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「じゃあ、元気でな」

IRの大言壮語を真に受けた投資家たちの失望は早かった。


発表から三週間で株価が三割下落。他社の株価が軒並み現状維持か上昇している中で、うちだけが沈んでいく。業界のせいでも市場全体のせいでもない。言い訳のない下落だった。


「経営会議でも問題になってるよ。株価が今まで見たことのない動き方をしてるって。資金調達も難しくなってきたらしい」


山下さんが疲れた顔で言った。「さん」呼びになったのは、会議室での件以来だ。この人は怒らなくなると急に人間らしくなる。


「いきなり走り出したんで息切れしたんですかねえ。今までサボってたから。ハハハ」


大場が冗談のつもりで言った。全員が苦笑した。冗談になっていなかった。


俺は自分のデスクで株価のチャートを眺めながら、次に何が来るかを考えていた。


堅い業種でそこそこの黒字を出す会社の株価が低迷し続けると、外資かファンドが動く。あるいは——。


業界2位のお隣さんが、今どんな顔をしているか。


想像するだけで分かった。


---


心配していた日から二ヶ月後、業界2位の会社がうちを買収・合併すると発表した。


会見の場で、大内田京太郎はしかめっ面で俯いている。買収する側の高橋社長はご満悦だ。


「2位の弊社と3位の御社が合わさって核融合を起こせば、凄まじいエネルギーが生まれるはずです! やりましょう! 大内田さん!」


高橋社長がカメラの前で握手を求めた。


「核融合で出るエネルギーは質量欠損分が光になって出るものですから……欠損する質量というのは弊社から出るんですかね」


理系出身の大内田が悔し紛れに放ったその一言で、高橋新社長は「理系音痴なCEO」とマスコミに叩かれて赤っ恥をかいた。


合併は比較的スムーズに落着した。新会社は業界1位。一般社員の給料は平均で百五十万円ほどの上昇だという。


「3位脱却おめでとう。すごい手段で脱却したね」


各方面から皮肉の利いた祝いが届いたが、皆笑ってスルーできるくらい嬉しそうだった。


欠損分の質量になった人たちは、別だったが。



山下さんは静かに荷物をまとめていた。

長年かけて積み上げた私物は意外と少ない。段ボール一箱分だ。


「お疲れ様です。出向が決まったと聞きました」


「ああ。芝浦の倉庫会社だ。役員待遇でね」


俺が「山下さん」と呼ぶようになって、もうしばらく経つ。

この人は怒鳴らない時は普通に話せるんだよな。


「TOB直後の役員再編でポストがなくなった。まあ、あっち側には役職定年制度があって、今のポストじゃ残れないんだよ」


「出向先で腰を落ち着けられるといいですね」


「どうかな。美味しい企業を買収したあとで業績不振の責任を取らせて何年か後に切る、ってのがよくある話だからな。うちの役員連中がそれをやらないとは限らない」


さすがだ。社内政治の黒い部分は全部お見通しらしい。


「山下さん……一つだけ聞かせてもらえますか」


「なんだ」


「俺のプレゼン、内容はどうでしたか。あの、アイデア募集に応募した時の」


段ボールに手を置いたまま、少し黙る山下さん。


「……悪くなかったよ」


彼はそれだけ言って、段ボールを持ち上げた。


「じゃあ、元気でな」


秘書さんから小さな花束を渡されて、山下さんはオフィスを出て行った。

その背中は今まで思っていたよりずっと小さかった。


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