すべてにおいて負ける僕が唯一勝利したこと
高校2年に進級し始業式。
クラスにとある話が持ち切りになっていた。
『1年にとんでもない美少女が入学してきた』
あぁ、アイツか。
中学の後輩であり、僕がバイトしているカフェのオーナーの娘。
父親譲りの赤茶色の髪の毛先をゆるいパーマを当て、母親譲りの美貌とスタイルで中学から一目以上置かれていた。
おまけに泣きぼくろ。
いつも気だるげにしているが艶っぽく見えてしまう。
そんな少女が入学してきた。
「渉は1年の教室いかねーのか?」
「僕はいいよ。めんどくさい」
「ふ~ん」
訝しげに友人は睨んでいるが、飽きたのかすぐに教室を出ていった。
どうやら素直に市ノ瀬を拝みにいったらしい。
学校が終わればバイトがあるし、顔を会わせることになるのだから。もし1年の教室にでも行ったら罵声を浴びせられる。
始業式の日は特にやることもない。
HRが終わればすぐに解散だ。
部活などがあれば別だろうが、僕は帰宅部なので速やかに帰宅するのが部活である。
荷物を纏めているところにクラスメイトから声が掛かった。
「柊、1年が呼んでいるぞ」
「え?」
クラスメイトたちに案内され、市ノ瀬がこちらに向かって歩いてきてた。
「よかったです。先輩がまだ帰ってなくて」
「何事?」
出来れば学校で顔を会わせたくなかったのだが。
「父と母に言われたので迎えに来ただけです」
「じゃあスーパーに寄って帰るのか?」
「えぇ、普段から私の両親に世話になってるんですから、荷物持ちくらいは力になってください。それぐらいは先輩でも出来ますよね」
散々な言われようだが、事実なので何も言い返せない。
市ノ瀬夫妻は僕が父親と二人暮らしで、ほぼ家に帰ってこれない親父のかわりに世話を焼いてくれているのだ。
昔からの知り合いってわけでもないのだが、何かと親身になってくれている。
本当に頭が上がらない。
「わかってるよ」
「わかっているなら早くしてください。行きますよ先輩」
市ノ瀬に手を引かれ、騒然とする教室を後にした。
明日が怖いなぁ……。
※
スマホを片手に市ノ瀬が僕の引くショッピングカートに食材を次々に放り込む。
無作為に入れているわけではなく、値段と消費期限、質をちゃんと確認していた。
いい奥さんになりそうだなぁー。
こいつ高校1年になったばかりだが、幼い頃から親の手伝いもしているため料理の腕も絶品である。父親から料理を習っておりお店に出せるレベル。
「先輩は魚介苦手でしたよね?」
「あ、うん。ごめん」
「謝る必要ありますか? ただの事実確認です」
「今日は市ノ瀬が作るの」
「食べたくないんですか? 私は別に構わないですが」
「そんなこと言ってないよ。食べたいよ市ノ瀬の料理美味いし」
「……最初からそう言ってください」
ぶっきらぼうに言う市ノ瀬だが、ほんのり耳が赤みを帯びていた。
会計中の市ノ瀬のリュックからエコバッグを奪い、荷物を丁寧に詰めていく。
いつものことなのでリュックを勝手に開けたことも怒らず、一瞥されるだけ。
並んで市ノ瀬家へ向かうが、途中で襟首を捕まれ首が締まる。
「おえ゛。な、なに?」
「今日は父さんのカフェに直行です」
「荷物はどうすんの?」
「業務用の冷蔵庫は広いので大丈夫ですよ。最近はカフェに預けてアルバイト終わりに自宅に持って帰ってるので」
いつもなら市ノ瀬の自宅に荷物を置いて、僕だけアルバイト先に向かうのが通例だったのだけど。
「私も今日から正式にアルバイトとして働くのでよろしくお願いしますね。先輩」
「部活はやんないの? 市ノ瀬、バスケ上手いのに勿体ない」
「その言葉そのまま返します」
「僕はそんなに上手くないよ、1on1お前に勝てたことないし」
「先輩、全国に行ってたじゃないですか」
「それはお前もだろ」
これは事実だ。
同じ中学で男バスと女バスに所属していた。
二人して下校時間ぎりぎりまで練習して最後に1on1するのが日課になっていたが、卒業するまで一度も勝てた例がない。
学年も違うのに性別も違うのに、スポーツでも勉強でもなんでもかんでも市ノ瀬に勝てたことがない。
人一倍努力をしてきたつもりだが、確かに天才はいるもので市ノ瀬は紛れもなく天才だった。
だからこそ高校に入ってすっぱりバスケを辞めることが出来たのだと思う。
お店に着くと荷物を市ノ瀬に任せ、スタッフルームで着替える。
ちょうど資材を切らしたのか店長である春人さんがスタッフルームに顔を出した。
「春人さん、おつかれさまです」
「あぁ。柊、おはよう。夏菜も今日からバイトだけど聞いた?」
「えぇ」
「そっか、あの娘に教えることはないと思うけど、一応気をつけて見といてやってくれ」
「市ノ瀬なら何事も卒なくこなしそうですけど」
「贔屓目に見ても夏菜は出来るこだけど、母親に似たのかところどころ抜けてるところがあるから」
「はぁ」
「まぁ頼むね」
店長と入れ替わりに市ノ瀬が入ってくる。
着替えるのだろうと思い、部屋を出ようとするが市ノ瀬は気にする様子もなく制服を脱ぎ始める。
「ちょ、お前!?」
「あぁ居たんですか先輩」
「存在感なくて悪かったな! 着替えるなら出でいくから」
「別にわた」
市ノ瀬が何か言おうとしているが構わず部屋を出る。
デカかった。
市ノ瀬の母親、冬乃さんには遠く及ばないがそれでも高一のサイズにしては規格外。
マジで勘弁してほしい。
彼女の父親が近くにいるのだ、殺されても文句を言えない。
「着替え終わりましたよ」
ドアを僅かに開き小声で報告される。
時間まで少しあるので椅子に座り直し、テーブルにうつ伏せで休む。
「先輩って無駄に紳士ですよね」
「無駄とか言わない。僕が常識、君が非常識」
「はぁ」
盛大なため息をつかれた。
やめろ、僕が悪いみたいじゃないか。
「自信なくなります」
「どこが? 市ノ瀬ほど完璧な美少女いないだろ」
「はぁ。先輩のそういうところ嫌いです」
だからやめろ。
時間になりタイムカードを切る。
僕はフロア担当だけど、昼過ぎのこの時間はお客さんの数は少ない。
夕方はラッシュが始まるで地獄のような忙しさになる。
ほんのひと時の平和。
市ノ瀬はちょくちょくこの店を手伝っていたこともあり、詳しく教えなくても要領よく仕事を覚えていく。
元々頭がいいのもあるだろう。
注文を受けるのも、会計も僕は後ろで見るだけ。
休憩を挟み、即戦力となった市ノ瀬のお陰で午後も難なく乗り切った。
春人さんの好意で早目に上がる。
お店の冷蔵庫から荷物を取り出した市ノ瀬から奪い、二人揃って店を出た。
制服姿に戻った市ノ瀬を改めて見る。
今どき珍しくセーラー服。
ただデザインは少し凝っている。
「……いやらしい。なんですか?」
「素朴な疑問なんだけどさ」
「はい」
「春でもストッキングって蒸れない?」
「……変態」
「わりぃ」
「嗅ぎます?」
「はぁ!?」
「冗談です。本気にしないでください」
市ノ瀬は僕から距離を取って早足で掛けていく。
※
「市ノ瀬もバイトで疲れてるだろうから、手伝うよ」
「先輩はリビングで休んでてください」
有無を言わせない迫力で答える市ノ瀬。
邪魔するなって言っているようだ。
「はい」
荷物をテーブルに置いて後は市ノ瀬の任せる。
彼女は慣れた手付きで制服の上からエプロンを羽織り、今日使うものだけを残しあとは冷蔵庫にしまっていく。
小気味いい包丁の音。
後ろをリボン結びにしたエプロンの紐と形のいい尻が揺れる。
疲れた身体は催眠術に掛かったかのようにストンと意識を失う。
「うがっうがが」
気づいたらソファで眠っていた。
ただ呼吸がし辛い。
それで起きた。
すっぱいような甘いような不思議な匂い。
「起きました?」
「じゅる」
「……っ」
「あ」
視界がクリアになる。
ものすごい顔で睨まれてる。
「あ?」
無表情なのがものすごく怖い。
本気で怒っているわけではないのが長年の付き合いでわかるけど、怖いものは怖い。
「すんません」
「とりあえず謝っておけばいいとか思ってませんか?」
「すんません」
「どうでしたか? 女子高生の蒸れたスットキングの味は」
「ごちそうさまでした?」
「じゃあ夕飯はいらないんですね」
「いります! ご相伴にあずかります!」
「ふふっ。早く席についてください」
豪華な食卓というわけでなく、一般家庭の料理。
市ノ瀬ならどんな料理でもできそうだけど。
「春人さんたちは?」
「母さん迎えにいって、そのまま呑みに行ってくるだそうです」
「相変わらず仲いいね」
「そうですね。理想の夫婦だと思いますよ」
市ノ瀬夫妻は月に1,2度二人で外食や呑みに出かけるし、定期的に旅行にも行ってるようだった。
おしどり夫婦という言葉はこの夫妻のためにあるようだと思っている。
「もう夜遅いですけど、泊まっていきますか?」
言われて時間を確認する。
8時をちょうど過ぎたところだ。
夕食が終わって片付けを含めると9時ぐらいになりそうだ。
「そうしよっかな」
「着替えはいつものところにありますので」
「わかった」
勝手知ったる他人の家。
バイト帰りにちょくちょく越させてもらっており、寝巻きや変えの下着類なども準備されている。
変わった関係だなーって思う。
しばらくして食事も終わり、片付けも終わった。
お風呂の準備をしてくると言って市ノ瀬は姿を消していた。
食後のコーヒーを淹れておく。
この辺は好きにしてくれていいと言われているので言葉に甘える。
僕はコーヒー派ではあるのだが、市ノ瀬は紅茶派。
けれど嫌いではないらしいが甘味が入っていないと飲めないらしい。
「コーヒーありがとうございます。……ニガ」
「そっち僕の口つけたやつ」
「すみません。気になるのでしたら交換しますが」
「市ノ瀬の分ミルクと砂糖いれちゃったからそのままでいいよ。間接気にするような歳でもないから平気」
ミルクを入れているのだから薄茶色の液体。
それがわからない市ノ瀬ではない筈。
これが春人さんの言った抜けたところだろうか。
可愛いところもあるもんだ。
「先輩って私のこと市ノ瀬としか呼ばないですよね」
「どうした?」
「いえ、父さんの前でも市ノ瀬と呼んでいたので」
「?」
「私も父さんも反応してしまったので紛らわしいな、と」
今日の市ノ瀬は言葉数が多いな。
いつもは僕が適当なことを言ってそれに付き合うような感じなのだが。
ほぼ丸一日一緒に過ごしているからそう思えるのだろうか。
「今更な気もするんだけどな」
「父さんも母さんも名前で呼んでるので、私だけずっと名字呼びはちょっと違和感すごいんですよ」
「そんなもんか」
「そんなもんです」
「夏菜」
「……はい」
「これでいい?」
「はい」
表情は変わらず、いやほんのり恥ずかしいのか視線を僕からずらしている。
恥ずかしがるなら言わなきゃいいのに……。
「お風呂が湧くまで少し外を散歩しませんか?」
「いいけど」
いつになくやっぱり市ノ瀬は積極的だ。
ただそっちから誘ってきたわりに散歩道では会話もなく、ぶらぶらと歩く。
中学以来だろうか。
自由に出来るバスケットゴールのある公園。
良く一人で練習したものだ。
「久しぶりですね」
「そうだなーって、僕。市ノ瀬……、夏菜とここ来たことあったっけ?」
「なんですかフルネームで。恥ずかしい、早く言い慣れてください」
「悪かったな」
「まぁ、いいですよ。あと先輩とここに一緒にきたことはないですね」
「なんで知ってんの?」
「家の近所ということもありますが、私もよくここに来ていたので一方的に知ってるだけですね」
なるほど。
確かに夏菜の家から然程遠くない。
「また今度1on1しますか?」
「夏菜はほぼ現役だけど、僕はもう1年もボール触ってないからな」
「でも先輩身長また伸びましたし、私3ポイント止めれないと思うんですよね」
夏菜は背伸びをして、僕の頭に手のひらを当てようとする。
「夏菜とやるなら練習してからかなぁー。勝てるビジョンが浮かばないや」
「まだ私に勝ちたいと思ってるんですか?」
「そりゃそうだよ。何一つとして勝ててないからな、せめて一勝ぐらいしたいじゃないか」
「相変わらずですね」
僕から距離を取り、くるっとターン。
制服のプリーツスカートがふわりと舞う。
「私も先輩に負けっぱなしですよ」
「え?」
「気付いてないって顔してますね。今日は結構攻めたつもりなんですけど、今日も私の負けですね」
一歩一歩、夏菜は僕に近づき。
僕の胸に彼女は人差し指を突きつけ円を書くようになぞる。
「惚れたほうが負けっていうじゃないですか」
大変ありがたいことに好評いただき、続編を読みたいという感想をいただいたので設定のあった過去編からですが投稿しました。
本編の方は1日で全て終わるお話だったので短編ですが、前日譚となると1万文字を超えてしまうため連載という形になりました。
まだまだ力不足ですが頑張っていきたいと思います。
連勝中の私が唯一勝てないもの
URL : https://ncode.syosetu.com/n4284hq/
夏菜視点になります。