表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/24

20.少女だった婚約者(※)

※最後の方がややR18展開になるので、ご注意を。

「あの……お話の流れ的に矛盾点が多すぎると思うのですが……」


 そう言ってブローディアが、訝しげな表情をしながら首を傾げる。

 先程のノティスの話では、14歳の頃に受けたトラウマの所為で、好意と共に欲望を剥き出しにしてくる女性や艶めかしい見た目の女性、そして女性の裸体等を目にすると酷い嫌悪感に苛まれるという話だったはずだ。


 しかしノティスは、挙式後の初夜から現在に至るまで、下手をしたらブローディアを抱きつぶす日がある程、夫婦の営みを大満喫している……。

 その矛盾点ももちろん疑問なのだが、何故それがブローディアとの顔合わせの機会を先延ばしにする経緯に至ったのか、理由が分からない。


 そもそも実際にノティスは、ブローディアと初夜を迎えるまで、自分は女性を抱く事など出来ないと思ってしまう程、心に深い傷を負っていたはずだ。

 ならば顔合わせを先延ばしにするのではなく、まだブローディアが幼い状態の時に会っていた方が、ノティスにとっては精神的な負担が軽減出来たはずだ。


 そんな疑問を抱いてしまったブローディアは、今聞かされた話と今までの行動が矛盾している夫の顔をまじまじと見る。

 すると、先程とは打って変わって穏やかさを含んだ困り顔を夫が向けてきた。


「今ディアが矛盾を感じている部分は、指摘されてしまっても当然だと思う……。日常生活に支障が出てしまうほど女性に対する嫌悪感を抱えているはずの私が、結婚してからは、自ら率先して妻である君を求めていたのだから」


 その夫の言葉にブローディアが、深く頷く。


「私は、未だにある特定の条件を満たす女性に対しては、嫌悪感を抱いてしまう……。熱を含んだ瞳を向けられると恐怖を感じる事があるし、触れられなどしたら鳥肌が立つ。そういう女性に体を密着させられるような接し方をされると、たちまち吐き気が込み上げてくる……」


 思い出したくもない事まで思い出してしまったのだろう。

 夫の顔が一瞬、歪む……。

 だがそれは、すぐに安堵の表情へと変わった。


「だが君に対しては……そういう嫌悪感は一切抱かない」


 はっきりと言い切った夫の顔を驚くようにブローディアが、ゆっくりと見つめ返した。


「何故……なのでしょうか……。もしやノティス様が、幼い頃のわたくしをそこそこご存知だったからでは?」

「それを言ったら、私はあそこまでフィリーナに嫌悪感など抱かなかったはずだ。彼女とは、お互いに物心がついた頃からの付き合いなのだから」

「ですが、その後のフィリーナ様は恋心を深く募らせてしまい、ノティス様の最も苦手とする女性へと変貌されてしまわれましたでしょう? わたくしの場合とは、また状況が違うかと」

「確かにその部分も関係しているとは思うが……。そもそもフィリーナは、当初あそこまで私への執着心を拗らせてはいなかったんだ……」


 そう口にしたノティスは、何故か悔しそうな表情を浮かべた。


「どういう……事でしょうか?」

「初めの頃のフィリーナは、その恋心を密やかに抱いているという感じだった。だが、その事に気付いてしまった私は、トラウマから無意識にフィリーナを避け始めてしまって……。その時の私は、彼女が向けてくる年頃の少女特有の恋い焦がれている眼差しが、全身を舐めまわす視線のように、ねっとりとまとわりつく不快なものとしか感じられなくて……。その不快感から逃げるように私は、さりげなくフィリーナを避け始めた。だが、彼女は幼い頃から利発な少女だった為、すぐに私から避けられている事に気付き、何とか改善修復しようとした結果、最終的にはあのような行動に……」


 そう言って背後からブローディアを抱き込むようにしていたノティスが、その肩口に顔を埋める。


 純粋な恋心をノティスに抱いたフィリーナだが、ノティスにとってその淡い恋心は、西の隣国で受けたあの忌まわしい体験の所為で、脅威としか感じられなくなっていたのだ……。その為、ノティスがやんわりとフィリーナを避け始めた結果、フィリーナは急にノティスから謂れのない理不尽な拒絶をされている感覚に陥ったのだろう。


 だからと言って、ノティスがそうなってしまった経緯をフィリーナに説明するには、あまりにもその受けたトラウマの内容が重すぎる……。

 そんな状況が、ノティスに対する酷い執着心をフィリーナの中に根付かせてしまったのだろう。

 その事でノティスは、ずっと責任を感じているのだ……。


 だが第三者であるブローディアからすると、それは14歳のノティスに降りかかった悲劇が切っ掛けで始まった誰の所為でもない負の連鎖のように思えた為、フィリーネに対して同情する事は出来なかった。

 それはブローディアが妻として、夫を擁護する考えが強くなっている傾向もあるが、それを抜きにしてもフィリーナのノティスに対する執着の仕方は、許せるものではないと感じてしまう。


「ノティス様……その事が原因でフィリーナ様が執着心を拗らせたとしても、それはフィリーナ様自身の責任です。そもそも想い人に避けられていると気付いたのならば、自分が相手の負担になっている事を気にし、敢えて身を引くと思います。大体……その頃は、すでにわたくしがノティス様の正式な婚約者になっていたではありませんか。婚約者のいる男性に対して、勝手に抱いた恋心を拗らせ、避けられたと被害者ぶるフィリーナ様は、あまりにも身勝手です」


 力強くブローディアが言い切ると、肩口に顔を埋めていたノティスが苦笑しながら、そのうなじに一瞬だけ軽く唇を押し当てた。


「君のそういう所は本当に惚れ惚れするよ……。ちなみに今のはフィリーナに嫉妬してしまったと受け止めてもいいかな?」

「わたくしが嫉妬心を抱くような可愛げのある女に見えますか?」

「誠に残念な事だけれど、そういう雰囲気は一切感じられないな……」

「ご理解頂いているのであれば、確認なさらないでくださいな」

「ディアは本当につれないなぁー……」


 不満げにそう呟いたノティスは、今度はブローディアのこめかみ辺りに自身の頭部をグリグリと押し付ける。先程、かなり重い話をした所為か、何故か今の夫は年上とは思えない程、甘えるような接し方が多い。

 そんな状況にやや呆れながら、ブローディアは話を戻す。


「仮にフィリーナ様の件がなかったとしても、成人女性に対して嫌悪感を抱きやすくなってしまったノティス様の場合、一回り近くも年の離れた婚約者のわたくしとの顔合わせは、早めの方が良かったように思えますが……。何故、そうなさらなかったのですか?」


 その妻の的を射た質問内容にノティスが一瞬だけ押し黙る。

 だが、何かを観念したかのように重くなっている口を開き始めた。


「ディアは、初めてこの邸に来てくれ日にまだ顔を合わせる前なのに衣裳部屋に用意されていたドレスが、自分に似合いそうな色合いが多かった事に驚いていたよね?」

「はい……。ですが、その件に関しては、確かノティス様は予めわたくしの事をルミナエス城内で見かけた事があるとおっしゃっていましたわよね」

「ああ。仕事の報告で登城した際、二回程君を見かけている。一回目は確か私が18くらいだったので君は8歳、二回目は……私が23の時だから、君は13歳くらいだったかな」

「そのぐらいですと、丁度わたくしはフィリーナ様がノティス様へ本格的に恋心を抱かれた年齢と同じくらいですわね……」

「…………」


 ブローディアがおもむろにそう呟くと、何故かノティスが再び押し黙る。

 その夫の反応にブローディアが、訝しげな表情を浮かべた。

 すると、いきなりノティスが盛大に息を吐く。

 その様子にブローディアは、ある仮説を思いついた。


「ノティス様……もしや挙式直前まで、わたくしとの顔合わせを先延ばしにされた本当の理由は、わたくしがノティス様にフィリーナ様のような恋心を抱いてしまうかもしれない事を懸念されたからですか?」


 すると、ノティスはゆっくりだが大きく首を振った。


「いいや。どちらかと言うと……その逆だ」

「逆?」

 

 ノティスの言葉に更に怪訝そうな表情を深めたブローディアが、またしても首を傾げる。

 すると何故か、夫が縋るような表情を向けてきた。


「ディア、その……今から私が話す内容を聞いても、私の事を気色悪い等と思わないで欲しいのだが……約束して貰えるかい?」


 急に真顔でそんな事を言い出した夫の難易度の高い要求に一瞬、ブローディアは考え込む。


「内容を伺っていない状態なので、お約束は出来かねますが……可能な限り、そのような感情を抱かぬよう努力は致します」

「それで構わない。だが、出来るだけ寛大な気持ちで聞いてくれ……」


 そう言ってノティスは、心を落ち着かせる為か小さく息を吐いた。

 そしてゆっくりと話し始める。


「私が婚約者である君を初めて目にした時、君はまだ8歳くらいだったと思う。その時、私が君に抱いた印象は『幼いが随分と気が強そうな美少女』だった」

「『美少女』はともかく……『気が強そう』は余計では?」

「だが実際に君は気が強かったのだから当時、私が抱いた印象は間違ってはいなかっただろう?」

「そうなのですけれど……何故か釈然としませんわね」


 そう呟いたブローディアが、不満げな表情を夫に向ける。

 すると夫は「美少女だと褒めているのに」と苦笑した後、更に話を続けた。


「その頃、私は外交官としての仕事にも慣れ、精神的な部分でも自身の苦手な状況に遭遇した場合の対処法も編み出していたから、女性との接し方で困る事も大分少なくなっていた。君に対しても『小さな少女』という印象しかなかったから、まだ婚約者と言う実感も薄かった」

「確かに18歳のノティス様が、8歳の幼女であるわたくしを婚約者と認識する事は、少々難しいですわよね……」

「当時の私もそういう感覚だったので、あと5年くらいは君の事は『小さな少女』という目線でしか見られないと思っていたんだ」


 何気なく口にされた夫の最後の言葉にブローディアが、何かに気付く。


「……()()()()()?」

「ああ。本当にそう思っていた。5年後、13歳となった君の姿を再び城内で見かけるまでは……」


 またしてもそのまま押し黙って視線を落とした夫にブローディアが、訝しげに下から顔を覗き込むように目線を合わせる。


「ノティス様、それは……どういう意味でしょうか?」


 無理に視線を合わせてきたブローディアに、ノティスが観念するように今日何度目か分からないため息をつく。


「言葉の通りだよ……。君を初めて見かけてから5年後、私は国外外交の報告書をしに登城した際、ディプラデニア公爵閣下に会い、丁度婚約者の君が登城している事を伺った。だから興味本位で君がいる中央庭園を軽く覗きに行ったんだ。そうしたら……5年前よりもかなり大人びた君が、殿下達と共にお茶をしていた。驚いたよ……。少し前まで、私の腰ほどの身長だった君が、もう私の胸のあたりまで大きくなっていたから」

「5年も経てば子供など、あっという間にそれぐらいに成長しますわ。そんな驚くような事では――――」

「その時、自然と想像出来たんだ……」

「えっ?」


 急に遮るように放たれた夫の言葉の意味が理解出来なかったブローディアが、思わず間の抜けた声をあげる。

 するとノティスが、顔を上げて真っ直ぐな視線をブローディアに向けてきた。


「女性に対する嫌悪感どころか、何の抵抗もなく……13歳の君が自分の隣に妻として並んでいる状態を……」


 そう呟いたノティスは真っ直ぐな視線を向けてきてはいるが、その水色の瞳は何故か不安そうにゆらゆらと揺らめいていた。その事に気付いたブローディアだが、何故ノティスがその事を不安そうに語るのかが、よく分からない……。


 そもそもブローディアとは婚約者同士なのだから、ノティスがそのようなイメージを想像しても何の問題もないはずだ。だが目の前の夫は、当時そのような想像をしてしまった事に関して、何故か自責の念に駆られているように感じられた。


「あの……それが何か問題でもあるのですか?」


 何故、夫が後ろめたそうにその事を話すのか全く理解出来なかったブローディアは、恐る恐るノティスに確認してみる。

 するとノティスが、唖然とした表情でブローディアを凝視した。


「いや、問題大有りだろう……?」

「そうでしょうか? もし別の女性でその事を想像されてしまったのであれば問題ですが……。相手が婚約者であるわたくしであれば、特に問題視される必要は無いかと」

「相手がまだ男を知らない13歳の無垢な少女相手でも?」


 夫のその引っかかる言い方にブローディアが、動きを止めた。


『男を知らない13歳の無垢な少女』


 まだ子供らしさが抜き切れない年齢の少女に対して言うには、少々憚れるような言い回しを何故かノティスは、敢えてして来たのだ。

 その意味をブローディアが、改めて考え直す。

 だがその考えの答えが出る前に先にノティスが、懺悔するかのように口を開く。


「その時、私は普通に想像出来てしまったんだ……。自分の妻として過ごす君の姿を……。もっといかがわしい言い方をすると、まだ13歳の少女だった君に対して、将来当然のように抱く権利を持っているという部分まで……」


 まるで自白するように夫の口から零れた言葉に動揺してしまったブローディアは、どう対応して言いか分からず、唖然とする。


「あ、あの、ノティス様! そ、それは……」

「その想像をしてしまった瞬間、私は自分が恐ろしくなったんだ……。まだ少女の域を脱していない君に対して、23にもなった自分が何の抵抗もなく、その少女とそういう関係になる事を無意識に想像出来てしまった事に……」

「で、ですが! わたくしはその時、すでにノティス様の正式な婚約者になっておりましたので、そんな深刻に気にされなくてもよかったのでは?」

「違うんだ、ディア……。私が本当に焦ってしまったのは、もしかしたら自分は『10代半ばの大人になりかけている少女にしか、欲情出来ないのではないか』という部分だったんだ……」

「なっ……!!」


 夫からのその強烈な爆弾発言にブローディアが、まるで石像のように固まる。


「私は14歳の頃に体験したあのおぞましい出来事の所為で、成人した女性や艶めかしい見た目の女性に対して、欲情どころか嫌悪感や恐怖心を抱きやすくなってしまった……。だからその当時、君にそういう懸想を抱けると知ってしまった瞬間、自分は10代半ばの大人になりかけている少女しか、性的対象に見れないのではないかという考えが、頭の中に過ってしまった……」


 そのノティスの言い分を茫然とした状態で聞いていたブローディアだが、ふと我に返ってある答えを導き出す。


「まさか……。その懸念があったから、わたくしとの顔合わせを挙式直前にされたのですか!?」

「ああ……。もし13歳の君と顔合わせをしてしまえば、自分が10代半ばの少女にしか欲情出来ない事が確定してしまうかもしれない……。それが怖くて、君が成人する直前までは、絶対に顔合わせをしないと決めた……」

「もしかして……顔合わせ後すぐに隣国に行かれるお仕事は……」

「今だから白状するけれど、あの長期国外外交も自分から引き受けた……。もし成人直前の君に会った際、フィリーナや他の女性達のように君に対しても嫌悪感を抱くような状態になってしまっても、隣国で心の準備をする時間が多少なりとも得られると思って……」


 そのまま気まずそうにノティスの言葉が尻すぼみになっていく。

 すると、今度はその夫の言い分を聞いたブローディアが盛大に息を吐いた。

 その妻の反応にノティスが、情けない顔をしながらノロノロと顔を上げる。


「本当にすまない……こんな情けない理由で……。だが、実際に君と初めて顔合わせをした瞬間、その疑惑が一気に晴れて心底安心したんだ……」


 そう言ってノティスは、ブローディアの額に自分の額を押し付けた。

 今日はやけに甘えるような接し方が多い年上の夫に呆れつつも、ブローディアは夫の両頬に手を添え、顔を覗き込む。


「もしや帰国予定を無理矢理二週間も早めた事も、わたくしとの結婚生活に支障が出ない事が分かって、安心したからでしょうか?」

「万が一に備えて心の準備期間としての二カ月間外交だったが、君との手紙のやり取りや、ロイドが寄越して来た報告内容を読んでいたら、早く君に会いたくなってしまって……。合同式典の準備をかなり強引に推し進めて、帰国を早めてきた……」

「よく東の隣国の外交担当の方はお怒りになりませんでしたね……」

「文句は言っていたが、付き合いが長いからね。挙式二カ月前の状態で無理をして担当を引き受けた事を伝えたら、かなり協力的に話を進めてくれたよ」

「あの時、邸内ではノティス様をお出迎えする準備で、皆大変な思いをさせられたのですよ?」


 当時の事を咎めるようにブローディアが口にすると、ノティスが苦笑しながら自分の太腿からブローディアを寝台に降ろす。そして今度は自分方へ引き寄せ、そのまま抱き込んだ。


「その件は散々ロイドから文句を言われたよ……。本当にすまなかった」

「充分反省なさってくださいね!」


 ブローディアがプリプリしながら窘めると、ノティスが更に深くブローディアを抱きしめる。


「でも本当に君と顔合わせをした際、心の底から安心したんだ……。こんな自分でも、まだ女性を愛する感情を持つ事が出来るんだって……」


 絞り出す様に零された言葉は、今日ノティスが口にした言葉の中で一番重い言葉だ……。ノティスは、ブローディアと顔合わせをするまで、自身が少女のような年齢の女性しか性的対象に見れないかもしれないという懸念をずっと抱え込んでいた。

 それは自分が14歳の頃に受けたおぞましい体験を、今度は自分が加害者的な立場で行ってしまう可能性が、常に付きまとっていたからだ。


「あの時、成人した君に対しても5年前と同じような感情を抱き続けている自分がいた事が、本当に嬉しかったんだ……。同時にそういう気持ちを変わらずに抱かせてくれた君にも、本当に感謝している……」

「それなのに初対面で、わたくしを挑発なさる行為をされたのですか?」

「だってあの時の君は、今後伯爵夫人として振る舞う事に対して、やる気に満ち溢れたような気張った顔をして、うちにやって来たじゃないか……。あんなチャレンジ精神に満ち溢れた様子で来られたら、こちらもその期待に答えないと失礼かと思って」

「いいえ! 絶対にノティス様は、意気込んで来たわたくしの様子を面白がって、挑発されてました!」

「仕方がないだろう? まだ17歳の世間知らずな箱入り娘の君が、一人前を気取ってキリッとした表情をしながら、気合に満ち溢れた様子でやって来たのだから。君より10年も無駄に年を食った私からすると、その初々しい様子は、可愛い生き物以外の何ものでもないという感じだったのだから」


 そう言って、うなじ辺りに顔を埋めてきた夫にブローディアが意地の悪い笑みを浮かべる。


「ですが、13歳のわたくしに懸想を抱く事が出来たノティス様は、一概に潔白とは言い切れないのでは?」

「失礼な。もし私が本当に少女しか愛せない男だったら、すっかり成人して立派な淑女になってしまった君を初夜に抱き潰してはいないよ?」

「その件に関しては、後日改めて抗議させて頂きたいのですが……」

「何を今更……。毎週二回は私に抱き潰されている事に甘んじている君には、その権利はないと思うのだけれど?」

「す、好きで抱き潰されている訳ではございません!!」

「だが、毎回拒みもせずに快く受け入れてくれるじゃないか。跡継ぎの事を抜きにしても私だけでなく、君自身もそれなりに満たされた時間を過ごしてくれていると私は自負しているのだけれど?」

「そういうのを思い上がりと言うのです!」

「でもそういう風に私を増長させてしまう反応を見せていた君にも責任はあると思うよ?」

「こ、このような日も高いうちから、何て事を!!」


 いつの間にか普段通りの様子に戻り、調子に乗り出した夫の抱擁から逃れようとブローディアが藻掻き出す。しかしその抵抗も虚しく、ノティスはブローディアごと勢いよく寝台に倒れ込んだ。


「ノティス様ぁ~? 先程入室した直後に下心はないと断言なさっておりましたよね……?」

「確かに下心はないと最初に断言はしたよ? だが……今日の私はかなり頑張ったと思うのだけれど……」


 太々しい程の屁理屈を言い出した夫にブローディアが白い目を向ける。

 すると、ブローディアごと寝台に横たわったノティスが、顔を覗き込んで来た。ブローディアがやや不満そうに目を合わせると、何故か泣き笑いのような庇護欲をそそる笑み浮かべた夫の顔が視界に広がる。


 先程から珍しく甘えるような接し方ばかりをブローディアに繰り返していた夫の行動から、今回はかなりの覚悟を持って、自分の触れられたくない過去を包み隠さず話してくれたのであろう……。

 その事を察してしまったブローディアは、観念したように小さく息を吐く。


「明るいうちからこういう行為に応じるのは、今回だけですからね……」

「ディアは本当に弱っている私には甘いなぁー」


 渋々の様子で了承してくれた妻に甘い笑みを浮かべたノティスは、共に横たわっているブローディアを自分の下に組み敷くように上半身を起こす。


 この間、邸内の使用人達が二人の姿が見えない事で大騒ぎしていたのだが……。

 その事に気付かず、夕食時まで甘い時間を堪能した二人は、その後ミランダによる長い説教をくらう事になった。




 こうしていつの間にか自然と夫婦らしい関係を深めていった二人。

 すると、そんな二人の元にある朗報が舞い込む。

 なんと挙式後三か月目で、ブローディアは懐妊したのだ。


 その事で使用人達は盛大に喜び、邸内も大いに活気づいた。

 しかしただ一人、夫のノティスだけは喜びと一緒に僅かに微妙な反応を見せる。

 そんな夫はその後、無事に子供が生まれるまでの間、ブローディアと使用人達が呆れてしまうような行動を何回かするのだが……。


 この時のブローディアは、まだそこまで夫の奇行を予想をする事は出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セレティーナとユリオプスが主役の作品はこちらから!
ご興味ある方はどうぞ。
『小さな殿下と私』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ