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3.挑発される花嫁

 ブローディアがエントランスに向うと、そこにはすでに馬車に乗り込むだけという様子のノティスが、道中連れ立つ侍従や護衛達と打ち合わせをしていた。


 だが、すぐにブローディアの存在に気付き、ふわりを笑みを浮かべる。

 一瞬で柔らかい雰囲気をまとえるノティスは顔を会わせたばかりという事もあり、どういうタイプの人間なのかブローディアには、まだ読み取れない。

 それでも社交辞令的な動作の繰り出し方が一流なのは、よく分かる。


「お見送りに遅れてしまい、申し訳ございません……。お声がけ感謝致します」

「こちらこそ、初の顔合わせをしたばかりなのに二カ月間もあなたを放置してしまうような形になってしまって、本当に申し訳ない……。今回任されている案件が落ち着けば、あなたとの交流期間もしっかり得られるようになるかと思いますので、挙式後になってしまいますが、少しずつ夫婦としての関係を深めていきたいとは思っております。それまでは、大変心苦しいですが、まずは使用人達との交流をして頂けますと助かります。当家の使用人達は皆、忠義に厚い者達ばかりですので、お困りの事があれば遠慮なくお声がけください」

「お気遣い、大変痛み入ります。ノティス様も道中はもちろん、隣国での外交業務中も充分にお体にお気を付けくださいませ」


 二ヶ月後に挙式する婚約者同士にしては、かなり他人行儀な別れの挨拶だが、何分本日初めて互いに顔を会わせた間柄なので仕方のない状況だ。

 だがブローディアにとっては、この二カ月に及ぶ準備期間は、かなりありがたいものだった。一番関係醸成が面倒そうな婚約者よりも、先にその周りの使用人達との関係醸成に重点を置いて取り組めるからだ。


 所詮、当人達の意志とは関係なしに祖父同士が勝手に決めた結婚である。

 相手に愛情を抱いて貰えるかよりも、自身にとって如何に快適な生活環境を築く事が出来るかの方が重要である。


 そんな事を考えながら、ニコニコと社交辞令的な笑みを浮かべているブローディアをノティスが、あからさまに上下に視線を巡らせた後、何故か笑みをこぼした。

 その様子にブローディアが、やや訝しげな表情を浮かべてしまう。


「ノティス様? 何か……」

「これは失礼。いや、予想以上にあなたは淡い色合いのドレスが似合うと思ったもので。私が用意したドレスに袖を通して下さり、ありがとうございます」


 ノティスのその言葉に一瞬、ブローディアが目を見張った。

 用意されたドレスは、普段使い用だけでなく夜会や外出時用の物がかなりあったのだが、ノティスが自身で贈ったドレスを覚えていた事に驚いてしまったのだ。

 そういった細かい部分を話題にしてきたノティスは、やはり外交官として優秀のようだ。もしかしたら先程のクローゼットに用意されたドレスは、本来はそこまで派手好きではないブローディアの好みを見抜いた上でのチョイスだった可能性も出てきた。

 それと同時にある疑問がブローディアの中に生まれる。


「こちらこそ、素敵なドレスをたくさんご用意頂き、誠に感謝しております。ですが……少々不思議に思う事が。ノティス様は、何故わたくしが淡い色味のドレスが似合うと予想出来たのですか? 記憶違いでなければ、お会いするのは今回が初めてだったと思うのですが……」


 予め用意されていたドレスだが、何故か淡い色合いの物が多かったのだ。

 プラチナブロンドに近い金髪のブローディアだが、濃い色味のドレスだけでなく、淡い色のドレスでも上手く合わせる事が出来る容姿をしている。しかし、社交界デビューしてからは、父と兄から艶っぽさを強調出来る濃いめのドレスを着て欲しいと要望があり、公の場では淡い色味のドレスは、ほぼ着た事がなかった。


 その為、周囲の人間にブローディアが好むドレスの色を聞いた場合、淡い色合いのドレスではなく、濃い色味のドレスを勧められるはずだ。ようするに淡い色味のドレスを選ぶという発想は、実際にブローディアの姿を目にしていなければ生まれない……。


 だが、何故かノティスは事前にその事を知っていた。

 仮に周囲の人間から得た情報だとしても、その情報が提供出来る人間は、プライベートで会う機会が多い親友のセレティーナと、その婚約者である王太子のユリオプスくらいなのだ。


 だが、セレティーナにはノティスが婚約者である事を話した事は一度もない。

 ユリオプスに関してはいくら優秀とは言え、まだ11歳の少年なので国外に出ている外交官との交流は、まだないはすだ。その為、どこから自分の容姿に関する情報をノティスが得たのか、ブローディアには全く検討がつかなかった。

 すると、ノティスが苦笑しながらその質問の答えを語り出す。


「そのように警戒なさらないでください。実はルミナエス城内で、私はあなたを何度かお見かけする機会があったのですよ。我々のような外交に携わる人間は、帰国後に必ず登城し、その報告書を上げます。その際、何度か城内の庭園であなたとロベレニー侯爵家のセレティーナ嬢がお茶を楽しんでいるところを拝見した事がありまして。確か……最後にお見かけしたのは4年くらい前だったかなぁ。その際はユリオプス殿下もご一緒だったと思います」


 4年前という事はブローディアが、まだ13歳の頃だ。

 確かにそのくらいの時期からセレティーナの王妃教育が一段落したので、頻繁に登城していた記憶がある。同時にまだ少女の領域だった頃のブローディアを当時23歳であったノティスが目にしていれば尚更、婚約者として向き合う事は難しかったはずだ。そう考えると、祖父達が交わしたこの婚約が、いかに無責任な状況で交わされたものなのかが垣間見えてくる……。


 そんな考えに至ってしまったブローディアは、無意識に難しい表情を浮かべてしまっていた。すると、ノティスが更に苦笑する。


「ですが偶然だったとはいえ、私の方だけ一方的にあなたに関する事前情報を得ていたという状況は、あまり公平ではありませんね……。ですから、この二カ月間は、私がどういう人間なのか、あなたが知る機会として是非有効活用して頂きたい。流石に私の自室までの入出許可は出せませんが……。それ以外の部屋は自由に出入りして頂いて構いませんので。もし必要であれば、執事のアルファスと侍女長のミランダが、幼少の頃から私の面倒を見てくれていたので、詳しい話が聞けるかと思います。私としては、特にあなたに隠すようなやましい事はないので、もしご興味あれば遠慮なく私の人間性について、お調べください」

「ええと……。もし誤解させてしまったのであれば、大変申し訳ございません……。ですが、ノティス様が事前にわたくしの事をご存知だった事への不信感は特に抱いてはおりませんので、そこまでして頂かなくても……」

「ですが、二ヶ月後には夫婦という関係になるのですから、お互いの人間性を事前に知っておく事も大切かと思いますよ?」

「確かに……そうなのかもしれませんが……」

「二ヶ月後にお会いするあなたは、どのような変化をされているのかな?」


 さらりと放たれたノティスの言葉にブローディアが、驚くように動きを止めた。

 先程、執務室でも似たような事を言われた為、その言葉が妙に引っかかったのだ。


 すると、ノティスがゆっくりと踏み込むように距離を詰めてくる。

 やや茫然とした表情で、ブローディアの方もノティスのその歩調に合わせるように視線を上げた。すると、先程の柔らかい笑みとは違う挑発的な笑みを浮かべたノティスの目とぶつかる。


 その表情に魅入るように気を取られていると、サッと左手を取ったノティスが少し腰を屈める。その動きに合わせるようにブローディアがゆっくりと視線を下げると、ノティスが触れているか分からない程度の軽い口付けをその左手に落としてきた。

 その行動に驚きながら目の前のノティスを見下ろしていると、今度はノティスが上目遣いでブローディアを見返してくる。


「二カ月後、この家の雰囲気に染まったあなたに再会出来る事を楽しみにしております」


 その瞬間――――。

 ブローディアの全身を何かがブワリと駆け巡った。

 同時に二度も告げられたノティスのその言葉の意図をはっきりと理解する。


 その言葉は明らかにブローディアを挑発するものだった。

 この二カ月間で、どこまでブローディアが使用人達の心を掴めるか。

 それとも逆に使用人達に染め上げられてしまうのか。


 ノティスがこの二カ月間で見極めたいのは、その部分なのだ。

 先程から、ずっと醸し出されていた温和で誠実そうなノティスの雰囲気の所為で、頭の中からすっぽ抜けてしまっていたが、今目の前にいる婚約者は国が有能だと認めている若手外交官である。


 祖父が勝手に決めた何のメリットも見出せない可能性がある10歳も年下の小娘を甘んじて貰い受ける気など、ノティスには毛頭ないのだ。

 ブローディアに伯爵夫人としての才に見込みがないのであれば、自分が不在中のこの二カ月間で使用人達にこのホースミント伯爵家に相応しい嫁に仕立て上げるよう指示している可能性がある……。

 逆にブローディアが、使用人達を懐柔出来る程の技量があるのであれば、それはそれで良い拾い物をしたという感覚なのだろう。


 実際にノティスがそのような事を考えているかは不明だが……。

 この二カ月間でノティスは、ブローディアという人間がどこまでの技量を持っているか、またホースミント家の嫁として使える人間なのかを見極める期間として有効活用するつもりなのだ。


 その意図にやっと気付いたブローディアの口元が自然と上がる。

 負けず嫌いなブローディアとしては売られた喧嘩は必ず買い取り、最低でも三倍以上にしてきっちりお返しするという信念がある。

 この二カ月間、自身が不在の中で使用人達を使い、婚約者の女性の力量を試そうとするその狡猾で策士的な部分を垣間見せてきた未来の夫に対して、別の方向で興味を抱き始めたブローディアの闘争心が一気に燃え上がった。


 その事に気付いたのか、気付いていないのか……。

 先程、口付けを落した左手を手に取ったまま、挑発するような笑みを浮かべ上目遣いをして来るノティスにブローディアが、ゆっくりと綺麗な弧を描くように不敵な笑みを返す。


「わたくしも二ヶ月後にノティス様にお会い出来る事を心待ちにしております」


 婚約17年目にして僅か30分未満の短い時間で初対面を果たした婚約者達は、何故かよくわからない対抗意識を互いに燃やしながら表面上は名残惜しそうに……心の中では互いに火花を散らしながら別れの挨拶を交わす。


 こうして隣国に旅立つ婚約者を見送ったブローディアは、去り際に婚約者から売られた喧嘩を利子付きで返す為、翌日から早速動き始める事にした。

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