表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/221

母はまだ生きてる

会社に行けました。


ぼーっとしてるとお父さんの事を考えて涙が出ちゃうから、10分も早めに出た。


珍しくお土産も買ったので配った。


本当に珍しくなので、夜になって雨?


私はお土産買うの大好き。


でも「ご馳走様」とか「ありがとう」って言われるのが恥ずかしいから、会社用にお土産を買った事がなかった。


案の定帰り際にご馳走様の津波が来たので逃げた。


実は私、7年前の母の死を、今だに受け入れられないでいる。


22歳でこっちに来た。


それからは実家に帰るのは、お盆と年末年始。


それと一日置きの母からの電話。


急に逝かれてもピンと来ない。


私は母が34歳の時の子供。


長男はヒロポン中毒の誤診で、生後10日で他界。

その後姉が産まれ、次の子は流産。


そして私は、へその緒を首に巻き付け、仮死状態で産まれ、お医者さんに逆さにされ、お尻をペンペン叩かれて蘇生した。


でも小さい頃からお葬式の出るお家を言い当てたり、地面と話しをしたりの奇妙な子で、学校以外の単独での外出はさせてもらえなかった。


いつも独りで空想の世界で遊んでた。


母は地方公務員でワクチンを作る会社に勤務してた。


定年して、姑を見送って、やっと楽になったと思ったら逝ってしまった。


それも急に…

何も言ってくれずに…


その日も母は普段と変わりなく昼食を済ませ、お昼寝をしていたらしい。


ふと父が母に目をやると、口からプクプクと泡を吹いていた。


救急車を呼び、救急車の中で心停止。


蘇生しながらの搬送。



心臓は動き出したけど、意識は戻らなかった。


私がお見舞いに駆け付けた時も、昏睡状態だった。


入院してから10日後、延命措置をするか否かを決める日に、一度も目覚める事なく、母は旅立ってしまった。


お葬式に参列して、骨を運んでも、母の死を信じられなかった。


今も信じられない。


実家は取り壊され、駐車場になっているのをこの目で見ても、こっちに帰れば、それは幻になった。


私の心にはまだ実家があった。



母の死を受け入れられないまま、父が逝ってしまったら、私はどうなるんだろう?


今日、工場長が父の塩梅を気にしてくれた。

「ダメかも」と言うと、工場長の友人のお父様が亡くなられて、それまで元気で習い事のお師匠さんだったお母様が、廃人同然の様になり、目を話せない状態で、姉弟だったかなぁ?二人で交代で看てるって話してくれた。


あながち他人事ではない。


父を失う恐怖に、今から脅かされている自分が情けない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ