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6.ノティス・ホースミントという人間

「これは驚きましたね……。まさかこのような若く華やかで美しいご令嬢が、このホースミント家に入ってくださるとは……。実は若旦那様、強運の持ち主では?」


 アルファスから紹介された家令のロイドは、一見は真面目そうな銀縁メガネをかけた30代半ば程の紳士だった。彼はホースミント家の傘下である子爵家の三男で、元々はホースミント騎士団に騎士として入隊したのだが……あまりにも向いていなかった為、事務処理関係を任せたところ数字に強い事が判明し、二十歳の頃からアルファスに指導され、現在はホースミント家の家令として仕えているそうだ。


 現状、執事のアルファスの方が格下なはずなのだが、この邸の家令は元々アルファスが執事と兼任で担っていた。だが、年齢的に次の世代に譲る準備として現在ロイドを家令として鍛え上げているらしい。


 しかし、事務処理には特化しているとは言っても接客に関しては少々問題があるロイドなので、執事業務をミランダの次男であるルッツに任せ、今後は家令と執事の二名体制でこのホースミント家を支えて行く方針だそうだ。その為、現在のアルファスは執事という立場でありながらも指導者である為、家令であるロイドの扱いが格下扱いになっている。

 

 そんなロイドはブローディアへの初対面での第一声の言葉がこれなので、堅物そうに銀縁メガネを掛けている見た目に反して、かなり社交的なタイプらしい。確かにこの軽い性格では、客人をもてなす事が多い執事業務は向いていないだろう。

 ブローディアがそんな事を感じていると、アルファスがロイドに先程のブローディアの要望を伝える。


「ロイド、ブローディア様は若旦那様が戻られるまでのこの二カ月間で、領地経営に関する知識を可能な限り学ばれたいそうだ」

「しかもかなり協力的な姿勢で嫁いで来て下さるとは……ブローディア様は女神様的な何かですか?」

「協力的というよりもノティス様に小バカにされたままの状態が許せないだけなのだけれど」


 ブローディアが片眉をつり上げながら一部訂正すると、ロイドがぷっと吹き出した。


「なるほど! 来て早々に若旦那様お得意の挑発被害に遭われたのですね! 全く、あの方は……。17年間も放置した婚約者様をやっと領地に招き入れる決心をされたかと思ったら、この扱いとは……」


 苦笑しながら呆れるロイドに対して、アルファスが咳ばらいをする。


「おっと、これは失礼! でしたら、若旦那様が戻られるまでのこの二カ月間、経理関係の事を少しずつブローディア様にお手伝い頂くような流れでよろしいでしょうか? 恐らく実践で身に付けられた方が早く習得出来るかと思いますので」

「ええ。是非それでお願いするわ」

「かしこまりました。ちなみにイレーヌ様にもう少し早めにお越し頂けるよう打診も出来ますが、いかがいたしますか?」

「イレーヌ様?」

「サイドラー伯爵夫人のお名前です。あの方は、先代のご領主であるルーティス様の弟エイティス様の奥方様でございます」

「ということは……ノティス様の叔父様の細君という事?」

「はい。当時のサイドラー伯爵家はお子様がイレーヌ様お一人だけだった為、ホースミント家次男のエイティス様が婿入りされ、現在サイドラー伯爵家を切り盛りされております。イレーヌ様は、万が一ルーティス様ご夫妻に何かあった時にと、大旦那様の指示でこのホースミント家の花嫁指導をマリアンナ様と共に受けられているので、若旦那様もブローディア様の指導を任されたのでしょうね」

「マリアンナ様とは……」

「マリアンナ様はルーティス様の奥様……つまり14年前に馬車の事故で亡くなられた若旦那様のお母君です」


 つまり14年前に亡くなったノティスの両親がルーティスとマリアンヌで、そのルーティスの弟エイティスが婿入りという形で結婚した相手のイレーヌが、一週間後にブローディアを指導してくれる現サイドラー伯爵夫人という事だ。

 4人も新しい名前が出て来てしまったので、ブローディアが頭の中で整理し始める。


「ええと……イレーヌ様ことサイドラー伯爵夫人は、ノティス様のご両親が亡くなられた際、何故次男のエイティス様とご一緒にノティス様の後ろ盾にはならなかったのかしら?」

「実はエイティス様がホースミント家に戻ってしまうと、今度はサイドラー伯爵家に任せている接待会場の設置関連の業務が滞ってしまう為、戻すに戻せない状況だったのです。それに当時ご両親を亡くされたばかりの若旦那様からもすぐに家業を継がれたいと言う要望もございまして……。恐らく当時の若旦那様は、ご両親を亡くされた悲しみから早く抜け出したかったのでしょうね……。家業を継ぐ事で余計な事を考えずに済む状況にご自身を追い込んでいるようにも見えましたので……」


 まるで自分の事のように辛そうに語るロイドの様子にブローディアも思わず視線をテーブルへと落とす。僅か13歳の少年が、いきなり両親を失った悲しみは計り知れない程、深いものだったはすだ。

 先程アルファスの口からも出ていたが、14年前のノティスの両親が亡くなってしまった事で、このホースミント家はかなり傾きかけたのだろう。


 それをまだ13歳の少年だったノティスは、周りからの手助けがあったとはいえ、しっかりと立て直したのだから、その苦労は相当なものだろう。

 その当時、ブローディアの祖父と父もホースミント家に対して、かなり支援を行っていたとは思うが、まだ3歳だったブローディアは、自身の婚約者がそんな過酷な状況下であった事など知る由もない。


 そんな抱いても仕方のない罪悪感を今更抱き始めたブローディアの様子に気付いたのか、ロイドが切なそうな笑みを浮かべた。


「ですから、こうしてブローディア様がこのホースミント家に嫁がれてこられる事は、我々家臣一同にとっては大変喜ばしい事なのです」


 その言葉から何かを感じとったブローディアが、じっとロイドを見つめる。


「まぁ若旦那様は少々……いや、かなり捻くれた性格をなさっておられますが、ブローディア様を邪険に扱うような事は絶対になさらないので、そんなに気張らずに安心して嫁いできてください」


 やや苦笑気味のロイドから伝えられた言葉からノティスが、どれだけ家臣達から慕われ愛されているのか、よく分かる。彼らにとってノティスは家臣として支えてきただけでなく、ずっと見守っていたい……そんな我が子のような大切な存在なのだろう。


「そう言って貰えると、わたくしも少しは気が楽になるわ。でもロイド、主であるノティス様を捻くれ者扱いしていいのかしら?」

「ブローディア様はあのクソガキ様に来て早々に挑発行為をされたのですよね? 正直なところ、17年間も婚約者を放置した挙句、そんな態度をとる男など庇う必要はございませんよ?」

「ロイド、クソガキは言い過ぎだろう……」

「アルファスさんはそう感じられた事はないのですか? あのまるで口からお生まれになったかのような小憎たらしい屁理屈を毎回極上の笑みで捏ねられたら、誰だって『このクソガキ!』と叫びたくなりますよ?」

「全く……。いくら幼少期に坊ちゃまを弟のように可愛がっていたとは言え……ロイド、口が過ぎるぞ?」


 アルファスに窘められたロイドが、苦笑しながら肩をすくめる。

 だがブローディアは、アルファスの口から出たある言葉に反応してしまう。


「坊ちゃま?」

「これは失礼を。どうも幼少期の頃からお仕えしていた癖で……気を抜いてしまうと、私はすぐに若旦那様を坊ちゃま呼びをしてしまうのです……」

「ノティス様にも坊ちゃまと呼ばれていた愛らしい時期があるのね……」

「まぁ、私はたまに『クソガキ様』とお呼びする事がございましたけれどね」

「ロイド……」

「アルファスさんも同罪ですよ? 今、若旦那様を坊ちゃま呼びしたら、確実にお叱りを受けますから」


 そう言って悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべるロイドは、恐らく一番ノティスに近い位置で彼を支えてきたのだろう。初めは格式が高い印象が強かったホースミント家だが、実際はかなりアットホームな主従関係で成り立っているようだ。

 同時にノティス・ホースミントという人間が、どんな人間なのかも少しだけ垣間見えてきた気がしたブローディアだったのだが――――。


 三日後、予定を早めてホースミント家にやって来たサイドラー伯爵夫人から渡された一枚の手紙によって、その考えは一変する。

 だが、この時のブローディアは、そんな事など微塵も予想出来なかった。

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