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16.隠し部屋

 フィリーナから隠し部屋を開く為の方法が書かれたカードを受け取ったブローディアは、久しぶりに再会した友人達との楽しい会話も帰りの馬車内での夫との会話も何を話したか覚えていない程、上の空な状態になっていた。


「ディア、どうしたんだい? もしかして今日は久しぶりにご友人達と会えた事ではしゃぎすぎてしまったのかな?」

「ええ、そうかもしれません……。あの……ノティス様、本日は申し訳ございませんが、自室の寝台にて休ませて頂きたいのですが、よろしいでしょうか……」

「流石に初夜の時みたいに疲れきっている君に無理をさせるような事は、もうしないよ? 今日はゆっくり休みなさい」

「はい。ありがとうございます……」


 ほんの少しだけ残念そうな様子ではあったノティスだが、今回はブローディアの事を気遣い、各自の部屋にある寝台で眠る事を承諾してくれた。

 そんな久しぶりの一人寝の権利を得たブローディアは、湯浴み後に本日フィリーナから渡されたカードを再確認するように手に取る。

 カードには『執務室の奥から三番目の書棚の上から二段目にある黄色いガーベラの印がある本を引き、一番手前の書棚を押す』と書かれていた。


 現実的に考えをすると、このような仕掛けで行けるようになる隠し部屋がノティスの執務室に存在しているなど、全く信じられない……。しかし、ここまでメモ書きをしたカードまで寄越してきたという事は、本当に銀髪の美しい女性の肖像画に埋め尽くされた隠し部屋が、執務室には隠されているのだろう。


 だが、その肖像画の女性がノティスの想い人であるかは疑わしい。

 そもそもノティスがそのような恋に落ちていたら、大人しくこの婚約に甘んじるだろうか……。

 ブローディアがフィリーナの話を疑う一番の理由が、この部分だった。


 もし本当にノティスにその様な想い人がいれば、まず何としてでもガーデニア家と交わした理不尽な婚約を躍起になって解消しようと動くはずだ。 だが実際、ノティスはブローディアとの婚約を甘んじて受け入れた。

 もしフィリーナの話が本当なのであれば、もうこの婚約を受け入れた時点でノティスらしくない動きとなる。

 だが、フィリーナから放たれたある言葉が、ノティスの秘めた恋心説の可能性を少しだけ感じさせてくる。


 『では何故ノティスお義兄様は、挙式直前までブローディア様と面会をなさらなかったのですか?』


 確かにノティスと顔合わせをする前までは、ブローディアも気になっていた。

 だが現状、何の問題もなく夫婦としてやっていけているブローディアにとっては、もはやどうでもいい事なので、徐々に気にならなくなっていった。

 何故なら今のノティスとの生活で、そのような不安を感じる事は一切無いからだ。


 確かにノティスはブローディアを試したり、翻弄するような言動を口にする事が多い。

 しかし、今ではそれがノティスにとってブローディアの愛で方の一環だと理解している。

 ブローディアがそう思えるのは、ノティスが普段からブローディアの事を気遣いながらも、信頼を寄せてくれている事が感じられるからだ。

 

 ノティスはブローディアがホースミント家の領地経営で手伝える事があれば、率先して任せてくれている。外交官としての仕事がない時は、ブローディアを買い物やオペラなどに連れ出してくれる。夜の生活も早々に跡継ぎを望んでいる状況ではあるのだが、義務的に行われた事は一度もない上に一般的な新婚夫婦と比べると回数は多いようだ。そんな夫の接し方から、それなりに愛情は抱かれているとブローディアは自負している。


 しかし、それは顔合わせ後からのブローディアに対する接し方だ。

 それ以前のノティスがブローディアの事をどう思っていたのかは、よく分からない。そもそも自分よりも10歳も年下の小娘だという情報しかないのであれば、顔合わせをする前のノティスはブローディアの事を小さな子供と同じ対応をしておけばいいと思っていたのかもしれない。


 だがそれは、あくまでもまだブローディアの事を子供だと思っていた時期だけだ。

 現状のノティスは、しっかりとブローディアの事を一人前の女性として扱い、妻に対して十分な愛情ある接し方をしてくれているはずだ。

 だからこそ顔合わせ前のノティスがブローディアに対して、どういう感情を抱いていたのか、あまり気にならなかった。


 だがフィリーナから放たれた言葉で今まで左程気にしていなかった疑問が、またしても呼び起こされてしまった。その疑問は放置すればするほど『不安』という厄介な感情は、どんどん膨れ上がっていく……。

 ならば、その不安が増幅する前に真相をはっきりさせてしまえばいい。

 その考えに至ったブローディアは、まずノティスと家令のロイドが外出している日がないか、確認する事にした。




「ノティス様、近々お日にちを開けてのお仕事予定はございますか?」


 翌日、執務室で書類の書類仕事をしているノティスにブローディアが問うと、ノティスが怪訝そうな表情を返して来た。


「いや、特にそのような予定はないのだけれど……。何故そのような確認を?」

「実はセレナより、予定が合えば泊りがけで王城に遊びに来ないかという誘いを受けまして……。なるべくノティス様が、ご不在の日で調整した方が良いかと思いまして」

「なるほど。そう言う事か。まぁ泊りがけで外出しなければならない仕事は今のところないのだけれど……。帰りが深夜になってしまう仕事であれば三日後にあるな。もしセレティーナ嬢のお誘いを受けるのであれば、その日で調整して貰うと助かる」

「かしこまりました。ちなみにその外出は、ロイドとルッツも同行いたしますか?」

「ロイドとルッツ? そうだな……。サイドラー家にこれから準備する接待会場の予算について話し合いをしに行く際、二人を同行させるつもりだけれど……何故そこが気になるんだい?」

「実は、挙式前にノティス様が急遽帰国が早まった際、ロイドが整理を始めてしまった過去の報告書を大慌てで、わたくしがファイリングしたのですが……。何分時間が限られていたので、途中からかなり乱雑にファイリングをしてしまいまして。その為、執務室が未使用の日があれば、整理したいのです」

「あー……。そういえば私が帰国を無理やり早めてしまった事で、ロイドからその事で苦情を言われたな……。あれ、君も整理するのを手伝ってくれていたのだね」

「はい。ノティス様が急にお戻りになるとの事で、あの日はもう邸内がそのお出迎え準備で、かなりバタバタいたしましたから」

「……本当にすまなかった」


 やんわりと当時の事を責められたノティスが、叱られた飼い犬のようにしゅんとなる。その事で上手く話題を逸らす事が出来たと、ブローディアは心の中で胸を撫でおろしていた。


「それでは三日後、しばらく執務室で報告書の整理をさせて頂きますね?」

「こちらとしては助かるよ。もし一人で大変そうならエルマを使うといい」

「いえ、そこまで量も無いと思いますので、一人で大丈夫ですわ」


 こうしてブローディアは、堂々と夫から執務室に立てこもる許可を得る。

 半信半疑ではあるが、まずは本当にその隠し部屋が存在しているのかを確認する事を優先した。



 そして三日後――――。

 普段執務室で作業している夫達が出掛けた後、ブローディアは一人執務室に並ぶ書棚に向って、気合を入れるように仁王立ちをしていた。


「さて。本当にその隠し部屋があるかどうか、確認してみましょうか!」


 そんな軽い気持ちで手にしていたフィリーナからのカードを確認しながら、隠し部屋に行くための仕掛けを作動させる。まずは奥から三番目の書棚を確認し、その書棚の上から二段目に陳列されている本を左から順に指でなぞるように背表紙を確認していく。


「あったわ……。黄色いガーベラの印がついている本……」


 左端から本のタイトルを確認していったブローディアは、一冊だけタイトル名の後に黄色いガーベラのマークが書かれている本を書棚の真ん中右寄り辺りで見つける。タイトルは『この花言葉をあなたに』という執務室の書棚には、そぐわない詩集のようなタイトル名と背表紙装丁だった。


 そしてブローディアは、その本を書棚から取り出す様に背表紙の頭部分に指を掛け、ゆっくりと手前に引き抜こうとする。だが、その本はフィリーナが言っていた通り、本に偽装された仕掛けのようで、全体の三分の二しか棚から引き出せなかった。

 その代わり、限界まで引き出すと『カチリ』と何かが解除されるような音がする。


 その音を確認したブローディアは、今度は執務室の入り口から一番近い書棚の前に立つ。そして慎重に……ゆっくりと、その書棚を両手で壁側に押し込むような動きをする。すると、本来動くはずのないその書棚は、あっさりと壁にめり込むように奥へと沈んでいった。


「嘘……でしょう?」


 昔の貴族達が逃走経路としてでなく、道楽の為に自身の邸にこういった仕掛けを施す事があるとは聞いていたが、実際にそんな邸が存在している事を目の当たりにしたブローディアは、内開きの扉のようになっているその書棚を茫然としながら見つめた。


 だが、その先は真っ暗で実際に中に入ってみないと詳細は確認出来ない。その為、ブローディアは予め用意していた小さなランプに火をつけ、その隠し部屋の中へと足を踏み入れる。


 その部屋は、大体長テーブルが四個ほど入るくらいのとても小さな部屋だった。

 だが、天井に直系90センチ程のステンドグラスが一つだけ施してあり、そこから日の光が差し込む事で室内に幻想的な明かりをもたらしている。


 しかしブローディアの目を一番引いたのは、フィリーナが言っていた美しい銀髪の女性が様々な表情で描かれた肖像画だった。ザッと見ただけでも色々なサイズで20枚程、狭い室内にビッシリと飾られている。


「本当に……あったわ……」


 その絵の中の銀髪の女性は、柔らかい微笑みを浮かべながら、室内に入って来たブローディアを優しく出迎えてくれた。

 そして飾られている絵には全て彼女しか描くれておらず、その大きさも様々で中にはスケッチしただけの状態のものも多い。だが不思議な事に素晴らしい描写力で描かれている絵には、どれも画家のサインは見当たらない。その事から恐らくこの絵は、プライベートな楽しみ方をする為だけに描かれた絵なのだろう。


 そんな部屋一面に飾られている絵をじっくり見ようと、ブローディアは更に壁際に近づく。

 やはり一番目に付くのが、ブローディアを出迎えてくれた中央に飾られている縦長の大きな額縁の絵だ。濃紺のドレスに淡い水色のレースとフリルが上品に使われたドレスを着て椅子に座っている絵で、まるで銀髪の美しい女性が慈愛の女神のような優しい微笑みをこちらに向けている。


 それ以外にも机に立て掛けて飾れるくらいの小さな額に入った絵が、何枚も壁に飾られていた。構図も色々で、横向きで少し俯いた繊細なそうな雰囲気を感じさせる表情や、日傘をさしながら美しい立ち姿で描かれている絵もある。中には見合い用の姿絵のような構図で描かれている絵もあった。


 それらの絵を一枚ずつ食い入るようにブローディアは鑑賞する。

 大きさに合わせてバランスよく壁に配置されて掛けられている銀髪の女神のような美しい女性の絵。

 描いた人間はもちろん、絵をこの小さな部屋に飾った人間もとても彼女を深く愛しているのであろうと感じ取れるくらい配置にこだわった大切な飾られ方をされている。


 そんな事を感じながら室内全体に目を凝らすと、引き出しが二つ程ついているアンティーク調の小さな机と、年代物ではあるがしっかりとした作りのロッキングチェアが置いてある事に気付く。

 その机の上の表面をブローディアが、そっと人差し指で何かを掬うように撫でてみたが、埃などは一切指に付着してこなかった。すなわち、この部屋は頻繁に掃除がされているか、あるいは誰かが出入りし使っているという事だ。


 その状況が、何故かブローディアの胸をギュッと締め付けてくる。

 この邸内で執務室をメインで使っているのは、主であるノティスと、よく入り浸って室内を散らかしている家令のロイド、そして少し前までノティスに同行して東の隣国に行っていたミランダの息子ルッツくらいだ。

 その中でこの部屋の存在を知っているのは、恐らくノティスのみ……。

 つまり机に埃が全く溜まっていないこの部屋は、ノティスによって掃除か、あるいは使用されていると言う事になる。


 そんな考えに至ってしまったブローディアは、ふと視界に入って来たロッキングチェアに座り、切なげな表情でこれらの絵を鑑賞しているノティスの姿を思わず想像してしまう。


 フィリーナの言っていた話は、とてもではないが信じられない。

 だが、この状況を見てしまうと、少なからずノティスがこの部屋に何らかの愛着か思い入れを抱いている可能性が高い。


 そうなると、この美しい銀髪の女性が一体誰なのか……。

 その正体を突き止めない限り、ブローディアの不安はどんどんと大きく膨らんでいってしまうだろう。

 ならば、このような場所で一人ウジウジと考え込んでいても仕方がない。


 そう気持ちを切り替えたブローディアは、翌日この隠し部屋が一体どういう為の部屋なのか、思い切って夫に聞き出そうと覚悟を決めた。

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