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 朝食後、ミランダとエルマに調理場と邸内の庭園を案内して貰ったブローディアだが、実家のガーデニア家とは比べものにならない程の規模の大きさに、またしても言葉を失ってしまった。


 まず調理場に関しては、調理人達の人数が多過ぎるという状況だった……。

 これに関してはホースミント家の現料理長が過去にルミナエス城で臨時の料理長を務めた実績があると言う事が関係している。

 ようするにその料理長を師にしたい料理人達が、技術を学ぶ為にこのホースミント家の調理場に集ってきている状態なのだ。


 一瞬「人件費の無駄では……」とも考えてしまったブローディアだが、実はこれにはしっかりとした理由があった。

 まず邸内で料理人を育てる環境を作り、その育てている料理人の作った料理で接待客をもてなす。その際に先方がその料理を気に入った場合は、その料理人を紹介するという流れが出来ているそうだ。


 接待相手にとっては、腕のいい料理人が簡単に見つけられ、料理人達にとっては自身の腕を振るえる厨房を手に入れられる。そしてホースミント家にとっては、料理人を紹介した事で接待相手との親睦が深められると言う展開になるらしい。その為、ホースミント領内は、料理人を目指す者達にとって学びとチャンスの多い土地となっているそうだ。


 次に庭園に関してだが、こちらも凄かった。

 まずは庭園が全部で3つも敷地内にある。

 一つ目は、一般的な貴族の邸にあるガーデンパーティー等を行う大きな庭園だ。

 花に関しては薔薇類が多く植えられているが、しっかりと手入れをされた植木や芝も見ごたえがあり、管理費はそこそこかかっている様子だ。


 二つ目が季節の花を中心として植えられている庭園である。

 規模は小さいが、庭園内にはスイレンが咲き誇る小さな池と小川も流れており、四阿も設置されているので個別で商談などをする際によく使われるそうだ。


 そして三つ目は、客人用ではなくホースミント家の歴代当主達の為に設けられた庭園だ。外交等の人と接する事が多い業務を長く携わっていると、一人になりたい時間がどうしても欲しくなるらしい。何代目かの当主が作った庭園らしく、現当主であるノティスもここを愛用しているとの事だった。


 ちなみに一つ目の庭園を案内して貰ってる最中に訓練をしている騎士集団も目に入って来た。これはノティスの祖父が若かりし頃に山賊に襲われ、大変な目に遭った事を切っ掛けに小さな騎士団を持つ許可を王家に申請し、結成された騎士団である。


 ノティスが国外外交をする際の護衛はもちろん、接待するパーティー会場への荷物搬入時の護衛や、その会場の警備などが彼らの仕事だ。社交界ではホースミント騎士団という名で通っており、年頃の令嬢達の間では入り婿候補として、騎士達は大人気だそうだ。

 だが生まれた頃から婚約が決まっていたブローディアには、関係のない話だった為、この騎士団の存在は今まで耳には入って来なかった。


 とりあえず、午前中は邸内の気になる部分をミランダ達に軽く案内して貰ったブローディアだが、どうやら嫁いだ後は、かなり気を配らなければならない部分が予想以上に多い事がこの案内で発覚してしまった。


 そもそもブローディアの中での外交官のイメージは、他国との商談や取り決め等を円滑に交わす為に接待に尽力する人間という感覚だったのだ。ようするに外交官個人の能力を駆使し、他国と渡り合うというイメージだったのだ。

 だが、実際は接待場所の確保や警備体制の見直しや強化、パーティー等を開く際はセッティング準備やスケジュール調整等もホースミント家が中心となって手配や指示を出す立場のようだ。

 もちろん、それら全ての対応をホースミント家だけで行う事は不可能なので、傘下である子爵家や男爵家等にある程度の指示を出しながら、一任させているのだろう。


 その為、ホースミント家はノティス個人の外交官スキルだけで世間的に評価されているのではなく、他国の使者をもてなす為の外交準備の手際の良さでも世間的に評価されているようだ。

 商家上がりで現在は騎士爵としてのイメージが強いガーデニア家とは、また違った方向で領地を盛り上げている感じだ。


 午前中で邸内を少し周ったお陰で、今まであまり把握していなかった部分がある事を知ったブローディアは、自身がいかに勉強不足の状態で、この家に嫁入りしようとしていたのかを痛感する……。

 自分の周りに外交関係を担っている家の友人令嬢がいなかった事も今回の失敗要因だった。


 そもそも外交関係を担っている貴族令嬢達は、自信家で自己啓示欲が強く、この国の王太子の婚約者であるブローディアの親友セレティーナに絡んでくる令嬢が多かったのだ。その為、受け流しに徹していた親友セレティーナに代り、ブローディアは自ら率先して彼女達と一戦交える事が多かった。

 そういう背景からも外交官という職務に関しての知識が得にくくなっていたのだ。


 だが、この状況に関しては、もう未来の女主人としての威厳を保つ等とは言っていられない。素直にこの業務に関しては無知である事を周囲に訴え、自分に足りない部分を確認して貰い、指導して貰うしかない……。


 午後になり、外交関連に無知な今の自分の状況を執事アルファスに相談すると、常に冷静を心掛けていそうなベテラン執事が、珍しい事に驚くように大きく目を見開いた。


「ブローディア様のご実家のガーデニア伯爵家は、確か騎士爵としての印象が強かったように記憶しておりますが……」

「ええ、そのとおりよ」

「ですが、今のご相談内容の導き出し方は、まるで急成長している商家のご息女のようなお考えの流れですね」

「祖母が元商家上がりの子爵家出なの。ちなみにガーデニア家も元々は成金商家上がりの伯爵家だから商才に関しては、わたくしの祖父以外は皆、そこそこあると思うわ」


 やはりブローディアは、体力バカな伯爵家出とアルファスに思われていたようだ。その部分をしっかり訂正しておこうと力説する。

 そんなブローディアに何故か微笑ましそうな眼差しを向けたアルファスはお茶を淹れてくれたのだが、何故かそのまま立ったまま会話を続けようとした。恐らく使用人としての立場を弁えてくれたのだろう。

 だがブローディアは、そんなアルファスに長くなるからと言い、向かいの席に座るようにと促す。

 するとアルファスが、苦笑しながらな長椅子の腰を下ろしてくれた。


「先代ご領主のボレス様は、商才をお持ちでないのですか?」

「アルファスはわたくしの祖父に何度も会った事があるわよね? 祖父は普段でもあのように思い込んだら一直線な脳内を筋肉で埋め尽くしていそうな方だから、商才どころか詐欺に遭われそうで……わたくし達一家は常に祖父の交流関係に目を光らせているわ」

「さ、さようでしたか……。確かにボレス様は、真っ直ぐで誠実なお人柄が印象的な方です。そもそもそのボレス様が、騎士でいてくださったお陰で大旦那様の命が救われたので、我々ホースミント家に仕える人間としては、その部分は長所にしか感じられませんが……」

「物は考えようよね。でもああいう人間をわたくし達若い令嬢は『脳筋』と呼ぶのよ?」

「脳筋……」


 実年齢よりも大人ぶる事が出来なくなったブローディアは、もう虚勢を張るように自分を飾って見せる事を放棄した。その為、今現在では年相応な17歳の小娘状態に戻ってしまっている。

 その急激な変化に初老のプロフェッショナルな執事アルファスは、若干ついていけない様子だ……。


「まぁ、おじい様の事はどうでもいいのだけれど……。問題なのは、わたくしが今の無知過ぎる状態のままで、一週間後に来てくださるサイドラー伯爵夫人のご指導を受ける事は、かなり失礼な事だと思うの……。だからそれまでに出来るだけアルファスから、外交官の妻としての基本を教えて頂けないかしら?」


 ブローディアの申し出にまたしてもアルファスが驚くような表情を浮かべながら、動きを止めた。だがその後、突如として笑いをかみ殺す様に口元を押さえ、顔を背ける。


「アルファス?」

「も、申し訳ございません……。まさかブローディア様が若旦那様の挑発にのせられてしまっていたとは思ってもみなかったもので……」


 アルファスのその言葉にブローディアが、スゥーッと目を細める。


「アルファス、あなた昨日ご出立前のノティス様にわたくしが挑発された事に気が付いていたの?」

「は、はい……。ちなみにミランダも気付いておりますね」

「ミランダも……」

「あれは若い頃から、感情が顔に出やすいタイプの人間で……。今現在は表情筋を駆使し取り繕っておりますが、ブローディア様くらいの頃は、現在の夫のダリオンと、まぁやかましいくらいに口喧嘩をしておりまして。私は彼らに何度口やかましく注意したか数え切れません」

「あ、あの完璧な侍女長のミランダが……?」


 あまりの衝撃の事実にブローディアが唖然とした状態で、ティーカップを持ったまま固まった。すると、アルファスがふっと柔らかい笑みをブローディアに向ける。


「ブローディア様、あのミランダでさえ若い頃は未熟だったのです……。ですから、そんなにお急ぎにならずとも、少しずつこの家に慣れて行かれてもよろしいのではないでしょうか」


 アルファスの言葉にブローディアが、大きく目を見開いた。


「確かに昨日の若旦那様は、明らかにブローディア様を挑発するような態度を取られていましたが……。それはブローディア様が、その挑発行為の意図を読み取ってくださる事を確信して、あのような態度を取られたのだと思います」

「どういう……事?」

「このホースミント家は、14年前に若旦那様のご両親のご不幸により、かなり様変わりしてしまいました……。若旦那様は僅か14歳で本格的に家督を継ぐ事になり、大旦那様のお力添えがあったとは言え、世渡り上手で言葉巧みに耳障りの良い言葉を囁く大人達相手に14歳という若さで渡り合ってきたのです。ましてや幼少期の頃から利発なお方でしたので、さぞ対応しなければならない相手の方々に落胆する事が多かったでしょう……」


 アルファスの話にブローディアが固まる。

 国にもよりけりだが、大半の外交官は自国での地位が高く、どこか気持ちが大きくて派手な事を好む人間が多い。ましてや外交官という相手よりも優位に立つ事が重要になってくる職業柄、威圧的でプライドが高い人間が多いのだ。

 そんな大人達と当時14歳だったノティスはどう戦ってきたのか……。


 もし自身が同じ状況でそのような責任を僅か14歳で担わなければならない状況が訪れたら……。そう考えてしまったブローディアの顔から血の気が引いていく。

 そんなブローディアの反応を確認したアルファスが、どこか切なげに笑みを浮かべる。


「そのような年長者の方ばかりを相手にされてこられたので、ご自身の婚約者様がブローディア様のような実年齢よりも大人びた考えや、振る舞いをされるご令嬢だった事が嬉しくて、ついあのような挑発をなさってしまったんだと思います。生まれた頃から勝手に決められ、しかも一回りも年上で一度も顔合わせの機会を設けてくれなかった婚約者相手に対して、ブローディア様は外交官の妻になる事を自覚されているようなコーディネイトでお越しくださり、ホースミント家の人間から、ご自身が何を求められているのかを探ろうと、注意深く我々の言動を観察なさっていたのではございませんか?」


 アルファスの言葉にブローディアの顔色が一気に赤くなる。

 ブローディアにとっては、さりげなくこなしているつもりだった振る舞いが、全てアルファスにはお見通しだったからだ。

 しかし、昨日初めてブローディアの姿を目にした際のアルファスは、品定めをするような視線を向けた後、明らかに落胆するように目を細めていた。


「で、でも! 初めてわたくしを見た時のアルファスは、一瞬何か言いたげな表情をしていたでしょう!?」


 そのブローディアの言葉にまたしても驚いたアルファスだが、すぐに困惑したような笑みを浮かべる。


「その節は不躾な態度を取ってしまい、大変申し訳ございませんでした……。思わず目元に力を入れてしまったので、ブローディア様には私が落胆したように見えてしまったかもしれませんが……。むしろ逆で感嘆による驚きを隠そうと、あのような態度になってしまいました。ですが、まさかその微かな表情の変化にも気付かれてしまったとは……私は執事失格ですね」


 申し訳なさそうに告げられたアルファスの謝罪にブローディアが苦笑で応える。どうやらホースミント家の使用人をまとめる2トップは、主であるノティスと同じように本来の感情を隠しながら、相手の心情を読み取る能力が高すぎるらしい。

 その一人でもあるアルファスが初対面時のブローディアに対して、そのような印象を抱いてくれていた事を知ったブローディアは、ますますやる気を漲らせ始める。


「アルファス、やはりわたくしは外交関連について、サイドラー伯爵夫人にお会いする前に事前にあなたから基本的な事を教えて貰いたいの。そして二ヶ月後にはノティス様を見返してやりたい……。だってお見送りの際のノティス様は、明らかにわたくしの事を世間知らずの小娘のような目で見られていたでしょう?」

「そうでしょうか? むしろ新しいおも……っと失礼致しました」

「新しいおもっと?」

「いえ、只今の言葉はお忘れくださいませ。それより確認させて頂きたいのですが、ブローディア様は外交関連のどのような事を私から学ばれたいのですか?」

「そうね……。とりあえず、現状だと外交時のおもてなし関連で発生する経費の種類や、護衛や会場準備時などに必要とされる人手確保の流れとかかしら……」

「経費関連につきましては、やはり家令のロイドから説明する流れの方がよろしいかと存じます。接待場の準備人材の確保については、よく一任する傘下の子爵家や男爵家のご案内が出来ますが、やはり一番詳しい方は、一週間後にお見えになるサイドラー伯爵夫人になります。そもそもサイドラー伯爵家は主に接待会場のセッティング関連の采配を全てお任せしておりますので」

「なるほど……。では、アルファスが教えられる部分のみで構わないからお願い出来る?」

「かしこまりました。ちなみに経費関係につきましては、そろそろロイドが戻ってきますので、この後に――――」


 ちょうどアルファスが言いかけたと同時に室内の扉がノックされる。


「どうやらロイドが戻ったようですね」


 そう言ってアルファスが席を立ち扉を開けると、銀縁メガネを掛けた三十代半ば程の男性が入室して来た。

 だがアルファスと向かい合って座っていたブローディアの姿を確認すると、口をポカンと開けたまま固まってしまった。

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