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2.狐の嫁入り

 2つの性を持つ彼女の真名は弥生という。ただ、ここ何十年も他の妖怪の前で女性の姿をさらしていた事がないため、その名を名乗る場面などなかった。かといって、男性姿の時も決まった名を名乗っているわけでもない。

 弥生は男の姿のまま、今まで留まっていた高い木の上の枝から飛び降りた。猫という身軽な特性を活かし、軽やかに地面に着地。そのまま腕を組んで、あてもなく歩き始めた。


「うーん。とりあえず、このまま見ごたえのある風景を探しついでに集落でも探そうか。それで2、3日誰かに泊めてもらって、また旅の続きをして。僕のお願いを聞いて首を横に振る女の子はそうはいないしね。うん。いつも通りの事だけど、それでいこう」


 予定を口にすると、弥生の足取りは軽くなった。

 別に弥生は女性が好きだというわけではない。集落に着くと勝手に寄って来るため、それを利用させてもらっているだけだ。

 ただ、利用はしているが、無償で泊めてもらう事はない。

 弥生は一宿一飯の恩義として、薪割りや水汲みなどの力仕事などを引き受けている。稀に男の性としての役割を求められることがあるけれど、弥生自身が相手にそういう感情を持つことができないため、話を持ちかけられると即その妖怪の元を去る。そもそもこの顔で、この声で、この手で、この体で、女性に愛を囁くような事はしたくなかった。

 のらりくらりと道を歩いていると、どこからかチリンチリンという音が響いてきた。音の方角、薄暗い遠くの木々の間にいくつもの明かりが列をなしている。


「なんの音だろう?」


 弥生は木の上に飛び上がると、枝を渡って音のした方へと向かった。

 その何かの側までやって来て、ようやくそれが何かを理解した。

 いったい何人いるかもわからないほどの数の面をつけた妖怪達が、仰々しい行列をなし、1台の輿車を伴ってどこかへと向かっているところだった。


(あの面……あれは、狐の一族? 全員が全員祝いの装束を着て、それにあの輿車。なるほど、嫁入りの娘を連れ運んでいるってところかな。まさか嫁入り行列に遭遇できるなんてね)


 嫁入り行列は家格の高い者が婚姻を結ぶ際に行われる。

 列をなす妖怪の姿は圧巻であるという噂は出回っているものの、その行列がいつ行われるのかは、婚姻を結ぶ家同士の間にしか知らされず、通る場所も妖怪気のない場所という事しかわかっていないため、見物しようと思ってもそう簡単に見る事はできない。

 こうして間近で、この圧巻の光景を見る事ができるのは幸運なのである。

 嫁入りの行列は鈴の音を鳴らしながら、ゆっくり、ゆっくり娘の嫁ぎ先であろう場所へと向かって行く。

 この珍しい光景をもうしばし見ていたかった弥生は、気配を消し、音を立てないように木の枝を飛び移りながら、行列を追った。

 思ったより長い行列だ。


(互いにずいぶんと高い家格の御家なんだろうね。とはいえこの長さ……2つの家だけでこんな長さになるかな? どちらかが狐という種族の頂点の御家の可能性もありそうだ)


 輿車の横に並んだ時、半分ほど空いた物見窓から綿帽子をかぶった女性の横顔が見えた。その頬には一筋の雫の跡が伝っていた。

 その意味に気がつき、弥生の胸がチリリと痛みを覚えた。


(納得いってないのに嫁がされてるってところか……そう思うと見ていて面白くはないね、この行列。けど、他人様の家の事に口出しするわけにもいかないしね。もう少し眺めていたかったけど、この辺で切り上げよう)


 そう考えた時だった。花嫁衣裳の女性の視線が輿車の外へと向いた。気のせいではなければ目が合った。


(やばっ)


 泣いている姿を見てしまったことが後ろめたかった弥生は慌ててその場を立ち去ろうと、足元の枝を踏みしめ、森の奥へと続く枝へと跳び移った。


(あ、あの、お待ちください!)


 周りに他の妖怪の気配などないにもかかわらず、突然近くから声が聞こえてきた。


「?」


 辺りを見回すけれど、やはりそれらしい妖怪はいない。

 それによく考えると、声の聞こえ方も少し違和感があった。


(あの、聞こえていますでしょうか。聞こえているのでしたら、お願いを聞いていただけませんでしょうか。お願いです、私をここから私を連れ去ってください)

(……これは、念話?)


 文脈から語りかけてきているのが先の花嫁だという事がわかった。


(このまま嫁ぐことになったら、私……)


 よほど切羽詰まっていたようで、悲しみで消え入りそうな声音で伝わってくる。

 御家の権威向上のため、家柄は良いがよほど性格の悪い相手に嫁がされそうになっているのか、はたまた思っている妖怪がいるにもかかわらず無理やり他に嫁がされそうになっているのか。

 身分の高い相手からの恨みなど買いたくはないものの、ずっと「お願いします」と語りかけ続けている彼女を放置して、この場を立ち去る度胸も弥生にはなかった。


(ここで手を貸してしまったら狐全体から恨まれる事になりそうなんだけど。かといって放置していくのも……)


 弥生は大きく溜め息をついた。


「はあ……仕方ない、か」


 弥生には念話は使えない。

 一か八か花嫁が送ってくる念話に返事を届ける作用がないか試してみる事にした。


(えっと、僕の声聞こえたりする?)

(! はい! 聞こえています!)

(そう。それならよかった。これから君の望み通り、そこから連れ出してあげる。だから、僕が「いくよ」って言ったら、君は息を止めて意識を周りから遮断してくれるかな?)

(意識を遮断?)

(えーっと、周囲に意識を向けないでってこと。何も見ず、何も聞かないでほしいんだ)

(わかりました)

(それじゃあ、いくよ?)

(はい!)


 弥生は複数ある自分の尾のうちの1本に溜め込まれている妖力を一気に解放した。

 狐や猫などの獣系の妖怪は、自分の尾に妖力を貯め込む。尾が多いほどそれは強い妖怪であり、他の妖怪を従える事を許された証だ。


「幻術、霞之舞」


 突然弥生を中心とした広範囲に霞がかかった。

 この霞は周囲の者を眠らせ、夢へと誘う妖術だ。眠らせてしまえば短くても30分は起きられないだろう。


「なっ、なんだこれは⁉」

「てっ、敵襲か⁉」


 予想だにしていなかった状況に、行列は慌てふためきだした。護衛として就いていた者もいたようだが、奇襲のこの攻撃は流石に防ぎきれないだろう。

 霞は段々と濃さを増していった。

 弥生は申し訳なく思いつつも、その時がやってくるのを、息を殺して待った。ほんの10秒ほどでその時はやって来た。

 輿車の周りの、護衛を含め行列に加わっていた妖怪達が次々と倒れ出し、行列ができていた場所で立っている者は誰もいなくなった。


「ふぅ。結構妖力使っちゃったよ」


 弥生は周囲に起きている者がいなくなったのを確認すると術を解き、地面に足をつけ、輿車の方へ向かった。

 中にはギュッと目を瞑った、可愛らしい女の子が座っていた。

 弥生はそっと彼女の肩に手を乗せた。


「もういいよ。終わったから」

「えっ?」

「ほら、おいで」


 弥生は少女を輿車の外へと連れ出した。

 目の前に広がる光景に少女は目を丸くした。


「すっ、すごい……こんなに短い時間で……」

「これで君は自由だよ。とりあえず、ゆっくり話ができるとこまで行かないかい? 大事(おおごと)にしてしまった手前、君がこれからどうしたいのか、確認しておきたいんだ」

「はい。わかり……ま…………」


 少女は弥生の姿を見た途端、言葉を失っていった。そしてぼーっと、弥生の顔を見続けている。


「? ねえ、聞いてる?」

「あっ、はい! わかりました! ついて行けばいいんですね!」


 返事をした少女の体はガチガチになっていた。

 助けを求めた相手とはいえ、見ず知らずの、しかも自分の連れを一瞬で全て眠らせてしまった男を前にしているのだから、動きが固くなるのは間違った反応ではない。

 ただ、頬を薄っすら染めているような感じがするのが気がかりではあった。


「……じゃあ、来て」

「はい!」


 どうやら少女は気が高揚している様子。弥生にとっては困った状況になってしまったようだ。

 弥生が森の奥へと足を進めると、少女はバタバタとその後を追いかけていった。

 お読みいただきありがとうございます。

 この辺書いててすごく楽しい! 物語の出だしを考えるのが好きなので、もうしばらくはそれなりのペースで書けそうです。そして、早くお相手と対面させたくてうずうずしております。

 でわ、また次回!

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