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幸せになるまで死ねません  作者: 睦月ひより
プロローグ
2/6

プロローグ②

空気の変化を感じて、顔をあげた。


周囲は相変わらず、白いだけのぽっかりとした空間だ。

だけど今は、私の目の前に、ひとりのおじいちゃんが浮かんでいる。


(……さっきまではいなかったよね?)


唐突にあらわれたそのおじいちゃんは、にこにこと優しそうな顔で私を見ている。

ここが死後の世界なら、このおじいちゃんは只者ではないはずだ。

つい最近、兄さんの葬儀のときに聞いた、お坊さんの説法を思い出す。あんまり興味がなかったせいで、すでにうろ覚えだ。


(ええと。生前のおこない次第で、何に転生できるかが決まるんだっけ? 七日間ごとに七人で裁判して、四十九日かけて相談して。で、その裁判官のひとりが、閻魔さまなんだよね)


それなら、このおじいちゃんは、七人の裁判官のうちのひとりってことかな?


……いや、違うかも知れない。

目の前のおじいちゃんは、とてもじゃないけど、ひとを裁く人になんて見えない。

閻魔さまくらいしかしらないけど、絵本なんかでよく見る閻魔さまは、嘘つきの舌をひっこぬく怖い人だ。

でも、私の目の前にいるおじいちゃんには、亡くなったひとを裁くなんて似合わない。膝に猫をのせて縁側でお茶すすってるほうが、よっぽど似合う。


「さて。おちついたかな? お嬢さん」

「あッ、はい、すみません」


声をかけられて、私は反射的に謝った。

私はびしっと居住まいをただし、きっちり正座して、目の前のおじいちゃんに向き直る。

私が考えていたことを察したのか、おじいちゃんは笑顔のまま威圧感を醸し出していた。


(ごめんなさい。縁側でひなたぼっこしてるご隠居さまみたいとか思って、本当にごめんなさい)


心のなかで謝っていると、おじいちゃんの威圧感がふっとゆるんだ。

それを察して、私が顔をあげる。

ご老人は、にこにこ顔のまま、私の前にしゃがみこんでいた。


「素直でよろしい」


……私が考えていることは、この人には筒抜けらしい。

さすが裁判官。見た目はそれっぽくなくても、やっぱり凄い人なんだな。


「儂は閻魔王ではない。それどころか、裁判官でもないよ」

「あれ? 違うんですか」

「うん。儂はただの遣いの者じゃ。おぬしの沙汰を伝えに来た」


私は、首をかしげて、おじいちゃんの顔を見た。

沙汰を決めるというのなら、裁判はもう済んでいるということになるよね? でも、私は裁判にはかけられていない。そもそも、このまっしろい空間に来てから、誰とも話していない。

いつの間に沙汰を決められたのだろう?


(……ああ。母親に刺し殺されるような娘は、問答無用で地獄いきなのかな)


ちいさなこどもならまだしも、私はもういい大人だ。

本当なら、私が母さんを止めなきゃいけなかった。母さんを支えて、一緒に生きていかなきゃいけなかった。

けれど、私にはそれができなかった。


「私は、母さんが苦しんでいる理由を知ってたんです。兄が亡くなったのに、私が生きていたから。なのに、私は何もできなかった。母さんが私を刺したのは、私のせいです。……こんな娘じゃ、地獄いきになるのも当然ですよね」


自分で言いながら、どうしようもない悲壮感がこみあがってくる。暗くて重い空気が、自分の背中にのしかかってくるみたいだ。

けど、そんな私に、おじいちゃんはケロリと言い放った。


「ああ。それは違うよ」

「……え?」



意味がわからない私は、相変わらずにこにこしているおじいちゃんの顔を見つめる。


「君は、どうしようもない勘違いをしておる」

「……勘違い」


おうむ返しに呟いた私に、おじいちゃんはにっこりと微笑み返した。


勘違いって、なんだろう?

私は、生きている間、ずっと誰の役にも立たなかった。

兄さんの世話をするために生まれた私だけど、両親が生きている間は、私がやることは特になかった。

兄が若くして亡くなってしまったから、私は役立たずのままだ。なによりも大切な息子が死んで、息子のために作ったはずの娘が生きている。

母さんは、それが許せなかったんだろう。


私のせいで、母さんに罪を犯させてしまった。


それが私の罪なんだと、そう思っていたんだけど。

でも、それが勘違いだというのなら……


「……私が生まれてきたこと自体が、だめだったのかな」

「うん、それも違うな。君は勘違いをしていると言っておるじゃろうに」


また勘違いだと言われてしまった。

私に考えられる可能性は全部考えてみた。その全部が却下されてしまう。

なんだか、自分がどうしようもない馬鹿みたいに思えてきた。自分のことなのに、どうして何もわからないんだろう。


おじいちゃんは、困ったように微笑んでいる。

……察しの悪い人間でごめんなさい。

なんだか、申し訳ない気持ちになってきた。


おちこんでうなだれる私に、おじいちゃんは鷹揚なしぐさで頷いた。

私に答えを出させるのは、もう諦めたみたいだ。


「まあ、すぐに気付けるようなら、此度のような沙汰はおりん。君の前世を鑑みて、特例措置がとられることになったのじゃよ」

「……特例?」

「そう、特例じゃ。本来なら、転生までには日にちがかかる。だがな、君は今からすぐに転生する。それも、前世の記憶つきでな」

「……ぜんせの、きおくつき」」


特例。とくべつ。私だけ。

……なんで、私を特別扱いしてくれるんだろう?

ああ、特別な罰なのか。試練的なものを与えられるのかな。


「まあ、試練といえば試練かもしれん。今回の転生で答えが見つからなければ、転生を繰り返させると言われておるからな。勿論、前世の記憶つきで」

「……それって、何回も失敗したら、何回もの人生の記憶を持って生まれ変わるってことですか……?」

「そういうことになるね」


あくまでにこやかなご老人のセリフを聞いて、私の頭から血の気がひいた。

今回の人生だけでも罪悪感ハンパないのに、これを毎回繰り返すの? 毎回の人生で感じた罪悪感を持ったまま?

……それは、なんて生き地獄だろう。


この上ない絶望をたたえて、おじいちゃんの顔を見る。


「そう絶望的な顔をするもんじゃないよ。大丈夫だ」

「……何が大丈夫なんですか……」


今回、これだけ母親に恨まれて死んだ私が、次の人生で上手に生きられるわけがない。

記憶なんて持たせないで、ふつうに転生させてくれればいいのに。

通常ルートでの転生ができないなら、転生させずに消滅処理してくれても構わないのにな。


それができない理由があるんだろう。

このおじいちゃんはお遣いだというし、どれだけごねても仕方ない。


「……一回で終わらせられるように、善処します」


苦々しい決意を込めた私に、おじいちゃんはにっこりと笑ってみせた。

まったく、食えない笑顔だ。

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