223. 怪盗幼児現る☆ んはははは!
町中のトロトロ草を採ったり浄化したりして、最後に領主の住むお城へやって来た。
「町の方はどうなっている!」
「トロトロ草が無くなったとの報告があります!」
大分混乱している模様。
もっと驚かしちゃおっ♪
トロトロ草を浮かび上がらせてっと……。
「何者だ!」
「止めろ」
私兵や騎士達が剣の柄に手をかけたが、強そうな男性が手で制した。
隣に立つ若い騎士も落ち着いている。
「我はヤッティライネンと申す。ルミケアルメ侯爵閣下に仕えし騎士団団長。この町のトロトロ草を取り去ってくだすった貴殿に礼がしたい。どうか我らと対話をしてくださらぬか」
騎士団団長さんは大きな体躯のオジサマ。真面目で強そうな印象だった。
「私はケイユクッカ。副騎士団長です。どうか姿をお見せください」
副騎士団長のケイユクッカさんはとても綺麗な女性。
エクレールお姉さんやモッカ団長、ピネカお姉さんよりも耳が少しだけ長いってことは、たぶんハイエルフ系だよね?
ハイエルフの血を持つ人達って、私達の正体に気が付いちゃうからなあ。
今のところ気配完全遮断しているから大丈夫だと思うけれど……。
うーん。どうしよう?
とりあえず、会うのは無しにしておこうかな。
「わたち、トヨトヨ、ほちい。おえい、いなない」
「ん?おえい?」
私はトロトロ草が欲しいだけで、お礼はいりません。
うーん。
顔を見ながらじゃないし、言葉だけでは伝わらないか。
もういいや。面倒だからこのまま立ち去っちゃおう。
「トヨトヨ、しゅべて、いたあちゅ。しゃやばじゃ!んはははははっ」
トロトロ草は全ていただく。
サラバだ!
ハハハハハハ!
気分は怪盗!
マントをバッサアッッと翻しているつもりで右手をブンブン振ると、鳳蝶丸達が我慢できずに吹き出した。
私も嬉しくなって、キャッキャッと笑う。
そして、飛行で空高く飛び上がり、仕上げに土地を清浄してから次の場所に向かうのだった。
-ルミケアルメ侯爵サイド-
「領都のトロトロ草全てが消失いたしました。領地内がどのようになっているのかは現在確認中でございます」
ルミケアルメ侯爵に仕える宰相が、報告書を読み上げた。
「うむ。不可思議よの。そち等はその不可思議と会話を試みたそうじゃな」
「ハッ!」
現在ルミケアルメ侯爵の執務室に控えているのは、宰相、第一騎士団長、第一副騎士団長のみである。
声を掛けられたヤッティライネン騎士団長が一歩前に出た。
「声だけで判断いたしますと、舌足らずで小さな赤子のようにございました。ただ話している内容はわからず。不徳の致すところにございます」
「うむ。よい」
「最後に複数の男の笑い声が聞こえました。声の低さから大人も存在していたと考えられます。この件に関し、ケイユクッカ副騎士団長から説明をいたします」
指名されたケイユクッカ副騎士団長が、スイと一歩前に出る。
「発言をお許しください」
「うむ。申してみよ」
「推測を踏まえてではございますが、ご報告申し上げます」
「かまわぬ」
数日前、アブライセ常駐の暗部から受けた報告にもしやと思う人物達がいる。
暗部の者が冒険者から聞いた話では、アブライセ着の連絡船がアンデッドのスタンピードに巻き込まれた際、加勢してくれた者達がいたという。
その者達は船を丸ごと包む結界で船上の者達を守り、浄化であろう力でアンデッドの大群を一掃し、怪我をした者達にハイポーションを配り、見返りを求めなかったという。
そして、以降はその海域でアンデッドを見なくなったらしい。
その加勢した者達は複数の男性達で、赤ん坊連れだとの報告もある。
船を覆うほどの結界?
アンデッドを浄化?
船を包むほどの巨大な結界を張れる者がいるだろうか?
浄化は聖女か賢者にしか出来ぬと言われている。
本当に浄化であったのだろうか?
ケイユクッカ副騎士団長の話は信じがたいが、確かに此度の件に関わっているのでは?と思わせるものがある。
ルミケアルメ侯爵はこの件に興味を抱いた。
「ケイユクッカ副騎士団長の申す者達の情報を収集せよ」
「御意にございます」
巨大な結界を張り、浄化の力を持つ者。
我らが総力をあげても除去出来ぬ厄介物を数日で滅する者。
同一人物であるのか、はたまた別人であるのか。
どちらにしても敵対したくはない。
騎士達は、物思いにふけるルミケアルメ侯爵からの指示を待つのであった。
-ルミケアルメ侯爵サイド 終-
「あちたった」
飽きちゃった。
上空で、[浮遊]をかけた絨毯の上に寝っ転がり、ぼーっとする私。
トロトロ草のあまりの多さにだんだん面倒くさくなってきている。
いや、すでに飽きてしまい、絨毯にコロコロころがっ……
失礼。
絨毯から落ちて、鳳蝶丸に拾われました。
トロトロ草採取に飽きちゃうのは仕方がないよね?
だって赤ちゃんだから。
「ここで採取を止めるとまた広がりますよ?」
「んんん…」
ハルパ。
お腹をポンポンされると、だんだん眠くなっちゃうよ。
「んう。寝ちゃう」
飽きたし眠い。
トロトロ草はもう無限収納に沢山集まったので、一気に片付けちゃおうかな。
モーネ王国とその周辺に生えているトロトロ草全部、細い根や欠片まで清浄で消すよ。
魔力を込めて、込めて、込めまくってえ………。
清浄!
パア!!!
私の魔力が広がっていく。
そしてすごい勢いで、トロトロ草の表示が地図から消えていった。
「んむう」
寝る体勢に入ろう。
私が空飛ぶ絨毯の上でごめん寝し始めると、誰かが抱っこしてくれた。
暖かくて大きな手に安心して胸に顔を埋めると、背中をポンポンしてくれる。
…、もう、眠い、限界……。おやすみなさい。
「めじゃめた!」
「目覚めましたね」
お昼寝をしてスッキリ復活!
抱っこしてくれたのはハルパでした。
「トヨトヨ、どなった?」
「主殿が寝る前に清浄していました」
「しょうだった」
念の為、地図でトロトロ草が残っていないか探索しつつ、モーネ王国を巡ろう。
私は鳳蝶丸前抱っこ(おんぶ紐)してもらい、猛スピードで上空を飛行する。
猛スピードと言っても、上空からだとゆっくりした速度に感じるね。
飛行機で地上を見下ろすと、ゆっくり飛んでいるようなあの感じだよ。
「無いねえ」
「お嬢が清浄したからな」
「問題無いようです」
「もう残ってないみたいだね」
「やった」
「主殿、お疲れ様でした」
時間をかけてひと回りしたけれど、無事除去出来たみたい。
問題ないようだったので、上空に転移の門戸を開いて2ルームテントに戻る。
やるべきことは一通り終えたので、ドゥルーエルさんにトロトロ草全採取&除去完了を報告した。
「やいちった」
両手を腰に当て(てるつもり)、満足気に反り返る。
「ええ。主はやりきりました」
反り返り過ぎてバランスを崩し、ミスティルに抱きとめてもらうまでが私のお仕事です。
「感謝いたします。御使い様のおかげで、トロトロ草の被害が出ずにすみます」
「どいたち、まちてぇ」
ドゥルーエルさんが丁寧に頭を深く下げたので、私もペコーッとお辞儀をしてみた。
「よたったね」
「ああ。ゆきちゃんのおかげだ。父母に話しをし……あ、どう伝えるかな」
ああっそうだ!
私達が採取したことは言えないよね?
うーん。どうしよ?
収穫の日になりました!
今日は近所の人を雇って、総出で収穫するんだって。
ドゥルーエルさん一家は準備中で忙しいとのこと。
今はドゥルーエルさんだけ私達の結界へ来て、一緒に朝食を食べています。
「それにしても、タイミングが良かった」
「あい。しょうね」
この数日間、トロトロ草問題が解決したことを皆さんにどう伝えようか頭を悩ませていた。
もたもたしていた間に商業ギルド(果実類出荷他に特化した出張所)から朗報がもたらされた。
モーネ王国ルミケアルメ侯爵領及びサトゥ伯爵領より、トロトロ草消滅の知らせが入ったのだ。
ルミケアルメ侯爵領は、この間話しかけてきた騎士団長さんがいる、主に野菜栽培が盛んな領地で、サトゥ伯爵領はヘデルマタルハ村を含む、果樹栽培の盛んな領地。
トロトロ草被害の大半はルミケアルメ侯爵領で、サトゥ伯爵領の一部にも広がっていたらしい。
トロトロ草に侵された土地は再生不可能とまで言われていたのに、消滅とはどういうことだ?
そもそも最初から無かったのではないか?
村人の間で様々な憶測が飛び交った。
どちらにせよ、もう怯えずにすむんだな。
ああ、そうだな。
商業ギルド職員も、果樹農家の皆さんもホッとした表情を浮かべていた。
「皆にどう伝えようかと悩んだが、無事話が行き渡ったな」
「よたった」
声のみだけれど、騎士団長さんに会ったのは正解だったかも。
伝達が早くて良かった。
「だが、少なくとも数年は野菜類が手に入らないな」
「土地が痩せてる」
わあっそうか!
トロトロ草を採取し尽くしてもそれで終わりじゃないんだった。
土地が痩せているってミルニルが言うんだから間違いない。
トロトロ草に栄養を吸い尽くされた土地から畑を作るのは難しいかも。
土作りからかあ。
うーん。これはやっぱりアレの出番かな。
問題は、どうやって渡そうかってこと。
もう、面倒だから商業ギルドに卸しちゃう?




