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オワリノセカイ




─思えば…何も無い人生だった─




東京、零時三十分、あるマンションの一室で男は煙草を咥えながら居間の扉を開けベランダへと出た。


「ふぅ〜、お気に入りのこいつを吸うこの瞬間だけが至福だな」


マンションの八階、煙草をふかしながらベランダからの景色を眺める。真っ暗闇の中で煌めく星、カラフルなネオンに照らされた繁華街、周りのマンションには起きている住人も多いのかまだ明かりがついている部屋がちらほらとあった。


夜中だというのにまだ明るい街並みを眺めながら男は苦い顔をする。


「俺って何をする為に生きてんだろうなぁ…」


高校を卒業し上京して五年、それなりの会社にも勤めることができ不自由のない生活を送っているが特にこれといった満足感のない毎日を過ごしていた。


学生時代には多くはなかったが共に過ごしていた仲間はいたし、恋人も一人や二人はいた事はあった。何か夢や希望があって上京した筈だったが惰性な毎日を過ごすことによってそんなものなど忘れてしまった。


張り合いのない日々を送る自分の人生を眩い景色と照らし合わせて見るとどうとも言えない劣等感が襲ってきた。


「もう少し上だと…景色もちょっとは違うかな」


居間へと戻り、よれたスウェットのポケットに煙草を入れたまま自分の住むマンションの屋上へと向かう。少し肌寒さを感じながら階段を登っていき扉を開けると、ヒュー、と弱い風が体へと吹きつけた。


辺りには自分が履いているスリッパと地面が擦れる音と遥か下から聞こえる車の走る音だけが響いていた。端へと歩き、少し高めのフェンスをよじ登った。フェンスには、飛び越え厳禁!、と張り紙がしてあるが気にせずそれを超え足をぶらつかせるように腰をかける。


「ま、流石にこんだけじゃ、景色も変わんねぇか…」


先程と差ほど変わらぬ景色を眺めながら本日二本目の煙草に火をつける。街を照らす眩い景色を煙で誤魔化し星空を見上げる。


「俺を照らしたところで俺自身は輝かねーってーの」


星へと皮肉を零し苦笑いを浮かべるその表情は悲しいかなどこか寂しげであった。


ここから落ちたら少しは気が楽になるのでは、とふと思ったが足を踏み出す恐怖と地面に叩きつけられる痛みを想像して寒気がした。


色々な思いを抱えつつ、そろそろ寝るか、と居間へ戻ろうと煙草の火を地面に擦りつけ消し立ち上がった、瞬間。



ズルッッ



「あ、、れ?」


掴もうとしていたフェンスがスローモーションで遠ざかっていく。手を伸ばすが重力に逆らえず体が倒れていくのが分かった。下からは強い風が吹き付け遥か下の地面へと吸い寄せられるように体は落ちていった。


目をつぶり自分の死を悟るが脳には走馬灯も流れなかった。ただ哀しい人生の終わり方に目からは涙が一滴零れ落ちた。






────────────────────






「ッッッ!!!」


再び目を開けるとそこには眩しいくらいの光に照らされた真っ白な空間が一面に広がっていた。


「俺…死んで…」


あたりを見渡すがただ一面の白。


「病院…ではないよな、だとしたら天国かなんかか?」




「「「病院でも天国でもない」」」


「ですよ」


「ですわ」


「のだっ!」




頭上から急に聞こえた声にビクッと体を震わせながら上を見上げる。


「お、女の子っ?!」


自分の上にはまだ年端もいかぬ見た目の金髪の女の子が二人とその間に白い髪にそれもまた真っ白なローブのようなものを着た背の高い美しい女が浮遊した状態で立っていた。座ったまま素早く後ずさりをして現実かどうかを確かめるために目を擦り再び目を開ける。


「夢じゃないよな…」


変わらずそこに立つ女の子たちは怪訝な表情でこちらを見下ろしている。


「こんなハッキリと夢を視るわけないですわよ、ドアホ」


左に立つ女の子から放たれた見た目とは裏腹な、どストレートなツッコミが胸に刺さった。


「だ、誰なんすかっ?!あなた達は!?」


空中に浮遊していた三人はゆっくりと自分の目の高さまで降りてきてた。


「すいません自己紹介が遅れましたね。私はライラと申します。」


「リリ様と呼びなさい」


「わたしはルルっていうのだ!よろしくなっ」


真ん中から順に自己紹介が行われた、が一向に事態が把握出来ないままだ。


「そ、それで、あなた達は一体何者なんですか?俺全く状況が飲み込めないんですけどっ!?」


「あら、申し訳ございません。そうですね…簡単に言うと私はあなた達の世界で言うところの神様、そしてこの二人は天使、と言えば分かってくださいますか?」


「ルルとリリはライラ様のお仕事を手伝うのが仕事だっ!偉いだろっ!!」



……神……天使……女の子たちの口から放たれたその一言がより頭を混乱させる。よく見るとリリ、ルルという女の子の片翼だけ翼が生えていることに気づき確かに天使のような姿に思えたが、急に神様と言われても信じることなどできるわけないのが普通ではないだろうか。



「………………。ツキシマ マコト、二十四歳、○○会社に勤める会社員、自宅のマンションの屋上で夜風を浴び景色を見ながら煙草を吸っていたところ足を滑らせ転落し死亡。なお生前は張り合いのない日々を送っており自身でもつまらない人生だと嘆いていた。あ、そういえば落ちたあとのマコトさんのご遺体の映像あるけど見てみます?臓物飛び散ってますよ、ほら」


「なっ!いいです!いいです!そんなもん見せなくて!!俺スプラッタ耐性ないっすから!!!!」


焦って目を背ける。


「ね、これで信じてもらえました?」


映像が消えたのを確かめゆっくりと目を向けるとそこにはニコリと笑う神様がいた。その笑顔が先ほどより少し怖く感じたがそれでもなお綺麗な顔つきをしている。とりあえず神様だということは分かったがまだ質問は山積みだ。


「で、その神様が俺に一体何の用ですか?」


「ライラでいいですよ」


「ラ、ライラさんはなんの用があって俺なんかのところに姿を現したんですか?」


と言った瞬間、リリという天使に急に頬を掴まれた。


「ライラ、様、でしょう、このドアホ」


「ふぁ、ふぁい、しゅいましぇん」


頬を掴まれたまま反射で謝ったため阿呆な喋り方になったがどうにか伝わったのか、ふんっ、と言い残し再びライラ、様、の横へと戻って行った。自分より明らかに幼く見える天使に叱咤されるのは少しの違和感と苛つきを覚えたがグッと心に抑えた。


「ふふっ、別にライラさんでいいんですよ」


リリの方を見ると先ほどと同じ顔でこちらを睨んできている。


「い、いえライラ様と呼ばせていただきます…」


(なんで神様より天使の方がえらそうなんだよっ!)


心のなかでツッコミをいれなんとか平静を保つ。


「それでお話を戻させていただくと、私がなぜあなたの前に現れたか、ですよね」


はい、と頷きかえすと再び神様は話を続ける。


「私はあなたたちが住む地球というセカイの他にもいくつか神というお仕事をさせていただいてます。その私が管理するセカイの一つがいま悪の手により重大な危機に直面しています。そのセカイの者達は奮闘していますが一向に状況は良くなっていません」


「そこで神である私が直接手を下すことは許されざることですので私が管理するセカイの一つからランダムで死人(シビト)を選び蘇らせ神の使者となって救っていただくことにしたのです」


「それで選ばれたのがあなたです、ツキシマ マコトさん。そしてここが現世と天界の挾間である“転移の間,,という場所、という訳です」


一から十まで突拍子もない話だ。だが神という存在を信じるあたりこの人は嘘を言っているとは思えなかった。だがまだいくつもの疑問があった。


「ちょ、ちょっと待ってください。その…話筋はだいたい分かりましたけど重大な問題が一つありますよね?俺はただの普通のサラリーマンですよ?セカイを救うなんてとっても俺には…」


そこまで言いかけると神様は、リリ、ルル、と二人を促した。二人の天使がこちらに向かってくる。


天使達が手を合わせると何も無かった手から急に透明なカードが宙に何枚も浮かび上がって目の前に現れた。


「このカードは危機に面したあのセカイで対抗しうる特殊な力を込めたカードですわ」


「このなかから適当に一枚引いてその力をお前のものにしていいってわけだ!すごいだろ!」


天使達がカードについて説明してくれたが神様ってのはそこまでとんでもな事ができるものなのか、いや、でも神様だからこそこんなことが出来るのか…、と自問自答をしながら考える。


不思議な力。この力があれば暗い毎日を送りただただ惰性で歩んでいた人生で終わった自分は今度こそセカイのなかで輝ける存在になるのであろうか。


神様が優しい顔のまま口を開く。


「この力を手にしてセカイを救う手助けをしてくださるかどうかはマコトさん次第です。面倒事もあるでしょうしなにより、苦痛や苦労も沢山あると思います。嫌であればそちらのセカイの天寿を全うされたということで昇天されても構いません。その場合はまた候補者をランダムで選ばせていただくだけです」



強制…ではないんだな…


それでも俺は…俺は!


あんなしょうもない終わり方をしてしまった人生を…もう一度やり直せるならっ!



『やってやりますよ!!』



「「「!!!」」」




こんな突拍子もない話。普通であれば断るのが最善であろうが。ただ自分は違った。惰性で生きていた毎日、気づけば周りには心を許せるものなど一人も残っていなかった。輝く光の輪の外で、静かに暮らすのはもうごめんだ。自分の人生は自分の力で変えてみせるっ!


「いい目を、していますね。最初に選ばれたのがツキシマ マコトさん、あなたで良かったです。さぁ、それではカードを引いてください!」


…これでよかったのだろう。なんせあの神様がもう一度チャンスをくれるというのだ。自分に出来ることならなんでもやってやる!!


「ちなみにこのなかにはどんな力があるんですか?」


「たとえば万物を切ることの出来る(つるぎ)、たとえば天候を好きなように操れる杖、たとえばどんな岩盤さえも一撃で砕く拳。ま、ドアホのお前でも少しくらいは強くなる素晴らしい御力ですわね」


この言葉の悪い天使、どうにかならないだろうか。


「ルルはお腹いっぱいになるまでご飯を出せる力があるといいなぁ!」


(そんな力でセカイを救えるのか?!)


…迷っていても仕方が無い。どれも同じカードに見えるが手に入るならこの際なんでもっ!!


並べられたカードを指さし一枚を決めた。


「選ぶとしたらやっぱり真ん中…ですかね」



「リリ、ルル」


神様が二人に促すと選んだカードが光り輝きだしこちらへと向かってくる。


「「汝、之にて神の御力授けたもう」」


その瞬間、カードが胸元へと高速で刺さっていった。


「ッッッ!!!」


………痛く…ない?


体をペタペタと触ってみるが何も変わったことがない。


「服を脱いでください、マコトさん」


「え、えぇっ?」


すると天使達がこちらへと向かってきて無理矢理に服を脱がそうとしてきた。


「ちょちょちょちょ、痛い痛い!何すんの!」


上半身を裸にさせられ中肉中背の身体が露わになる。ふと自分の体を見ると胸元に見たことの無い紋様が浮かび上がっているのが見えた。


「それは…やはり…」


神様が怪訝な表情でこちらの胸元をじっと見つめながら近づいてくる。


「あの…これが“力,,なんですか?」


「あなたのその紋様は“フ死成ル大神ノ血,,というものです」


─フシナルオンカミノチ?─


フシ、フし、不し、不死……


「ふ、不死!?!?!?、お、俺一回死んで次は死ねないからだになっちゃったんですか?!!」


「貴方のその力は良いようにいえば不死なる体。細切れにされても、熱で溶かされても、氷漬けにされたとしても、細胞が一片さえ残っていれば再生をする死なない力です」


「そういえば聞こえはいいですが…」


「私達はその力のことを“セカイ之呪い,,と呼んでいます。苦痛と再生を繰り返し、死にたくても死ねない…そんな体になってしまったのです。申し訳ございません。まさか貴方にその力が授かってしまうとは…」


神様が深刻な顔つきでこちらへ深々と頭を下げている。


「ライラ様、顔を上げてください。俺なら大丈夫です。死ねない体…俺にぴったりじゃないですか。きっとセカイは俺に、自分のすべきことを成すまで死ぬな、って言ってるんだと思いますよ。それに俺もう一回死んでますしもう二回も死にたくないですからね、ハハッ」


不死と聞いたときは驚いたが自分でも不思議なくらい今は冷静でいられた。適当に生きてきた俺がなるべくしてなった体なんだろう。それだったらこの力で俺はセカイのひとつやふたつ救ってやろうじゃないか。


「すいません、まだその力については私達も分からないことが多いです、こちらでも調べさせていただくのでどうかご無事でいてください」


「ご無事っていってももう死なねぇっすよ俺」


軽く冗談を言えるくらいは気が軽くなったみたいだ。


「ふふっ、やはりあなたはお優しい方なのですね」


「優しくなんてないですよ俺は。ただ我がない空っぽに近い人間ってだけです」


「それでもあなたは私たちの話を真剣に聞いてくださった、そして否定するどころかいまでは希望に満ち溢れた目をしている」


「そりゃあ二度目の人生をくれてこんな俺が誰かの為に、いろんな人達に頼られる存在になれるかもしれないんでしょ、嬉しいですよ、すごく…」


自分で言っていて何を臭いセリフを言ってんだ、とツッコミをいれたくなったがそれも馬鹿らしくなって笑えてきた。


「それから…これを持っていってください」


そう言って手渡された神様の手の中には青い水晶のようなものが入っていた。


「これはそちらの世界でいうところの通信機みたいなものです。私たちからしか発信は出来ませんがこれでなにかあなたの力で分かったことがあれば直ぐに連絡できます、セカイの住人に私の存在が見えると少し面倒くさいことになるのでマコトさんが一人になったときに使うと思ってくださいね」


「ふんっ、おんぶにだっこですわねっ、精々頑張りなさい」


「マコトもう行ってしまうのかー?、今度はいっぱい遊んでくれなー?」


「ここまでしてもらって何も出来ませんでしたすいません、ってことにはならないように頑張らせていただきますね」


神様はニコリと笑うと再び真剣な顔付きに戻り俺の胸に手をそっと触れた。


「それとこの力…」


「あちらのセカイの住人には悟られない方がいいかもしれません」


「な、なんでですか?」


「不死之力なんて見つかれば何をされるかわかんないですから、便利な力では有りますけど痛みは相応に感じますからね……ほら、敵に捕まって拷問とか実験とか」


想像して寒気がしたがもうどうしようもないことは確かだ。


「やっぱり、このご遺体の写真持っていきますか?、少しでもスプラッタ耐性つけとけばまだマシn


「いやいやいや!いいですいいいです!捨ててくださいそんなもの!」


神様もさっきまでは面倒な力を授けてしまったことにどこか負い目を感じるような雰囲気だったがそれも少しは和らいでくれたみたいだ。


「それで…一番気になることなんですけど俺が今から行くセカイはどんなところなんすかね?」


「すいません、それに関しては言ってはいけないことになってるんです。ここまでしておいて申し訳ないのですがそこは自分の目で確かめてあのセカイのことを知ってください」


「ただ…一つ言えばあなたが暮らしていたチキュウというセカイ、それとは全く違うものではあるので気をつけてください」


「な、なるほど……ま、まぁその方がワクワクも増えますしね!、旅行気分で頑張ろうかな、ハハッ」


冗談のつもりで言ってみたが一人だけ明らかに怪訝な表情でこちらを見ている。


「死ぬ気で頑張ります、でしょう?、あ、死ねないんでしたわね」


この天使はどこまでも俺を卑下したいみたいだ。これが男で普通の人間なら殴りかかってでもいるんだろうか。


「こら、リリッ」


シュンとした顔になり下を向くリリ。あんだけ偉そうにしててもやっぱり神様の方が上なんだよな。


「それではそろそろ…リリ、ルル、(ゲート)を」


「「はい!」」


カードを出した時のように二人が手を合わせると辺りが輝きだしでかい門のようなものが現れた。


「やっぱなんでもありなんすね、それなりに分かってたことではありますけど」


驚く自分を後目に二人は門の扉を開ける。


「ここから先は暫くは一人の旅になることでしょう、ですが私達はいつでもあなたを見守っていることをお忘れずに」


「ありがとうございます、なんとか頑張ってます、死ぬ気で」


ふふっと笑うと神様は両手を合わせ祈るように目を閉じた。



(((汝に神の御加護があらんことを)))



「そっ!、そこはテンプレなんでs!!


ゲシッ


「早く行きなさい」


最後に見た景色はこちらへと蹴りを入れる天使の姿であった。


「こっ、このクソ天使〜!!!」


真っ暗闇に取り込まれ意識が遠くなっていくなかなんとか捨て台詞だけは吐いてやっ………た……。




───ぷつんっ───




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