兄さん
2つ違いの兄がいる。
彼はかけっこをすれば一番だし、勉強もクラスでは上から数えた方が早い。
なんなら学級委員とかも率先してしていたり、完璧な様にすら思えていた。
いつも何でもそつなくこなし、周囲の期待以上に成果を上げる兄さん。
母さんと父さんはきっと鼻が高かったとそう思う。
私が大学受験の頃は兄さんに勉強をみてもらい、中学生の頃には兄さんを真似てバレーボールを始め、小学校の時は遊び相手をして貰っていた。
兄さんと比べられる事も多く、あまり誉められた成績を残していない私にとって兄さんは、一言では表せない複雑な存在だった。
そんな兄さんが大学を中退した。
それは私が大学2年末の事、母さんは泣いていた父さんはまさかと呆れていた。
そよりも兄さんの無表情が鮮烈だった。
春休みが終わり私は無事に3年に上がる。
兄さんが車で駅まで送ってくれる。
「……兄さんはどうして大学を辞めたの?」
会話のない車内に兄さんが好きだったジャズだけが流れている。
その事に耐えられなくなって口を開いたら。
「お前と……、お前とまともに話すのも2年ぶり位か……?」
「そう、だね……」
「お前は単位とか順調に取れてるか?」
「うん……」
「ちょっと車停めようか。そこのコンビニで飲み物買うけど何かいるか?」
「じゃ、じゃあ紅茶で……」
「わかった」
ぶつ切れの会話は、この2年噛み合わなかった時間のようで何を話せばいいのか不安で臆病になっているようだった。
昔は仲のいい兄妹だったと思う。
「……はい、ストレートでよかった?」
「ありがとう」
兄さんはコーヒーが好きで、車内はコーヒーの匂いで包まれる。
「……何から話すかな……。難しいよなぁ」
そう言って自虐的に笑う兄さんなんて見たことがなく、なにも返せない。
「……昔から何でもそこそこに出来てる。なんだって出来る気がしてた」
「……私も兄さんは天才なんだと昔は本気で思ってた」
「俺も」
2人して顔つき合わして笑うなんて本当になん年ぶりだろうか。
たぶんその頃とは違う笑い方に2人ともなっているんだろうけど。
「……はぁ。昔からさぁ…、何でも比べられてきたじゃん」
「うん」
「そのたんびにさ、出来て当たり前。勝って当然。お前の方が優秀なんだから、とかさぁ」
「うん」
「……違うじゃん…………。俺だってさ、そこそこかもだけど頑張ってんじゃん。人より努力してないかもだけど、俺なりにやってんじゃん」
「うん」
「努力は美徳であると、勤勉でなければそれは悪徳であると」
「うん」
「人より努力しないで成果を上げると才能があるとか、違うじゃん」
「俺の努力は誰も認めない。それは物心ついた頃からそうだった」
「……そういうのに、両親の期待に、勤勉であろうとする自分に、周りからの評価に。……疲れた……」
「……そっ、か……」
「……たぶんお前もさ、俺と比べられて迷惑しただろう?なまじ俺が出来たから」
「うん」
「俺もそうさ。それにさ身長とか昔比べられてたよな。高校上がる位まで俺はめっちゃ背が低かったし」
「それが嫌で嫌でさぁ……。コンプレックスだったなぁ……。すげぇ嫌でさ、死にたくなるほどストレスだったなぁ」
「それにさ身長で思い出したけど、俺はバレーの才能はなかったなぁ……。そこそこの選手で止まった」
「その点お前は高校はバレーで呼ばれたりすげぇよ……」
「……昔は比べられてたのに、今の俺はダメなんだよなぁ……」
「兄さんもやっぱり、そんな感じに思ってたんだね」
「やっぱり私たち兄妹やね」
「……お前の方がきっと1歩も2歩も先に感じてた事だったんだな……」
「ちょっと違うかもだけど、『青は藍より出でて藍より青し』そんな感じ」
「と、言うと?」
「兄ちゃんよりずっと後ろを歩いてると思ってたお前が兄ちゃんよりずっと先に居た。そう思ったよ」
「そう、なのかな?」
「そうだとも」
そこから駅への道中兄さんとは会話すらなかったが、兄さんの気持ちを聞く前の居心地の悪さはなかった。
「……着いたぞ」
「兄さんありがとう」
「あぁ。……俺は頑張れなかったけどお前は頑張れ……。頑張ってない俺に言われるのは腹立つかもだけど……」
「うんうん。兄さんありがとう」
「……どうした?」
「……兄ちゃんは、……兄ちゃんは私の中でずっと天才だ!兄ちゃんならなんでも出来る!が、頑張って!……じゃあね」
「……ふっ。……ありがとう」