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17.愛する女性

「ノティス様、おはようございます」


 翌朝、朝食をとる為に食堂にやって来たブローディアを見たノティスが、パンを片手に固まった。


「え……? ディア? 君……確か昨晩はセレティーナ嬢に招待されて、ルミナエス城に泊まると言っていなかったかい?」

「実はそのお泊り会ですが、セレナの都合が合わず延期になりまして」

「では昨夜は共同寝室の方で寝てい――――」

「いいえ。自室の寝台を使っておりました」

「…………」


 何やらもの言いたげな目をノティスがしてきたが、ブローディアはそれに気付かないふりをしながら、しれっと席に着き、給仕がグラスにミルクを注ぐのを確認してからナプキンを広げた。


「そんな事よりもノティス様、本日のお仕事はどのようなご予定になっておられますか?」

「そんな事って……まぁ、いいか。今日は、午前中に決まりかけているカークス騎士団の各部隊長候補の最終選考をうちの騎士団と行う予定だ。午後は……いつも通り、執務室で報告書作成などの雑務かな。まぁ、大した量ではないから明日でもいいのだけれど」


 すると、ノティスの予定を確認出来たブローディアが、すぐに行動に出る。


「では、午後お手隙になった際、少々お時間を頂けますか?」

「ああ。かまわないよ? もしかして、どこか行きたい所でもあるのかな?」

「いえ、その……。少々ノティス様に確認させて頂きたい事がございまして」

「ならば、手が空いた際、君の部屋を尋ねるよ」

「い、いえ! ノティス様がお手隙になりそうな時間帯にわたくしの方から伺わせて頂きます」

「だが君が来た時、まだ仕事が終わっていないかもしれないよ?」

「かまいませんわ。その時は執務室で待たせて頂きますので」


 そう言って、ブローディアは前菜のサラダを綺麗に平らげる。

 そもそも本日のノティスには、あの執務室にある隠し部屋の事を聞かなければならないので、そこから離れられては困るのだ。

 そんなブローディアの様子からノティスが、やや不思議そうに首を傾げる。


「確認したい事って今ではダメなのかい?」

「ええ。執務室でじっくりと確認したいので」

「じっくり……。それは寝室の方がいいのでは?」

「そういう意味合いでのお誘いではございません!」


 揶揄ってきたノティスにブローディアがプリプリしながら、運ばれて来たスープとオムレツを口に運ぶ。そんな妻の様子に夫が苦笑する。


「ディアは本当につれないよね……」

「ノティス様は、最近欲望に忠実過ぎるのでは? 節度という言葉の意味を再確認された方が、よろしいかと存じます」

「酷いなぁー」


 いつものように減らず口の叩き合いをしていたブローディアだが、ふとある事を思い立つ。今ならば自分と出会う前の夫の話が聞けるのではないかと。


「そういえば少々気になったのですが……。ノティス様はわたくしと出会う前、多くのご令嬢やご婦人方に言い寄られる事が多かったのではありませんか?」

「普通、夫にそういう過去を堂々と聞くかな……」

「それだけノティス様の素晴らしく整った容姿に対して賛辞も込めての質問になります」

「そういう聞き方をされると、答えない訳にはいかなくなるじゃないか……」

「わたくしの見目麗しいお顔立ちの旦那様は、世のご婦人方を魅了されてしまわれるような事はなかったのですか?」

「ディアは本当に小憎たらしい程、愛らしいね……。確かに親しくなりたそうなご婦人方からは、それなりにお声がけを頂いたよ? ただ婚約者がいる事を告げると6割程のご婦人は、残念そうに理解して去ってくださったけれど」

「6割……。では残りの4割の方はどうされたのです?」

「えっ? この話、まだ続けるのかい? まぁ、17年間も婚約者である君を放置するような形になっていたのだから、君も気になるかぁ……」


 そう言っていつの間にか食事を終えて食後のお茶を受け取っていたノティスは、カップを口に運ぶ。


「残りの4割の女性は、ある魔法の言葉を唱えると、すんなり諦めてくれた」

「魔法の言葉?」

「『あなたは西の隣国の高級娼婦よりも私を満足させられますか?』って」

「なっ……!! そ、そのような事をご婦人方に言われたのですか!? ノティス様! それは紳士として、かなり最低です!!」


 食事中である事を忘れ、思わずテーブルに勢いよく両手を突き立ち上がってしまったブローディアは、夫の信じられない酷い行動を非難した。

 しかし当のノティスは、しれっとしながら屁理屈をこねる。


「そうかな? そもそも婚約者がいると告げているのにしつこく言い寄ってくる彼女達の方が、淑女としてはずっと最低だと思うのだけれど?」

「だからと言って、それは……」

「お陰で私は、社交界では女性方から火遊び対象と認識されずに済んだので、とても合理的な対処法だと思ったのだけれど?」

「そうかもしれませんが……。そのような事を言われてしまったご婦人方を思うと、同じ女性としては多少なりとも同情心が……」

「そうでもないよ。大体は顔を真っ赤にして涙目で去っていく女性が殆どだったけれど。中には私の顔に平手打ちを放ってきた女性もいたからね……」

「やはりそのような状況になりますわよね……」

「ただ私としては、婚約者のいる男性に言い寄る自身の行動は恥じらわないのに、娼婦と比較されるような事を言われたら恥じらうその心境が理解出来ない。むしろ仕事として割り切っている彼女達の方が、よほどプロフェッショナルだと思う」


 そう言い切ったノティスは、すまし顔をしながら優雅に紅茶を味わい始めた。

 その屁理屈にしか聞こえない夫の言い分にブローディアが呆れ返る。

 だが、その話を聞いて何故目を引く容姿であるノティスが、社交界で話題にならなかったのか、その理由がブローディアには何となく分かった。


 ノティスは女性限定で、自ら評価を下げるような動きをしていたようだ。

 それだけ女性に言い寄られる機会が多かったのだろう……。

 ましてや婚約者が、まだ年若いブローディアともなれば入り込める隙があると思われた可能性が高い。

 そんな事を考えながらブローディが複雑な表情を浮かべていると、ノティスが苦笑気味で話しかけてきた。


「ディア、そんなに私の女性遍歴が気になる?」

「ええ、まぁ……。そもそもノティス様が恋多き10代の頃は、わたくしはまだ幼女だったので……。その辺りの折り合いをノティス様がどのようにつけられていたのか、少々気になりまして……」

「ああ、そういう事か。その辺は気にしなくてもいいかな。何故なら丁度その時期は、外交官になりたてで恋愛や火遊びに興味を持つ暇なんて一切なかったから。すでにその時から、仕事が恋人みたいになっていたからね……」


 昔を思い出すように遠い目をしたノティスだが、すぐに気持ちを切り替えたらしく、ナプキンを簡単にたたみ、テーブルの上に置く。


「さてと。それでは私は午後にディアとの時間を作る為、さっさと本日分の仕事に取り掛かるよ」

「お忙しい中、恐縮ですが宜しくお願いいたします」


 こうして夫の仕事が終わる午後まで時間が空いてしまったブローディアだが、結局ノティスからは、これと言った女性関係は聞き出せなかった為、今度は別の方向からの情報を集めようと動き始める。


 その一番のターゲットが執事のアルファスだ。

 しかしアルファスからは困ったような笑みを浮かべられ、これといった話は聞き出せなかった……。流石、プロフェッショナルな執事である。

 その後、ダメ元でミランダにも聞いてみたが、何故か衣裳部屋に連れていかれ、新調するドレスについて逆に質問責めに遭ってしまう……。


 結局、ノティスの女性関係については、これといった情報も得られないまま、約束の時間になってしまった……。

 その為、真相はノティス本人に直接聞く事が一番手っ取り早いとブローディアは覚悟を決め、気合を入れて執務室に足を踏み入れる。


 すると、ノティスの他に家令のロイドと補佐役のルッツがおり、何やら書類の束をまとめていた。

 恐らく少し前の話し合いで決まったカークス騎士の各部隊長候補の資料だろう。内容を確認しながら枚数を数えている。

 それを眺めていたら、ノティスが声を掛けて来た。


「ディア、丁度良かった。今話し合いが終わったところなんだ。もしよければこのまま、その確認したい内容を聞くよ?」

「ええと……今は……」


 そう言ってブローディアが、チラリとロイドとルッツの方に目を向ける。

 すると、ルッツがその意図を汲み取ってくれたようだ。


「ロイドさん。遅くなりましたが、そろそろ昼食を食べに行きませんか?」

「そうだなー。若旦那様、よろしいですか?」

「ああ。今日は特に急ぎの仕事もないので、このまま終了にしよう」

「おお! 若旦那様、本日は随分と気前がよろしいのですね!」

「ロイドは昼食の後、アルファスと一緒に邸内の維持費関係で話し合いを頼む。ルッツはお疲れ様」

「お気遣いありがとうございます。それでは本日は失礼致します」

「私だけ引き続き仕事なのですね……」


 何やらぶつくさ呟いているロイドをルッツが引きずるようにして、二人は退室して行った。

 すると、急に執務室に静寂が訪れる。


「さて。ディア、君が確認したい事って何かな?」

「その事なのですが、少々準備が必要なのでお待ち頂けますか?」

「準備?」


 そう言ってブローディアは、室内にある例の書棚の前に行き、黄色いガーベラの印がついている本を引き出す。すると、前回と同様に『カチリ』と何かが開錠されるような音がした。

 そのブローディアの動きをノティスが唖然としながら目で追った。


「ディア……君……」


 ノティスの呼びかけをやんわりと無視しながら、今度は入り口近くの書棚をブローディアが、両手で壁側に押し込む。すると、前回と同じように隠し部屋へ続く入り口が現れる。


「ノティス様、こちらのお部屋にご一緒頂けますか?」


 にっこりと笑みを浮かべたブローディアが、ノティスに隠し部屋へ入るよう促す。するとノティスが無言でその扉の先に足を踏み入れた。


「ディア……君はこの部屋の存在を自力で見つけたのか?」


 茫然とした状態のノティスが、低い声で確認してくる。


「この部屋の存在は、ある方から教えて頂きました。その方の話では、ノティス様はわたくしと顔合わせをする以前から、この肖像画に描かれている女性に恋心を抱いてしまわれたけれど、わたくしという婚約者がいた為、諦める事しか出来ず、こうしてこの隠し部屋に肖像画と共にその女性への想いを埋葬したのではないかというお話でした」

「想いを埋葬……」

「わたくしが確認させて頂きたい事は、こちらの女性がノティス様にとって、どのような方なのかという事なのですが……。教えて頂いてもよろしいですか?」


 真っ直ぐな視線でノティスを見据えながら、ブローディアが問う。

 すると、何故かノティスが悲しげな笑みを返して来た。


「ディアはこの女性が、私とどういう関係なのだと思う?」

「それが分からないのでお伺いしているのですが……。わたくしにこの部屋の存在を教えてくださった方は、この女性は今でもノティス様が、とても愛していらっしゃる女性なのではないかと言っておられました」


 ブローディアが敢えてフィリーナの名前を伏せてそう答えると、ノティスがまるで気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと息を吐いた。


「なるほど。それを聞いたディアは、その人間の言葉を信じたのかい?」

「いいえ」

「えっ!?」


 あまりにもブローディアが言い切るように即答してきたので、思わずノティスが声をあげて驚く。


「信じられなかったので、こうしてノティス様に直接お伺いしております」


 そのブローディアの返答にノティスが、今までで一番というくらい大きく目を見開く。だが、次の瞬間、思いきり吹き出した。


「そ、そうか……。信じられなかったから、私に直接真相を確認した方が……手っ取り早くて確実だと考えたのか……。ふはっ! さ、流石ディアだ!」

「わたくし、実際に自分の目と耳で確認しなければ気が済まない性格なので」

「あははははっ……!! た、確かに……君はそういう女性だったね……」


 ブローディアの言い分を聞いたノティスが、腰を曲げお腹を抱えるように部屋中に響き渡るような声で笑い出す。よく見ると、目の端に涙まで浮かべていた。


「それで……こちらの女性はノティス様にとってどういう方なのですか?」

「ああ、すまない……。あまりにもおかし過ぎて、すっかり答えるのを忘れてしまっていた……。この女性はね――――」


 そこでノティスは、一度目に溜まった涙を指で拭い、その後は何故か酷く寂しげな笑みを浮かべた。


「私がとても愛していた女性だ」


 その言葉を聞いた瞬間、ブローディアがビクリと肩を震わせ、大きく目を見開く。その妻の反応を確認したノティスが、何故かバツが悪そうに苦笑する。


「彼女の名前は、マリアンナ。マリアンナ・ホースミント」


 そこでノティスは一度、溜めるようにゆっくりと息を吐く。


「14年前に他界した私の父ルーティス・ホースミントの最愛の女性であり、私の母だ」

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