211. 雪原のド真ん中で靴を脱ぐ
「まあ、いずれにしても間に合えばの話になる。僕達が早く到着して収穫しきれるか、トロトロ草が村まで到着してしまうか、だな」
「そうね」
メツァさんとイルマさんが深刻な表情を浮かべた。
そうか。そうだよね?
私達が先に言ってトロトロ草を収穫しちゃってもいいんだけれど、【雪原の青】と一緒に行った方が収穫のお手伝いをお願いしやすい気がするし。
ようは、トロトロ草よりも早くヘデルマタルハ村に到着しちゃえばいいんでしょう?
じゃあ雪の中でも吹雪いても先に進めるっていうのはどう?
予定より早く着くよ?
レーヴァに小声で相談すると、いいねと頷いてくれた。
「町に宿泊しなくても、吹雪いていても、先に進めると言ったらどうする?」
「ん?」
「そうすればより早く村に到着できると思うけど」
「ああ、そうだな。時短するなら俺達と共に行けば良い」
私の家族達はレーヴァの言葉だけで私がしようとしていることを理解したみたい。
皆、ニコリと笑って頷いた。
「吹雪いても宿に泊まらなくても進むとは?雪中の野営は命を落としかねないし、吹雪で先に進むのは自殺行為だ」
ドゥルーエルさんが真剣な表情で言った。
「人の子らはそうだ。だが俺達にはできる。理由は魔法契約をしないと話せんな。俺達については色々と広められないことがある。だから魔法契約が必要だ」
「魔法契約?」
「ああ。旦那らのためにもな」
鳳蝶丸が魔法契約について説明をする。
契約内容は、私達に関することをいかなる手段でも人に伝えないこと。
もし誰かに伝えようとすると生命維持以外3秒動けなくなる。また契約者に無理矢理聞き出そうとする相手は生命維持以外1時間動けなくなる。
ポンポさん達は生命維持以外10秒停止にしたけれど、ドゥルーエルさん達冒険者は数秒が命取りになるだろうと判断し、停止3秒にしたよ。
「他にはないほど契約者に優しい内容だな」
コトカさんが不思議そうに呟き、他の皆さんも頷いている。
「何なら、魔法契約の仮体験をするか?」
「できるのか?」
「ああ」
「では体験させてもらいたい」
まずは見本としてハルパが仮契約をする。
「我が…………」
3秒動かなくなる。
「次は俺。俺は契約していない」
「ああ」
「主さんのしょ………」
ミルニルがハルパに私の正体を聞こうとして停止。
「言え、この………」
ハルパの襟首を掴もうとして停止。
「今はすぐ動けるが、旦那達は3秒、無理に言わせようとする者は1時間動けなくなる」
「はあ……。こんな契約は初めてなんだが」
「だって、契約していない人も固まるんでしょ?」
意を決したドゥルーエルさんが契約する側、ユスタヴァさんが契約していない側を体験する。
「本当に契約していない方が動けなくなる」
皆さん超絶驚いていた。
一度仲間達で話し合いたい。魔法契約の返事は明日でもいいだろうか?と聞かれたので、もちろん了承する。
返事は明日と言うことなので、本日は解散となりました。
夜ご飯、ごちそうさまでした!
翌朝、約束の時間に食堂に行くと、すでに皆さんが席を取っておいてくれた。
そしてご飯を食べながら今後について話をする。
葡萄収穫の手伝いをお願いしたい。
ただトロトロ草の影響が出る前に収穫をしたいので、私達を充分にもてなすことは難しいと思う。それは了承願いたい。
ワインの買い付けは家族に話しをしてみる。恐らく問題ないだろう。
コトカさん家のワインやメツァさん家の地酒も買えるよう話を付けてくれる、とのことだった。
そして魔法契約はしようと思っている。
ただ、もし可能であるならば、停止時間を2秒にしてもらえないだろうかとのこと。
私達の正体をあちらこちらで話すつもりはないが、冒険者にとってその1秒が命取りになるからという希望だった。
秒数に関しては特に問題ないので、停止2秒ということで了承する。
本当は契約無しでも良いんだけれど………。
私達の正体を知る者を守るためには魔法契約を交わしたほうが良い、とビョークギルマスから忠告を受けた。
正体を知ることは、それだけで危険になる可能性がある。
詳細を教えろ、利用するので連れて来い、なんて貴族から迫られたら平民達は逆らえないし、無理矢理白状させようとする者もいるだろう。
でも私達の魔法契約は特殊で、無理に聞き出そうとする方側に影響がある。故に、相手が王族だろうと何だろうと契約者には手が出せない安心設定。
うん。
それで対象者が守れるならば、契約を交わした方が良いよね。
とりあえず、この場所で魔法契約をするわけにはいかないので、町を出て人のいない場所でと言う約束をする。
それから朝食の後それぞれ用事を済ませ、9時に【雪原の青】男性達の部屋に集合とした。
私達は商業ギルドへ向かい、野菜セットとじゃがいも処理方法カード、レシピを大量に卸す。
飛び地領土の港町の商業ギルドから連絡が入ってから、私達がいつ来るのかと待ちわびていたらしいよ。
私達の都合でどこに寄るかもわからないし、全てのギルドに卸すと保証は出来ないから期待されても困ると釘をさす。
沢山卸したんだから、周辺の村や町にちゃんと分配してね?
「この町での役目も終わったし、部屋で少し休むか」
「うん!」
その後は宿の部屋でのんびりして9時前にチェックアウトをしておき、その足で【雪原の青】の部屋を訪ねた。
「6人分60万エンだ。納めてくれ」
「ん?出来上がり前に渡しちゃっていいの?」
「昨日のナイフの素晴らしさを見ればな」
ミルニルはありがとうとお金を受け取りマジックバッグに仕舞う。
そして預かっていた武器や防具をどんどん出し、確認して、と言った。
「す、すごい」
どの武具も凄く綺麗で、そして格好良く生まれ変わっている!
皆さんも驚いたりうっとり見つめたりしているよ。
「恰好良くなってる!なあ、なんか伝説の武器みたいじゃね?」
コトカさん、惜しい!
伝説の武器じゃなくて、伝説の武器が作った伝説級の武器だよ!
って、伝説の武器を知っているの?と聞いたら、ソールヴスティエルネ連合王国には、『この国のどこかに神がつくりし伝説の武器が眠っている』という物語が古くから伝わっているんだって。
「奴は別に眠ってはいないと思うぞ」
「ん?」
鳳蝶丸がしれっと言い放った。
ちょっと待って!まだ魔法契約していないよっ!
「ぶ、ぶ、ぶち、ちにいった?」
「主さんが、修繕された武器は気に入った?って」
「お、おう。めちゃくちゃ手に馴染むし……凄く気に入ったぜ!」
「ありがとう、ミルニルさん」
思わずワタワタしちゃったよ。
ふう。
話を流せて良かった。鳳蝶丸発言は何となく誤魔化せたかな?
「それにしても、少し形は変わったが、本当に手に馴染んでしっくりくる。この数を一晩で修繕したんだろう?体は大丈夫か?」
「うん」
「ありがとう。こんなに凄い武器に生まれ変わって嬉しいぜ」
ドゥルーエルさんがニッカリ笑った。
夕べは転移の門戸でテントに戻ったんだけれど、ミルニルは自分の工房でずっと修繕をしていた。
そしてなんと!今回はミルニルとハルパのコラボレーションしたんだって。
ミルニルが武器、防具を修繕し、ハルパが幸運を付与したみたい。
「武器・防具としての機能も、耐久性も上がってる」
「そして私が幸運値を上げたので壊れにくくなったんですよ」
「おお!しゅどいっ」
2人が頑張って作った武具だから、【雪原の青】の皆さんが嬉しそうにしている姿は私も嬉しいよ。
………でも今までより性能が良くなっていると思うので、怪我に注意してね?
「さて。先に進むか」
町の北門から外に出て、街道を進む私達。
次の村も、その次の町も寄らず、町に入ったとしても突っ切るだけで先に進む。
少しの休憩を含み、4時間くらい進んだところでお昼ご飯を食べることにした。
雪原風景の街道にも片側半円や、円形の串団子みたいな広場がある。
サハルタルの時と同じに串部分が街道、お団子部分が広場だよ。
広場もポカポカ石が使われていて雪が少なめ。でも休憩している人は今の所見ていないかな。
「準備をするから少し待ってくれ」
【雪原の青】に待機してもらい、休憩の準備をする。
広場ほぼ一面に熱を通さない結界4(平面)を張り、全てを覆うくらいの結界1で地面の下まで囲う。
結界4の上に男女別々のトイレテントとゴミ箱、食器返却箱を設置。
ホットカーペットを10畳ほどの大きさに再構成し、広場の真ん中に敷く。
ホットカーペット(弱)のスイッチを入れた。
温かくしすぎて結界を出るのが辛くなっちゃうといけないから(弱)にして様子見です。
「結界を張ったよ。魔獣は絶対に入って来ないから、カーペットでは靴を脱いでくれる?」
「えっ!いや、しかし………」
「もし魔獣が来ても俺達が対処するから大丈夫」
「あー。だとして、その、臭いとかアレの問題がな」
じゃあ、水虫が治る程度の治癒と清浄、音を外に漏らさないを結界に付与しておくね。
私がレーヴァを見ると微かに頷いた。
「この結界に清浄と治癒を付与したから入ったと同時に体や服が綺麗になるし、アレも治るから問題ないよ」
「へ?そんな結界聞いたこと無いんだけど」
「他国の結界ってそんなに凄いの?」
「いや。それについても後でわかるよ」
清浄出来るから本当は土足でも良いんだけど、寝っ転がりたいから靴を脱いでもらうことにしたんだ。
臭いも水虫も解決するからよろしくね。
するとコトカさんが意を決したように頷いて、俺が入ってみると言った。
「じゃあ、頑張って」
レーヴァは手をヒラヒラさせて結界に入る。鳳蝶丸達もそれに続く。
結界内のカーペットまで行き靴や帽子、上着も脱がせてもらった。
結界内は快適気温。
更に足元ポカポカで気持ちいい。
私はゴロンと寝転がり空を見上げた。
あ、天井に雪が積もり始めてる。
このままだと雪にうもれてしまいそうなので、結界に触れたら空気に変換にしようかな。
私は寝っ転がったまま、結界にそっと付与を施した。
街道の休憩所とはいえ雪原真っ只中。
カーペットで靴を脱ぎ、上着も脱いで寛げって言っても抵抗を感じるみたい。
皆さんが緊張の面持ちで結界に入ってきた。
「あれ?着替えた時とかトイレの時みたい。結界の中は全然寒くないのね」
「体中がスッキリして気持ちいい!」
途端に女性2人が状況を受け入れ、嬉しそうにしていた。
「ん?足が痒くないぞ」
「何かサラサラして快適だな」
男性陣も少し緊張が解けたみたい。
「ここで靴を脱ぐのか?」
「ああ。カーペットでは靴を脱いでくれ」
意を決した皆さんが靴を脱ぎ、カーペットに足を踏み入れる。
「なんだコレ!」
「足があったけえ!」
ホカホカでしょう?
外に出た時辛くなるといけないから、設定は(弱)だけれど、寒い中歩いていたからかなり温かく感じると思うんだよね。
あ、上着を掛けるハンガー掛けを再構築したから良かったら使って。
鳳蝶丸がここに上着を掛けてくれと説明したので皆さんも上着を脱ぎ、身軽になった。
「足が温かい」
「雪原のど真ん中なのに、変な気分だな」
「もしかして野営はこんな感じで寝泊まりするの?」
鳳蝶丸がテントも出すと説明すると、【雪原の青】の皆さんが少しだけ安堵した表情を浮かべていた。




