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19.少年外交官

【※『残酷な描写あり』に該当する話が出てきます※】

ノティスの過去話が、かなりエグいです……。

登場人物が理不尽に虐げられた展開が苦手な方(特に淫行罪に引っかかる展開が地雷な方)は、こちらを読まれる際は、お気を付けください……。

 ノティスに手を引かれながら、共同寝室につれて来られたブローディアは、部屋に入った途端、繋がれていた手をそっと離した。


「ディア?」

「……まだ外が明るいのですけれど」

「信用がないなぁー。安心していい。本当にそういう下心は今回無いから」


 苦笑しながら、部屋の中央にある大きな二人用の寝台にノティスが先に腰掛ける。そして自分の右となりの空いている部分をポンポンと叩いて、そこに座るようにブローディアを促してきた。


 普段は朝目覚める時間帯と、日が落ちて湯浴み後でなければ滅多に入らない共同寝室は、まだ日が高い昼過ぎだと大分雰囲気が変わるようだ。見慣れている夜の時間帯に比べ、午後の強い日差しを遮るよう閉め切られている薄手のカーテンによる仄暗さが、どこか部屋全体を密やかな雰囲気にしていた。


「わざわざ寝室で話されなくても……」


 未だに納得がいかないブローディアが不満をこぼすと、ノティスが困り果てるような表情をしながら笑みを浮かべてきた。


「この場所が一番話しをしやすいんだ。何せ今から君に話す事は、他の人間には絶対に聞かれたくないから……」


 その言葉を聞いたにブローディアが、ゆっくりと顔を上げ、まじまじと夫の顔と見返した。すると、穏やかだが、どこか悲しそうな笑みを浮かべている夫と目が合う。だがそのブローディアの反応がノティスには、不安がっているように見えたのだろう。その為、再度ブローディアに確認をしてくる。


「どうする? 君にとっては知らなくても何の問題もない事だから、無理に知ろうとしなくてもいい事だが……。それでも私が、君との顔合わせの時期をギリギリにした本当の理由を知りたいかい?」

「はい」

「……とても気分が悪くなる話でも?」


 そこで一瞬、ブローディアが怯えるように動きを止めた。

 しかし、以前ノティスが言っていた言葉を思い出す。


『妻となってくれた君には、出来るだけ隠し事はしないようにしていくつもりだ』


 そう口にしていた夫が、今までブローディアに話す事をかなり躊躇していた自身の過去の話……。だが、それを隠さずに話そうとしてくれている。


「…………はい。知りたいです」

「分かった……」


 そう言ってノティスが、何故かブローディアの頭を小さな子供をあやす様に優しくポンポンと軽く叩く。ブローディアには、その夫の行動がまるで自身の心を落ち着かせようとしているように見えた。


「まずは先程の話の続きになるのだけれど……。ディアは、私が君との顔合わせを挙式ギリギリまで先送りにしていた本当の理由は、何だと思う?」

「それが全く見当もつかなかったので、先程ノティス様にお伺いしたのですが……」

「そうだったね……」


 やはり急に話を始めるには、少し抵抗があるのか……。

 何やらノティスが遠回しに質問から始めてくる。

 それだけ言い出しにくい話なのだろうと覚悟を決めたブローディアだが……次に夫から投げかけられた質問により、一瞬でその覚悟が消し飛びかける。


「そでなら今度は質問内容をガラリと変えよう。私は以前、君に西の隣国で高級娼婦にもてなされた事があるという話をしたけれど、それは何年前の話だと思う?」


 そのあまりにも空気を読まないノティスの冗談めいた質問内容にブローディアが、夫を睨みつけるように白い目を向ける。


「ノティス様ぁ? わたくし今、真剣にあなたのお話を聞く覚悟を決めたばかりなのですけれどぉ? それなのに……何故ご自身の若かりし頃の武勇伝のお話など始めようとなさっているのですか!?」


 そのバカバカしい質問内容に呆れたブローディアが、抗議の声を上げたのだが……何故かノティスの方は、真っ直ぐで射貫く様な視線を向けてくる。


「ディア。いいから、答えてみて?」


 真剣な表情をしながら、ゆっくりとした口調で返答を催促してきた夫の様子に怪訝な表情を浮かべるブローディアだが……。とりあえず自分なりにその答えを考えようと、もう一度そのバカげた質問内容を頭の中で反復させる。

 だが次の瞬間、自分でも分かるくらいの勢いでの血の気が引いた……。


「あ、あの……」


 何かを言わなければと思いつつも、何故かブローディアの口からは言葉が全く出てこない……。それどころか、目の前の視界が徐々に歪み始める。

 そんな状態の妻の頬にノティスが、そっと手を伸ばして優しく触れた。


「君は本当に察しが良すぎるよね……」


 まるでそれが答えだと言わんばかりに呟かれた夫の言葉を聞いた途端、ブローディアの瞳がブワリと膨らみ、ボロボロと涙が溢れ出す。


 そして気が付いた時には――――。

 ブローディアは無意識で両腕を伸ばし、夫の頭部を勢いよく自分の方に引き寄せて、そのまま強く抱きかかえた。


「何で……っ!! だって、まだ……っ!!」


 まるでノティスを守るように自身の胸元に抱き込んだブローディアは、そのまま大粒の涙を零し続ける。そんな妻の背中にノティスが両手を廻し、子供をあやす様に軽く叩き始める。


「だから言っただろう? 寝室の方がいいって。だって君は……絶対に泣いてくれると思ったから……」


 胸元でそう呟く夫の言葉を耳にしたブローディアが、どうにも出来ない思いから堰を切ったように泣きじゃくり始める。

 すると今度は、その両腕から抜け出したノティスが、ボロボロと涙をこぼしているブローディアの事を優しく包み込むように抱きしめた。

 そしてそのままブローディアの首筋に顔を埋め、少し深めに抱きしめるような形になったノティスが、低く穏やかな声音でそっと呟く。


「私がそのもてなしを受けたのは……父の後を継いだばかりの14歳の頃だ」


 その言葉にブローディアがビクリと肩を震わせ、更に大粒の涙をボロボロと零しながらノティスにしがみ付いた。そんなブローディアをノティスの方も更に深く抱きしめ、あやす様に頭部を優しく撫で始める。


「当時の私は、まだ父の後を継いだばかりだったので、東西両国の外交官のトップに挨拶の為に訪問したんだ。その際、東の外交を取り仕切っている隣国の侯爵は、まだ年も若く、とても有能な人物だった。相手がまだ少年の域を出ていない私に対しても誠実に対応してくれ、その当時問題となっていた両国間の話し合いにも可能な限り、応じてくれた。しかし、その後に向かった西の外交を取り仕切っている侯爵は、いかにも腰掛けと言う感じで、無駄に豪勢なもてなし方をしては、外交資金を湯水のように使い、騒ぐだけ騒いで実のある話し合いなど一切する気がない、そんなどうしようもない人物だったんだ……」


 そこで一度、ノティスが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「な、何故、そのような問題がある人物を……西の隣国は外交のトップにされていたのです……?」

「その侯爵は臣籍に下った王弟でね……。婿入り先の侯爵家もかなりの権力を持っていたので、その当時は兄である国王でさえ、あまり強く言えない状況だったらしい。そんな人間相手に当時まだ14歳だった私は、バカ正直に正論で理詰めをするような話の展開をしてしまった……。まだ若かったという部分もあって、相手を持ち上げ、立てるという事にあまり配慮出来なかったんだ……。今思うと、無意識に東の隣国の侯爵と、その西の隣国の怠惰な侯爵を比較してしまい、心の中で西側の侯爵を見下していたのだと思う。それを先方も感じ取ったのだろうな……」


 ゆっくりとした口調で語るノティスは、未だに自分にしがみ付いて涙を零し続けているブローディアの髪を優しく梳きながら、低く穏やかな声で話を続けた。


「そんな西側の侯爵は、次の話し合いにも是非私をと指名してきた。私の方もその時、あまり実りのある話が出来なかったので、次回に持ち越そうと承諾したのだが……。二回目に訪問した翌日の夜、接待と称して案内されたのは、その当時、西側の隣国では娼館ばかりが立ち並ぶ事で有名だった地域にある上級貴族御用達の高級娼館だった……」


 ノティスの話の内容が核心に迫り始めた事を察したブローディアが、再びノティスにしがみ付き、小さく震えだす。

 そんな反応を見せた妻の耳元に唇を寄せたノティスが、優しく囁いた。


「ディア……。やはりこんな話、やめようか?」


 すると、更に強くノティスにしがみ付き出したブローディアは、その胸元に顔を擦りつけるようにして勢いよく首を左右に振った。


「本当にこのまま話を続けても……いいんだね?」


 ノティスの確認にブローディアは、小刻みに震えながらも小さく頷く。


「わかった……。それじゃあ、続けるよ? その案内された高級娼館は当時、国内一と言われる程の凄腕娼婦が勢揃いしている事で有名だったんだ。中でもある三人の娼婦が特に有名で、かなりの金額を積んでも滅多に予約が取れないと言われていた。侯爵が私にあてがったのは、その内の一人でシモーヌという高級娼婦だった。後で聞いた話だと、彼女はその外交侯爵と、かなり縁が深い娼婦だったらしい。当時14歳だった私でも、そこがどういう場所かは流石に察していたので、侯爵には未成年だと言う事で、そのもてなしの辞退を申し出たのだが……。外交先でのもてなしの辞退は、国交関係にヒビが入ると仄めかされ、無理矢理押し切られて部屋に案内されてしまった……。だが、対応する娼婦に事情を話せば、その時間は何もせずにやり過ごせるだろうと思い、そこまで深刻には捉えていなかったんだ」


 そこまで語ったノティスは、一度そこでゆっくりと息を吸い込み、まるで気持ちを落ち着けるように長く息を吐いた。

 するとブローディアが、ギュッと目を閉じて、夫の室内着用のシャツを指が白くなるまで強く握りしめる。


「だが、そのシモーヌという高級娼婦は、予め侯爵から指示を受けていたのだろう。私の話になど一切耳を傾けず、『若き伯爵様の後学の為にと、侯爵様より最高級のおもてなしをするよう仰せつかっております』と言い、とても嫌な笑みを浮かべながら私に近づいてきた。その後は……」


 そこでブローディアが、再び怯えるように小刻みに震え出す。


「とてもではないけれど、人に話せない内容な事をまるで弄ぶかのように二時間近くされ……気が付けば真っ青な顔をしながら、室内に備え付けられている手洗い場で30分近く吐き続けていた……」

「うっ……ふっ……!!」


 遂にブローディアが堪えきれなくなり、声を押し殺すように泣き出した。

 そんな妻を更に深く自分の方に引き寄せて深く抱き込んだノティスは、ブローディアの側頭部辺りに頬を摺り寄せ、悲痛そうな声で呟く。


「すまない……ディア。こんな話、一生耳になどしたくはなかったよな……」


 だがブローディアは小さく嗚咽しながらも、ノティスにしがみ付いたまま勢いよく首を振った。

 夫の話を聞く事は、とてもではないが辛すぎて堪らない……。

 だが、それをずっと自分に隠し続けられる方が、もっと辛かったからだ。


 そんなおぞましい過去を持つ夫の苦しみを、少しでもいいから肩代わりしたい。

 夫が泣けないのであれば、せめて自分が代わりに全力で泣いてやろう。

 その為には、どんなに辛くても自分はこの話を最後まで聞かなければならない。


 そんな気持ちが、この話を中断させる事をブローディアにさせなかった。

 その気持ちを察してくれているのか、夫が耳元で小さく笑みをこぼす気配が感じられた。だが、その表情は今にも泣き出しそうな笑みを浮かべているはずだ。


 その状況が尚更、ブローディアの胸を締め付けてくる。

 それでも自分は、その夫の話しを聞くべきだとブローディアは更に覚悟を決め、話しの続きを促すように夫の背中に腕を回した。

 その意図を察してくれたのか、ノティスが話の続きを語り出す。



「結局、その二度目の西側の外交訪問は、進展も何も得られない状態で終了した……。その為、また話し合いの場を設けたいと、その侯爵が嫌な笑みを浮かべながら申し出てきた……」


 その話の展開にブローディアが、バッと夫の胸元から顔を上げ、絶望に打ちひしがれるような表情を向けた。そんな妻を少しでも安心させようと、ノティスはその両頬を両手で包み込み、自身の額をブローディアにくっ付ける。


「大丈夫だよ……。その後、私は西の外交担当から外されたから」

「え……?」

「当時から外交関連を取り仕切っていたディプラデニア公爵が、帰国後の私の異変にすぐに気付いてくださってね……。その時、情けない事だけれど、泣きながら西側の外交時にあった出来事を全て話して、東側の外交のみ専属にして貰ったんだ……。だから私が最悪なもてなしを受けたのは、そのシモーヌという高級娼婦からだけだ……。その後、西側の外交は、閣下の義理の兄であるスタンウェル侯爵自らが引き継いで、西側の侯爵を徹底的にやり込んでくれたらしい。その後、西側の侯爵は、別の国のまだ10代の外交官に私と同じような嫌がらせをしようとしたらしいのだけれど……。その相手が身分を隠して外交業務を担っていたその国の第二王子だったらしく、その接待に激怒した王子が、すぐに西側の王家に抗議し、国交関係に大きなヒビが入ったんだ。その王弟侯爵は爵位剥奪後、長年に渡る淫行罪に該当するような事をしていた罪で投獄され、その後は複数犯によって獄中で、なぶり殺しにされたと聞いた……。例の高級娼婦のシモーヌも同じ末路だったらしい。あの国は、未成年者に対して殺人や性犯罪を行った人間は、獄中内ではゴミ以下の扱いを受けるらしいからね……」


 そこまで語られたノティスの話にブローディアが、ある事に気付く。


「あの、もしかしてそれが昔、西の隣国の外交官が起こした大不祥事でしょうか……」

「そうだね。だた、私のような被害にあった年若い外交官が、他国の方でかなりいたらしくて……。当時、その不祥事の内容は高級娼館を接待場として頻繁に利用し、国税を横領したという扱いで処理されたんだ。でも侯爵が投獄後は、どこからか本当の罪状が牢内だけで広まってしまったようだけれど……」


 そう呟いたノティスは、恐らく牢内にその情報を()()()広めた人間に心当たりがあるのだろう。そう考えると当時、夫と同じような被害にあった若い外交官達が、どれだけいたのだろうかと、考えるだけでも恐ろしい……。

 それに伴い、今では何事もなかったかのように生活が出来ている夫の強さが、逆にブローディアは心配になってしまう。


「ノティス様は……よくそのようなおぞましい体験をなされたのに……乗り越えられましたね……」


 瞳に涙を溜めたままのブローディアが悲痛な声で問うと、ノティスが困り果てた笑みを返してくる。


「乗り越えられては……いないと思う。現に私は、自分に対して一方的に好意を寄せてくる女性が苦手で、たまに恐怖心も抱く事がある……。もっと言うと、艶めかしい体型の女性や、薄着の女性や裸体を見ると、今でも吐き気が込み上げてくる事があるんだ……」

「え……?」


 その夫の言葉にブローディアが大きく目を見開く。

 そんな妻にノティスは、先程とは全く違う穏やかさを含む苦笑を浮かべた。


「ディア。君は今、何故自分は平気なのだろうと思ったのではないかな?」

「え、ええ……」

「それがギリギリまで、私が君との顔合わせの機会を先延ばしにしていた本当の理由だよ……」


 そう言ってノティスは、横並びの状態で抱きしめていたブローディアの体を更に自分の方に引き寄せ、自分の足の間に座らせるような体勢にした後、背後から覆い被さるようにして深めに抱きしめた。

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