68. 悪役令嬢になりきってみる、ですわ
「ちょっと、試しにやってみたいです」
ハイジさんのリクエストでシミュレーションすることに。皆はそれを見ながら確認することになった。
私が注文書にいくつか記入して、ミスティル抱っこでハイジさん窓口に行く。
「………」
「サクラフブキでは、いらっしゃいませを忘れずに」
「は、はい、すみません。いらっしゃいませ!」
「こえ、くだしゃい」
「はい。少々お待ち下さい」
Bグループ、ペアの商業ギルド職員さんの所へ持って行く。
職員さんが計算(こちらにもそろばんみたいな道具があった)し、2枚目をハイジさんへ。
ハイジさんがカゴ(今は空)にお酒を用意、職員さんが精算にやって来た。
「5万6千円になります」
「はい、どうじょ」
お金を渡すふりをすると受け取るふりをして領収書を渡された。
「お買い上げありがとうございます。こちらは領収書となります。お品物は係りの者がお持ちしますので少々お待ち下さい」
一礼し、そのまま戻ろうとしたのでミスティルが「3万エン超えましたよ」と声をかける。
あっ、と声を出し立ちすくむBグループの職員さん。
するとCグループの職員さんがすかさず袋を持ってくるフリをする。
「こちらは3万エン以上お買い上げの方へ感謝の気持ちを込めたプレゼントとなります。どうぞお納めください」
「あにあと」
その後、ハイジさんがカゴを持って来る。
「お待たせしました。こちらと、こちらと……」
一緒に持ってきた注文書とお酒を確認するフリをする。
「こちらでお間違い無いでしょうか?」
「あい。あ、もうひとちゅ、ふやちたい、でしゅわ」
「あ、え?」
わざとイレギュラーな事を言ってみる。
気分は悪役令嬢!
「もうひとちゅ、ほちい、でしゅわ」
「…………」
固まるハイジさん。
今度はローザお姉さんがやって来る。
「すまない。こちらに記入してくれないか?」
注文書をテーブルに置くフリをする。
「字、書く、でちにゃい、でしゅわ」
「では、私が書こう」
「3万エンのワインを」
私の意図を感じてくれて、今度はミスティルが話す。
「了解した」
「3万エンなのでまた袋はいただけるんですよね?」
「申し訳ないが、1名に1つなので渡せない」
「主とわたし、2名ですよ?」
「主さんは追加と言ったので今回は1つだよ。もし必要ならば貴方にまた並んで欲しい」
「また並ぶのは面倒です」
「大変申し訳ないが並ばない場合は景品を渡せない。もし、それでも強引にと言う事ならば購入したもの全て中止とさせてもらう」
「わたしは公爵家の代理の者。不敬ではありませんか?」
「サクラフブキでは貴族も平民も同等のお客様としている。それが気に入らないのであれば購入しなくて結構。お引取りを」
ローザお姉さんの毅然とした態度が格好良い!
思わずパチパチパチと手をたたく。
「ロージャ、おねしゃん、カコイイ」
「ふふ、光栄だね」
結局、ハイジさんは固まったままだった。
ローザお姉さんは肩をすくめて、あれくらいやり取り出来なきゃ冒険者やってられないよ?と言っていた。
まあ、本物の公爵家相手じゃそうもいかないけどね、とも。
「公爵家のご令嬢…………?」
「だからこんな余裕があるんだ」
「え?俺、不敬な態度とったかも…」
何故かそこにざわざわと始まる。
「公爵、ちあう」
「先程の発言は試し用に言っただけです」
「念の為言っておくが、俺達は貴族などではない」
一様にホッとした顔をする。
「しゃっき、カコイイ、言った。でも、本物、きじょく、わたち達、言って」
相手が本物の貴族だった場合、私達以外の人だと不敬罪になるといけないからね。
私達はどうするかって?従業員に手を出せない方向に話を持って行った後にサッサと姿を消すよ。
「ロージャ、おねしゃん。公爵、相手、あぶない」
「ああ、まあ、さっきのはちょっと言い過ぎたか」
「わたち達、だいじょぶ、相手しゅゆ、言って」
「いや、君達が不敬罪になったらいけない」
「大丈夫だ。何度も言うが、俺達をどうにか出来る人間はいない」
「………………」
ローザお姉さんが私達を見つめる。
「なあ。さっき君達の正体は秘密ではないけどひろめたくないって言っていたよな」
「ああ、そうだ」
「秘密じゃないのに何でだ?」
「お嬢に過剰な期待を持たれても困るからだ」
「主は自由を許された存在。でも、人の子は正体を知れば助けや助言を求め、思い通りにならねば良からぬことを企てる者も出てるやも知れません」
「もちろん、そんな奴等に手も足も出させない自信はあるが、お嬢は優しいからな」
「ええ、とても優しいので」
優しいと言われて恥ずかしくなる。
だって、あの人嫌いとか言っちゃってるよ?好きなことして鳳蝶丸達を巻き込んでるし。
「優しい、ちあうよ」
思わず頭を横にブンブン振った。頬が熱くなって、両手で押さえてしまう。
「そうだね。ゆきちゃんは可愛いうえに優しいよね」
皆がウンウン頷いて、微笑ましい目で私を見てる。
違いますよ?
凄くドライな人間……じゃなかった、半神ですよ?
「もし、絶対に広めないし過剰な期待をかけないって言っても駄目かな。魔法契約を結んでも良いよ」
魔法契約?
私がミスティルを見上げると、その契約には魔術がかかっていて、破れば契約通りの罰を受けると説明してくれた。
例えば、『意図的に○○が不利益を被るように貶めた場合、☓☓は犯罪奴隷となる』という契約だった場合、違反した時点で☓☓が自分の足で奴隷商へ行ってしまうんだって。
こ、怖い…。
地図を開いて私中心に狭い範囲を指定すると、青点、白点、黄色点が表示された。
ちなみに結界内は赤点になると同時に外に弾かれると指定してあるので、現時点で黄色点の人も結界内にいられるのだ。
ハイジ他2人、【虹の翼】、マッカダンさんは青点。
商業ギルド職員さんはエレオノールさんが青で、接点少なめの人達は白。そして男女1人ずつが黄色だった。
特にローザお姉さんとエクレールお姉さんの青点が強くキラキラ光っているのは…怪我が治ったからかな?
黄色点は…放っておこう。
まあ、ローザお姉さんは好きだし言っても良いかな。他の人は…。
実際に魔法契約をするつもりは無いけれど、その覚悟がある人にだけ話そうか。
「ロージャおねしゃん、言う。他のちとどうしゅゆ?」
殆どの人が魔法契約と聞いて躊躇っているけれど、【虹の翼】のメンバー全員参加希望の挙手。
マッカダンさんは個人としては魔法契約も吝かではないけれど、サバンタリアの兵士として勝手はできないと辞退。
その他の人も辞退だった。
エレオノールさんは最後まで悩んでいたけれど、やはり仕事に支障が出てはいけないと諦めた。
一番知りたがっていたのにね?




