1話 罪と罰
2011年3月
車窓から流れる初春の海辺の風景を楽しみながら俺は海岸の岩場で待ち合わせしている松田瑠衣の清楚な白い顔を想い浮かべて、若者らしい期待から下半身を膨らませていた。
中学時代の瑠衣はメガネの似合うスレンダーな娘で、永遠のコメットさんこと往年のアイドル「大場久美子」を彷彿とさせる儚げな雰囲気からオタクや陰キャ男子達からの人気をほぼ独占していた。
今から2年前、俺は親父の転勤によりシンガポールよりこの東北沿岸部の町の中学へ転入したのだが、元来のボッチ体質の上、洗練されたクールな風貌とが田舎のヤンキー達に《《アイデンティティの危急》》を感じさせた様で、転入早々、連中と一悶着あったりと、高校受験を控えたクラスの中でかなり浮いた存在となっていたのだが、「委員長」こと松田瑠衣とESSの要杏子の2人だけは俺に優しくしてくれた。
まあこのタイプの異なる女子の2トップが概ね俺に好意的だったことは余計に俺の立場を《《微妙》》にしていたのだが。
そして先月、海辺のホテルのプールで再会した瑠衣は少し垢抜けて大っぽくなり、その身体にも少し丸みを帯びたラインが加わって《《女オタク》》を自認する俺から見ても、是非一度お手合わせ願いたいと思う様なイイ女になっていた。
最近、メスの交尾本能を司るヤコブセン器官を刺激するある種の匂いを分泌出来る様になったせいで、浮ついた女出入りには事欠かなくなり、口の悪いクラスメートなどからは「性の神童」などと陰口を叩かれる始末だが、やはりというか瑠衣ともその日のうちに甘い関係を持つに至った。
瑠衣はとうに処女でなく、その甘い吐息と吸い付く様な肌が真っ赤に染まる様はこのところ溜まっていた俺のストレスを綺麗に霧散させてくれた。いわゆる肌が合うと言う奴だ。
因みに俺の局部には人間には無いはずの陰茎骨と言われる軟骨が生じており、これによって相手の好むポジショニングに動かせる他、先端部から一種の媚薬成分を分泌出来る。それが粘膜から吸収されると全身が性感帯となると言ったメカニズムなのだがそれは習慣性が強く、付き纏われるのが苦手な俺としては、余程気に入った相手でなければ3度までしか付き合わない事にしている。
瑠衣とのピロートークで放心状態の瑠衣に俺に近づいた理由を聞いてみたが、その理由は付き合っている男と俺とをかち合わせ、男から解放される事だったようだが、極上の麻薬ともいうべき俺の身体を知ってしまった以上、そんな駆け引きは既に何処かに行ってしまっていた。
やがて人気のない無人駅のホームに電車が停まり、俺は改札を出た。
シーズンオフという事もあり閑散とした海岸をバックにした駅前広場で俺を待っていたのは瑠衣ではなく、革ジャン姿のイカつい3人組だった。
そのうち俺を見て頷くのは中学時代のより俺と些か因縁のあった「金本光」だ。
身長が186センチあり、また体重100キロ近くありそうな巨漢だが、ジーパン越しにもその鍛えられた足腰の強さがよく判る。
柔道推薦で隣県の高校に行ってからも、そのやんちゃ振りは依然健在で、昨年の沖縄でのインターハイを終えて帰省した際には兄と2人で地元の暴走族を締めたと言う話は聞こえて来た。
そして光の後ろでラスボスのように凄みのある笑いを浮かべている短髪の男が地元半グレチーム「グランドスラム」のリーダーであり件の兄の雄一だろう。
そしてもう一人、一見して危険人物と分かる薄い色のサングラスを掛けた頬骨の張った年嵩の男。
カラスやドブネズミの様に魂が退化した者に特有の「ドス黒いオーラ」を全身より放っており、まあ頼まれても近づきたくないタイプの輩だ。
そう言えば昨年、グランドスラムと敵対するグループのリーダーが何者かによって街外れの別荘に拉致され、ガレージにあった万力で両手の指を潰されるという凄惨な事件が起きたのだが、未だ犯人は捕まって居らず、仮にこの男ならそう言う事を容易くやれるだろうと俺は直感した。
何故そんな事を思ったかと言うと、昨年売りに出されていたその《《事故物件》》を親父が格安で購入して今俺はそこに住んでいるからだ。
また俺の曽祖父は満州赤十字の医師で、敗戦後の九州で朝鮮半島から引き揚げてくる際に乱暴され妊娠した女性達が脱胎するための保養所で働いていた事があり、連中の性質について度々聞かされていたし、また親父の仕事柄、俺も半島人について少々勉強した事がある。
実は在日の多くは朝鮮戦争時に韓国軍よる済州島住民への虐殺行為から逃れて密航してきた者やその子孫たちがその多数を占めるのだが、南北の半島政府と連携した反日マスコミは彼等を強制連行による被害者の子孫達だとでっち上げ、賠償だの謝罪だのと日本の国力を削ぐのに余念が無い。
だが対する保守政党でも実は裏では韓国の反共カルト宗教と深く結びついており、教団が詐欺行為で日本人信者から巻き上げた年間500億円を超える円が国外に持ち出され、アメリカの兵器産業に投資されたり反日活動に使われていても見ぬ振りをするばかりか、警察の摘発に対してストップを掛けている様な有様だ。
そもそも彼等が甘い汁を吸えているのは日本の繁栄があってこそなのに、日本の足を引っ張る行為ばかりして未来に一体何を残そうとして居るのだろうか?
また俺の《《感覚》》が教えてくれるが、近くに連中の伏兵はいない。
「安樂、元気そうだな。沖縄以来か?」とにこやかな光から声が掛かる。
「性格でも変わったのか?そのフレンドリーな口ぶりは。」
俺が言うと、光はニヤリと笑い、「ご挨拶だな、だが普段クールぶったなお前も女が絡むととんだ間抜けだな、瑠衣ならこないぜ」とドヤ顔で言った。
「へえ、《《お家芸の拉致》》でもしたのか?」
俺が言うと、「あいにくアイツは俺の女だ。最近少々鼻について来たが。」と光が再びドヤ顔で言った。
「そうかい《《兄弟》》、だがアレはお前さんの手に余るぜ。」俺が答えると光が何か言おうとするタイミングで雄一がスッと前に出てくると「お前が《《サソリ》》とかいう奴か。随分モテるんだってな?キャバクラに行く参考までにどうやったらモテるのか聞いてもいいか?」と言う。
「キャバクラに行った事は無いが、朝、思い切ってお早よう!と言ってみるとか、電車の時間を合わせるとか、まあそんな感じさ。」
「あたり前だろう、そんな事は。」光が苦笑するが
「ああ、当たり前の事が大事さ。」俺は答えた。
雄一は頷くと「成る程、今後の参考にさせてもらうとして本題に入ろう。お前、岩野から何か預かってる物があるだろう?」
「知ってると思うが、岩野はうちの店で打ち子をやっててな、裏金を作って持ち逃げしたのよ。まあ他にも色々とやらかしてな。」
《打ち子とはパチンコもしくはスロット店側に雇われて、景気のいい優良台でプレイする、いわゆるサクラのことだが、中には意図的に脱税行為などの違法な裏金作りに従事している様なケースもある。》
岩野歩こと「イワノフ」は「高専」のゲームサークルの先輩で、俺の数少ない友人だった。
岩野はバイト先のパチンコ屋の店長の湯田の下で裏金作りに加担していたが、それが店側にバレると湯田は行方をくらませた。そして羽振りの良かった湯田が岩野の名義で所有していたベンツGクラスを留学の資金にする為、安く買わないかという話が先月岩野からあり、結果その車は親父が引き取り、岩野はその後消息を絶っていた。
「まあせっかく会ったんだ。話が早い、要は岩野か湯田から預かっているものを返してもらえないかという話よ。」雄一が言った。どうやら奴の中では俺と湯田と岩野とはお仲間らしい。
「そうか、だがその《《ユダ》》っていう人に面識はないし、土台人には近づくなと親父に言われていてね。」
俺が冷たく答えると雄一はイラっとした様に顔を顰める。
「テメエ、舐めてんのか!わかってるんだろうな!?」とキレた光が被せるようにまくし立てるが、オーラのパターンから意外と冷静だと分かる。
そこに兄の雄一が余裕を見せる様に左手を挙げ、「まあまあ」と弟を制止した。事前に申し合わせがしてあったかの様な「怒る弟をなだめる兄」という昔のヤクザみたいな兄弟コントに俺は笑いそうになった。
「水を刺す様だが下手なコントは時間の無駄だ。」というと光は今度こそ本気でキレて「はあっ!何だとっ!」と掴み掛かってきた。
普通ならこのアウトロー兄弟に凄まれたら、ビビって足が竦むのかも知れないが、ヒグマを相手に奴等が凄んだ所でそれがヒグマの視点で何の脅威になるだろうか。むしろエサにしか見えないだろう。
そして今の俺もヒグマと同様に捕食者の側だった。
光は俺の胸ぐらを掴もうとしてそのまま固まる。俺は静かに奴の胸を指先を充ててそのまま拳を握りこ込んだ。「グっ!」と崩れ降ちる光から離れると、やはり固まっている雄一と年嵩の男の胸に触れた。
通常、人間の目に見えている現象というのは今から0.5秒過去におきた出来事なのだが、これは人間の脳神経の情報伝達速度から生ずる誤差だ。
更に自身が動き出すまでには更に0.5秒のタイムラグが生じる。
つまり現象が起きてからそれに対応するのに1秒のタイムラグが生じるのだが、俺には第三の目とも言うべきスコーピオン感覚があり、対象の生体電位をオーラとして《《視る》》ことが出来る。
また対象の精神状態も「オーラの色」で把握出来るので、「起こり」を事前に知り「先の先」を容易に取る事が出来る。
また俺の「フィールド」に入ってきた《《モノ》》に対しては生体電位を乱して強制的なレム睡眠、つまり金縛りにする事が出来る。
そして俺は意識を失って倒れて居る奴らに近寄ると携帯電話と財布を奪うと他に武器になりそうな物を持っていないか探る。サングラスの男は案の定、腰の後ろ側にワルサーP99を持っていた。
俺は吊り目の男より回収したワルサーP99のマガジンを外し、弾の数をチェックし、さらにチャンバー内の残り弾を確認し、最後にマガジンを戻して内部ハンマーをデコッキングするという一連の作業をゆっくり5秒程度で終えると、ニヤリと笑った。
また財布より高額札とスクラッチ式宝くじを回収し、千円札のみを残し財布を連中のジーパンの尻ポケットに戻す事にして、雄一の横腹を蹴って転がす。
そして最後に雄一からウブロのダイバーズウォッチを回収すると俺の腕に嵌めた。
おそらく岩野はもう生きていないだろう。何故ならそのウブロのダイバーズは限定モデルで俺が岩野の自慢のバイクとトレードしたモノだったからだ。金本兄弟の父親は北朝鮮の潜入工作員のバックアップする『土台人』であり、またこの地区の会計責任者だった筈だ。そして何かを知った岩野は消されたのだ。
その時、地面が激しくそして細かく揺れ出した。
地震だろう。そして俺は《《それが訪れる事を知っていた。》》。