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冬の魔術師と草原竜の秘宝【完結】  作者: 冬野ゆな


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第13話 新人バイトは楽じゃない

 夜の駅舎に、ぞろぞろと人が集まり始めていた。

 夜十時ともなると酒場通りの方は宴たけなわだ。これからが夜の本番で、いまから外へ出ようという者も出てくる。夜の寝台列車に乗っていこうという客も、駅弁を買って列車のホームへと入っていく。しかしそんな賑やかさとは裏腹に、背中を丸めて眠い目をこすりながら歩いている者たちがいた。

 彼らは列車のホームには目もくれず、駅舎の右側にある建物へと集まっていた。中へ入ると、そこは巨大な倉庫になっていた。中央に大きな通路があり、三階まで吹き抜けになっている。通路を挟んだ左右の広いスペースには、並べられたパイプ棚にもぎっしりと荷物が詰まっていた。一階からはそれぞれ茶色いアルミ製の階段で繋がっていて、専用の作業着と作業帽をかぶった人々がトカゲも人間も関係なく上り下りしている。奥には荷物を上下させるための専用リフトがあり、そこに中身のたくさん詰まった木箱を積み込んでいる。


「おおい、これ以上乗らねぇって!」

「まだ一個くらいは大丈夫だろ!」

「こりゃあきつそうだな」

「3番の荷物はどうした! すぐ持ってこい!」


 そんな声があちこちから響き、作業服の面々が忙しなく働いていた。

 ぞろぞろとやってきた人々はそんな声を横目に、倉庫に入ってすぐ右手側にあるスペースへと入っていた。全員が夜のアルバイトだった。


「お疲れっす」

「おう、お疲れさん」


 顔見知り同士が声をかけあい、軽く手を振る。

 置いてあるパイプのベンチに腰掛け、時間になるのを待っていた。誰かがちらりと壁掛けの時計を見る。規定の時間までまだ二十分あった。慣れたアルバイトはいつもギリギリにやってくるため、こんな時間から居るのはまだシフトに入って日の浅い者や、逆にここで長く働いているという両極端に分かれていた。

 時間までの間、タバコを吸いに外へと出ていく者。新聞を眺める者。ベンチをひとつ占領して大いびきをかいている者。今日の仕事内容を確認している者。そんなベテランたちに混じって、落ち着かなげにキョロキョロとあたりを見ているトカゲが一人いた。今日はじめて入る新人だった。


「おう、どうした兄ちゃん。浮かない顔してんぞ」

 ベテランのアルバイトが話しかける。

「あっ……、僕、今日がはじめてで……」

 新人のトカゲ人はびくりとしながら答える。

「ほう! 今日がはじめてかあ。まあそう肩肘はらずに、気楽にやらねぇとすぐばてちまうぞ」

「は、はい。ありがとうございます。でも……」

「わかんない事があったら適当にそのへんにいる奴に聞けよ。ま、聞くことなんてほとんど無いかもしれねぇがな」

 ははははっ、と笑い声があがる。いつの間にか二人の会話を聞いていたのか、周囲からも笑い声がした。新聞を読みながらにやっと笑う者までいた。


「でも皆さんにご迷惑かけたり……」

「そうウジウジすんなって! それに、なんだかんだ、ここのバイトが一番信用できるからなァ」

 ベンチに横たわっていた中年の男が起き上がって、口を出した。

「そうそう。ドラゴニカ・エクスプレス社の直々のバイトだからなァ」

 耳の穴に指を突っ込みながら、新人トカゲに視線を向ける。

「こう言っちゃなんだが、実質この国を回してる会社の仕事だ。ちゃんとそのへんはしっかりしてるぜ」

「そうですかね……」

「ま、最初は誰だってそんなもんだ。気楽に――」

「おっはよーございまーす!!」


 耳をつんざくような声に、男たちは目を丸くした。

 夜だというのにやたらと元気な声に、思わず全員がそっちを見た。作業中の男が危うく荷物を取り落とすところだった。

 背の小さな、それこそ少女のような子供があげた声だった。

 赤い目をして、髪の毛はみんなハンチング帽の中に入れ込んでいる。

 新人のトカゲ人がびっくりしているのと対称的に、その子供のような影はきょろきょろとあたりを見回してから、スペースの方に入ってくる。

 カナリアだった。


「あ!? こっちか! こっちだ!」

「なんだなんだァ! 今日のバイトはずいぶん威勢のいいのがいるなァ!」

 そのあまりの気持ち良さに、近くを通り過ぎていく男が笑った。

「おう、今日入ったばっかだ! よろしくな! おっちゃんもバイトか!?」

「はっはっはっ! 俺ァ宿の仕入れ作業だ!」

「そっかあ!」

 二人して何故か笑い飛ばしている。

 そんな様子を見ながら、ベテランアルバイトは新人トカゲ人の肩を叩いた。

「ほら、ああいうのもいるから」

「……」

 さすがに初日からあのテンションは無理がある、とトカゲ人は思った。


 十時が近くなると、アルバイトとおぼしき人々が次々に入ってきた。軽く体を動かしたり、手持ち無沙汰に壁に背をつけたりと、残り少ない時間を潰す。そこへ、カチリと時計が十時を指した。リンゴーン、と時計台の鐘が鳴る。仕事に一区切りつけた作業員は時計の方向を見て、手を止めた。ぱらぱらと作業員たちが階段から降りてくる。


「先に休憩行くわ」

「おーう」

「俺は今日はここまでなんで、お先っす」


 どうやら区切りの時間のようだった。

 その鐘を合図に滑り込んできたアルバイトが二、三人増え、総勢二十人ほどがその場に集まった。その後ろから入り口から作業服に名札をつけた男が二人入ってきた。スペースに集っているアルバイトたちを見回すと、ぱんぱんと手を叩く。


「夜のアルバイト諸君はこっちへ!」


 その声に、ベテランアルバイトたちはそれぞれタバコを消したり、新聞をベンチに置いたりして集まりはじめた。新人トカゲ人も慌てて立ち上がり、彼らにならった。カナリアも目線を男たちに向けた。二人のどちらも見知った顔ではないのを確認しつつ、帽子を深くかぶった。


「では夜のバイト諸君。今日は一日よろしく頼む」


 挨拶のあと、注意事項の確認がはじまった。

 慣れたアルバイトたちはあくびをかみ殺しながら、新人とベテランほど内容をよく聞いていた。


「では、事故や怪我の無いように」


 はい、とそれぞれ声があがると、男は後は任せたともう一人の男に言って出て行った。

 もう一人の男はバインダーとペンを手に、バイト集団をぐるりと見回す。


「では今日の仕事場に分かれます。名前を呼ばれた方々から順にこちらから並んでください。まずは倉庫の一階。スタッファンさん」

「おう」


 名前を呼ばれた者から順繰りに集団から外れ、そのたびに男がバインダーの書類にチェックマークを入れた。倉庫の二階、三階と次々に呼び出されて、最後に六人程度が残った。


「残りの方々はこのまま動かずに結構。名前を呼ばれた方は返事をしてください。まずはウランさん」

「ん」

 中年のひげ面の男が返事をした。他の三人の名前が呼ばれ、順に返事をしていく。まだ返事をしていない新人のトカゲ人が、落ち着かないように周囲を見回す。

「ワトアさん」

「ひっ! は、はい!」

 そこで新人のトカゲ人が――ワトアが返事をする。

 最後に残ったのはカナリアだ。

()()()()()

「はーい!」


 でかい声が響き、カナリアが片手をあげながら挨拶した。バインダーを持った男は少しだけちらっとカナリアを見てから、書類にチェックを入れた。これで全員だった。

 ごほんと小さく咳払いをしてから、バインダーの男はその場の六人を見回す。


「この六人にはアンシー・ウーフェンまで移動してもらいます。巨樹行きの専用列車がありますので、十時三十分の便に必ず乗ってください。バイトリーダーはウランさん、お願いします」

「おう、任せとけ」

「では、あとは各自お願いします」


 そう言って、バインダーの男は踵を返して出ていった。

 それを見送るまでもなく、ウランは振り返った。ぼりぼりと頭を掻く。


「ってわけだ、みんな頼むわ」

「おう」

「へーい」


 アンシー・ウーフェン行きのバイトたちが声をあげる。


「それと……」

 ウランと呼ばれた中年の男が、ちらっとワトアとカナリアを見る。

 ワトアはびくっとする。

「そこの二人は今日はじめてだな?」

「は、はい!」

「そうだよ!」

「そうかい。んじゃあ、軽く説明だけしとくわ」


 ウランはだるそうに口を開く。


「これから六時までこっちには戻ってこれねぇから、貴重品はロッカーの中。持って行かないと困るモンだけ適当に持ってけ。飯はあっちで弁当が出るから、他に必要だったら今のうちに買って、あとは便所だけ行っとけ」

「え、ええと……はい」


 返事をしながらも、ワトアは言われたことを頭の中で反芻した。ウランの説明が意外に早口だったからだ。貴重品はロッカー、あっちで弁当が出て……と、ひとつひとつ指折り確かめる。正直、不安でいっぱいだった。しかもはじめてのバイトでアンシー・ウーフェンまで行くことになるなんて。せめて倉庫の中が良かったと思っても、もう遅い。いまから異動を申し出ようにも、さっきのバインダーの男はとっくに出ていってしまった。

 他のメンバーも既に経験者が多いせいか、うまくやっていけるかわからない。

 そんなワトアの背中を、勢いよく小さな手が叩いた。


「うわあっ!」

「お前もはじめてなんだな、新人同士よろしくなー!」

「は、はは……。よろしく……」


 かといって、同じ新人のカナリアのテンションについていけないワトアは、引きつりながら返事をした。

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