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4.関係醸成の為の下調べ

 婚約者を送り出した翌日、まずブローディアは使用人達をまとめ上げている執事のアルファスと、侍女長のミランダとの関係醸成を始める事にした。

 その手始めに朝一番にブローディアの身支度をしに現れたメイドのエルマから、他の使用人達の情報と共に二人の事も聞き出してみる。


「ミランダさんは、若旦那様の乳母も務められた方なのです。昨日、執務室で若旦那様とご一緒に出立準備をされていた男性がいたかと思うのですが、その方がミランダさんの二番目の息子さんでルッツさんと言います」

「そういえば、昨日ノティス様と同じくらいの年齢の男性が一緒に書類の準備をしていたわ。確か赤みがかったブロンドの……」

「その方がルッツさんです!」


 昨日ミランダに(たしな)められていたエルマの様子から、控え目なタイプだと勝手に思い込んでいたブローディアだったが、実際に話してみるとエルマは人懐っこい性格で、かなりのお喋り好きらしい。年齢もブローディアより一つ年下の16歳で、この邸のメイド達の中では最年少との事だった。

 

 そんな新人であるエルマをブローディアに付けたのもミランダの采配なのだろう。現状のブローディアは、格式高い伯爵家に一人でやって来たばかりだというのに肝心の婚約者が二カ月間も不在という状況だ。その為、ミランダなりに敢えて年の近いエルマをブローディアに付け、少しでもこの環境に馴染みやすい状況を提供しようと気遣ってくれたのだろう。


「ミランダさんは元子爵令嬢で、ご主人がこのホースミント領内で一部の集落の管理を任されていた男爵だったそうです。でも事務仕事が性に合わず、現在は長男の息子さんに男爵家の管理を任せ、領内の警備を担う若手の見習い騎士の方達の剣術指導をされてます。昨日、若旦那様をお見送りする際に一人だけ熊のような大柄な男性がいらした事に気付かれましたか? その方がミランダさんのご主人のダリオンさんです」

「ではミランダは一家で、このホースミント家に仕えているのね。ちなみにエルマも爵位持ちの家のご令嬢なの?」

「私も一応、ホースミント家傘下の男爵家の令嬢なのですが……。四女な上にあまり出来が良くなくて……。それで父より格式高いホースミント家で侍女見習いをすれば少しは見合いの話もくるのではと言われ、こちらでお世話になっております」

「あまり出来が良くないって……」


 そう言いかけながらブローディアは、今しがたエルマが一瞬で仕上げてくれた髪型を目の前の鏡台で確認する。バランスの良い編み込みでまとめ上げられたその髪型は、17歳であるブローディアを自然に大人っぽく見せてくれている。


「こんなに手際よく髪を結えるのは、とても素晴らしい才能だと思うのだけれど。ここまで腕のいいメイドや侍女はガーデニア家にはいなかったわよ?」

「本当ですか!? そうおっしゃって頂けると嬉しいです!! 髪結いは私の唯一の特技なので! ですが……」


 ブローディアに褒められ興奮気味だったエルマだが、何故か急に大人しくなってしまう。その様子にブローディアが不思議そうに首を傾げる。


「今までこのお邸には、髪を結われる方がいらっしゃらなかったので無駄な特技になっておりましたが……」


 苦笑気味でそう口にするエルマの言葉でブローディアがある事に気付く。

 このホースミント家はノティスの母が亡くなってから、ずっと女主人が不在のままなのだ。


 恐らくノティスが十代の頃は祖母である先々代のホースミント伯爵夫人がこの家を切り盛りしていたのだろう。その後は、来週からブローディアにホースミント家について指導してくれるノティスの叔母であるサイドラー伯爵夫人が、定期的に担っていた可能性がある。それでも15年近く正式な女主人がいなかった状態なのだ。

 その事に気付いてしまったブローディアは、少し考え込んでしまう。


「ブローディア様?」

「どうしましょう……。わたくし、責任重大だわ……」

「責任……とは?」

「ええと……何でもないわ。独り言だから気にしないで!」

「か、かしこまりました!」


 とりあえず、将来的にこの邸の女主人としてやっていけるかどうかは、ノティスの叔母であるサイドラー伯爵夫人の指導を受けなければ、対策の練りようがない。願わくば夫人が気持ちの良い人であるようにと祈るしかないブローディア。だが夫人が来るまでのこの一週間は、執事のアルファスに予習として確認出来る部分は早めにしておいた方がよいと考える。


「エルマ、執事のアルファスが空いている時間帯はありそうかしら?」

「アルファスさんですか……。毎日お忙しいご様子なので、明確に空いている時間帯は、ちょっと……。ですが、ブローディア様がお話をされたがっている事を伝えておきます。アルファスさんは大旦那様の代から執事をされている方なので、とても優秀な方です! なのですぐにブローディア様とのお時間を捻出して下さると思いますよ?」

「でも悪いわ……。いつも忙しそうなのでしょう?」

「そのような事はお気になさらないでください! そもそもこのお邸の使用人の殆どが、ブローディア様がお越しになる事を心待ちにしていたのですから!」

「そう……なの?」

「はい! だってやっと若旦那様のご婚約者様をお迎え出来たのですよ!? 皆、はりきっております!」


 元気いっぱいにそう語るエルマだが……。

 昨日ブローディアを出迎えてくれた執事のアルファスと侍女長のミランダの反応を思い出すと、どうもエルマの言葉が素直に頭に入って来ない。

 執事のアルファスは、穏やかで丁寧な対応だったが、時折ブローディアの仕草や行動を見て、目を細めていた。


 そしてそれは侍女長のミランダに関しても似たような反応である。

 親身になってブローディアの身の周りの事や邸の案内等を丁寧にはしてはくれるが、表情変化があまりないので内心ブローディアの事をどう思っているのか、全く読み取れないのだ……。


 だからこそ、サイドラー伯爵夫人がこの邸に来る前までにこの二人とは、ある程度親しい雰囲気で話せる関係を築きたいのだが……。

 何分相手は自分の親よりも年上であり、この邸の使用人達の2トップでもある。たかだか17年間しか生きていないブローディアが、一週間で懐柔出来る相手ではない。


 それでも少しずつ二人の懐に入っていかねばならないブローディアは、この一週間をどう過ごせばいいか考え始める。しかし、その思考は室内に響き渡ったノック音で中断された。


「ブローディア様、失礼致します。そろそろ朝食のお時間になりますが、お支度はいかがでしょうか」


 先程までエルマとの話題に出ていたミランダが、時間になっても食堂に現れない二人を呼びに来たようだ。その事に気付き、室内の置時計を確認すると、予め聞かされていた朝食の開始時間より30分も過ぎてしまっていた。


「待たせてごめんなさい! 今から食堂に向うわ!」


 扉越しで返事をしながら、エルマに扉を開けるようにブローディアが目配せをすると、エルマが慌ててミランダを部屋に招き入れた。


「失礼致します。催促するようにお声がけをしてしまい、申し訳ございません。お支度に時間が掛かっていたようなので、またこの子が何かしでかしてしまったのかと……」


 そう言って、ミランダがチラリとエルマに視線を向ける。

 それを慌ててブローディアが訂正した。


「違うの! 身支度をしてくれているエルマに私がお邸の雰囲気等をたくさん聞いてしまったから、遅くなってしまっただけなの! だから彼女の落ち度ではないわ!」


 ブローディアのその言い分を聞いたミランダが、一瞬だけ目を(またた)かせる。

 だがすぐに苦笑するような表情を浮かべた。昨日からあまり感情を出さなかったミランダのその反応に今度は、ブローディアの方が目を見張る。


「さようでございましたか。この子が何か失態をしていないのであれば、一安心でございます。エルマはまだ若輩者が故、不慣れな部分が多いのですが……。その分、邸内では一番堅苦しい雰囲気のない子なので、ブローディア様もお話しやすいのではと思い、侍女としてつけさせて頂きました。手際に関しては、至らぬ点が多いですが、その辺りは私が全力でフォローするつもりですので、どうぞお話相手としてお使いください」


 そう言って二人に食堂へ向かうよう促し始める。

 やはりエルマがブローディア付きにされているのは、手慣れた侍女よりもブローディアが話しやすそうな侍女として手配してくれたようだ。

 そのように気遣われてしまう部分は、やはりブローディアがまだ17歳という年若い娘だからだろう。


 夫となる婚約者は二カ月間も側にいない状態で、いきなり初対面の使用人達と関係醸成を行って行かなければならないのだから、人生経験が豊富なミランダのような年配者からすると、精神的な面を心配したくもなるのだろう。


 初日では感情が読み取れず、歓迎されているのかが分かりづらかったミランダの態度だったが、どうやら侍女長としての立場とは別で、ブローディアの事を気遣ってくれている様子が端々に見受けられる。

 この状況であればミランダは、そこまで必死になって関係醸成をせずとも、すぐに打ち解けられそうだとブローディアは密かに胸を撫で降ろす。


 自身では、かなり図太い性格だと自負しているブローディアだが、それでも気軽に話せる人間が一人もいない環境下にいきなり放り込まれてしまえば、多少なりとも不安を抱いてしまう。そういう部分では人懐っこく、素直さが売りのエルマのようなタイプは非常にありがたい存在だ。

 同時にミランダのように、さり気なく自分を気遣ってくれる年上の女性が側にいてくれる事にも安心出来る。


 この状況であれば、侍女筆頭のミランダがブローディアを気遣ってくれる姿勢である限り、邸内の女性使用人達との関係醸成は、そこまで躍起になって行わなくても距離を縮められそうである。

 ならばこの一週間は執事のアルファスと、まだ顔合わせを果たしていない家令のロイドとの関係醸成に費やした方が良さそうな状況だ。


 食堂に着き、席へと案内されながら、今後の予定をそのように思案していたブローディアであったが……。気付けば、次々とタイミングよく出される朝食の美味しさを味わう事に夢中になってしまっていた。

 やはり同じ伯爵家でもホースミント家の方が、伯爵家としての質が高い。


 焼きたてのパンはこだわり抜いて作られたのか、フワフワしているのに噛めば何とも言えないモッチリ感があり、バターの香りが最高である。

 サラダに掛かっているソースは、少量であるのに野菜と絡みあった時の絶妙なバランスが、堪らない程の美味しさを感じさせてくれる。

 スープに関しては、具のないポタージュ系なのだが、かなり深いコクがあり、やみつきになってしまう程、スプーンが止まらなくなる。


 そして何よりもブローディアの心を鷲掴みにしたのは、スクランブルエッグだ。

 恐らく生クリームが入っているのだろう。絶妙なトロトロ感の中に舌を覚醒させてくるようなコクとまろやかさが、口いっぱいに広がってくる。


 ガーデニア家の料理人もそこそこ腕は良かったが、ホースミント家のような洗練された味ではなく、懐かしさを感じさせる親しみ深い味付けが多かった。

 それもそれで良かったのが、いかにも一流なシェフよって生み出されたようなこの食事は、格別である。


 この二カ月間で使用人達を絆す事を目標にしているブローディアだが、早くもこの邸の料理人達によって胃袋を掴まれ掛けている自分に気付き、慌てて気持ちを切り替えようと、食後のお茶を口に運んだ。


 だが、そのお茶も最高級の茶葉を使った物らしく、口に含んだ瞬間幸福な気持ちにされてしまう。

 そんな食後の最高級茶葉によって意識を飛ばされていたブローディアは、執事のアルファスに声を掛けられ、慌てて我に返る。


「ブローディア様、お食事中にお声がけしてしまい、大変失礼致します。実は先程、侍女エルマよりブローディア様が、このホースミント家についてわたくしより伺いたい事がおありだと報告を受けたのですが……。もしよろしければ邸内の案内も兼ねまして、本日午後より対応が可能ですが、いかがいたしますか?」

「こちらとしては大変助かるのだけれど、お仕事の方は大丈夫なの? 忙しいと聞いているのだけれど……」

「問題ございません。午前中に本日予定している仕事を全て終わらせる事が出来ますので。それに午後になれば、ちょうど王都へ使いに出ております家令のロイドも戻ってきますので。もしよろしければ当家の歴史だけでなく、領地経営についてご案内する事も可能でございます」


 ノティスの祖父の代から執事として仕えているアルファスは、50代過ぎくらいの落ち着いた雰囲気を身にまとった初老の紳士と言った印象だ。

 ミランダ同様、あまり感情の起伏は目立たないが、常に穏やかな笑みを口元に浮かべている。いかにもプロフェッショナルという感じの執事である。


「それでは本日午後から、案内をお願い出来るかしら」

「かしこまりました。では仕事が片付き次第、ブローディア様にお声がけをさせて頂きます」

「ええ。よろしくお願いするわ」


 ブローディアの返答にアルファスが、柔らかな笑みを返してくれる。

 だが、それが忠義心からの笑みなのか、ブローディア自身の人柄で引き出させた笑みのなのかは、まだ判断が出来ない。格式高い伯爵家というだけあって、使用人達の仕事に対する心構えが一流なのだ。


 新参者のブローディアにとっては、本心から出てしまった表情なのか、社交辞令的に浮かべた表情なのか、全く読み取れない……。

 現状のプロフェッショナル故に本心が読みづらい使用人達に囲まれた今の状況もなかなかハードだが、この二ヶ月後にもっと心情が読み取りづらいノティスが帰国してくるので、悠長には構えていられない状況でもある。


 この二カ月間で、せめて使用人との信頼関係はしっかり築いておきたいと改めて感じたブローディアは、本日の午前中は調理場と庭園での使用人の様子を確認したいとミランダ達に伝え、案内をして貰う事になった。

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『小さな殿下と私』
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