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15.天狗の仕立て屋

 当初の目的地だった仕立て屋に着く頃には、様子のおかしかった大和も、いつもの雰囲気に戻っていた。道中、大和が深刻そうにしている間は、声をかけたそうにしていた町の妖怪も、気を使って心配そうにしながらすれ違うばかりだった。

 大和の馴染みだという仕立て屋“狗衣(いぬごろも)”に着くと、大和は店内に向けて声をかける。


「邪魔するぞ」


 店内には誰の姿もなかったけれど、客の声を聞きつけた店の者が、「はーい」と返事をしながら、店の奥から現れた。背に小振りな美しい漆黒の翼を背負い、長い髪を後ろの高い位置でまとめた、美しい顔立ちの若い女性だった。おそらく珍しい女天狗だ。天狗は男系で女性はあまり生まれないと聞く。


(あれほどの女天狗なら、天狗の里で大切に囲われているだろうに。何故こんな所に?)


 弥生は、天狗と全く関係のない大和の領土で、商いをしている彼女の姿に疑問を持った。それに、背の羽が小振りさも気になる。あれでは空を飛べないだろう。

 女天狗は大和の姿を見るなり慌てた表情で、草鞋を履いた。


「大和様⁉ どうされたのですか⁉ わざわざ来ていただかなくても、お呼びいただければすぐに参りましたのに」

「近くを通ったついでだ。それに、今日は仕立ての依頼だけでなく、すでに出来上がった物が2,3欲しい。この者用にな」


 大和に顎で指された弥生は、女天狗に向けて軽く頭を下げた。

 女天狗は顔を上げた弥彦と目が合うと、例に倣ったように呆けたような顔で頬を染める。


(……またか)


 この反応、いったい夫が生きていた頃から何百回見てきたことか。

 弥生は笑顔を浮かべながら、内心ため息をついた。ありえない事だが、実は夫は人間ではなく、女性を魅了する妖怪だったのではと思えてしまう。弥生の胸に、チリリとした不快感が過ぎった。

 女天狗はすぐに我に返り、頭を振って邪念を払うような仕草をすると、商売人の笑みを浮かべる。


「初めてお会いしますね。私、この店の店主をしております、天狗の紫雨(しぐれ)と申します」


 弥生も紫雨の自己紹介が聞こえて、気もそぞろになってしまっていた意識を、目の前の女性に向ける。


「猫又の弥彦です。昨日大和様にお声をかけられ、側近として仕えることになりました」


 途端に、弥生は既視感のある、獲物に狙いを定められたような光を内包させる視線を感じた。


「まあ。大和様に? それは、よほど優秀なお方なのですね」


 紫雨は胸の前で両手の指先を揃え、女性らしさを前面に押し出し、尊敬しますと体現している。

 彼女は大和の馴染みの店の店主だ。下手な拒絶の態度も取れず、向けられるあからさまな態度に、弥生はどう返すべきか少し悩んだが、結局その感情には触れないという無難な結論を出した。


「そう、なんですかね? 柳之宮の屋敷に住む方々からもそんな感じのことを言われて」

「ええ。大和様の屋敷はお付きの方どころか女中であっても、優秀な方しか雇っていただけないって有名なんです。募集なさる事もあまりありませんし、あっても試験が厳しいと。それを大和様直々にご指名いただけるという事は、すごいことですよ」


 確かに大和の屋敷はどの役割の者をとっても、精鋭ぞろいだと思う。そうだとすると、それは紫雨にも当てはまる事なのではないだろうか。


「ということは、あなたも優秀な仕立て屋さんなのですね」

「え?」

「だってそうでしょう? 大和様が贔屓にしているということは、あなたの仕立ての腕は一流ということだ。そんな方に着物を仕立てていただける機会を得られるなんて、僕は幸せ者だ」

「そんな、幸せ者だなんて……!」


 どうやら言葉の選択を間違えたようだ。弥生の元夫は相手のやる気を引き出すように褒めるのがうまかった。弥生は夫ならばこんな言い回しをするだろうと予想して称賛したのだが、彼女の好意を煽ってしまった。

 紫雨は両手を頬にあて、浮かれ顔で体をくねらせていてる。

 この惨状に見かねたらしい大和が、不機嫌そうに弥生と紫雨の間に割って入った。


「1つ言い忘れていたが、こいつは撫子の婚約者になる予定だ」

「ええっ‼ 撫子様の⁉」


 驚いた紫雨が視線を向けてきたので、弥生は「そうなんだ」と苦笑して返事をした。

 それで諦めがついたらしい紫雨は肩を落とした。さらにそこに大和のとどめが襲いくる。


「だから諦めろ」

「……そういう事でしたら、仕方ないですね。あの方に勝てるとは思えませんし」


 紫雨は残念がる視線を弥生へと送ってくる。弥生は一応申し訳なさそうに「ごめんね」と声をかけるが、内心は諦めてもらえたことに安堵した。

 彼女がどこまで本気だったのかはわからない。ため息をついた紫雨は、気を取り直し、職人の顔をしていた。


「それでは、まず弥彦様の寸法を測らせていただきますね。できるだけ正確に測るため、着物を脱いで測らせていただきたいので、お部屋の用意をしてきます。よろしければ、お待ちの間に今日お持ち帰りになる着物をお選になられていてください」

「ええ。そうさせてもらいますね」

「では、少々お待ちください」


 そう告げると紫雨は、そそくさと店の奥へと消えていった。

 弥生は言われるままに、店の中にある着物を物色し始める。さすがは一之宮家御用達の店。縫い目の丁寧さはもちろんのこと、おそらく反物も品のある上等の者を使っている。

 支払いは一之宮が持つとは言っていたが、さすがに値を気にせず、好き勝手に選ぶ図太さは弥生にはない。少しためらいながら眺めていると、どうにも視線を感じるような気がした。その方を見ると、大和がじっと弥生のことを見つめていた。なんとなく軽蔑に似た感情をはらんだ目だ。


「なにかな?」

「……たらしめ」


 なんとなく予測はついていた。好意を向けてくれている相手に対する言葉としては不適切だったと、自分でも思っていた事へ向けた、遠慮のないの指摘がぐさりと突き刺さる。


「うっ……そっ、そんな目で見ないでくれるかな。僕は思ったことを言っただけで、そういう意図は全くないから」

「ふん。天然のたらしか」

「天然って……」


 大和は不機嫌だ。これ以上言い訳を重ねても聞く気はないだろう。


「はあ……もういいよそれで」


 弥生は不機嫌な大和を放って、店に並ぶ折り畳まれた着物を、再び物色し始める。

 色合いを見ながら横に横にと進んでいくと、衣桁に掛けられた薄い紫色の着物に視線が流れた。腰辺りから裾にかけて、綺麗な藤の花の刺繍がなされている。弥生はその着物に、目が釘付けになった。


「それは女性ものの着物ですよ?」


 採寸の準備を終えたらしい紫雨が、いつの間にか背後に立っていた。それに気が付かず、着物を眺めていた弥生は少しどきりとする。


「あ、ああ。そうだよね。いい色だなと思って。藤の花の刺繡も素敵だ」

「ありがとうございます。そちらの刺繍も、私が手掛けたんですよ」

「へぇ、そうなんだ。すごいなぁ」


 着物自体1つ1つ丁寧に縫われた良い出来の品物だ。主張を抑えられて入れられた刺繍の藤の花も美しく、ずいぶんと手間暇をかけた1品であることは素人ながらにもわかる。

 今女性の姿になれるのなら、袖を通してみたい。そう思えた。きっと、今はもういないあの人も、見惚れながら似合っていると言ってくれるはずだ。


「よろしければ、そちらの色の反物でお仕立てしましょうか? 藤の花の刺繍も入れて。あ、でも、大和様のお付きとなりますと、あまり目立つようには、お入れできませんが……」

「え……? あー、もしかして……」


 弥生はやはりそうなのかと納得した。

 柳之宮の屋敷や管桜の屋敷内を見て感じていた事があった。おそらく大和の治める御家は、植物の柳を一族の象徴とし、家名に柳の名を入れ、屋敷内にも柳の装飾を施している。そして柳之宮の補佐を務める一族もその1文字を頂くのだろう。昭人の一族は柳之宮を補佐し続けている一族で、柳の名を賜り、一柳を家名としている。

 撫子の実家、管桜はおそらく桜が象徴だ。そう考えると、もしかすると藤の花を象徴としている家門があるため、柳之宮の側近の者が藤の花の刺繍を入れた着物を、堂々と着るわけにはいかないのかもしれない。

 弥生は残念そうに首を横に振る。


「……いや。僕にこんな淡い色は似合わないよ」

「そうですか? 弥彦様でしたら、着こなせると思いますけど」


 紫雨は、弥生があまりにもまじまじとこの着物を見ていたため、この配色が気になっていると思っているのだろう。まさにその通りなのだが、今選ぶべき色はこの顔の持ち主が好んで着ていた色の着物だ。


「ありがとう。でも、僕がこの着物を見ていたのは、ただ昔こんな色合いの着物を着た妖怪(ひと)を、見たことがあったのを思い出したからなんです。ここまで上等な着物ではなかったけど」

「そうでしたか。それは、出過ぎた事を申しました」


 紫雨が頭を下げたものだから、弥生は申し訳なさそうに笑って声をかけた。


「いや、かまいませんよ。えーっと、じゃあ、僕の着物色は青に近い色でお願いしてもいいですか? 薄すぎる色やあまり重たい色じゃない方がいい。袴はそれに合いそうな色の物を。反物選びもお任せしたいのですが」


 今選ぶべき色は、自分が着たい色ではなく、夫が好んで着ていた着物の色。青みのある色こそ、その色だ。

 紫雨はいつの間にか手にしていた紙の束に、弥生の今の言葉を筆で書きつけていた。さすが職人だ。一通り書いたのか顔が上がった。


「かしこまりました。では寸法を測らせていただきますので、こちらへどうぞ。大和様はこちらでお待ちになられますか?」

「ああ、そうさせてもらう」


 弥生は紫雨に招かれ、下駄を脱いで店の奥へと向かった。

 途中で紫雨に似た男天狗とすれ違った。顔つきが似ていたため姉弟だろう。紫雨に代わって店番をするために表へ出たようだ。

 お読みいただきありがとうございます。

 旧ツイッターではぼそりと呟いたのですが、15話はここまで書くぞと心に決めた場面に向けて書き続けていたのですが、途中で文字数見たら、まだ書き終わってないのにこの文字数は多すぎだわと思ったので、分けることにしました。本当はこの15話でもうちょっと引きの強い終わり方をしたかったです……(実際に引きが強いのかはわかりませんが)

 次回更新で本来今回分で進めたかったところまでを更新したいと思います。完成したらの更新で。

 でわ、また次回!

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