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16.天狗の姉弟

 通された部屋の広さは6畳ほど。部屋の中央辺りの畳の上には、数本の白い紐が用意されていた。竹尺で測るのだろうとばかり思っていたけれど、場を見る限りあの紐で測るのだろうか。


「弥彦様、こちらへ。着物と袴を脱いでいただけますか?」

「わかりました」


 弥生が袴の帯を緩めようとしたとき、紫雨が「あの」と、控えめに声をかけてきた。


「よろしければ、弥彦様も砕けた口調で話してもらって大丈夫ですよ? 大和様の側近なのですし、元々そのような口調というわけではないのですよね?」


 先ほどの大和とのやり取りを聞いていたのだろう。

 その申し出に、先ほどは弥生の事を諦めたように見せかけただけなのではと警戒した。まずは親しくなるところから始めようと。

 けれど弥生としても丁寧な口調で話すのには違和感があったし、夫もあまりそういった口調で話すような人物ではなかったため、紫雨の提案を受け入れたくはあった。

 少し悩んだが、一応今彼女は仕事中なのだ。あれほどの着物を作る職人が仕事中に関係のない事はしないだろうという結論に至った


「じゃあ、そうさせてもらおうかな」


 弥生は乾いた笑顔を作ると、袴と着物を脱ぎ去り、長襦袢姿になった。


「これでいいかい? 上は襦袢も脱いだ方がいいのかな?」

「いえ、これで大丈夫ですよ」


 そう言われ、弥生はほっとした。弥生の中では、採寸は裸でするものだと思っていたからだ。内面は同じ女性なのだが、今の姿をしている時は、男性よりも女性に素肌をさらす方に抵抗がある。


「では、測りますね」

「うん。よろしく頼むよ」


 紫雨は白い紐に手を伸ばすと、採寸しやすいように、あれこれ恰好の指示を出してきた。そして測りたい場所に紐を充てる。長さを測り終わったらしい糸には結び目ができていて、部位を書き込んだ紙が巻き付けられていた。

 数か所測ったところで、紫雨が不思議そうな声を出した。


「弥彦様は思ったより体格が良いのですね」

「そう? 僕的にはそんなに体格いい方ではないと思うんだけど」


 今の弥生の姿は、出会ったばかりの頃の夫の姿。痩せっぽちではなかったが、お世辞でも体格が良いと言われるような、鍛え上げられたような体でもなかった。


「えっとですね、失礼なことを言いますが、私の中では弥彦様はもう少し華奢な方だと思っていたんです。けど、こうして測ってみると、線が細いながらも、しっかりとしたお体をなさっていたんだなと」

「そっか。じゃあもしかしたら、借り物の着物が合ってなくて、そう見えたのかもしれないね」

「そうかもしれませんね。はい、終わりました。もう着物を着ていただいて構いませんよ」

「ありがとう」


 弥生が着物を着直し始めると、紫雨が後片付けをしながら、世間話をするような口ぶりで口を開いた。


「一つお聞きしてもよろしいですか?」

「構わないよ」

「ありがとうございます」


 片づけを終えた紫雨が、座ったまま弥生の方へと向き直る。着物を整え終えた弥生も、少し離れた正面に腰を下ろした。


「それで? 何を聞きたいのかな?」

「えっと、弥彦様は、大和様とは御親戚というような関係ではないですよね?」

「うん。僕は昨日まで旅をしていたから」

「まあ、旅を」

「だから大和様とは昨日が初対面」

「でしたら、どうして大和様の側近に? 従者の募集をしているという話は聞きませんでしたし、いきなり近しい方ではない側近を増やすなど、これまでなかった事でしたので。それがずっと気になっていて」

「あー……やっぱりそれ、気になっちゃうよね。えーっと……」


 一応、撫子が攫われた時に助けたのが弥生、もとい弥彦だったという筋書きは作られているものの、攫った本人である弥生が自分の口からその筋書きを言うのは躊躇われた。

 そもそも、撫子が攫われたという事件を町の住民に勝手に広めるような事をしていいのかという問題もある。


(ただの従者だったら、こんなに興味を持たれる事、なかったのかなぁ)


 弥生は出会いの部分は省き、側近になったきっかけだけ話す事にした。


「うーんと、僕が勝手に詳しく話していいのかわからないから、いろいろ省かせてもらうけど、昨日大和様と手合わせをする機会があってね。ちょうど、側近の1人に長期の暇を出して人員不足になっていたから、戦いの腕を買われたって感じかな」

「撫子様ともその時に?」

「うん。自分で言うのもあれだけど、一目惚れされちゃって」

「それでは、その婚約は弥彦様の本意ではないのですか?」


 紫雨の目を見て、弥生はまた余計なことを言ってしまったとすぐに気づいた。

 自分が入れる隙があるかもしれないと思わせてしまったかもしれない。紫雨の瞳に、わずかな期待が揺らいでいるのがわかる。

 期待してもらっても、内面的にも、立場的にもその期待に応えることはできない。恋の芽は早々に摘んでおかなければと、紫雨の思いを気付かない振りをした。


「いや、そうでもないかな。確かに彼女が僕に向けてくれる思いに釣り合う思いを、今の僕にはまだ返せないけど、ほら、彼女素直で可愛らしいし、優しいし。今まで旅をして出会ってきた女性の誰より、目を奪われているのは確かなんだ」

「そう、ですか。撫子様が羨ましいです。こんなに素敵な方が婚約者になられるだなんて」


 紫雨は残念そうに言った。けれどおそらく、それは上辺だけの言葉だろう。

 先もそうだったが、隙があれば食いつこうとするとでもいえばよいのか、そんなしたたかさがあるわりには、妙にあっさりと引いていく。諦めていないような瞳をしているわけでもない。相手が撫子だったからという事もあるかもしれないが、弥生はそこに今までに感じたことのない違和感を持っていた。

 初の対面直後、確かにこれまでに感じてきた、恋愛感情を持たれたような感覚はあった。けれど、もしかしたら彼女には色恋沙汰よりも優先している何かが何かあるのかもしれない。

 紫雨からの問いには答えた。そろそろ大和の待つ店先に戻るべきだ。けれど、問われた事に答えを返したのだから、自分も気になっていることを問いかけてもいいだろうかと、ふと考えてしまった。


「あのさ、僕も気になることがあるんだけど、聞いてもいいかな?」

「何ですか?」

「言いたくなければいいんだけど、君、天狗の女の子なのに、なんでこんな所で商いやってるの?女天狗ってあまり生まれないから、他の天狗達からは里で大切にされるっていう話を聞いた事があるんだけど」


 その問いで、思い出したくない過去でも思い出されたのか、紫雨の表情が痛々しいくらいに悲しく曇った。どうやら深い事情がありそうだ。

 弥生は興味本位で詮索しようとしてしまった事を後悔した。


「あ、言いたくないのなら、言わなくていいよ」

「いえ、かまいません。大和様の側近になられる方ですし、これからも長いお付き合いになるかもしれませんし。お教えいたします」


 紫雨は覚悟を決めたように弥生の事を見た。


「実は私、いえ、私達は、忌み子なのです」


 天狗里でも珍しく、大切にされる女天狗にもかかわらず、他種族が治める地へ移住した姉弟。忌み子と指示したのは自分だけではない言いぶり。それらから導き出された答えは1つだった。

 出会った時に気が付いた、飛ぶには小さすぎる翼もそれが原因なのかもしれない。


「もしかして、今店番してる子と君は、双子?」

「……はい」


 まっすぐに絡んでいた視線が、床へと落ちた。手も恐怖を堪えるが如く、強く握られている。

 そしてぽつりぽつりと話し出した。


「私と弟は、天狗の父とふらり火の母から生まれた子供天狗です。弥彦様は、天狗が他の妖怪と婚姻を結ぶ時、どうするか知っていますか?」


 弥生は昔、天狗が住む里の話を、旅の中で知り合った妖怪から聞いた事があった。


「天狗の里は隠れ里。天狗しか入れない結界が張られているから、他の妖怪と夫婦関係を結んだ天狗の大半は、里がある山の麓の里で暮らしていると聞いた事がある。そこも天狗が伴侶にいなければ出入りができない、とかじゃなかったかな?」

「そのとおりです。あまり知られていない事なのに、弥彦様は博識ですね」

「そうでもないよ。旅をしていた時に噂程度に聞いただけだから」

「それでもです。あ、話を戻しますね。私達の両親もその里で暮らしていたそうなんです」


 紫雨は当たり前の事のようにさらりと告げてきたが、まるで自分が生まれてからはそうではなかったような言い回しをした事に、弥生は首を傾げた。


「……そうです?」


 途端、紫雨の表情が悲しげだった表情から、傷ついたたような苦し気な笑顔に変わる。その表情に弥生は無神経だったと、またも後悔した。

 少し考えれば予想はついた。自分たちの子が、忌み嫌われる双子として生を受けたのだ。紫雨が物心つく前にその環境は大きく変わってしまっていたのだろう。それを何の考えもなしに問いかけてしまったのだ。

 事情を告げると言った紫雨は、言いにくそうな態度をとりながらも、最後にははっきりとした声で語った。


「父は私と弟が生まれてからすぐに隠れ里に戻り、母は私達の事で周りから白い目で見られ、嫌がらせを受け続けて心を病み、私たちが10になる頃に亡くなりました」

「……ごめん」

「いえ、お教えするといったのは私です。両親の事も、こうして楽しく商いができるようになった今の生活に、関係がなかったわけではないので」


 紫雨は痛々しく笑う。


「話、続けますね? それで、母が亡くなったすぐ後の事です。私達姉弟に天狗の隠れ里からの使いが来て、私は次期当主の嫁に、弟は寺で妖術の修行をしないかという申し出がありました。正直、私達を捨てた父がいる里に行くのには抵抗があったんですけど、何しろ私たちはまだ子供すぎて。どう生きていけばいいのかわからなくて、結局その申し出を受ける事にしました。里の人たちからの当たりも強かったですし。隠れ里では、私は忌避されながらもそれなりの生活を送れました。むしろ母が生きていたころよりも良い暮らしをさせてもらいました。けど、その数日後、部屋を抜け出していた時に、聞いてしまったんです。大人たちが弟を始末しようとしているという事を。私、いてもたってもいられなくて、道もわからない隠れ里を、弟を探して探して走り回って、見つけ出して、そしてそのまま一緒に逃げたんです。追手が来るんじゃないかという不安の中、当てもなく彷徨ってるところに大和様が声をかけられて、今に至りました」


 双子は不吉の象徴だと云われている。もちろんそれは迷信だ。人間界にも昔はそのような話があった。けれど今では双子と不吉は関係ないと誰もが知っている。

 それなのに妖怪界では今ではそのような世迷言が信じられ続け、そのせいで彼らは居場所を失ったのだ。


「ありきたりな言葉しか見つからないんだけど、大変だったんだね」

「はい。大和様に出会うまでは本当につらかったです。けど、大和様に合って、私たちは救われたんです。事情を話した時、言ってくれたんです。双子がいると災いが起こるなんて迷信で、そんな世迷言を信じる人達のところから逃げ出したのは正解だったって。それで私達が独り立ちできるまで面倒を見てくださって、こうして職まで与えていただいて。大和様には感謝してもしきれないほどの御恩があるんです」


 大和の話になると、紫雨の表情は和らいでいた。大和への感謝が顔から溢れ出ている。その様子は崇拝の域に達しているかのようにも見えた。


「そっか。そんな状態からこうして、大和様からご指名をもらえる様な職人にまで成長したんだ。とても頑張ったね」

「はい!」


 努力を認められて嬉しいと顔が語っている。

 けれど輝いていたその顔が、何か思い出したようにはっとし、終いには怒られる子供のようにしゅんとしてしまった。いったいどうしたのだろう。

 そして恐る恐るといった様子で口を開いた。


「あの、お気づきかもしれませんが、弥彦様と会った瞬間、弥彦様の容姿があまりにも素敵だったので、恋仲になれないかなって思ったんです」

「……うん」

「けど実を言うと、その後すぐ恋愛感情より弥彦様と恋仲になれれば、何か大和様に恩返しができる機会ができるんじゃないかっていう打算の方が大きくなってたんですよ」

「え? そうなのかい?」

「はい。そうなんです」


 これであっさりと引き下がったことに納得がいった。大和との距離を縮め、恩を返すための踏み台にされかけていただけらしい。そしてそれは、大和が大切にしている撫子から奪い取ってまで果たすべき野望ではなかったようだ。


「その、撫子様との婚姻を弥彦様が望んでいないのなら、もしかしたら白紙に戻る可能性もあるかもしれないと思って。そう簡単に覆せる話じゃないって分かってるんですけど、機会がありそうか知りたくて、食い下がってしまいました。申し訳ありません」


 たいした事ではないのに謝られたのにも少々驚いたが、それよりもそこまでして大和との距離を詰められないかと考えていた事が何よりの驚きだった。

 紫雨の恩義に報いたいという執念には恐れ入るばかりだ。しかしそれは本当に恩義に対するものだったのか。


「ねえ、もしかして、大和様のことが好きだったりする?」


 途端に紫雨の目が丸く見開かれた。


「えっ、いえいえ、滅相もない! 私は純に、大和様に恩をお返ししたいだけですよ」


 焦りもせずけろりとした言い返しに、大和への思いは本当に恋愛感情ではなく崇拝なのだと納得した。


「そっか。変なこと言ってごめんね」

「いえ。こちらこそ、言動が紛らわしいみたいで。弟からも、『姉さんじゃ大和様には釣り合わないから、傷つく前にあきらめた方がいいよ』って言われてるくらいでして。どちらかというと私は弥彦様の方が好みですから」


 愛の告白ではない告白をされ、弥生は苦笑するしかなかった。

 しかしながら、面倒を見てもらった恩があるとはいえ、ここまで必死になる必要があるだろうか。弥生には店に並ぶ品を作り上げる腕を身に着けた事が、大和への恩返しになっているのではと思えていた。


「あのさ、そう力まなくてもいいと思うよ? 君はこうして側近の着物を君に任せようって思えるくらい、腕の良いの信頼できる職人になって、質の高い着物を納めてるんだから、それが恩返しになってるんじゃないかな?」

「そう、でしょうか」

「うん。僕も待ってる間、君が仕立てた服を見させてもらったけど、反物選びもしっかりしてるし、柄のある反物の裁断の選択もうまい。それに縫い合わせも刺繍もとても丁寧で、どれも良い品だって思った。だから大和様からの依頼を仕立てている時はお役に立ててるって、自信を持っていいと思うよ」

「あ……はっ、はい!」


 弥生の言葉に、紫雨は今日一番の笑顔を見せた。どうやらそのような視点は持ち合わせていなかったようだ。





「お待たせ」


 ずいぶんと話し込んだ後、弥生はようやく大和の元へと戻った。


「長かったな」

「ちょっと彼女と話をしていてね」

「余計なことを話していないだろうな?」

「大丈夫、だと思う」


 長話のせいで待たされたと知ったせいか、大和はずいぶんと不機嫌になってしまったらしい。眉間に濃いしわが寄った。


「あのぉ、大和様」


 店の入り口の方から、しわがれた男の声が聞こえてきた。

 同時に振り返ると、狐耳の生えた、高齢の容姿の男性が立っていた。男性は気後れしたような様子で、大和の返事を待っている。


「町長か。どうした?」

「大和様。2日ほど前にお出ししました嘆願書に、目を通していただけていますでしょうか? いつもでしたら、もうお返事が来ているのですが」

「すまない。婚儀の準備でここ数日確認が遅れている。急ぎなら今直接聞くが」


 町長は信じられない事を聞いたかのように目を丸くした。


「あれほど婚姻を拒んでいらっしゃったのに、ご婚姻を結ばれたのですか?」

「直前に破談になったがな」

「それは……」

「かまわん。それで? 何の嘆願だったんだ?」


 どうやら嘆願書に書かれていた内容はよほど深刻なものだったようで、村長の表情が曇った。よく見れば、どこかやつれた印象がある。


「ここ数週間で行方不明の者が多数出ておりまして。捜索に大和様のお力を、お借りしたいのです」

「何?」


 その深刻な問題を聞いた大和の耳が、ピクリと動いた。

 町長は苦々しい表情で、状況の深刻さを説明し続ける。


「はじめのうちは、森で狩りをしていた者が。深い辺りまで行って迷ったのかと、町の者で捜索部隊を作り、捜索しておりました。しかし、見つからないどころか、行方不明者は増える一方で、誰一人として戻ってきておりません。昨日も2名ほど。まだ住民には伏せている状態です」

「……今、行方不明者はどれほどになっている?」

「20人にのぼったかと」

「どの辺りの者に行方不明が多いかわかるか?」

「北の者です。周辺に出血したような臭いはありませんでした。ただ、鬼の残り香のようなものが」


 大和は何かに気が付いたらしく、苛立った様子で舌打ちをした。


「もしかしたら、別の集落でも出ているかもしれんな……おい、裕次郎!」

「はい!」


 店の前で待機していた裕次郎が、今日初めて従者らしい顔つきをしていた。一通りの事情は外で聞いていたのだろう。


「急いで屋敷に戻り、昭人に事情を伝え、腕の立つ者を中心に安全を注視した隊をできる限りの数編成し、この北の森周辺の捜索を行うよう伝えてくれ」

「日暮れまで時間はそう長くはありませんが、今からですか?」

「この件は急を要す。件の鬼の残党の仕業の可能性がある。もしかすると他の野盗と合流している恐れも考えられる。俺たちは先に捜索を開始する」


 裕次郎は顔を真っ青に染め上げた。そして、「はい」と焦りをあらわにした声で言うと、店の前で待たせていた自分の馬に飛び乗り、町中をかけていった。「急ぎです、道を開けてください」という声が、だんだん遠ざかっていく。


「弥彦、話した通りだ。すぐに北の森へ向かう」

「わかったけど、その前にもう少し説明をお願いしてもいいかい? 件の鬼って?」


 大和は「わかった」と頷いた。


「件の鬼とは昨日の話にも出たが、管桜の治める村を襲った鬼の野盗の生き残りだ。どの鬼も黒角で、どうやら取り逃した者達中に、頭目と思われる、黒の4本角がいたらしい」

「4本……しかも黒角か」


 鬼族には白い角の者と黒い角の者がいる。この風穂の町に住む鬼は皆白い角。生まれたばかりの鬼は皆白い角なのだが、ある事をすると角は黒く染まる。

 他の妖怪を食い殺し続ける行為だ。

 鬼も獣妖怪と同じように、妖力が大きくなるほど角の数が増えていく。鬼という種族は、他の種族とは違った、己を強化する方法がある。それが他の妖怪を食い、妖力を奪う事なのだ。

 普通に修行をし、己を高めた鬼は白いまま角は増えていくのだが、他の妖怪の妖力を奪い続けた鬼の角は黒く染まり、増える角も黒。鬼族の中ですら、黒角は厄介者扱いされている。

 黒の4本角ということはかなりの妖怪を食い殺している鬼だ。4本角と言えば、獣妖怪の6~8尾に匹敵する。今なら大和がいれば始末できるだろう。けれど、5本角になれば、実力は9尾の大和と互角になってくる。もし本当にその残党が自己の強化のために妖怪を集めているとすれば。

 手が付けられない事態になる前に、すぐにでも手を打つべきだ。


「そうだね。できることならすぐに片付けるべきだ」


 大和と弥生は店を飛び出し、それぞれの馬に跨った。


「紫雨、俺たちはこのまま任に当たる。こいつの着物は仕立てた物以外に、明日にでも2着ほど見立てて、屋敷に送っておいてくれ」

「かしこまりました」

「あと、雨音。先ほどの件も頼んだぞ」

「はい、大和様!」


 大和が馬に走れと指示を出し、北の森へとかけていく。その後を弥生も追いかけた。

 鬼が妖怪1匹食べたところで手にできる妖力はごくわずか。4本から5本になるにはかなりの数の妖怪を食い荒らす必要があると、弥生は以前世話になった、とある白の5本角の鬼に聞いた事があった。それこそ何百年も食べる行為を続ける必要があるほどだと。そう簡単になれるものではないと。

 そしてその鬼にこうも言われた。


『いいかい。黒角の鬼を、絶対に5本角にしてはいけないよ。そんなことをやり遂げてしまう鬼はすぐに、白の5本角の我々でも敵わない存在になってしまうだろう。その鬼が率いる鬼の勢力も強固なものになり、妖怪界を牛耳ろうと動き出すかもしれない。そんな鬼を鬼族の頂点に置くわけにはいかないんだ。わかるだろう? 君なら可能性があると思ったから、私は君に託したんだ。そんな災いの種を見つけたら、真っ先に摘み取ってほしい。それが私への一宿一飯の恩義としてくれ』


 なかなかに難儀な恩義を押し付けられてしまったが、一宿一飯どころではないものを、彼からはもらってしまった。彼に恩を返すためにも、その鬼が5本角になる前に始末しなければならないのだ。

 弥生は嫌な胸騒ぎを抱えつつ、馬を走らせ続けた。

 お読みいただきありがとうございました。

 普段心掛けている文量の倍になりました。お待たせした分、この1話に読みごたえがあればと思います。

 次回からはちょっと慌ただしい? 展開に入ります。お読みいただいた方はわかっていると思いますが、事件解決に動きます。ざっくりした展開は考えているので、それを一生懸命文章に起こしていきたいと思います。まだ1文字も書いてませんが、出来たら更新ということで。

 でわ、また次回!

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