宗教上の理由で俺とデートがしたい藤崎さん。
「あの……ウチの家、宗教してて……」
「…………」
放課後の校舎裏、勧誘のお誘いかなと身構えた所で、藤崎さんが俺の手を握って目を潤ませた。
「宗教上の理由でデートをしないといけないの! お願い、私とデートして下さい!」
デート商法かな?
なるほど、学年一の美少女なのに、藤崎さんに一切浮いた話がなかったのは、これが理由だったのか?
「18歳までに好きな人とデートしないと、チンチキコブリの悪魔に馬鹿にされてしまうから、お願い!」
「……えっ?」
なんだって?
「馬鹿にされちゃうわ!」
「その前」
「チンチキコブリの悪魔が──」
「その前」
「18歳までにデートしないと──」
……どうやら空耳だったらしい。
飛行機雲が綺麗な空だぁ。
「けど、いきなりデートと言われても……」
「初めてのデートはハンバーガー屋さんって、教典にあるから……」
そこまで決められてるのか。大変だなぁ。
「一緒にハンバーガー食べてくれるだけでいいから、ね?」
「う、うん……」
〇〇坂と名が付くアイドルグループのセンターみたいな顔で『ね?』ってされると断りにくい。仕方なくデートすることにした。
「フィレオフィッシュバーガーと照り焼きバーガーにオレンジジュースとポテト……あ、ピクルスマシマシで!」
テーブルの上に盛大に置かれたハンバーガーとポテトの山を、藤崎さんがガツガツと消費してゆく。
ピクルスマシマシってなんだ?
「美味しいね♪」
とびきりの笑顔でポテトを頬張る藤崎さん。
あまりの眩しさに昇天しかけるも、すんでのところで現世に踏みとどまる。
「ポテト、大量だね。食べきれる?」
「3L、勿論宗教上の理由で……ゴメンね」
ポテトの指定もあるんだ……ある意味凄い宗教だ。
「ポテトおかわり」
「はい!?」
「ゴメン、宗教上の理由でおかわりしないとダメなの」
「は、はぁ……」
「ポテト4Lに、麻婆春雨バーガーと餡かけラーメンバーガー、それとモツ煮込みバーガーで!」
なんでパンと相性の悪い汁系バーガーばかりなんだろう……。
しっかりと自分の分のお会計を払う藤崎さんに特に違和感は無く、ただ単に普通のデートをしているかのような居心地。これっきりにするには勿体ない、そんな想いが湧いてきた。
「デートって一回でいいの?」
親切心と言うよりは打算的なお誘いだと、自分でも思う。
「教典には『出来れば複数回重ねるべし』って……」
「あ、明日プールにでも……どうかな?」
「うん。教典にも『夏はビキニ』って……」
「……時間は朝九時でいいかな?」
「うん。教典に書いとくね♪」
A5サイズのブックカバー本の隅っこにメモをする藤崎さん。
それって気軽に書き込んで良いのかな?
――しかし、どういう訳か明日も藤崎さんとデートをすることになってしまった。
夜、ベッドで今日を振り返る。
…………ビバ、宗教!
「やっべ、明日に備えて勉強しないと……!!」
本棚から、昔買った『デート必勝法』の本を取り出してめくる。買ったはいいが出番が無いからずっと本棚の肥やしになっていた。ようやく出番が来たのだぜ!
「なになに、上目遣いで両手は顎でエリマキトカゲの顔──ってこれ女性向けじゃねーか!! しかもなんだよエリマキトカゲの顔って!!」
デート必勝法を投げつけ、寝た。
「おはよう藤崎さん」
「おはよう」
白いシャツの下に赤のビキニが透けていた。
まさか赤のビキニとは……!
一瞬三途の川の向こうで、一昨年昇天した爺ちゃんが、「赤のビキニはイイぞい」と言いながらサムズアップしている光景が見えたが、「貴重な情報ありがとう!」と爺ちゃんに手を振り、現世に踏みとどまる。
「ど、どうかな?」
「いとをかし」
「ごめんね。『透け感を出すべし』って教典に……」
「もう何でもありな気がしてきた」
プール、赤のビキニがとんでもなく可愛い。
俺が興奮しているのは宗教上の理由なので、いかがわしくはない。
多分闘牛が赤の布に興奮するのも、宗教上の理由なのだろう。
「一緒に泳ご?」
「是非も無し」
俺の背中に捕まり泳ぐ藤崎さん。
時折、背中に宗教上の理由がオフサイドしていらっしゃるので、宗教上の理由で喜んだ。
宗教って素晴らしいッ!
「そろそろお腹空かない?」
気が付けばお昼時を過ぎていた。
お腹はメッチャ空いている。
「お弁当、作ってきました」
飲食スペースでバスケットを開ける藤崎さん。
中はサンドイッチやサンドイッチ、そしてサンドイッチだ。
宗教上の理由が嬉しい!!
「お口に合うかな?」
「口を合わせますので大丈夫です」
「あ、あの……宗教上の理由で……『あーん』しないとダメなんだけど……いいかな?」
「えっ!?」
公衆の面前でそのような特殊な行為に及ぶには、まだリア充レベルが足りない気がするけれど、この機を逃したら一生出来ない気がする……!!
「お、俺で良いの?」
「……あーん」
「あーーーーん゛ん゛ッ!!!!」
口を開けすぎて顎が外れた。
「だ、大丈夫!?」
慌てた藤崎さんが俺の顎を下からグイグイと押す。
「いち、にの、さん!」
ガポッと音が鳴り、顎がはまった。
「今度は舌噛んだ!!」
「ご、ごめん……!」
と、藤崎さんの手から本が落ちた。
ブックカバーがされた教典だ。
「…………?」
落ちた拍子にブックカバーが外れ、記憶に新しい表紙が見えた。紛れもなくデート必勝法だ。
「…………ハハ」
「──はわわわわ……!!」
慌てデート必勝法を拾う藤崎さんは、恥ずかしさからか全身が赤くなって、水着も含め赤い人になってしまった。今なら何でも3倍の速さで動けそうだ。
「ぅぅぅ……見ちゃいました?」
「うん。デート必勝法だね」
「ひぇぇぇ!! すみません! ウチ、両親がデート必勝法で結婚できたから、ずっと崇拝してて……!!」
「うん、大丈夫。俺も昨日見たから」
「私もデート必勝法の教えに従ってあなたと──え?」
「上目遣いで両手は顎、そしてエリマキトカゲの顔、ね」
「……すごい偶然」
怯え狼狽える藤崎さんの肩をそっと抱いた。
「もう要らないね、これ」
デート必勝法をバスケットの中にしまう。
「これから二人でご飯を食べて、プールで遊んで、帰りに良い感じのカフェでお茶しよう」
「で、でも教典の教えがないと、どうしていいか……」
「二人で好きなこと、好きな物を教え合えば良いさ」
「あ……」
もやが晴れたように、藤崎さんの表情が明るくなった。
「いいよね?」
「……はい。あの……私からも一つ、したい事が」
「うん? 何でもいいよ」
「帰り道、さよならの時に……キスを……」
「うん?」
待ちたまへ。何やら聞き慣れぬ動詞が出たぞ。
チュッチュか?
それともブッチュッチュか?
「そ、それは流石に教典を見ないと、お作法が……ねえ?」
こっそりとバスケットにしまったデート必勝法へ手を伸ばす。
「だーめです。ちゃんと帰りまでに考えておいて下さいね?」
「ひぇぇぇ……!!」
教典を近くのゴミ箱へと投げ、藤崎さんはサンドイッチを美味しそうに頬張った。
思わず天を仰ぐと、爺ちゃんが「キスはイイぞい」と言いながらサムズアップを向けてきた。
いや、もっと具体的なアドバイスが欲しいんだけど……。