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幸せになるまで死ねません  作者: 睦月ひより
プロローグ
1/6

プロローグ①

なにをもって幸せというかは、ひとそれぞれだと思います。

幸せにはいろんな形があって、ひとりひとりの答えがある。

どれが正しいとも言えないし、他人に否定される筋合いもありませんよね。

「この子の場合は、これが答えだった」、それを自覚するまでのお話です。

ふと目が覚めた私は、見知らぬ空間にいた。

あたり一面まっしろで、ただぽっかりとひらけた何もない空間。

上も下もわからない。重力さえも感じない。

暑くも寒くもないその場所で、私は漠然と思った。


(……死後の世界って、ほんとにあったんだなあ)


私が覚えている最後の記憶は、母親に刺されたこと。

いつものように夕食の支度をしていたら、背中に衝撃を感じて……振り返ったら、血まみれの包丁を持った母さんがいた。母さんは、髪を振り乱して、顔は涙や鼻水でどろどろで。

その表情がひどく歪んでいたのを、覚えている。


(……結局、私は母さんに何もしてあげられなかったんだな)


刺された背中から、血がたくさん流れた。うすれていく意識のなかで、母さんがなにかを告げていた。

声は聞こえなかったけど、唇は読めた。

ぼやけた視界でも、それは不思議なほどはっきりと、鮮明に写りこんだ。


「あなたが死ねばよかったのに」


母さんは、私の最期に、そう告げたのだ。

今、口に出してみて確信できた。母さんの唇は、たしかに私にそう告げていた。


母さんは、兄さんを溺愛していた。

生まれつき難病を抱えた、身体の弱い兄さん。

私と兄さんは、二歳差だった。兄さんの病気が分かってすぐ、母さんが弟か妹を作ることを決めたからだ。親はこどもよりも先に死ぬ。母さんが亡くなったあと、兄さんの面倒を見るための弟妹が必要だった。

けれど、兄さんは、三十歳の誕生日を迎えるまえに亡くなった。

誰よりも愛する息子を亡くした母親は、精神を病んでいった。


母さんは、私を憎んでいた。

兄さんが亡くなっても私が生きていることを、恨んでいた。

私が健康な身体に生まれてきたことを、呪っていた。

私を罵って、この世の理不尽を訴えて、毎日を泣き暮らしていくうちに、私への憎悪が溢れたのだろう。


そして私は、母親に刺し殺された。


(……私を刺して、母さんもすこしは気が済んだかな)


私の存在は、何の役にも立たなかった。

病気の息子のとなりに、健康な妹が存在していること自体、母さんは忌々しく思っていただろう。

だから、最期に私を殺したことで、母さんの気持ちがすこしでも晴れていてくれたらいい。


(……これから私は、どうなるんだろう)


この存在に意味もなく、ただ母さんに不快感だけを与えて生きてきた私は、きっと天国にはいけないだろう。

地獄いきでも仕方ないけど、できれば苦しい思いはしたくない。


(……いや、そうじゃないな)


楽しくなくていいから、苦しくも悲しくもない場所にいたい。

私はなにも望まないから、誰からもなにも望まれたくない。

今までの私は、一方的に役割を与えられて、不要にされて、疎まれる人生だった。

もう、そんなのはまっぴらだ。


……考えているうちに、なんだか疲れてきてしまった。

膝を抱いて顔を伏せて、ダンゴムシのようにうずくまる。


そうしていると、ふと、まっしろいだけの空間に変化があらわれた。



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