218. くまちゃんペアのススメ
「こんにちは、メツァです!」
皆で一緒に向かったのは、果樹園用の建物が4棟くらいある村長さん宅。
メツァさんがコンコンと戸を叩いてしばらくすると、扉の小窓からおばあさんが顔を出す。
「まあまあ、メツァ坊にエル坊じゃない。コトカちゃんとイルマちゃんもいるの?さあ、入って、入って」
直ぐに扉を開いてくれた。
「友達と恩人もいるけど、入っていいですか?」
「ええ、もちろんよ……え、恩人?」
「話は中でします」
「そうね」
玄関は二重扉だった。
外と面している扉と、室内に入る扉がある。
「体が慣れたら入っていらっしゃい」
「わかりました」
まずここで室内の温度に体を慣らし、部屋の中に入るんだって。
「民家は通常こういう構造になっているんだよ」
「てったい、だいじょぶ、だた?」
「結界を二重構造にしなかったが、大丈夫か?」
「ああ。俺達冒険者や外で働く者達は温度差に慣れているし、結界の中が暑くはなかったから大丈夫だ」
ヒートショックを考えて、暖かくしなくて良かった!
商会の皆さんも問題なさそうだったし大丈夫かな。ちょっと焦っちゃった。
「室内に入ればわかるけど、民家は爆暑なんだ」
そう言いながら皆さんが上着や重ね着している服、ズボンを脱ぎだす。
私達もそれに見習った。
10分ほどしてから部屋に入ると、メツァさん達の言う通り常夏みたいに暑い。
確かに極寒の外からこの部屋に入るのは心臓に悪そう!
「さあさ。ここに座って。貴方達も……んまっ、綺麗な子達だこと、えっ赤ちゃんもいるの?寒かったでしょう?」
村長さんの奥さんは、とても表情豊かな女性だった。
「村長、お邪魔します」
「息災だったか」
登場した村長さんはシブいおじいちゃんだった。
「まずは紹介します。俺達の恩人で、行商人である[サクラフブキ]の皆さんです」
「初めまして。私達は屋号[桜吹雪]という行商人です」
「この村の村長を務めている者だ。よろしく頼む」
代表でハルパが話しをするみたい。
念の為商業ギルドカードを提示する。
「ゆ、優秀商……。優秀商の方に直接会うのは初めてだ。商隊はこの村に滞在されますかな?」
「いえ。私達は商隊は組まず、この人数だけです」
「なんと……!」
「彼女らは6人で行動しているのは本当です」
メツァさんの説明に村長さんがゆっくり頷く。
「それで、恩人とは?」
「俺達が雪大ヘラジカ2頭に襲われていたところを助けてくださったんです」
「まあ!雪大ヘラジカ?!2頭も?」
「怪我は?」
「ポーションで治したから問題ないよ」
「はい。彼らにポーションを分けてもらいました」
すると村長さんが立ち上がり、奥さんと一緒に頭を下げた。
「我が村の若者達を助けていただき感謝いたします」
「あい、いいよ。よたったね」
私が返事をすると、2人がにっこり微笑んだ。
「それで、お嬢ちゃんが葡萄の収穫体験をしたいと言うことなんで、暫く俺の家に滞在することになりました」
「エル坊のお家は森が近いから危ないんじゃないの?」
「5人共に強いから問題ありません」
代表でハルパがダンジョン許可証を提示する。
許可証が発行されるほど強いのか?と村長さんと奥さんが驚いていた。
「強いのはわかったわ。でも森のすぐ近くなので気を付けてね?」
「あいっ。あにあと」
本当に可愛いわね!と奥さんが笑う。
抱っこしても良いかしら?と言われ、両手を伸ばすと奥さんが抱き上げてくれた。
体を上下に揺らしながら、窓の外や飾ってある絵画などを見せてもらう。
やたら可愛い、可愛いと言われ、ちょっぴりこそばゆかった。
「俺達の用事ですが、町で調味料や布を買ってきました。買い取って貰えますか?」
「無論だ。ありがたい」
村長さんと大荷物を担いだ【雪原の青】の皆さんが、奥の部屋に行ってしまう。
私が後ろ姿を見ていると、倉庫に行ったのよ。すぐに戻るわ。と奥さんが言った。
別に不安になったわけじゃなくて、どこに行くんだろう?って思っただけなの。私の事を気遣ってくれてありがとデス。
「そうだ。何か飲む?果実水を飲んでも大丈夫かしら」
「あいっ。いちゅも、飲む、ちてゆ」
何の果物だろう?
たのちみっ♪
「おばあちゃんの言ってることわかるの?可愛いわね」
フフフ、と笑いながら、奥の廊下に向かって奥さんが声をかけた。
「果実水とコップを持ってきてちょうだいな」
「はーい。ただいま」
暫くして、20歳代くらいの男性が大きな陶器のピッチャーを、女性が陶器のカップを沢山持って来る。
「息子夫婦よ」
「こんにちは。まあ、可愛い赤ちゃん!ねえ?」
若奥さんが笑顔で息子さんを見つめる。息子さんはコクリと頷いた。
息子さんは雰囲気的に村長さん似かな?
ん?ちょっと顔を赤らめてる?若奥さん可愛いもんね!
若奥さんがカップをテーブルに置き、息子さんがピッチャーのジュースを注ぐ。
「これは桃の果実水よ」
村長さんの奥さんが、カップの縁を私の口に当ててくれた。
ほんの少し傾けられたのでちゅっと吸うと、甘くて濃い桃の味がする。
「おいちい!」
「そう?良かったわ」
もっと飲みたい!
【幼児の気持ち】爆上がりで、奥さんが持つカップに手を添えグイッと引っ張っちゃった。
「あらあ」
「わあ………」
ダバァ……………
自分の洋服に桃ジュースをこぼしてしまう。
「ごめなしゃい」
「いいのよ。ごめんなさいが出来て偉いわねえ」
奥さんが手ぬぐいで拭いてくれたけど顔も手も服もベタベタになっちゃった。
「主をこちらへ」
「え、ええ」
奥さんがミスティルに私を引き渡す。
「お着替えしましょうね」
「あい」
ミスティルに抱っこされ、部屋の端に寄った。
「お嬢さんは汚れなかった?」
村長さんの奥さんには、蒸しタオルを差し出しながらレーヴァが声を掛ける。
「私は大丈夫。大して汚れていないわ」
「そう?でもこれで手を拭くといいよ」
「親切にありがとう」
村長さんの奥さんが頬を赤らめてボーッとレーヴァを見つめ……何故か若奥さんまで、レーヴァを見つめている。
息子さんがちょっぴりムッとしていた。
「はい、バンザーイ」
「ダンバーイ」
私は部屋の端っこで、桃ジュースまみれのトレーナーを大胆に脱がされる。
口まわり、首元、両手を蒸しタオルで拭いて、乾いたタオルでもう一度拭った。
【幼児の気持ち】が爆上がりすると、早く食べたくて自分の方へ手繰り寄せようとしてしまうことが時々ある。
その度に口の周りや手をベタベタにしてしまうので、皆のマジックバッグには冷たい濡れタオルと暖かい蒸しタオルが常備されているのだ。
清浄で綺麗にするというやり方もあるけれど、今みたいに人が多く狭い場所で魔法を使いづらい時は、一旦タオルで拭いておいて後で清浄しているんだ。
以前は鳳蝶丸達に『世話のかかる幼児でごめんなさい』と言っていたけれど、自分達はそれすら楽しいから気にしないでと言ってもらっている。
今はそんな自身を受け入れているし、【幼児の気持ち】が作用してしまうからか気にならなくなって、素直に面倒を見てもらっているよ。
赤ん坊な私の面倒をみてくれてありがとう。
その気持ちは忘れないようにしようと思います。
ミスティルがマジックバッグからくまちゃんトレーナーを出し、ササッと着替えさせてくれた。
はあ、すっきり!
「ミシュチユ、あにあと」
「どういたしまして」
フフ、と笑って頭をナデナデするミスティル。
「手慣れているのねえ」
そうなんですよ、奥様。
ミスティルのマジックバッグには私の可愛い服が沢山入っているんです。
自分で着たい服を作ったり、複写したり、ミスティルの希望を再構築、再構成しているうちに、お洋服や靴その他諸々が大量在庫となりまして。
現在どれくらい入っているのか私は把握しておりません。
もちろん鳳蝶丸達も私用の服やら何やら沢山持っておりますよ。
ちなみにくまちゃんトレーナーはお揃いで全員分作ったの。
皆着てくれないけれど。
「おくしゃん、ごめなしゃい」
「気にしなくていいのよ。果実水が減ってしまったわね?コップに足してちょうだい」
奥さんが私に気遣いながら息子さんに声をかけてくれる。
そこにレーヴァが近付く。
「果実水をもう少し貰えるのかい?」
「もちろんよ」
「ありがとう、お嬢さん。じゃあ、これにお願いできるかな」
マジックバッグから赤ちゃん用のストローマグを出す。
「ここに足して欲しいんだ」
「わかったわ。これに入れてちょうだい」
「ああ」
「すまないね。ありがとう」
息子さんがストローマグに桃の果実水をたっぷり入れてくれる。
「あにあと!」
私も御礼を言うと、息子さんがコクリと頷いた。
「これは何かしら?」
「赤ん坊がこぼさず飲める入れ物だよ」
ミスティルに抱っこされながらストローマグを吸うと、奥さんと若奥さんが私の手元を凝視した。
「便利ねえ……それはどちらかの工房で売っているのかしら?それとも皆さんが買い付けているもの?できれば私達も欲しいわ」
ん?このお家には赤ちゃんいないけど欲しいの?
若奥さんがいるし、これからお孫さんが生まれるかもしれないもんね。
でもプラスチック製の物は売らない方がいいかも?
ガラスに……うーん。落としたら危ないか。
うーん……。
うーーん…………。
う、あっ!何か閃きそう!
「こえ、わたちの。でも、なにた、あゆ?じたん、ちゅだしゃい」
「これは自分の物なのでお渡しできません。手持ちに同じ物があるか確認してみますので時間をください。と主が言っています」
「まあ………」
「赤ちゃんなのに、発言が大人みたい………」
最近はかなり赤ちゃんに引っ張られているけれど、中身は元大人なんですよう。
「我が主は天才ですから」
「ああ。我が姫は天才の上可愛いから」
「主さん、優しい」
「お嬢は聡明で優しく、そして愛らしい」
「私達の自慢の主殿です」
そして皆のいつもの褒め殺しも定期です。
村長の奥さんがきょとんとしてからクスクス笑っていた。
「とにかく、荷物を探してみますから少し時間をください」
「ええ。かまわないわ」
この話は一旦終了。
私は残りのジュースを堪能した。
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そして誤字報告、大変助かっております。
ありがとうございました!




