14.夫の従妹
二週間後、ルミナエス城にて王妃ユーフォルビア主催の夜会に出席する為、ブローディアは夫のノティスと一緒に馬車に揺られていた。
そんなブローディアが夜会に参加するのは、かなり久しい。
最後に参加した夜会は、昨年行われた王太子ユリオプスの11歳の誕生パーティーだったのだが、その時も確かセレティーナに絡んで来た令嬢数名を撃退した気がする……。
とにかく親友のセレティーナは、6歳も年下である王太子ユリオプスの婚約者という事で、王太子と同年代の令嬢達からよく絡まれる……。
しかもそれ以上に厄介な状況を招いている存在なのが、自分達と同年代の令息達だ。
彼らは、いずれセレティーナが年齢を理由に王太子の婚約者から解放される事を目論み、虎視眈々と彼女を狙っているのだ。
6歳も年下のしかも王太子と婚約しておきながら、他の令息達の興味を引く存在になってしまっているセレティーナは、同年代の令嬢達からも妬まれている状況なのだ……。
そんな年下と同年代の令嬢達に嫉妬心をぶつけられている聡明で美しい侯爵令嬢のセレティーナは、ブローディアにとっては自慢の親友である。
「ディア、セレティーナ嬢に再会したら、私は席を外した方がいいよね」
「はい。出来ればそのようにお願い出来ますか?」
「分かった。流石に私でも女性達の華やかで楽しい会話に対応出来る話術は難しいからね」
「ですが、その間ノティス様はどちらに?」
「今回の夜会には、隣国の貴族が数名招待を受けているらしいから、その関係醸成で時間を潰そうと思っている。だからディアも私の事は気にせず、旧友とのおしゃべりを楽しいんでおいで」
「お気遣い、ありがとうございます」
そんな会話をしていたら、いつの間にか城内の入り口前に馬車が着けられた。
ノック後に馬車の扉が開かれると、まずノティスが降りてその後にブローディアが降りやすいように手を差し出し、エスコートしてくる。
そのまま手を引かれ城内を進むと、会場前にある大きな扉が見えてきた。
そこでノティスが招待状を渡すとすぐに確認が完了し、その大きな扉が開かれる。同時にノティスとブローディアの名前が会場内に告げられたのだが、何故か皆一斉に二人の方へと視線を向けてきた。
ガーデニア家の人間として登城していた際はエスコート役が父親だった為、そこまで注目される事がなかったブローディアが、この状況に一瞬だけ怯む。しかし、その隣で夫のノティスが、面白いものでも見るような視線を向けて来たので、負けず嫌いなブローディアの闘争心に火が付いた。
ブローディアはノティスと張り合うようにピンと背筋を伸ばし、優雅な歩みで会場内へと進み入る。
そしてまず二人は、主催者である王妃ユーフォルビアと恐らく妻の顔を立てる為に夜会に参加している国王に挨拶をした。すると、王妃の後ろに控えている宰相フェンネルの隣にいた友人セレティーナと目が合う。結婚式以来の再会が嬉しかったのか、セレティーナが満面の笑みをブローディアに送って来た。
対して国王の横には、本日セレティーナの安全確保を依頼して来た11歳の王太子ユリオプスが立っており、ブローディアに小さく手を振ってくる。その故意に子供らしい愛らしさをあざとく演出するユリオプスの様子にブローディアは、吹き出さぬよう必死で口元を引き締めた。
こうして国王夫妻への挨拶を済ませた二人だが、会場内では何故か注目の的となっていた。その事にブローディアが首を傾げる。
確かに今まで独身だった家格の高いホースミント家の伯爵が、やっと若い妻を娶ったとなれば、かなりの話題になる事は理解出来る。
しかし、注目されている部分はホースミント家ではない。
どうやら周囲の目を惹いているのは、ノティスの端整な容姿部分なのだ。
だが、何故その部分が今更注目を受けているのか、ブローディアには謎だった。いくらノティスが多忙で社交場にあまり顔を出さない人間とは言え、ここまで容姿が整っていれば噂の一つくらいは、すでに出回っているはずだ。
しかし今回の参加者達の殆どが、ノティスの事を初めて認識したという様子なのである。
その事を不思議に感じながら周囲を見回していたら、久しぶりに家族と夫以外に呼ばれた自身の愛称が耳に届く。ふとそちらに視線を向けると、二人の令嬢の姿が目に飛び込んで来た。
「マデリーン! エミリア!」
「ディア! お久しぶり!」
「結婚式以来よね!」
そう言って三人が、わっと集まり互いに手を取り合う。
マデリーンとエミリアは、ブローディアとセレティーナの共通の友人で、セレティーナがユリオプスの婚約者に選ばれる前までは、よく互いの家に行き来していた程、仲が良い友人達だ。
だが最近は、お互いに忙しい日々を過ごしていた為、会う機会が減っていたので、今回久しぶりの再会となった事をお互い歓喜し合う。
だが、二人はすぐ隣に佇んでいたノティスの存在に気付き、改めて挨拶を始めた。
「ホースミント卿、ご挨拶が遅れてしまい、大変申し訳ございません」
「久方ぶりに彼女とお会い出来た為、嬉しさのあまり、つい興奮してしまいました」
「いえいえ。こちらこそ妻と親しくして頂き、誠にありがとうございます。ディア、私も知人に挨拶回りをしてくるから、しばらくこちらのお二人と会話を楽しんでいてもらっても良いかな?」
「ええ! お気遣い頂き、ありがとうございます」
そう言ってノティスは、エスコートしていたブローディアを自分の方に引き寄せ、二人に見せつけるようにブローディアの頬に軽く口付けをする。
「それでは、また後で。お二人共、妻のお相手をお願いいたします」
「ええ! もろろん」
「喜んでお引き受け致しますわ!」
その後ノティスはふわりと二人に微笑み、挨拶回りをしにその場を離れて行った。そんなノティスの行動に二人は興奮していたが、ブローディアの方はノティスが演出としてわざと行った行為だと、何となく察していたので白い目を向けながら夫を見送る。
「キャー! ディア! あなたの旦那様って容姿だけでなく、内面もとても素敵な方じゃない!」
「17年間も婚約者のあなたが放置されていたから心配していたのだけれど……これなら安心だわ!」
「…………」
夫の外面の良さにまんまと騙されている友人二人にブローディアは、何とも言えぬ表情を浮かべた。
すると、またしても後方から自分の愛称が呼ばれる。
「ディア! まぁ! マデリーンとエミリアもいるのね!」
三人が同時に振り返ると、そこには先程国王夫妻に挨拶をした際に後ろで控えていたセレティーナとユリオプスが、こちらに向かって来くる。
すると三人同時にまずユリオプスと挨拶を交わす。
「ユリオプス殿下、この度は王妃様主催の夜会にお招き頂き、誠にありがとうございます」
「久しく会えなかったセレティーナ様とお会い出来る機会を作って頂き、大変感謝しております」
すると、ユリオプスがふわりと微笑み口を開く。
「こちらこそ、セレの為に来てくれて二人共、ありがとう! それとブローディアは、新婚さんなのに無理に呼び出してしまって、ごめんね……」
「いえ。夫もこの場を交流の機会として活用させて頂いておりますので、お気になさらないでくださいませ。むしろお声がけ頂いた事、誠に感謝申し上げます」
「ふふっ! ブローディアは話が早くて助かるなぁー」
「まぁ! 殿下、ディアだけお褒めの言葉を与えるのですか?」
「わたくし達もしっかりとセレナの番犬を務めさせて頂きますわ!」
マデリーンの言葉にセレティーナが、不思議そうに首を傾げる。
どうやらユリオプスは、この二人にもセレティーナの守りを頼んでいるようだ。
そんな小さなナイト気取りのユリオプスに思わず笑みがこぼれそうになったブローディアは、慌てて口元を引き締めた。
「殿下、セレナはわたくし達に任せて頂き、どうぞご安心して挨拶回りをなさってくださいませ」
「うん。お願いするね? 君達にならば、とても安心してセレを任せられるから」
「あの……殿下? それはどういう意味でしょうか……」
「セレは何も気にせず、久しぶりに再会した友人達との会話を楽しんで?」
「は、はい! お気遣い、ありがとうございます」
そう言って、ユリオプスは三人に自身の大切な婚約者を託し去っていく。
「いやだわー……。あのユリオプス殿下の小さなナイトのようなご様子が、あまりにも愛らしすぎて、わたくし思わず吐血しそうになってしまったわ……」
「殿下は相変わらず、セレナに対して過保護よねー」
「あの、先程からわたくしだけが皆の会話について行けないのだけれど……」
「セレナは気にしなくていいのよ! それよりもディアの旦那様が、とても素敵な方なのはご存知!?」
「羨ましいわー……。わたくしの婚約者なんて狩りにばかり夢中で、ちっともわたくしを構ってくださらないのよ?」
「わたくしもよ! 来年挙式と共に家督を継がれるから、今は手が離せないって! 今日など弟にエスコートをして貰ったのだから!」
流石に年頃の若い娘が4人も集まると、一気に賑やかになる。
特にマデリーンとエミリアは、昔からかなりのおしゃべり好きだ。
ここはセレティーナと共に聞き役に徹しようと思ったブローディア。
しかし、またしても背後から声を掛けられ、振り返る。
「あの……いきなりお声がけしていまい、大変失礼致しますが……。もしや最近ホースミント伯爵家に嫁がれたブローディア・ガーデニア様でしょうか?」
振り返ると、まるで妖精のような淡い色合いの美しい女性が、不安そうな表情を浮かべ話しかけてきた。その全く見覚えのない女性から旧姓で呼ばれた為、ブローディアが一瞬怪訝そうな表情を浮かべる。
すると女性が慌てて、弁明するように口を開く。
「い、いきなり不躾にお声がけしてしまい、大変申し訳ございません! わたくし、フィリーナ・キャスケードと申しまして……」
キャスケード家というのは、ホースミント家の傘下でもある子爵家の一つだ。
見た目からすでに成人していると思われる女性は、恐らくその子爵家の夫人のようだ。だが、次の夫人の言葉から、ブローディアがある事に気付く。
「旧姓をフィリーナ・マニントンと申します」
「マニントン伯爵家……。という事はノティス様のご親戚の方でしょうか?」
「ええ! ノティスお義兄……失礼致しました! 現ホースミント伯とは、母同士が姉妹でして」
「まぁ……。知らなかったとは言え、ご挨拶が遅れてしまい大変失礼致しました」
「いえ。こちらこそ、ご歓談中に急にお声がけしてしまい、大変申し訳ございません……。ですが、お二人のお式には諸事情で参列出来なかったもので……。その為、本日は是非ご挨拶をさせて頂ければと思い、お声がけさせて頂きました」
そのフィリーナの話を後ろで聞いていた友人三人は、何かを示し合わせた様に頷き、代表でセレティーナがブローディアに声をかける。
「ディア、わたくし達はあちらでお話をしているから、後で来て頂戴ね?」
「ええ、ありがとう」
「申し訳ございません……。ご友人方との楽しいひと時に水を差してしまって……」
「いえいえ。こちらこそ、ご挨拶が大変遅れてしまい、申し訳ございません。もしよろしければ、ゆっくりとお話もしたいので、あちらのテーブル席に移動いたしませんか?」
「ええ! 喜んで!」
そう言って、まるで淡い花が咲き誇るかのように柔らかい微笑みを返して来たフィリーナは、本当に妖精のような美しさを持つ女性であった。
しかし、何故かブローディアは、少し引っかかるようなモノを感じていた。
旧姓で呼ばれたからか……。
あるいは先程、フィリーナが夫の事を『お義兄様』と口にしかけたからか……。
どちらにしても、このように儚い雰囲気をまといながら積極的に声を掛けてくる女性は、油断ならないタイプだと経験上知っているブローディアは、同じようなにこやかな笑みを浮かべながら、その真意を探ろうと話をしてみる事にした。