブローディアは小さく息を吐く。


 手紙の内容は、一カ月後に王妃ユーフォルビアが主催する近隣諸国の若い伯爵令嬢達を招いたお茶会に出すチョコレートの焼き菓子を用意して欲しいという内容だった。

 その焼き菓子は、現在二年先まで予約が殺到している入手困難な事で有名だった。

 だが、その焼き菓子店は、ブローディアの親友であるセレティーナの父が治めているロベレニー領内に店を構えていた。その為、入手困難とは言え、ブローディアはセレティーナの協力で左程時間を掛けずに用意する事が可能なのだ。


 この二回目のノティスからの依頼内容から、ブローディアはある事に気付く。

 隣国に発ったノティスからの依頼は、一般的には無理難題と言われる内容だが、ブローディアにとっては左程苦も無くクリア出来てしまうものなのだ。


 だがその事を知らないイレーヌやロイドは、ノティスが故意にブローディアに無理難題を吹っかけ、何度もブローディアの技量を試していると、主君の行動に腹を立てていた。

 しかし蓋を開けてみると、ブローディアだからこそあまり苦もなく対応出来てしまう無理難題ばかりなのだ。


 この状況にブローディアは、ノティスという人間は、どういうタイプなのか、またしても分からなくなってしまった。

 何故こんなまどろっこしい方法で、自分を試すふりをしているのか……。

 その意図が全く読めない。


 そんな事を考えていたら、いつの間にか眉間に皺が寄っていたらしい。

 珍しく父親が、心配そうに顔を覗き込んで来た。


「そう言えばディア、17年目にして初めて婚約者殿と顔合わせした感想はどうだ?」

「どうと言われましても……。お会いして僅か30分で、すぐにお別れになりましたので。今はまだノティス様がどういったお人柄なのか、全く分からない状況なのですが……」

「だが、ノティス殿はなかなかの美男子だろう。そういった部分で何かこう……一目惚れみたいな現象は起こらなかったのか?」

「お父様は、わたくしの事をバカにさているのですか? わたくしが外見のみで恋に落ちる程、頭の軽い娘に見えます?」

「確かにお前の場合、それだけは絶対にないな……。そもそもあんなにも顔の良い兄がいるのだから、美男子は見慣れているだろうからな……」

「確かにお兄様は大変お顔がよろしいですが、その分性格の悪さで全てが相殺されます」

「お前……実の兄に対して、もう少し言いようがないのか?」


 呆れ気味な表情をした父の視線を辿ると訓練場の隅っこから、やはり何か言いたげに不満そうな表情で訴えてくる兄ラミウムと目が合う。これは後でホースミント騎士団で一番腕の立つ騎士との手合わせを兄にセッティングした方が良さそうである。

 そんな事を考えていると、父親が意外な事を聞いてきた。


「ちなみにホースミント家での生活は……どうなんだ?」


 その父の言葉を聞いた瞬間、ブローディアは大きく目を見開いた。

 そしてすぐに苦笑する。


「使用人達は、大変優秀で忠義に厚い者達ばかりです。初日では格式の高い家柄の印象でしたので、わたくしのような中流階級の人間がやっていけるのか少し不安でしたが……。意外にもホースミント家では和やかな主従関係が成り立っている事が分かりましたので、現在では居心地よく過ごしております」

「そ、そうか」


 娘の話を聞いた父が、やや気まずそうに視線を逸らした。

 その様子にブローディアが吹き出す。


「お父様は、意外にも過保護な方だったのですね?」

「過保護というか……。普通の親であれば、娘が一度も面会した事もない男のもとに一人で嫁ぎに行ったら、冷遇されていないか心配になるだろうが……」

「わたくし、そのようなか弱き娘ではないのですが?」

「お前がどんなに負けず嫌いで気が強くても、親であれば普通は心配するものなんだ!」

「お兄様とお母様は、あまり心配されていないようですが?」

「ラミウムも心配していたぞ? お前が先方で暴れていないか……」

「お兄様のその心配は、お父様の心配とは明らかに種類が違います!」

「ガザニアは……ノティス殿の美男子ぶりを絶賛していたからなぁー。『あのような素敵な貴公子の許に嫁げるのだから、ディアは絶対に幸せに決まっております!』と言い切っていたぞ?」

「お顔重視のお母様らしいご意見ですね……」


 遠い目をしながら同時に天を仰いだ親子の視界には、小気味よい音を立てて薙ぎ払われた剣が、再び横切るように空中を舞っていく。


「ディア」

「はい?」

「もし嫁ぎ先で辛い状況に追い込まれるような事があれば、すぐに父様に言いなさい」


 急に真顔でそんな事を言い出した父の言葉にブローディアが大きく目を見開く。


「その場合、先々代ホースミント伯爵に相談後、すぐに離縁を申し出る」

「お父様……」


 父親の意外な申し出にブローディアが苦笑する。


「もしや……わたくしがいなくなり、寂しいのですか?」

「寂しいに決まっているだろう!? あのむさ苦しい筋肉男だらけのガーデニア家では、お前は父にとって唯一の花であり、お姫様だったんだぞ!?」

「お父様、その言い方は少々気持ちが悪いです……」

「いくらおじい様の代から決められていた婚約とは言え、手塩にかけて育てた娘が一度も会った事もない男の許にいきなり嫁ぐなんて……父には耐えられん!!」

「お父様の娘愛が気持ち悪い程、よく伝わってきました……」

「だから本当に辛い場合は、すぐに父に言うのだぞ!? でも出来れば上手くノティス殿を骨抜きにし、今後のガーデニア騎士団の利用頻度を高める事に貢献して欲しいとは思っている……」

「最後の言葉で全て台無しですね……」


 そんな会話をしていたら、いつの間にか試合が終了していた。

 結果はガーデニア騎士団の圧勝である。

 だが、父の選抜した精鋭ぞろいの騎士達に勝利した事で得られる歓喜の表情はない。それどころか、10名全員が無表情である……。


「お前は、あの騎士団を今後どうするつもりなんだ? このままホースミント家の傘下に置いておけば、謀反を起こす可能性もあるのではないか?」

「そうですね……。まずはホースミント騎士団よりベテラン騎士を数名派遣し、カークス騎士団の性根を叩き直して貰おうかと思っております」

「それをあのプライドが高そうな子爵が受け入れるとは思えんが……」

「その点につきましては、今後警備の仕事を回さないと脅……交渉材料にし、意地でも派遣騎士の件を受け入れさせます」

「なんか父は、カークス子爵が少しかわいそうな人に思えてきたぞ?」


 そう言って父親が席を立つと、その隣で爆睡していたロイドが目を覚まし、状況が把握出来ずにキョロキョロし始める。


「まぁ、小娘のお前にその派遣騎士の件を打診されては、子爵もなかなか受け入れにくいだろう。私の方から、その件を子爵に打診してもいいか? その場合、派遣する騎士は、ガーデニア騎士団からになるが……」

「お父様が動いてくださるのですか? ならば是非お願いいたします! ちなみにその場合、派遣なさる騎士はオレガスとダラゴンで!」

「お前、また随分と鬼畜な人選をするなぁー。うちでも鬼教官で定評がある二人じゃないか……」

「それぐらいの人間を投入しなければ、あの騎士団の根性は叩き直せないかと!」

「とりあえず、後の事は私が話を進めておく。ノティス殿にはお前から報告しておいてくれ」

「かしこまりました」


 そう言って訓練場で自分達の部下を怒鳴りつけているカークス子爵のもとに向かう父の背中を見つめていると、先程目覚めたロイドが間の抜けた表情をブローディアに向けて来た。


「ブローディア様……。試合はもう終わったのですか……?」


 その問い掛けにため息を返したブローディアは、隣で気持ちよさそうに眠っているイレーヌを起こし始めた。

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