「ガントチャートはちゃんと引いてるよ。一直線だけどね」
帰りの駅で理沙と合流した。今日は二人でデートがてら寄り道をする約束だ。
「エビちゃん、今日が最終退社日だったんだね」
「ああ。なんか憑き物が落ちたみたいな顔してたよ」
「あの世代は『出世なんて運次第だ』って平気で言うからねえ。そんな時代になる前にそこそこ上がっちゃった人は、自分のポストを守るために必死になっちゃうんだよ」
「俺もああなってしまわないか心配だよ」
「ならないよ」
理沙が即答した。
「なんでそう言い切れるんだ」
「だって基君、悪く言うのはするけど、諦めはしないじゃない。山下さんはずっと前から諦めてたんだよ、きっと」
俺は何も言えなかった。
電車を降りて、御徒町のジュエリーショップに入った。目のくらむような照明の下、目のくらむような輝きを放つ指輪が所狭しと並んでいる。値札の数字も目がくらむ。
「今回一番得したのは私だね」
理沙がケースを覗き込みながら言った。
「何で?」
「彼氏の嫌な上司が飛ばされて、彼氏は映画の原案者で、なおかつ業界一位の大企業の社員。二人合わせて給与所得だけで今年から三百万近く上がるんだよ?」
「棚からぼたもちだな」
「棚からぼたもち上等。で、実家にはいつ挨拶に来てくれるの?」
俺は少し考えた。
「次の連休の前でどうかな。その後、お互いの両親を呼んで食事会を」
理沙の顔が俄然明るくなった。今まで俺がこういう話をずっと躱し続けてきたのを、理沙は知っている。自分の未来に自信が持てなかった。それだけだ。
「本当に?」
「本当に」
「するする予定が出てくるねえ……」
「ガントチャートはちゃんと引いてるよ。一直線だけどね」
理沙が手を止めて俺を見た。
「予算とリスクは?」
「予算は今期・来期とも計上済み。リスクは分析してオルタナを二つ」
「後で提出してね!」
理沙がいたずらっぽく笑った。ケースから指輪を取り出してくれていた店員さんが、そっと目を細めている。
「なんだか仕事みたいだな」
「仕事より大事な人生の大事業なんだから、慎重かつ大胆な計画を立てるのは当然よ!」
「はいはい」
「あ、そうそう」
「うん?」
「新居には漫画の本棚を置いていいからね」
俺は少し笑った。
漫画雑誌を電車のゴミ箱に捨てていた頃から、ずいぶん遠くまで来たものだ。
◆
その年の秋、俺たちは結婚した。
ガントチャートに引かれた線は一直線。回り道も修正もなかった。
そんなわけがないのだが、後から振り返るとそう見える。人生というのは大抵そういうものだと思う。
沢渡さんからは豪勢なお祝いの品が届いた。山下さんからは地味な祝電が届いた。
大場からはなぜかカタログギフトが届いた。
俺は理沙と二人でそれを並べ、しばらく眺めていた。
「ふふふ……」
「ははは……」
悪くない眺めだった。
---
【了】




