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14.狐の治める町

 撫子の婚姻話に決着がつくと、管桜の当主の勧めで、大和と弥生と裕次郎は昼餉を馳走になることになった。大和とは別の部屋に案内されるのかと思いきや、弥生と裕次郎の昼餉も同じ部屋に用意されていた。横一列に置かれた膳の前に、上座から大和、弥生、裕次郎の順で座る。管桜の当主は大和と向かい合わせに置かれた膳の前に腰を下した。

 弥生は出された膳の上にあった椀に箸をつけながら、伯父との会話を楽しむ大和の様子を横目で窺った。

 大和の方が上の立場のため、管桜の当主の口調は謙ってはいるものの、それを除けば2人の関係は仲の良い伯父と甥に見える。

 裕次郎はというと緊張しているようで、硬い表情をして黙々と箸を動かしている。もはや食べるというより作業に近い。それに気がついてしまった弥生は密かに苦笑した。

 食事を終え半刻ほど経つと、大和は開かれた障子の先に広がる空を見上げた。まだ青い空が広がっている。


「伯父上。今日はこの辺りで失礼させてもらおうと思う」


 大和がそう言うと、管桜の当主が残念そうに眉を下げた。


「もう帰られるのですか? 夕餉の用意も言いつけていますし、お泊りになりませんか?」

「すまない、伯父上。撫子にこいつを早く帰してくれと言われていてな。それに帰りに風穂(かざほ)の町に寄る用事もあるんだ」


 風穂の町というのが、崖の上から見下ろしたあの大きな町の名だろう。

 管桜の当主は残念そうに微笑んだ。


「そうですか。お互い忙しい身ですし、せっかくならと思いましたが、そういう事でしたら仕方ない。私としても、ここで引き留めて、娘に嫌われたくはないですからね」

「撫子の婚約が正式に決まった時、再び宴を開こう。そうすればゆっくり顔を合わせるだろう。撫子ともな」

「そうですね」


 管桜の当主の視線が弥生へと向けられる。


「弥彦殿と言ったかな?」

「はい」


 突然の視線に弥生の体には緊張が走った。それが伝わってしまったらしく、管桜の当主はふっと笑い雰囲気を和らげた。


「まだ貴殿と昭人殿のどちらが、撫子の夫として相応しいか決めかねている状態だけど、撫子の事、頼んだよ」


 彼は当主という立場を除いてしまえば、心根の優しい、娘思いの良い父親だ。

 彼ら親子の希望に添える自信はなかったけれど、それでも弥生は彼ら願いを踏みにじるような事はしてはいけないと、真剣に頷いた。


「はい」

「くれぐれも、泣かせることのないように」

「はい。それも、わかってます」


 弥生がはっきりとした言葉で答えると、管桜の当主は優しい顔で笑う。大和よりも初対面の好感を持てた。





 管桜の屋敷の外には、先に動いていた裕次郎が、管桜の従者と共に弥生達が来るときに乗っていた馬を連れ、大和と弥生が出てくるのを待っていた。大和と弥生は馬を受け取ると、すぐさまその背に跨り、遅れて裕次郎も跨った。


「それでは伯父上、また」

「ええ。撫子の事、よろしくお願いします」


 大和は静かに頷くと、馬に指示を出す。弥生と裕次郎も後を追い、3人は風穂の町に向けて馬を走らせた。

 来る時とは違う道を通っているはずだが、変わり映えのしない森の景色が続き、通った事のない弥生にとっては本当にあの町に向かっている道なのかわからない。

 走り続けていくと、木々が徐々に後退しはじめ、ようやく広い道らしい道に出た。さらに少しして、道の先に密集する家々が見え始める。間の通りには、多種多様の子供から老いた妖怪達が行き交っている。

 町に入ると大和は馬から降り、さっさと歩きだす。弥生と裕次郎も降り、大和の後を、馬を引きながら追いかける。その身で感じる風穂の町の空気は、これまでにないほど肌を震わせた。

 者を売り買いする賑やかしさに、入り混じる食欲を駆り立てる香り、妖怪界では見ない品々、そして会ったことのない姿形の妖怪達。すべてが新鮮だった。


「あっ! やまとさまだぁ!」


 母親と歩いていた狐の少年が、大和の姿を見つけるなり、目を輝かせながら疾走してきた。その後を慌てて母親が追いかけるけれど、間はどんどん開いている。

 大和の前で止まった少年は、まだ背丈も大和の腰ほどの大きさしかなく、顔もあどけない。


「こんにちは、やまとさま! きょうはおしごとできたの?」

「いや。今日は買い物だ」

「そうなの? あっ! あのね、ぼくね、おっきくなったら、やまとさまの」


 そこでようやく母親が追い付く。


「こら! こんなところでいきなり走り出しちゃだめでしょ!」

「だって、ぼく、やまとさまにきいてほしいことが」

「そうだとしても、妖怪(ひと)が多いんだから、ぶつかったりしたら危ないでしょ。それにあんた足早いんだから、はぐれたらどうするの、もー。すみません大和様。うちの子がお邪魔をしてしまって」


 母親は申し訳なさそうに、ぺこりと頭を下げる。

 少年はというと怒られた事に不貞腐れたようで、口を尖らせている。急ぎたくなるほど、大和に聞いて欲しい事があるというのに、それが伝わらないという、もどかしさもあるかもしれない。

 その姿を横目で見た大和もそう感じ取ったかもしれない。少年の頭をくしゃりと撫でた。


「今日は視察で来ているわけではないから時間はいくらでもある。それに、民と話をするのも仕事のうちだ。視察で訪れた時でも、何か言いたいことがあるのなら話しかけてくれてかまわん。長くは時間は取れないが、些細な事でも、その中に領地をより良く治める手掛かりがあるかもしれないからな。それで少年。何か言いかけていただろう? なんだ?」


 大和が尋ねると、少年は再び目を輝かせ、大和を見上げる。


「あのね、ぼく、おっきくなったら、やまとさまのそっきん? になりたいんだ。だからね、まいにちいっぱいはしって、けんのおけいこもがんばってるの。おっきくなるまでがんばったら、やまとさまのそっきんにしてもらえる?」

「側近か。そうだな。約束はしてやれないが、努力を続けていれば指名してやれる時が来るかもしれないな」

「ほんと⁉ じゃ、じゃあ、ぼくがんばる! やまとさまをまもれるくらい、つよくなるから!」


 鼻息荒く意気込む少年を見て、大和の口角がふっと緩く上がる。


「ああ。楽しみにしている。だがな、側近になるには頭も良くなくてはならないぞ。善悪を自身で判断し、時には主人の間違いを止める必要もある。だが普段は目上の者には敬い、その言葉には最善の形で従えるようでなければならない」


 少年はぎくりとからだを縮こまらせた。難しい言い回しにもかかわらず、何が言いたいか、小さいながらに察したようだ。


「勉学にも励み、母君の言う事もしっかり聞くんだぞ。たいしたことではないと思うような事の中にも、側近になるために必要な知識や礼儀は多い」

「……うん、わかった」


 少年は少ししょんぼりしながら頷く。そんな少年の頭を、大和は励ますようにぽんぽんと軽く撫でるように叩いた。するとしょんぼり顔はあっという間に笑顔になる。

 長年撫子の相手をしてきただけあり、大和は子供の扱いがうまい。撫子が兄様兄様と大和の事を慕っている理由を垣間見たような気がした。


「それでは、俺たちは行くところがある故、失礼する」


 大和が立ち去り際そう言うと、母親狐はぺこりと頭を下げて大和を見送る。少年狐も大和に言われたことを早速実践しようとしているようで、母親に倣って頭を下げていた。

 今の一件でも感じたが、大和と町の住人達の関係は良好のようだ。数歩歩けば、すれ違いざまに一言二言声をかけられる。大和はそっけない態度なものの、声をかけられれば必ず言葉を返していた。

 実際に大和以外の家門の当主を間近で見たことはないけれど、これほど好かれている当主も珍しいのではないだろうか。もしかすると、良好な関係だからこそ、この町はここまで発展したのかもしれない。本当にどこもかしこも、ほかの領地の村や町にはない華やかさであふれている。

 大和の少し後ろを歩いていると、懐かしい香りが漂ってきた。こちらの世界で嗅ぐことはないと思っていた香りが気になり、あたりを見回す。


「弥彦、これから行く仕立て屋は、既に出来上がった着物も置いているから、採寸後に2,3着好きなのを選んで、着替えてから帰れ。いいな」


 弥生は香りの正体が、本当に自分が思っていたものなのかという疑問にとらわれ、話しかけられていることに気が付けなかった。大和に許しをもらって、久々に食すのもいいのではと思ってしまった。けれど、撫子が待っている。あまり時間をかけてはいられない。

 返事をしない弥生に、大和は苛立つような声を出した。


「おい、弥彦! 聞いているのか!」

「あ、ああごめん」


 弥生が慌てて答えると、大和の眉間に皺が寄った。声から主人を放って周りに気を取られていた事に怒っていると思ったが、どうも今の表情は怒っているというより、訝し気といった表情に近い。


「そんなに夢中で見回すほど、気になるのか? この町が」

「そうだね。多種多様な妖怪がたくさんいるっていうのも珍しいけど、和の国の料理じゃない、中華や西洋の食の香りが漂ってるのってかなりに珍しいよね。人間界で食の修行した妖怪を、進んで招き入れているのかな?」


 妖怪界は人間の恐れや恨み、畏怖や呪いの念から誕生した、裏側の世界と云われている。故に妖怪たちは、自分たちが暮らす世界を妖怪界と称するのに対し、表側の世界を人間界と呼んでいる。

 妖怪界というのは、人間界に文化の違う地域があるように、それらの地域の対となる、いくつかの世界に分けられているそうだ。もしかしたら別の世界は妖怪界などとは呼ばれていないかもしれない。そして創造された当初の対の地域の文化の影響を色濃く受けている。

 弥生達のいるこの妖怪界は、人間界の和の国の対になる世界で、和の国の昔ながらの衣食住を主とした暮らしぶりをしている。

 しかし時の流れとともに、景色は変わっていくものだ。和の国も他の国の影響を受け発展し、がらりと景色を変えた。けれど妖怪界はその時代の流れに逆らうがごとく、過去の和の国の姿を保ち続けていた。

 対と言われる人間界が変化しているのに、対といわれる妖怪界が変わらないのはなぜか。それは、多くの妖怪が人間界にさほど関心がなく、変わる事を敬遠する傾向にあるからだ。

 習性上、人間にちょっかいをかけるために出向く者や、人間に呼ばれ不本意に出向く者が稀にいるけれど、どの妖怪も今の和の国の姿を見ても「昔と変わった」とか、「全くの異世界だった」という感想を冷静に述べるくらいで、積極的に人間界に関わろうとする者はほとんどいなかった。故に昔の和の国になかった料理というのは珍しい、というよりも妖怪界では得体のしれないものなのだ。

 にもかかわらず、弥生が香りの正体と、大和が推し進めている事を言い当てたからか、大和は少し意外そうな顔をした。


「よくわかったな。和の食事ではないのに」

「まあ、伊達に長く人間界で生活してないからね」


 弥生は人間界で生まれ、今まで人間に紛れてのらりくらりと暮らしてきた。別に人間のやる事に関心があるわけではないのだが、ただそれが人間の夫を亡くした弥生にとって、自分への慰めだったからそうしてきた。おかげでそこらの妖怪よりは人間の文化に詳しい自信はある。

 それに、いくら妖怪が今の人間たちの暮らしに関心を向けないといっても、全員が全員そうというわけではない。弥生のように人間界で長い時間を過ごした者も、少数派とはいえ、いるにはいるだろう。


「むこうでしか嗅いだことのない香りのする食事処がこんなにもあるんだから、そういう事なんじゃないかなって。人間界と妖怪界を行き来していれば、和の国の人間が他の国から取り入れた食文化に興味を持って、作ってみたいと思う者が少なからず出るのも当たり前。けど、保守的な考えが濃いこっちでは、新たな文化は敬遠されがち。折角得た技術を披露したくとも、行動に移せる者はそうそういない。店を開くには金がかかるし、下手をすれば変わり者の烙印を押されるから。大和様はそんな彼らに場所と機会を提供してあげたってところじゃないかな? うまくいけばいい噂が広まって、領土の活性化にもつながるだろうしね」


 土地の長である大和が先導するのならと、意を決して自身の願望を叶えようと動く者は少なからず出てくる。そうなれば、はじめこそ敬遠されるだろうが、軌道に乗れば良い方へと転がると大和は踏んだはずだ。

 すべての妖怪が保守的というわけでもない。変わったものを好む者たちが良い噂を広めてくれさえすれば、興味を持った妖怪が集まり、金も動く。結果栄えた町が出来上がる。和の国も、そうして今の栄えた姿へと、姿を変えていったのだ。

 大和の口角が明らかな角度で上がった。


「やはりお前を側近にして正解だったな」

「評価してもらえたのなら、嬉しいよ」


 愛想笑いを浮かべていると、弥生の視界に大和の姿の向こうにある、洋菓子を売る店が入ってきた。この町では、既に洋菓子は受け入れられているらしく、何人かの女性が店先の椅子で果実の入った洋菓子を楽しんでいた。

 弥生はその店に貼られた品書きの中の、大きな栗の乗った“もんぶらん”の絵に意識が向いた。

 栗は夫だった男の好物だ。秋になると大きな籠を担いで山の中へと入っていたものだ。そして毬栗を2人では食べきれないほどの山にして持ち帰り、大量だと嬉しそうに笑う。そんな彼の優しい笑顔が、今でも栗を見ると浮かんでくる。


「せっかくだ。甘味でも食って行くか?」

「え?」


 弥生は大和の突然の提案に驚いた。けれどすぐに自分が甘味処を凝視していたから、食べたいのだろうと勘違いされていることに気が付いた。よく見ているが、大和にしては珍しく勘を外している。

 弥生は勘を外された事にほっとした。それと同時に、心を読まれなかったことに気をよくして、なんとなく意地悪を仕掛けてみたい気分になった。


「うん、いいね。と、言いたいところだけど、撫子さんを放って大和様と逢瀬はできないかな。ばれたら怒られそうだ」


 冗談交じりに告げると、何故か大和は真剣に考え始める。


「逢瀬……」

「じょ、冗談だよ。だからそんな深刻な顔をしないでほしいかな。そうだ。今度、撫子さんも誘って、あっ、あと昭人君も。4人で来ようよ?」

「あ、ああ、そうだな」


 大和は何故か安堵していた。いったい何を考えていたのか。

 そんなやり取りをしていると、裕次郎が口を軽く開けたまま、目をぱちくりさせていた。


「なんだ、裕次郎。何か言いたげだな」

「いえ、たいしたことではないんですけど、大和様がご自分からそのように誘われるのが珍しかったので」

「そうか?」

「はい。視察の際はもちろん、撫子様と外出された時も、撫子様にお願いされない限り、甘味処へ行かれた事はなかったと思います。そもそも、大和様は甘味を所望されること自体ほとんどないです」

「そうか……」


 再び大和は深刻そうに考えだし、そのまま歩きだしてしまった。

 大和の奇行に、どうしたんだろうと、弥生と裕次郎は顔を見合わせたのだった。

 お読みいただきありがとうございます。

 お久しぶりになってしまいました。この後の展開を既にざっくりと考えていたのですが、それを頭の中で場面を流していたら、「展開が無理やりすぎる!」という考えに至ってしまい、いろいろ修正点を考えていたらキーボードをたたく指が止まってしまってしまいました。3代目PCが危篤状態になり、4代目への入れ替え作業もする羽目になりましたし……言い訳ばっかりです。またもそもそ続きかくので、出来上がったら更新します。

 でわ、また次回!

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