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2.伯爵家としての格の違い

 ミランダに自室となる部屋へ案内されたブローディアだが、部屋に一歩足を踏み入れた途端、またしても豪華な様子に一瞬息をのんでしまった。


「こちらは通常ご利用頂くお部屋になります。お隣が衣裳部屋となっておりますので、起床後は隣室にてお支度をして頂く事になります。本日お持ち頂きましたお荷物もまず衣裳部屋へ運ばせて頂きました。この後、ブローディア様のご確認の下で荷捌きをさせて頂きたいのですが、お手伝いしてもよろしいでしょうか?」


 丁寧ではあるが、あまり感情が読み取れない表情でミランダから荷捌きの許可の確認をされたブローディアは、やや戸惑いながら頷く。


「え、ええ。是非お願いするわ。ちなみにクローゼットの中身も確認させて貰ってもいいかしら?」

「もちろんでございます。ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」


 ミランダに促されながら、今度は隣の部屋へと移動したブローディアだが、またしても唖然とする。着替えの為のスペースの広さはもちろん、クローゼットが実家の3倍もの広さを有していたのだ。そしてそこには、すでにブローディアの為に用意された衣裳や装飾品が三分の二を占めている。


「クローゼットはこちらと、更に奥にも収納出来る作りになっております」

「この奥に更に収納場所があるの!?」


 二ヶ月後には、ブローディアが中心となってこの邸を切り盛りしなくてはならない事を念頭に置き、なるべく使用人達に見くびられないように堂々とした態度で振る舞おうと決めていたブローディアだったが……。

 実家であるガーデニア家とは比較にならない程の豪華さに度肝を抜かれてしまい、思わず素の自分をさらけ出してしまった。


 その反応に荷捌きの準備をしていた三人のメイドの中で一番若そうなメイドが、笑いを堪えるように口元を軽く押さえる。すると、ミランダがそのメイドを咎めるようにあからさまに咳ばらいをした。


「し、失礼致しました!」


 自身のちょっとした行動を咎められた若いメイドが慌てて謝罪をした後、手際よくブローディアが持参した衣類の入っている箱を開き始める。

 その事を確認したミランダが、今度はブローディアをクローゼットの内部が見渡せる所まで案内してくれた。


「こちらのご衣裳が、若旦那様がご用意されたブローディア様の普段使い用のドレスになります。対して反対側に掛けられているドレスが外出用になりますね。夜会用のドレスに関しては、何着か奥に既製品の物をご用意させて頂いておりますが、やはりオーダーメイドをされた方がよいとのご指示が若旦那様より出ておりますので、恐れいますが近々デザイナーを呼び、採寸させて頂きますので、ご協力をお願いいたします」

「ドレスは……毎回……オーダーメイドになるのかしら……」


 同じ伯爵位とは言え、あまりにも自分の家との金銭感覚の違いを目の当たりにしたブローディアの口元が、無意識に引きつる。その様子に気付かないふりをしてくれている侍女長のミランダは、流石としか言いようがない対応だ。


「はい。今後ブローディア様が夜会等にご出席される際のドレスは、全てオーダーメイドとなります」

「そ、そう。分かったわ。後でデザイナーを呼ぶ日を確認させてもらうわ」

「よろしくお願いいたします」


 ブローディアの実家であるガーデニア家は、確かにホースミント家に比べれば同じ伯爵位でも格下になる。だが、父と兄もそれなりに社交術に長けており、人脈作りもしっかり行っているので、領地経営的な部分での金銭面は潤っている方だ。


 だが、このホースミント家の経済面は侯爵家に近い状況らしい。

 現当主の夫となるノティスが国外外交が多く、あまり社交界に顔を出していなかった事もあり、その辺りの情報把握がブローディアの方でも甘くなっていたようだ。


 今のミランダとの会話から得た情報で、自分の情報取得の準備不足を反省しつつも後日紹介予定の家令から、ホースミント家の財政状況をしっかり確認しようとブローディアは意気込む。

 そんな目標を立てながら、何気なくクローゼットの中に予め用意されていた衣類を眺めていたブローディアだったが、ふとある事に気付き始める。


「ミランダさん、確か先程、こちら側の並びが普段使いのドレスとおっしゃっていたわよね?」

「ブローディア様、私の事はどうぞ『ミランダ』とだけお呼びくださいませ。あなた様は二ヶ月後には、このお邸の女主人様となられるお方です。私に限らず、使用人に対しては敬称等は付けず、名前のみでお声がけ頂くようお願い申し上げます」

「確かにそうね……。以後、気を付けるわ」


 ミランダがあまりにも侍女長として完璧過ぎる対応をするので、思わず敬称を付けて呼んでしまったブローディアだが、これでは確かに他の使用人達に示しが付かなくなってしまう。今後は気を付けなければ……と、またしてもこっそり反省してると、先程のブローディアの質問の答えをミランダが返して来た。


「こちらこそ、お話の腰を折るような出過ぎた真似をしてしまい、大変失礼いたしました。ご質問の件ですが、おっしゃる通り、こちらの並びが普段使い用のドレスになります。もしお気に召さなければ、新たにお好みのデザインのドレスを用意致しますので、お声がけ――――……」

「い、いいの! そんなつもりで言ったのではないから! ただその……外出用や夜会用の衣裳に比べると、普段使い用の方が随分と胸元がスッキリしたデザインが多いと思って……。そういうデザインは、華やかさが際立つから、外出や夜会用のドレスの事が多いと思って、少し気になっただけなの」


 ブローディアの指摘で、先程まで表情の変化が少なかったミランダが何かに気付いたのか、少しだけ驚くように目を開く。


「確かに……そうでございますね。ですが、こちらは全て若旦那様の指示で用意させて頂きましたので、我々ではどのような意図で若旦那様が、これらをお選びになったのかまでは、分かりかねまして……」


 そう言って顎に手をかけたままミランダが考え込んでしまった。

 恐らくこれらがこのクローゼットに搬入された際、ミランダも内容を確認をしているはずだが、社交界でのブローディアの印象から事前に派手めな服装を好む令嬢という印象もあったのだろう。


 たとえそれが父と兄から頼まれた他の貴族達との商談や交渉を円滑にする為の作戦の一つだったとしても、周囲からのブローディアの印象は、美しいが派手好きで気の強そうな中堅クラスの伯爵令嬢と思われる事が多かったはずだ。


 

 だが、クローゼットに用意された外出や夜会用のドレスが、華やで気品と清楚感が強調されたデザインであるところを見ると、ノティスはブローディアに『ホースミント家に嫁ぐのであれば、今後は品格ある服装を心掛けて欲しい』と訴えているようにも見える。


 しかし、ブローディア自身も今まで好きで艶やかさが引き立つ服装で公の場に出ていた訳ではない……。いくら周囲から『やり手の若き外交官』と騒がれているとはいえ、その部分が読み取れていない事から「所詮、この程度か」と思ってしまったブローディアは、今後はあまりノティスの外交官としての能力を噂通りに鵜呑みにしない方がいいとも考え始める。


 そんな読み間違いがあったにせよ、胸元がスッキリしたデザインをブローディアが多く着ているという情報から、これらの普段使い用のドレスを用意してくれている部分では、ノティスからの自分に対しての気遣いは感じられた。

 現状はノティスが、妻としてどういう風にブローディアに振る舞って欲しいのかは分からないが、少なくとも自分は邪険に扱われている訳ではない事だけははっきりしている。

 それだけでも分かれば、明日からは全力で花嫁修業に励む事が出来そうだと、ブローディアは思う。


 用意されたクローゼットの状態から、そこまで読み取ったブローディアは、翌日から二カ月間自身に行われる花嫁修行に対してのやる気を漲らせた。

 同時に、今回読み間違えてしまった今の服装を正そうとしていた事を思い出す。


「ミランダ、荷捌きが終わったらでいいから、一度着替えを手伝って欲しいのだけれど、構わないかしら?」

「これは気付かずに申し訳ございませんでした。確かに外出用のドレスのままでは、ゆっくりとくつろぐ事も難しいですものね……」


 ブローディアの申し出にミランダが、先程窘めた一番若いメイドに声をかける。


「エルマ、荷捌きは二人に任せて、あなたは私と共にブローディア様のお着替えを手伝いなさい」

「かしこまりました」


 エルマと呼ばれたメイドは、普段使い用のドレスが並べられているクローゼットの部分を見やすい様にブローディアに案内してきた。するとミランダが、どのドレスにするか、ブローディアの希望を聞いて来る。

 ズラリとならんだノティスが用意してくれたドレスと、自身が持参したドレスを見比べていたブローディアだが、この後ノティスの見送りをする事になっているので、そこは敢えてノティスが用意してくれたドレスの中から選ぶ事にした。


「折角だから、ご用意頂いたこのドレスにするわ」

「「かしこまりました」」


 ミランダとエルマがブローディアの着替えの準備をし始める。

 ドレスを脱がされ始めたブローディアだが、その間ただされるがままの状態になる為、ゆっくりと衣裳部屋内を見回した。

 すると、部屋の奥に更に次の部屋へと続く扉が目に入る。


「ミランダ、あの扉の向こうの部屋は?」

「あちらは共同寝室に続く扉でございます」


 何となく聞いてみたブローディアだが、ミランダの返答に少しだけ身体を強張らせる。その反応にエルマだけが一瞬手を止めたが、上司であるミランダが敢えて気に留めず、黙々とブローディアの身支度をし続けている事を確認すると、エルマも同じように身支度を続け出す。

 その辺は、侍女長としてのミランダの経験豊富な部分が垣間見れる。


 同時にブローディアは、共同寝室への扉を開く機会など、しばらくないのではとも感じていた。先程のノティスの様子から、ブローディアに嫌悪感等を抱いていない事は分かったが、そこまで期待もしていないという風にも感じられたからだ。

 先程のノティスの接し方は、どう見ても年若いご令嬢を保護者的な目で見ているという感じだったからだ。


 まぁ、10も年の離れた小娘相手では、どうしてもそうなってしまう事も仕方ないだろうと、ブローディア自身も理解はしている。

 今後はどうしても跡継ぎの事があるので、必ずあの寝室を二人で使う日は訪れるとは思うが、挙式後すぐにという事はないはずだ。


 その事に対して安堵する気持ちの方が大きいが、何故か情けない気持ちも込み上げてくる。挙式後、妻としての大事な役割がすぐに果たせない自分。

 そういう気持ちを夫となる男性にすぐに抱かせる事が出来ない自分が、女性として夫の目に映る日がちゃんと来るのだろうかと。


 だが、もし自分がノティスの立場であれば、やはり同じような接し方を一回りも年下の若過ぎる妻にしてしまうだろう。その事を理解しているつもりだが、それでも何故か悔しいという気持ちが少しだけ込み上げてくる。


 そんな考えを巡らせていたら、いつの間にか手際の良い二人がブローディアの着替えを終わらせていた。礼を告げようとブローディアが口を開きかけると、そのタイミングで衣裳部屋の扉がノックされ、荷捌きをしていたメイドの一人が扉を開ける。

 

 すると執事のアルファスが入って来た。

 だが、着替えたブローディアの姿を確認すると、ほんの少しだけ目を見開き、そして何故かその後に柔らかい笑みを浮かべた。


「ブローディア様、失礼致します。そろそろ若旦那様が隣国へご出立されるお時間なのですが、お見送りをお願いできますでしょうか」

「ええ、もちろん」


 有能そうな執事の今の反応から、自身が派手めな服装好きではない事を上手くアピール出来た手応えをブローディアが感じる。こうやって残りの二カ月間、邸内の使用人達の自分に対する印象を少しずつ上げて行く事に楽しみを見出していこうと思いながら、ブローディアは見送りの為、エントランスへと向った。

この後、ノティスは10話まで出てきません。(笑)

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