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幸せになるまで死ねません  作者: 睦月ひより
乳児期
4/6

お世話かけます①

そうして、私は生まれ変わった。


無事に転生を果たしたらしい私は、今は、ちいさなベッドに寝かされている。

白い天井。明るい室内は消毒くさくて、病院特有のにおいがする。


「先生! あの子は大丈夫なんですか!?」

「陽菜を助けてください!」


私が寝かされたベッドのすぐ傍らで、男の人と女の人が叫んでいる。

大きな声ではないけれど、悲痛な響きをもったその声は、今の私の両親のものだ。


(……ああ、またやっちゃった……)


今の私は、やっと一歳になったばかりの乳児だ。

特例措置で生まれ変わりを果たした私は、前世の記憶や知識をそのまま持っている。

だけど、まだ未熟なこどもの脳では、二十数年分の記憶や知識は、処理しきれないのかもしれない。

今までにも、たびたび発熱やケイレン発作をおこしていた。


「お父さんも、お母さんも、すこし落ち着いてください。熱性ケイレンは、このくらいのお子さんには珍しくはないですから」

「けど、陽菜はもう三回も発作をおこしてるんです!」

「再発率も高いんですよ。脳波も異常はありませんし、また様子を見てみましょう」


ペラペラと紙をめくりながら、医者が両親に説明をしている。

原因不明の発熱もケイレンも、乳児には珍しくないことだと思う。だけど、はたから見ればけっこうな大事に見えるんだろう。

今回は朝方に突然ケイレンを起こした私を、両親は救急車を呼んで病院につれていってくれた。


……迷惑をかけて、本当に申し訳ない。


こどもの身体は内臓も筋肉も未熟で、なかなか呼吸が整わない。

それでも思考は冷静だ。気持ちを落ち着かせるために、今の状況を整理する。


結城陽菜(ゆうき ひな)。これが、今の私の名前。


父親は、結城啓示(ゆうき けいじ)、四十二歳。

母親は、結城美也子(ゆうき みやこ)、四十歳。


私はこのふたりのこどもとして、新しい生を受けた。

このふたりのこどもは、私ひとりだ。高齢出産で、やっと授かった第一子というところらしい。不妊治療をして、いろんな民間療法もやってみて、その結果やっと生まれたのが私というわけだ。


存在を望まれるところに生まれたいと、私は願った。

転生前にお遣いのおじいちゃんに話したそのお願いは、叶えてもらえたらしい。


「入院の必要はありませんから、ご帰宅されて構いませんよ」

「でも、また発作をおこしたら……」

「そのときは、またいらしてください。今は特別に処置を必要とする状態ではありませんから」


カルテに記入しながら、医者が両親に告げている。

身体に異常がみつかるわけでもないし、これ以上ここにいても治療することがないのだろう。

不安そうな顔をしながらも、両親は私を抱き上げて病室を出た。


私を抱いた母親が、待合室の椅子に座る。そのとなりに、父親も腰を下ろした。

時間外の救急搬送だったから、周囲にはほかの患者はいない。閑散とした待合室で、母親は私をぎゅっと抱きしめていた。


「……本当に大丈夫なのかしら。実は、なにか重い病気のせいだったりするんじゃないの?」

「お医者さんは、ただの熱性ケイレンだって言っていただろ。珍しくないって」

「でももし、この子になにかあったら……っ」


悲痛な声で言う母親を、父親が優しくなだめる。

それを見て、私はさらに申し訳ない気持ちになった。


私が熱を出したのが、昨晩の夕食後。ケイレンをおこしたのが、朝方。ふたりとも、私の看病をしていて、ろくに眠っていないはずだ。

壁にかかっている時計をみれば、朝の七時半をすこし過ぎたくらいの時間である。

このあと、父親は仕事に行くはずだ。母親は仕事はしていないけれど、私の看病と家事がある。ゆっくり休むことはできないだろう。


……私のことは放っておいてくれてもかまわないんだけどな。


こどもの病気のことはよくわからないけれど、私は普通のこどもじゃない。

熱を出したのも、ケイレンを起こしたのも、普通とは違う原因がある。

お薬なんかで治療をしても、効き目があるとは限らない。もしも精密検査をしたとしても、典型的な病気の診断がおりるかどうかわからない。

こんな私なんかの心配をしたって、もったいないだけだ。


「苦しいよね、陽菜。なにもしてあげられなくて、ごめんね」

「ごめんな、陽菜」


私に謝ってくる両親に、私はいたたまれない気持ちになった。

両親は、なにも悪くないのだ。

前世の記憶や知識を持って生まれてくるなんてことは、そうそうあるものじゃない。熱もケイレンも、その情報を処理しきれない私のせいだ。


(……生まれてきたのが私でさえなければ、こんな面倒な思いをさせることはなかったのに)


ただひたすら申し訳ない気持ちで、私が身体を縮こめる。そんな私の様子を気にした両親は、心配そうに覗き込んでくる。頭を撫でてくれたり、ぽんぽんと優しく叩いでくれたり、私のことをとても気にしてくれているのが伝わる。


「陽菜、大丈夫だよ。なにがあっても、お父さんとお母さんがいるからね」

「……陽菜」


悲痛な両親の囁きが、私の耳に響く。


そんな私たちをよそに、受付から事務的な呼び出しがかけられた。精算の受付だ。

立ち上がりかけた母親を手で留めて、父親が窓口に行って精算を済ませる。そのあいだもずっと、母親は私に謝り、励まし続けてていた。


診療の精算が済んだら、病院に用はない。

病院の中はうす暗かったけど、外はもう明るくなっていた。反射的にぎゅっと目を閉じると、母親が影を作るようにして抱き込んでくれる。


(ああ……そんなに気を使ってくれなくても)


私なんかにそこまでしてくれなくてもいいのに。

疲れているのは両親のほうだろうに、恐縮してしまう。


来たときは、救急車に母親が同乗し、父親が自家用車で追ってきた。だから、帰りは父親が運転する車で帰った。

家に帰りつくと、父親はまたすぐに仕事へと出発していった。休むどころか、朝ごはんも食べていない。

母親も、父親の支度を手伝ったりして忙しそうだった。昨晩、私が発作をおこしたあとの後始末もある。


すこしでも両親の負担を軽くしたいけど、乳児の身体ではなにもできない。

料理や洗濯なんかのお手伝いもできないどころか、自分のことにも世話をかけるばかりだ。ごはんもひとりで食べられない私が、彼らの役にたつことなんて、できるはずもない。


(……今の私には、できるだけ手間をかけさせないことくらいしかできないよね)


なにもできない私に、できること。

それは、極力おとなしくしていることくらいだ。


いくら前世の知識や記憶があっても、その器がこどもの身体だ。

こどもの身体は、思うように動かない。手足だけじゃなく、舌も口も幼いのだ。

手はちいさいし力はないし、こまかい動きもうまくできない。思っているようにしゃべれないし、ものを食べれば口からこぼれる。食べ物だけじゃなくて、ヨダレも鼻水も勝手に出てくる。

おまけに、排泄もいまだにお世話になっているのだ。尿意や便意はあっても、それがコントロールできない。トイレに行くにも、一人じゃいけないし。間に合わないし。


そんな私が、両親に面倒をかけない方法。

それは、ひとつしかない。


(できるだけ、おとなしくしていよう)


ひとりで立ったり、自分だけで移動したりしない。

それから、非常時以外は声を出さない。私がなにか言うと、両親とも一生懸命聞こうとしてくれるから、手間をかけちゃうからね。

おむつを履いているから、トイレはいかなくてもいい。うっかり失敗していろんなものを汚すより、おむつを替えるだけのほうが楽なはずだ。

あと、あんまりいろんなことを考えないようにする。未熟な脳みそで難しいことを考えるから、熱を出したりケイレンをおこしたりするのだ。なにも考えずにぼーっとして過ごせば、ケイレン発作も多少おさえられるかもしれない。


できもしない身体で、いらないことをしようとして失敗するから、迷惑をかけるのだ。

それなら、なにもしないでいるほうがいい。

それが、両親に迷惑をかけないための、たったひとつの方法だ。


なによりもいい方法だと思った。

そう思ったんだよ、思いついたときは。


……だけど、この私の思いつきは、なによりも悪手だったみたいだ。



◇ ◇ ◇



私が余計なことをしないよう決心した、数週間後。

深刻な顔をした両親が、私の隣で会議を始めた。


「陽菜ね、あのケイレン発作から、ことばがほとんど出ないの」

「ことばもだけど、あんまり動かないよな。俺が声をかけても、反応しないことがあるし」

「前は、おむつだって、自分で脱ごうとしたりしてたのよ。今は濡れててもそのままだし、泣いたり笑ったりもしないの」

「食べ物にも、あんまり関心ないよな。自分から手を出してるの、最近は見たことないぞ」

「……やっぱり陽菜、なにか障害があるんじゃ……」


(…………えー!? ちょっと待って、なんか別の心配されてるー!!)


考えるのをやめてから、発熱もケイレン発作も起こしてない。おかげで体調に関する心配は減ったみたいだけど、別の不安が出てきたみたいだった。


ミニふとんに寝ている私のとなりで話す、両親のほうをこっそり見る。

床に広げられているのは、こどもの発達に関する本だ。自閉症、難聴、アスペルガー、注意欠陥多動性障害などなど。


いや、たしかに。

たしかに、できるだけ静かにしてようとしたり、勝手に動かないようにしてたよ。

あんまり考えないようにするあまり、ぼーっとしていることも増えたし。反応が遅れたり、気づかなかったりすることもあったかもしれない。

けど、私ごときの挙動を、気にかけすぎじゃない?

私なんて、取るに足らない存在ですよ。もっといろいろスルーしてくださっていいんですよ、ご両親!


「六ヶ月の検診は、ひっかからなかったんだよな」

「でも、ちょっと成長してから発症する自閉症があるみたいなの。陽菜、昔から、抱っこするとき、ちょっとこわばるのよね。拒否まではしないけど……」

「一歳半検診を待たなくても、相談に行ってもいいんじゃないか?」


(ごめんなさい、抱っこは緊張するだけなんです! 嫌なわけじゃないんです!)


身体が一歳児でも、私の中身は四捨五入すると三十歳なのよ。頭では親だって分かっていても、必要以上に距離が近いと緊張するわけよ。前世でも、親とスキンシップとかしてないし。

ちなみに、母乳も抵抗あった。なので、私はほぼ哺乳ビンで育っていたりする。


(……どうしよう。結局、迷惑ばっかりかけてる)


役に立たないなら、せめて迷惑をかけないようにしようと思った。

だけど、余計に心配をかけてしまっている。

これじゃあ、私がここで生きている意味がない。

生まれ変わった意味も、存在価値もない。


心配顔で本を見比べている両親を見て、私はものすごく焦っていた。

生まれ変わりを果たす前、お遣いのおじいちゃんはなんて言った?

確か、答えを見つけろって言ってたよね。それから、答えを見つけられなければ、この記憶を持ったまま、また転生させるって。


(失敗も後悔も全部覚えているまま、何回も生まれ変わりを繰り返すなんて……そんなのいやだ)


なんとしても、今生で答えを見つけなければ。

私が生まれること、生きていることの意味を、見つけなきゃいけない。

そうでなければ、待っているのは、エンドレスな記憶あり転生だ。


答えがなんなのかはわからない。けれど、前世の生き方や死に方に関係しているのは、間違いない。

解決の糸口は、考えればわかるはず。


(とにかく、まずはこの両親の誤解を解かなくちゃ!)


迷惑をかけないようにするだけでは、余計な心配をかけてしまう。

迷惑をかけないようにしながらも、ほどほどに手がかかるように、面倒を見てもらうこと。常識を逸脱しない範囲で成長すること。これが、今後の私の課題だ。


純粋にこどもの心配をする、善良な両親。

そのかたわらで、こどもらしさとはかけ離れた計画を練る私。


今生は始まったばかりだ。

作中、陽菜がおこしているけいれんは、実際は熱性けいれんではありません。記憶や知識による過剰な負荷が原因でおこしているものと仮定しており、現実にはありえないものと思っています。自閉症等についても、陽菜の状況を分析するべく、素人(陽菜の両親)が頑張って調べているだけのものです。

ご了承くださいませ。

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